2022年10月24日

“プレコンセプションケア”とは? (2)-WHOは、生涯の健康に影響する思春期の健康課題を背景に提唱-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

日本では、2018年12月に公布された「成育基本法」1に基づき、2021年2月に「成育医療等基本方針」2が閣議決定され、初めて“プレコンセプションケア”に言及がなされた。

一般的に、この“プレコンセプションケア”とは「妊娠前の健康管理」という意味を持ち、妊娠前の女性やカップルに医学的・行動学的・社会学的な保健介入を行うことを目的に提唱されているものである。

前稿では3、“プレコンセプションケア”提唱の起源となったCDCの“プレコンセプション・ヘルス”と“プレコンセプション・ヘルスケア”について概説し、子どもを産むことができる生殖年齢にある男女の健康に注目し、将来の自分の子どもの健康を守るために対策を講じる必要性を訴えていることが明らかとなった。

また、これら提唱に至る米国の周産期背景には、10歳代の意図しない妊娠率の高さや、早産・乳幼児死亡率の高さが認められていることが分かった。

一方で、これらの米国の動向や国際的な健康課題を鑑みて、WHOは2012年にプレコンセプションケアを提唱している。

特に、先進国や発展途上国などの様々なレベルの国の事情を含めた国際的な視点から、将来の健康に影響を与えるリスク要因について対策を講じる必要性があることを訴えていることが特徴的である。

本稿では、WHOが提唱するプレコンセプションケアの内容と、提唱に至る健康リスク要因をCDCとの違いに着目しながら読み解いていく。

尚、本レターは、全レター3回のうちの第2回であり、WHOの国際的な健康リスク要因について分析する。

また、第3回はそれらの内容を基に日本の周産期実態の特徴を分析し、日本でのプレコンセプション提唱の意義について検証する予定である。
 
1 成育基本法 条文 https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000689456.pdf
2 厚生労働省 成育医療等協議会 参考資料2「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針について」https://www.mhlw.go.jp/content/000735844.pdf
3 乾 愛 基礎研レター「プレコンセプションケアとは?(1)」2022年10月17日
  https://www.nli-research.co.jp/files/topics/72640_ext_18_0.pdf?site=nli

2――WHOが提唱する“プレコンセプションケア”

2――WHOが提唱する“プレコンセプションケア”

WHOは、CDCが2006年に提唱した“プレコンセプション・ヘルス”と“プレコンセプション・ヘルスケア”の考え方を受け、国際的な議論を経て、2012年に“プレコンセプションケア”を提唱した4

このプレコンセプションケアとは、妊娠前の健康管理という意味で、女性だけでなくカップルを対象に、医学的・社会学的・行動学的な保健介入を実施する必要性を示している。

特に、妊娠前の健康状態は、将来的な妊娠に関わる諸問題や子どもの周産期データ(新生児の健康)にも影響を与えることから、妊娠前の健康状態を少しでも改善する必要性を訴えている。
図表1.WHOが提唱する“プレコンセプションケア”
あわせて、この「プレコンセプションケア」は、思春期からの介入が重要であることが示されている。図表2の通り、思春期は将来にわたる生涯の健康状態につながる重要な時期であり、さらに、妊娠問題に直結する性行為が開始される年齢でもあり、思春期時期に構築された生活習慣が慢性疾患の発症原因ともなりうることなどから、生涯のあらゆる健康リスクを低減させるためには、思春期(青年期)からの適切な保健介入が重要であることを指摘している。
図表2.生涯を通じた健康に影響する“プレコンセプションケア”
WHOのプレコンセプションケアに関する考え方は、CDCが妊娠転機を鑑みた妊娠前の生殖年齢の男女を対象としているのに対し、将来の健康に影響するリスクを思春期時期から改善していこうとする意図が特徴的であると言える。

では、WHOがこれらの提言に至った国際的な背景にはどのような問題があるのかを、前稿5でも示した周産期実態のデータを示しながら読み解いていこう。
 
4 WHO HP, Preconception Care.  https://apps.who.int/iris/handle/10665/205637参照
5 乾愛 基礎研レター「プレコンセプションケアとは?(1)」2022年10月17日

3――“プレコンセプションケア”提唱

3――“プレコンセプションケア”提唱に至る国際的な健康課題

WHOは、2013年8月に開催された国際会議において6、プレコンセプションケアを提唱する科学的根拠として、母子の健康転機に影響を与える主たるリスク要因13因子を示している。

その13因子とは、「栄養状態」、「ワクチンで予防可能な疾患」、「遺伝子の状態」、「環境衛生」、「不妊症と不育症」、「女性器切除」、「早期の望まない妊娠と間隔が短い妊娠」、「性感染症」、「HIV」、「対人暴力」、「メンタルヘルス」、「薬物(精神作用物質」の使用」、「タバコの使用」である。

