2022年10月24日

“おひさしぶり消費”と“はじめまして消費”-新型コロナウイルス流行収束後の推し活を展望する

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――新型コロナウイルス流行を機に推し活を始めた人々

アイドルオタク界隈を中心に使われていた「推し」という言葉は、今や大衆化し、誰もが誰かを推している1億総推し社会が訪れているとか、いないとか。推すとは特定の芸能人やアニメのキャラクターを贔屓にすることを指し、その対象を熱心に消費したり、その消費を通して精神的充足するなど、消費者本人にしかわからない価値を見出すことを「推し活」と呼ぶ。推し活は、従来呼ばれてきたヲタ活(オタク活動)の一環である。以前筆者がレポート1で論じた通り、オタクと言う言葉の多様化に伴い、オタクと言う言葉が人に対するレッテルの機能から、趣味そのものを指すジャンルのように使われることが増えたことで、現在ではオタ活は2つの側面を持つようになった。エステやネイル、カフェ巡りなど消費の結果が自身に回帰する、一般的に自己投資や自分磨きと呼ばれるような趣味(自分向けヲタ活)とアイドルやYouTuber、マンガやアニメなど、従来のオタクが消費してきたような自分の消費が興味対象の経済的支援に繋がる趣味(他人向けヲタ活)の2種類である(表1)。
表1 2種類のヲタ活
その中でも、他人向けヲタ活のように、他人の生き方そのものにエンターテインメント性を見出し、他人を応援(消費)したいという欲求から行われる「ヒト消費」のことを「推し活」と呼んでいるわけだ。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、消費者は自身が体験することで娯楽性を見出す「コト消費」を制限される機会が増えた。表1でいう自分向けヲタ活では、多くの趣味で人の移動を伴い、また他人と同じ時間、空間での消費が必要となる。そのため、ステイホームを強いられたここ数年は、思ったように自身の趣味について、望むように消費が行えなかった者も多かったのではないだろうか。日本トレンドリサーチによれば、コロナ禍の自粛によりできなくなった趣味があると43%の人が答えている(図1)2
図1 コロナ禍の自粛によりできなくなった趣味はありますか? 
そのような環境下で、他人と交流したり、人の移動を伴わなくともDVDや配信動画を視聴したり、漫画を読んだり2次創作活動をするといった一人で行えるコンテンツ消費が主な活動となる推し活は、ステイホーム中にも人々の生活に彩りを与える娯楽となっていた。一方、コンテンツ供給サイドも消費者がステイホーム下でも充実した時間が過ごせるようにと、マンガやアニメ、映画の無料配信に加えて、アーティストによる無料ライブなどが提供された時期もあった。この時期はオタクではない一般消費者にとって、そのようなコンテンツは退屈な時間の暇つぶしである一方で、新しいコンテンツやジャンルに触れるティッピングポイントでもあったのだ。
図2 コロナ禍に入ってから推し活をするようになりましたか。
また、新型コロナウイルス流行下では、サブスクリプションサービスの登録者は増加し、ドラマのイッキ見をしたり、好きな俳優の出ている作品を順番に消化できる視聴環境も整っていた。このような背景の中、消費者の中にはコロナ禍で本来の趣味を自粛し、その趣味に対して支出ができない分、家の中で完結できる推し活や、人との交流を伴わないコンテンツ消費を新たな趣味として見出し、精神的充足につなげていた者もいたようだ。 

電通若者研究部の「推しに関する調査」によると、全体の29%がコロナ禍になってから推し活をするようになった、と回答している(図2)3。また、マイナビによる女性を対象とした「推し消費に関する調査」によると、アイドル・俳優/キャラクター・アニメ・声優/舞台(2.5次元含む)にどっぷりとハマっていると回答した調査対象者の内、約14%がコロナ禍がきっかけで推し活を始めたと回答している(図3)。
図3 ハマっているジャンルは、新型コロナウイルス感染拡大がきっかけでしたか?
 
1 廣瀨涼「Z世代の情報処理と消費行動(5)-若者の「ヲタ活」の実態」 2020/03/03
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63828?site=nli
2 https://trend-research.jp/9410/ コロナ禍の自粛期間、21.7%が「新しく趣味を始めた」 2021.08.05 2021年8月2日~8月4日2,528人 日本トレンドリサーチ
3 電通若者研究部の「推しに関する調査」https://dentsu-wakamon.com/article/20220307/

2――何故推し活とステイホームは相性が良かったのか

2――何故推し活とステイホームは相性が良かったのか

公認心理師、伊藤絵美4によると「推し活」は、注意(気に掛ける対象)が自分ではなく、自分の外側(社会)にある「推し」に向く点と、「推し」がモチベーションになって行動活性化につながる点がメンタルの不調から回復するためのセルフケアに繋がると述べている。メディア環境研究所の「メディア生活と推しに関する行動意識調査2021」によると、調査対象者の46.6%が「推しがあると生きるのがラクに感じられる」と回答しており、若年層ほどその傾向が強い5。50~60代においても40.8%がそう思うと答えているが、これは何も違和感のある結果ではないだろう。2000年代初頭にぺ・ヨンジュンをきっかけに起こった韓流ブームにおいても、空港で韓流スターを迎えていたファンの中心は40~60代の女性であり、彼女たちの行動は推し活そのものだったわけである。

