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介護の「生産性向上」を巡る論点と今後の展望-議論が噛み合わない原因は?現場の業務見直し努力が重要

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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5――介護で生産性向上が語られる背景と異論
広く知られている通り、介護現場では人材不足が恒常化しており、それを示すのが図表7である。これは介護労働安定センターが毎年実施している「介護労働実態調査」という調査結果を基にしており、事業者に対して職員の不足感を尋ねている。ここに見られる通り、「大いに不足」「不足」「やや不足」を集計した数字は60%を超えており、人材不足が恒常化している様子を見て取れる。
さらに、介護業界からの人材流出が増えている点も要注目である。厚生労働省の集計によると、介護分野に入職する人は離職する人を上回っていたが。2022年に約6.3万人の離職超過となった。
今後も物価上昇が長期化すると、公定価格でコントロールされている介護業界の場合、賃上げの速度が物価や他産業の賃金の上層スピードに追い付かなくなるため、人材流出に拍車が掛かる可能性がある19。
19 2024年度予算編成では、医療・介護・福祉職の給与改善が焦点となった。内容については、2024年1月25日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(上)」を参照。さらに、別稿で改めて取り上げる予定だが、2024年度報酬改定では、ヘルパー不足が深刻にもかかわらず、訪問介護の基本報酬が引き下げられた。その結果、現場の人材不足や経営難は一層、深刻化する可能性がある。
しかも、少子高齢化の進展に伴って、この状況は一層、深刻になる可能性が高い。第8期計画(2021~2023年度)時点で厚生労働省が示していた推計では、図表8の通り、2023年度時点で約22万人が不足しており、さらに人口的なボリュームが大きい「団塊ジュニア世代」が65歳を迎える2040年時点で、ギャップは70万人程度に広がるとされていた。
これは一つの試算あるいはイメージであり、厳密に積み上げられているとは言えないが、少子高齢化のインパクトが大きくなることは間違いない。
こうした現状、あるいは将来の人材不足に対する危機感が生産性向上の議論の背景にあることは間違いなく、サービス類型ごとに作成されているガイドラインでは冒頭、図表8のイメージを提示しつつ、「生産年齢人口の減少で介護人材の確保が困難になる」といった危機感が示されている。
元々、「生産性向上」が盛んに言われ始めた「骨太方針2017」では、「今後本格化する人口減少・少子高齢化は必ずしもピンチや重荷でなく、イノベーションのチャンスとして捉えるべきである」「労働力の減少は、生産性、創造性の向上の機会でもある」という問題意識が披歴されていた点を踏まえると、介護の生産性向上でも将来の人材不足が意識されていることは間違いない。
一方、介護現場の声に耳を傾けると、「介護現場に生産性向上が必要なのか」「生産性という言葉は介護に合わない」といった声を多く耳にする。中には、センサーやロボットの導入を促す意見に対し、「機械に介護ができるのか」といった感情的な反対意見も聞かれる。
その一例として、2022年7月に開催された介護保険部会では、業界サイドから「介護現場におきましてはこの生産性向上という言葉に非常に抵抗感を持っています。中身的には問題ないのです。業務の改善であったり、効率化というのは避けては通れないけれども、なぜ介護現場に生産性という言葉を使われるのかという抵抗感がありますので、何らかの工夫をしていただけたらと思っています」という声が出た20。さらに、報酬改定を議論する介護給付費分科会でも、「介護における『生産性の向上』という言葉には、利用者が人でなく物に見られているようで、家族には大変違和感がある」との意見が示された21。
このためか、2024年度介護報酬改定における言葉遣いに変化が見られた。具体的には、2023年5月の社会保障審議会介護給付費分科会で示された「令和6年度介護報酬改定に向けた今後の検討の進め方について」という資料では、「介護人材の確保と介護現場の生産性向上」という言葉が大項目に使われており、2023年9月の会合でも「生産性向上」という表題が使われていた。
しかし、改定率が決着した時点の資料では、「生産性向上」という言葉は大項目から消え、「良質な介護サービスの効率的な提供に向けた働きやすい職場づくり」という文言に置き換わっていた。この辺りの変化は現場の不満に対する配慮なのかもしれない(ただし小項目では「生産性向上」という言葉は残っている)。
20 全国老人福祉施設協議会介護保険事業等経営委員会委員長の桝田和平氏の発言。2022年7月25日介護保険部会議事録を参照。
21 認知症の人と家族の会代表理事の鎌田松代氏の発言。2023年9月8日介護給付費分科会議事録を参照。
では、こうした異論をどう考えたらいいだろうか。確かに介護現場は本来、人の暮らしを支える場であり、利用者と専門職の信頼関係が欠かせない。さらに、利用者それぞれの人となりや歴史、ニーズが違うため、一律の対応は困難である。言わば非定型業務であり、全てを自動化できるわけではないし、ケアに直接関わる対人業務では、高齢者と向き合うことで変化を読み取る時間が必要になるなど、業務の効率性などを数字だけで把握しにくい22。このため、「介護と効率化が合わない」「介護の対象はモノではない」という批判は傾聴に値すると考えている。
しかし、冷静な議論も必要と考えている。そもそも論として、日々の仕事の無駄を省く作業については、介護だろうが、製造業だろうが、どの職場や職種でも求められることであり、別に介護現場が特殊とは思わない。さらに、ケアプランの作成や給付管理など現場の業務では今でも紙ベースで実施されており、ICTやデジタル機器の導入が遅れている事情を考えると、対人業務ではない部分で業務を効率化する必要性については、利用者を含めて多くの人が賛同するのではないだろうか。少なくとも「生産性向上への反対」は現場の職場環境改善に反対する免罪符にならないはずである。 では、なぜ「生産性」という言葉に関して、議論が噛み合わないのだろうか。以下、(1)参照点の違い、(2)生産性という言葉の意味――という2つの視点で整理する。
22 社会学などでは(1)効率性、(2)予測可能性、(3)計算可能性、(4)脱技能化――が業務運営で進む現象を指して、「マクドナルド化」と呼ぶ時がある。介護現場の仕事が上記の特徴と一線を画するのは言うまでもない。マクドナルド化に関しては、George Ritzer (1996)“The McDonaldization of Society”[正岡寛司訳監訳(1999)『マクドナルド化する社会』早稲田大学出版部]などを参照。
(2024年05月23日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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