2025年04月30日

米中摩擦に対し、持久戦に備える中国-トランプ関税の打撃に耐えるため、多方面にわたり対策を強化

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

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1――中央政治局会議が開催され、対米摩擦による打撃への対応方針を決定

第2次トランプ政権発足後、米中間の関税合戦はエスカレートし、目下米国の対中追加関税は145%、中国の対米報復関税は125%(いずれも全輸入品を対象とした関税)という前代未聞の水準となっている。現状では米中間の関税合戦は一服し、交渉のフェーズに移りつつあるようだが、交渉開始に向けた駆け引きが行われており、先行きは依然として不透明だ。

そうしたなか、2025年4月25日、中国共産党指導部の月例会議である中央政治局会議(以下、会議)が開催された。毎年4月は経済政策が会議の議題となり、通常は3月開催の全国人民代表大会(全人代)で定めた政策の再確認であることが多い。これに対して、今回は米中摩擦がエスカレートした直後の開催であり、例年に比べて重要な意味合いを持つ会議となった。同月24~25日には、全国貿易摩擦対応工作会議という、貿易摩擦をテーマとした異例の会議も商務部主催で開催されており、米中摩擦が中国にとって焦眉の急であることがうかがえる。以下では、会議で示された内容をもとに、中国のスタンスや今後想定される対策について展望する。

2――米中摩擦という「闘争」に対して、国内経済対策強化による「持久戦」で臨む構え

2――米中摩擦という「闘争」に対して、国内経済対策強化による「持久戦」で臨む構え

今回の会議では、関税合戦のエスカレートの後、膠着状態にある米中摩擦に対して、「持久戦」で臨む覚悟が明確となった。

会議では、「国内の経済がまだ回復の途上にあるなか、外的ショックの影響が拡大している」との厳しい情勢認識を持ちつつも、「国内の経済政策と国際的な経済貿易闘争に総合的に対応し、揺るぐことなく自分のことにしっかりと取り組む」と述べられた。そのうえで経済政策については、「情勢の変化に基づき、適時に追加の予備対策を打ち出し、桁外れのカウンターシクリカル調節(景気対策)を強化し、経済の発展と社会の安定というファンダメンタルズを全力で強固なものとする」と述べられている。

中国では、3月の全人代で、24年に比して経済対策の規模を拡大させる方針を決定するとともに、必要に応じて柔軟に追加対策をとる考えも当時から示されており、米中摩擦悪化の可能性に対する「プランB」はあったと考えられる。実際、早くもそのプランを具体化する必要に迫られてしまったが、米中摩擦という「闘争」に対しては、党の威信をかけて勝利する必要があり、経済のために交渉で譲歩するという選択肢はとりえないのだろう。

4月以降、米中の関税合戦を受け、中国経済には対米貿易の減少を中心に深刻な影響が及ぶ一方、中国に加えて全世界を対象に相互関税を課す米国経済にも影響が及ぶことは必至であり、今後は我慢比べの様相を呈することが予想される。自国の経済対策強化によって関税の影響に耐え抜くことで、交渉を優位に運ぶ考えであることが分かる。足元の米中動向をみると、米国が交渉に対して前向きな姿勢を強調している一方、中国は平等に対話できる環境が整うまで交渉には応じない考えを強調している。こうした強気姿勢の背景には、今後の経済対策で現在の苦境を乗り越えることができる自信があるように思われる。

3――需要喚起策の拡大や貿易摩擦の影響緩和など多方面にわたり対策を強化

3――需要喚起策の拡大や貿易摩擦の影響緩和など多方面にわたり対策を強化

経済対策は、今後具体的にどのように強化されるだろうか。今回の会議で言及された主な取り組みとしては、以下が挙げられる。
(図表1)財・サービス別の小売売上 1|需要喚起策ではサービス消費への支援を拡大
目下の経済政策の重点である需要喚起に関して、家計の消費支援の対象がサービス消費へと拡大するだろう。会議では、「サービス消費を大いに発展させる」との方針が指摘された。補助金支給対象をサービス消費まで広げる案は、かねてから中国国内の識者等から提案されていたものの、まだ実現していない。「奥の手」として温存されていたようだが、今後、その実施に踏み切ることが予想される。家電などを対象とした現在の支援により財消費は上向きつつある一方、サービス消費は減速傾向にあるため、実現すれば消費を一段と押し上げる効果が期待できる。(図表1)。

なお、「家計の消費財買い替え・設備更新の政策(「両新」)の範囲を拡大し、質を高めて実施する」ともされており、企業向けの設備更新支援についても、対象範囲が広がるだろう。また、もうひとつの需要喚起の重点である公共事業やハイテク産業の支援についても、規模拡大による継続が見込まれる。
2|様々な対策により貿易摩擦の影響を緩和
需要喚起に加え、貿易摩擦の直接的な影響を緩和するため、様々な対策がとられる見込みだ。

