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米国における投資助言受託者規制再燃とFIA(定額指数連動年金)への批判-年金商品監督を州に任せたままでよいのか-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴
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1――はじめに
人口の中で高齢者の比率が大きくなるに伴い、長寿リスクへどう備えるかに社会の関心が高まっていることはわが国も米国も同様である。
米国民の退職後の資産を守る趣旨から、2023年10月31日、米国労働省(以下、労働省)はエリサ法(Employee Retirement Income Security Act、従業員退職所得保障法)における投資助言受託者1(investment advice fiduciary)の定義を改定(実質的に拡大)する規則案を公表した。2016年に今回よりも広範な投資助言受託者に関する規則2が導入されたものの、2018年の連邦控訴審判決で無効となった経緯があり、同様の議論が再燃した形である。
今回の規則案が規制対象を拡大するに際し念頭に置かれているのは、
1)401(k)などからのIRA(Individual Retirement Account、個人退職勘定)へのロールオーバー(資産移換)時
2)FIA(Fixed Index Annuities、定額指数連動年金)の販売時
の投資助言である。
このレポートでは後者のFIAを中心に論じていきたい。FIAは収益がS&P500など証券関連の指数にリンクして変動しつつ投資元本が確保される年金商品である。わが国では年金商品に対し「若い頃から毎月コツコツ積み立てる」イメージがあるが、米国では高齢になってから一括拠出し運用しながら老後に定期的に受け取る目的で使われることが多い点に予め留意いただきたい。
1 エリサ法の解説書にはfiduciaryを受認者と訳すものもあるが、このレポートでは以下を参考に受託者とする。
神田秀樹「いわゆる受託者責任について:金融サービス法への構想」<財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」March-2001>98頁「一般に,「受託者」とは,信託(trust)における受託者(trustee)を意味することが多いが,本稿でいう受託者とは,それよりも広い概念であり,英米でいうフィデューシャリー(fiduciary)に該当する。日本の法学分野の文献では,これを「受認者」と訳す場合が少なくないが,本稿では「受託者」という用語を使うことにする。このフィデューシャリーというのは信託の受託者を含むが,それよりも広い機能的な概念であり,一般的にいえば「他人のために仕事をする者」である。したがって,非常に広い意味では医者とか弁護士とかもすべて含まれる。金融分野では,たとえば金融資産を運用する立場にある者はすべてフィデューシャリーに含まれる。」
2 実質的に多くの米国民から金融商品に関してプロの投資助言を受ける機会を奪うものと批判された。
2――昨年発表された労働省規則案
エリサ法による投資助言受託者とみなされた場合は以下の義務を負い、その実効性を担保するために書類の作成や情報開示など諸々の業務が必要になる。
・誠実かつ忠実な助言を行う。
・利益相反、手数料、および投資に関して誤解を招くような陳述を避ける。
・助言が確実に投資家の最善の利益となるよう定められた方針および手続きに従う。
・提供されるサービスに対し合理的な範囲を超える報酬を請求してはならない。
・投資家に対し何らかの利益相反事項がある場合はその概要を提供する。
今回の規則案が発効した場合、現状に比し特に独立保険代理店に多大な実務負荷がかかる。独立保険代理店の多くは小規模でコンプライアンス対応の体力が限られている実情から、今回の規則案は実質的にFIA販売にブレーキをかけるものと言えよう。
規則案を公表する労働省の文面の中で、利益相反がある投資助言のためにFIAだけで年間50億ドルのコストが投資家に発生しているとの分析ありと述べられている。こういった批判については、同じタイミングで出されたホワイトハウス(バイデン政権)声明に詳しいことから次章で見ていくこととしたい。
3――ホワイトハウス(バイデン政権)声明
1)退職所得保障規則-米国民の退職のための貯蓄保護を強化3
2)ファクトシート:バイデン大統領は退職時投資助言におけるムダ手数料(Junk Fees)撲滅によって退職所得保障のための新しい行動を発表4
これら声明の中では新しい規則案をバイデノミクスの重要な柱と位置付け、「顧客の最善の利益にならない助言が顧客の生涯の貯蓄において隠れたコストを惹起しており、それがムダ手数料である」「抜け穴を防ぐための新しい規則」「ムダ手数料を消滅させることで米国民のポケットに現金を取り戻す」といった激烈な表現を用いて、現状は利益相反のある投資助言が横行していると批判している。
FIAに対しては以下の通り、連邦レベルではなく州の監督下にあるがために投資家に過大な負担を強いていると言わんばかりである。
・連邦レベルの証券投資規制は非証券(non-securities)商品には適用されない。このため投資家が負担するコストや手数料が増大しうる。その例がFIAである。
・FIAは保険会社によって契約される金融商品であり、このため、連邦レベルの証券投資規制ではなく各州によって監督されている。