推し活は元々、オタクの消費文化の一側面である。消費性という側面から見れば、オタクの消費は「自身の感情に『正』にも『負』にも大きな影響を与えるほどの依存性を見出した興味対象に対して、時間やお金を過度に消費し精神的充足が目指されている」という特徴をもつ。アニメやマンガ、アイドルや好きなキャラクターなど、自身の好きなコンテンツを消費すること自体が精神的充足となっており、言い換えると当該コンテンツに対して依存性を見出しているのだ。そのため、当該コンテンツに対して当にワタクシゴトのように当事者意識を持って消費を行っており、つまり他者の存在の中に自身だけの意味を見出しているのである。そのため、伊藤が言うようにステイホームという行動に制限がかけられている環境下で、生活における意識の大部分が推しという存在に向くことは心理的ストレスの軽減につながり、また推しの存在や推しの今後の活躍自体が自身が生活していく(コロナ禍を生き抜いていく)上での大きなモチベーションになっていたわけだ。併せて、これは実在する推しに限ったことだが、推し自身も同じ境遇(コロナ禍)に身を置いているという事実や、またそのようななかで生活を励ましてくれる機会も多々あり、彼らの言葉が直接生きる糧になったファンもいたのではないだろうか。

また、以前レポートで論じた通り、オタクに限らず一般消費者においても趣味のためのSNSアカウントを擁して、同じ趣味を持つ他人と交流を持つことが一般的になっている。コロナ禍で対面的なコミュニケーションが減った中でも、推し活をする上で必要な情報交換や、他のオタクとの交流などをオンラインで楽しんでいた消費者は少なくなかったと筆者は考える。
 
4 あの人の笑顔が元気の源? 「推し活」がメンタルヘルスに良い理由 毎日新聞 2022/2/10 06:30 https://mainichi.jp/articles/20220209/k00/00m/040/104000c
5 メディア環境研究所が全国の15~69歳の男女2426名を対象に行った「メディア生活と推しに関する行動意識調査2021」https://mekanken.com/contents/1966/

3――“おひさしぶり消費”と“はじめまして消費”

3――“おひさしぶり消費”と“はじめまして消費”

さて、まだまだコロナウィルス流行前とまでは言えないが、人の動きも活発になり、生活における様々な部分で制限が緩和されてきていることを読者の皆さんも感じているだろう。休園や営業短縮を強いられてきたテーマパークなども通常営業になりつつあり、コンサートホールやスポーツスタジアムで有観客でのイベントも開催されるようになった。ようやく制限されてきた娯楽が消費者の手に戻りつつあるといえるだろう。この様な背景の下、コロナ前から行ってきた趣味を再開し始めている消費者も散見されるようになってきた。

イベント自体が中止されたり、趣味を行う場所に人が集まってしまうという理由から趣味を自粛していた人達からすると、そもそも趣味をしたくてもできなかったわけだ。前述した日本トレンドリサーチの調査によれば、「コロナ禍の自粛によりできなくなった趣味がある」と答えた43%の内、94%は「その趣味への興味は維持されている」と回答しており、再びその趣味を消費できる機会を今か今かと待ちわびている(図4)。
図4 その趣味への興味はまだありますか
そのような中で、趣味を消費する消費者にとっては「おひさしぶり消費」なる消費機会が待っていた訳である。「おひさしぶり消費」と筆者が名付けた理由は、(1)趣味そのものを久しぶりに消費するという消費者と趣味との接点の側面と、(2)趣味によって繋がっていた人にある種オフ会のように再開する機会が増えていく、人と人との接点の側面が要因である。特に(2)の人と人との接点に関しては、実際に特定の人と対面的なコミュニケーションを取るという事だけでなく、コンサートなどのイベントで同じ趣味を持つ人と久しぶりに盛り上がることができるという「トキ消費」の側面も擁している。一方で、コロナ以降に新しい趣味(推し活)を見出した消費者もいる。前述したマイナビの「推し消費に関する調査」によると、新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに推し活を始めたと回答した者のうち69.2%が「コロナウイルス感染拡大が収束しても応援していきたい」と回答している(図5)。なかには制限された娯楽の代替として推し活を始めた者もいたかもしれないが、約7割が精神的充足に繋がる消費対象として継続的な消費を考えているのだ。彼らにとってのヲタ活はステイホームがきっかけで、文字通り販売や配信されているコンテンツを消費するコトが主な消費行動であった。しかし、コロナによる制限が緩和されるにつれて、彼らの消費は「はじめまして消費」の局面を迎えていく事となる。例えばコロナ禍においてアイドルにハマったとすると、彼らの推し活は配信されたライブを視聴したり、オンラインでアイドルと会話するなど、そこではコンテンツを受動的に消費していく事しかできなかった。
図5 新型コロナウイルス感染拡大が収束しても応援していきたいと思いますか
しかし、今後は実際にコンサート会場に足を運ぶことができるようになり、生演奏や生の会場の雰囲気を楽しんだり、何よりライブに参加するための洋服や応援グッズ作成のための材料などイベントに参加するための準備で買い物をしたり、会場限定グッズ購入のために他人と情報共有するなど、推し消費の行動はより能動的なモノへと変化していくだろう。コロナ前に経験していなかった、初めてとなる消費を経験する機会も増えていくわけだ。また、前述した通り、コロナ禍での推し活では、SNSでの他のファンとの交流も推し活をする上でのモチベーションとなっていたが、コロナ禍以降に趣味を通じてSNSで繋がった人は皆直接には会ったことがない人であり、今後自身の推し活の活動範囲が外に広がっていくにつれ、SNSで仲良くしている他のファンと初めて会う機会も増えていくだろう。
表2 “おひさしぶり消費”と“はじめまして消費”
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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