2024年11月08日

成約事例で見る東京都心部のオフィス市場動向(2024年上期)-「オフィス拡張移転DI」の動向

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.332]

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1―東京のオフィス市況は回復局面へ

新型コロナウイルスの感染拡大により、東京のオフィス市況は調整を余儀なくされた。「オフィス不要論」がささやかれ、市場の壊滅的な悪化が懸念された時期もあった。世界を見渡すと、例えば2024年第2四半期にはサンフランシスコのオフィス空室率が37%に達し、米国では影響が深刻化している。

一方、東京のオフィス市場はすでに調整を脱し、回復局面を迎えている。コロナ禍が収束し、企業業績が堅調に推移する中、リーシング活動は一層活発化している。三幸エステートの公表データによると、2024年上期の東京都心5区のオフィス成約面積は45.9 万坪(前年同期比+6.3%)と前年から増加した[図表1]。新築ビルの供給減少に伴い、未竣工ビルの成約面積は6.4万坪( 前年同期比▲25.3%)と減少したが、竣工済ビルは39.5万坪(同+14.1%)と増加した。
[図表1]オフィス成約面積の推移(竣工済ビル/未竣工ビル別、東京都心5区、半期)
そこで本稿では、オフィス拡張移転DIをもとに、企業のオフィス移転動向を確認する。オフィス拡張移転DI*は、三幸エステートとニッセイ基礎研究所が共同で作成した指標で、0%から100%の間で変動する。50%を上回ると企業の拡張意欲が強いことを示し、50%を下回ると縮小意欲が強いことを示す。
 
* DIはDiffusion Index(ディフュージョン・インデックス)の略、変化の方向性を示す指標のである。DIの代表例としては、経済分野では日本銀行の全国企業短期経済観測調査(日銀短観)や内閣府の景気動向指数、また不動産分野では土地総合研究所が公表する不動産業業況等調査(不動産業業況指数)がある。なお、オ フィス拡張移転DIは、オフィス移転後の賃貸面積が移転前と比較して拡張、同規模、縮小した件数を集計することによって算出している。

2―オフィス拡張移転DIは底堅い推移を維持

東京都心部のオフィス拡張移転DIは、2024年第1四半期および第2四半期はともに69%となった[図表2]。2023年第1四半期以降、70%前後で推移したが、2023年は新築ビルの供給が多かったため、空室率は概ね横ばいで推移していた。一方で、2024年は新規供給が減少したことで、空室率は2023年12月の5.15%から2024年7月には4.42%へと低下した。オフィス市況が絶好調だった2019年には、拡張移転DIが70%台後半で推移していたことから、この時期ほどには至らないものの、底堅いオフィス需要は継続しており、オフィス市場は回復局面に入ったと考えられる。
[図表2]オフィス拡張移転DIと空室率の推移

3―ビルクラス間のオフィス拡張移転DIの差は縮小傾向

ビルクラス別のオフィス拡張移転DIを見ると、2024年上期はAクラスビルが68%、Bクラスビルが76%、Cクラスビルが74%と、概ね70%前後の水準となった[図表3]。コロナ禍において在宅勤務を積極的に導入した大企業ではオフィス需要が縮小し、特にAクラスビルの拡張移転DIは著しく低下した。しかし、好調な企業業績などを背景に、オフィス拡張ニーズが幅広い企業で見られるようになり、ビルクラス間におけるオフィス需要の差異は、ほぼ解消されつつある。
[図表3]ビルクラス別のオフィス拡張移転DIの推移(東京都心部)

4―製造業のオフィス拡張移転DIが急回復

2024年上期の主要業種別のオフィス拡張移転DIは、製造業および不動産業・物品賃貸業が75%、卸売業・小売業が72%、学術研究・専門/技術サービス業が68%、情報通信業が61%、その他サービス業が50%という結果となった[図表4]。
[図表4]主要業種別のオフィス拡張移転DIの推移(東京圏)
製造業は、2023年上期まで外部環境の影響もあり停滞していたが、円安などの要因で業績が好調となり、直近ではオフィス需要が急回復している。製造業におけるオフィス移転件数に占める拡張・同規模・縮小の比率(2023年下期→2024年上期)は、「拡張47%→55%」、「同規模26%→41%」、「縮小26%→5%」となった[図表5]。拡張移転した企業の割合が前期から増加している一方で、最も特徴的なのは、縮小移転の割合がコロナ禍前を下回ったことである。
[図表5]オフィス移転件数に占める拡張・同規模・縮小の比率(製造業)
一方、情報通信業や学術研究・専門/技術サービス業では、オフィス需要が大きく落ち込んでいるわけではないものの、ハイブリッドワークの普及に伴うオフィス床削減の動きが続いており、コロナ禍前のような力強さは見られない。例えば、情報通信業におけるオフィス移転件数の比率(2023年下期→2024年上期)を見ると、拡張移転が「61%→47%」、同規模移転が「17%→28%」、縮小移転が「22%→25%」となり、縮小移転の割合は全体の4分の1程度で下げ止まっている[図表6]。
[図表6]オフィス移転件数における拡張・同規模・縮小の比率(情報通信業)
他の主要業種について見ると、不動産業・物品賃貸業および卸売業・小売業のオフィス拡張移転DIは堅調に推移している。これらの業種は在宅勤務との親和性が低く、企業業績が拡大する中でオフィス需要も底堅い。一方、その他サービス業は今回落ち込んだが、この業種には多様な分野が含まれるため、要因の特定は難しい。製造業とは対照的に落ち込んでいることから、円安によるコストアップの影響を受けやすい企業が影響している可能性があるが、実際の理由は明確ではなく、今後の動向を注視する必要がある。

5―おわりに

本稿では、オフィス拡張移転DIをもとに2024年上期のオフィス移転動向を分析した。

その中で、

(1) オフィス拡張移転DIは、コロナ禍前と比較すると低い水準にあるものの、底堅く推移している

(2) ビルクラス間の差は縮小傾向にあり、いずれのクラスにおいても底堅い需要が見られる

(3) 製造業では、これまでオフィス需要に停滞感が見られていたが、円安などによる企業業績の拡大を背景にオフィス拡張移転DIが急回復している

(4) 情報通信業では、全体としてオフィス需要は底堅く推移しているものの、ハイブリッドワークの普及に伴う縮小移転が一定数見られ、これがコロナ禍前の力強さが欠ける要因となっている

ことを確認した。

以上のように、2024年上期のオフィス需要は、コロナ禍前ほどの強さはないものの、底堅く推移している。新築ビルの供給が小幅にとどまることもあり、オフィス市場は改善傾向にある。今後は、物価上昇が定着しつつあるとの期待が高まる中で、オフィス市場の改善が明確な賃料上昇にまで至るかどうかに注目が集まっている。2025年には新築ビルの供給が増加する見込みであり、まだ楽観はできないが、明るい材料が増えている。これらのオフィス市場における変化を正確に捉えるためには、今後もデータを丹念に分析していくことが重要である。

(2024年11月08日「基礎研マンスリー」)

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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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