・保険商品を購入するための助言は州法によって規制され、しばしば州によって異なる。このように不十分な保護(inadequate protections)と不適切な(販売時の)報酬がFIAの販売を加速(2010年:1,850億ドル→2021年:5,590億ドル)させた。
・一般的には収益に上限を設定する代わりに損失にも下限がある。このように確実性を増す代償として、比較可能な投資信託よりも多額のコストや手数料を求め、さらには資金を引き出すときに別途手数料が必要な期間も設定されている。
筆者は中立の立場で読んだが、FIAと他の投資商品の客観的な手数料水準比較には至っていないと感じた。FIAに限らず保険会社による年金商品(変額年金6は除く)は一般的に、長期間の契約であること、元本確保機能、終身年金機能(平均余命より長生きしても保険会社は年金を払い続ける)といった特質を持つ。ホワイトハウス声明では元本確保機能に関し損失に下限があると述べられている程度で、年金商品の特質を踏まえた上での精緻な手数料比較がなされているとは言い難い。
声明の中では付表(Appendix)としてFIAの利点とコストを解説し批判を行っているものの、その冒頭で「FIAはその利点とコストを正確に示すのが難しい複雑な商品」、末尾で「それでもFIAは特定の投資家にとっては意味を持つ」と述べるなど、万人が納得するような比較は不可能と自ら認めているような印象を受けたことも申し添えたい。
3 The Retirement Security Rule – Strengthening Protections for Americans Saving for Retirement
https://www.whitehouse.gov/cea/written-materials/2023/10/31/retirement-rule/
4 FACT SHEET: President Biden to Announce New Actions to Protect Retirement Security by Cracking Down on Junk Fees in Retirement Investment Advice
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/10/31/fact-sheet-president-biden-to-announce-new-actions-to-protect-retirement-security-by-cracking-down-on-junk-fees-in-retirement-investment-advice/
5 原文の表現はfrom 95 to170 basis points。
6 投資元本が毀損されうる変額年金は、州保険当局による監督に加えて連邦レベルでの証券投資規制にも服する。
4――州保険当局の反論
今回の労働省による規則案は、こういった年金商品拡販への期待に冷や水を浴びせかけるものであり、保険業界は強く反発している。また、保険会社を監督する各州の保険当局から成るNAIC(全米保険監督官協会、National Association of Insurance Commissioners)は、FIA販売に関し消費者保護が不十分と指摘されたことに対し、2023年11月1日、「州保険監督者は年金商品を購入する消費者を保護:労働省の受託者規則案への声明を公表」と題し反論を展開した。要旨は下記の通りである。
・我々は、ホワイトハウスが年金商品に関する州の消費者保護について述べた内容に全く同意しない。
・連邦議会は1945年に年金商品を含むすべての保険取引を規制する権限を州に与えた。さらに2010年のドッド・フランク法で年金商品に関する州の監督責任を再度確認した。
・40州※が既にNAICの年金取引に関する適合性モデル規制の2020年2月の更新を採択した。これを基に保険会社と代理店による提案は消費者の最善の利益に沿わねばならない。当該規制は2019年に証券取引委員会が証券ディーラー向けに採択したものと同様である。
※ 2023年12月にユタ州、2024年1月にバーモント州が加わり、このレポートを執筆する時点では42州。
5――おわりに
このような状況下、今回の規則案の実現は容易ではないだろう。2016年の規則のように、訴訟が提起され裁判で無効とされる可能性もある。
しかし今回の規則案が葬られたとしても、しばらく経てば同様の議論が再燃すると思われる。
高齢化が進展していく中、長寿リスクへの関心は高まるばかりである。生涯保障を実現できる年金商品を持つ保険業界に大きなビジネスチャンスが生まれる反面、年金商品の内容や取引慣行に世の注目が集まることも必然である。これに伴い、年金商品を監督するのが州のままでよいのかという視点も簡単に忘れ去られることはないだろう。
(2024年02月06日「保険・年金フォーカス」)
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- 【職歴】
1990年 日本生命保険相互会社に入社。
通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。
【加入団体等】
日本FP協会(CFP)
生命保険経営学会
一般社団法人 アフリカ協会
一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版
磯部 広貴のレポート
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