例えば、資金繰り支援や、関税の影響が大きい企業に対する失業保険費用の還付(雇用維持に努めた場合)など、企業倒産や失業の増加を防ぐための施策が会議では挙げられた。

また、「国内取引・対外貿易一体化」の加速についても言及された。内需向け企業の外需展開、外需向け企業の内需展開を相互に進める策として従来から展開されてきたが、今次局面では減少が予想される対米輸出財の国内市場向けへの転換が特に重点となるだろう1。「企業の対外進出支援の強化」にも言及された。他国からの生産に切り替えることで対中関税の影響を回避する動きは、第1次トランプ政権時の米中摩擦の際にもみられたが、今回再び加速することが予想される。

このほか、「農業生産の強化による食糧等の農産品価格の安定」など、多方面にわたる対策が挙げられた。中国による報復関税の影響による輸入農産品価格の上昇への対応とみられる。
 
1 個別企業は既に対応に動き出している。例えば、中国のECプラットフォーム大手である京東は、今後1年間で2,000億元分の輸出向け製品を買い取り、国内向け商品として売り出す方針を発表した(证券时报.「外贸企业迎来“及时雨”!多方合力托举“出口转内销」.『证券时报』、2025年4月18日. https://www.stcn.com/article/detail/1674765.html.)。
3|補正予算による財源の拡大とさらなる金融緩和で下支えを強化
需要喚起策や貿易摩擦の影響緩和策など対策強化のため、補正予算が組まれる可能性が高い。全人代で発表済みの対策によりGDPを1%強押し上げる効果が期待される一方、米国の対中追加関税による影響は、GDPを3%強押し下げる可能性がある。追加の対策をとらなければ、2025年の成長率は、24年の+5%から+3%程度まで落ち込むことも想定され、対策の規模拡大は必須だ。このため、規模に関しては少なくとも1兆元程度の財源拡大が必要となるだろう。タイミングに関しては、中央政治局会議の同日に、25年4月27~30日の日程で全人代常務委員会が開催されることも併せて発表されており、早ければこの場で補正予算が成立すると考えられる。4月末には成立しなかった場合、これまでのパターンに基づけば概ね2カ月毎のペースで開催される見込みの同委員会の動向に注目が必要だ。

また、財政の強化と併せ、これまで度々アナウンスされてきた利下げや預金準備率の引き下げといった金融緩和が近く実施されるだろう。また、今回の会議では、そうした伝統的な金融政策に加え、重点支援分野に対象を絞った新たな金融政策ツールの導入についても言及された。具体的には、科学技術イノベーション支援や消費拡大、貿易の安定、サービス消費、高齢者介護が挙げられている。
4|改革を通じた内需の底上げや対外開放の強化についても言及
改革を通じて内需を底上げすべく、「全国統一大市場」の建設加速について言及された。中国では、地方政府の保護主義によって地場企業を優遇する傾向があったり、地方や都市・農村の間で統一されていない戸籍制度によって地元以外の住民がアクセスできる公共サービスに制約があったりと、地方間に様々な障壁が残っている。このため、これら障壁を取り払うことで国内市場を統一し、より効率的な市場形成を図るのが、この「全国統一大市場」の建設だ。消費底上げの観点からは、農村人口の都市定住を促すための戸籍制度改革や体制整備がとくに重要になると考えられる。これまでも漸進的に改革は進められてきたが、今回の外圧を契機に、加速するかが注目される。

また、「サービス業開放の試行の強化」についても言及があった。中国は、会議に先立つ4月21日に「自由貿易試験区高度化戦略の実施に関する意見」を発表し、対外開放に関する改革の特区である自由貿易試験区について、さらなる規制緩和等を行う方針を示した。その一例としては、「金融分野の開放拡大」や「データの海外移転に関する利便性の向上」などが挙げられている。このタイミングにおける対外開放の一段の強化には、内向き姿勢を強める米国に対して中国の開放的な姿勢を強調するとともに、実際に成長を支える材料にする狙いがあるとみられるが、今後の米中交渉における交渉材料の仕込みという側面もあるかもしれない。
(図表2)住宅販売面積・価格 5|不動産不況対策は従来の対策を踏襲する見込み
会議では、従前からの課題である不動産不況に関する対策に関しても言及はあったが、これまでの対策から目立った変化はみられなかった。具体的には、「都市再開発の強化」や「在庫住宅買い取り政策の最適化」など従来から取り組まれている策を継続し、「不動産市場の安定した状況を引き続き強固なものとする」方針が示されている。引き続き、地方政府の財源や金融機関によるファイナンスを活用し、その規模を拡大させることで需給の安定化を目指すとみられる。不動産市場は、これまで段階的に対策を強化してきた結果、長期不況からの脱却に少しずつ出口が見えてきた状況にあり(図表2)、現時点では様子見を続ける構えのようだ。

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(2025年04月30日「基礎研レター」)

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経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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