今回は、その13因子の中で、国際的なデータとして比較可能で、思春期以前からの保健介入の必要性が示された「性感染症」と「HIV」、「薬物乱用」、「対人暴力」、のデータについて読み解いていこう。尚、日本において特徴的な傾向をもつ「不妊症」「短い妊娠間隔」については、次稿で述べる。
 
6 WHO(2013)Preconception Care, Regional expert group consultation,6-8 August 2013,New Delhi. India.  https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/205637/B5124.pdf?sequence=1&isAllowed=y
1| 国際的な性感染症のひとつであるHIV感染は、拡大縮小に顕著な差
国際的な性感染症の実態を示すひとつの指標として、新規HIV感染者数があげられる。厚生労働省の新規HIV感染者動向が示す数値と、WHOのデータセットから取得可能な80か国を世界銀行の指標を基に高所得国と低所得国へ分類した上で、新規HIV感染者数の最高値及び最低値を図表3へ示した。
図表3.10歳から19歳におけるHIV新規感染者数(所得国別最高低値比較) その結果、1990年頃の新規HIV感染者数は、日本で66人発生、高所得国では最高値でも200人未満であるのに対し、低所得国では最低値でも3千人を超える感染者が確認されている。

その後、年次経過に沿って、低所得国における新規HIV感染者数の最高値は、2000年をピークに減少傾向にあるものの、依然高止まり状況である。一方で、高所得国における最低値は100人未満であることから、感染経路の遮断及びHIV薬の普及が確実に感染者数を下げている国と、医療環境に恵まれていない低所得国でのさらなる感染拡大という格差が広がっていることが推察される。

2012年WHOがプレコンセプションケアを提唱した以前の2010年には、低所得国の新規HIV感染者数は、日本の12.6倍の感染者数を記録していたことが分かる。HIVの感染経路は性行為であることから、WHOは、国際的な妊娠前の健康教育の必要性を感じたものと推察される。
2| 対人暴力に関する容認度は、女性において高い傾向
次に、性的暴力により性感染症に罹患するリスクや、妊娠中の暴力による胎児及び乳幼児死亡につながるリスクが指摘されている「対人暴力」について、国際比較できるデータが存在しなかったため、対人暴力に関する重要な指標のひとつである、「対人暴力に関する容認度」をWHOのデータセットから抽出し、男女別に図表4へ示した。
図表4.15歳から49歳における対人暴力の容認割合(男女別国際比較)
その結果、低所得国における女性への暴力に対する容認割合(男性が女性に対して暴力をふるうことを容認する割合)は2010年の最高値割合は7割を超えており、2020年にかけて減少傾向にはあるものの、最低値でも45%が容認している実態が明らかとなった。

一方で、低所得国における男性への対人暴力に関する容認度(女性が男性に対して暴力をふるうことを容認する割合)は、2010年に最低値割合でも40%、2020年には最低値割合でも39%と、40%前後からあまり変動があまりない実態が明らかとなった。

WHOが2012年にプレコンセプションケアを提唱する直近の2010年時点では、未だ低所得国において、女性への暴力が容認される傾向が高かったことが分かる。

尚、今回はWHOから取得可能なデータである低所得国における暴力容認度を取り上げたが、先進国では、自殺(自身に対する暴力)や、幼児や高齢者への身体的虐待、DV(Domestic Violence)など様々な指標が数値化されており、低所得国に関わらず先進国においても、暴力がおよぼす健康影響が懸念されている。

これらのことから、暴力による身体的及び精神的健康障害を回避する観点からも国際的に改善に取り組む必要性があったものと推察される。
3| 10歳代の飲酒やマリファナ使用率は、高所得国において顕著に高い
続いて、乳幼児死亡や精神的作用が認められる母体の薬物使用につながるリスク行動として、飲酒行動や薬物の使用があげられている。重度の飲酒は、肝硬変や肝がんの罹患リスクを高め、抑うつ症状や不安感などの精神症状へ影響を及ぼす。また、マリファナなどの花や葉に含まれるTHC(テトラヒドロカンナビノール))は、脳に作用することで、知覚変化や学習能力の低下、運動失調や精神障害等が認められることが知られている7

これら、重篤な健康障害を引き起こす飲酒と薬物の使用割合について、WHOのデータセットから抽出し、図表5へ示した。尚、本件のデータは、10歳代の飲酒経験割合と、生徒のマリファナ使用経験割合である。この「生徒」とは、国際標準はなく、各国の指標に基づくものであり、おおよそ15・16歳から18歳・19歳の年齢が該当する。
図表5.10歳代(15-19歳)の飲酒経験者割合とマリファナ使用経験割合(所得水準別、最高低値比較
その結果、2016年の10歳代の飲酒割合は、高所得国において最高値で86.4%、日本では45.5%、低所得国の最高値は27.4%を占めていた。また、2015年のマリファナの使用割合では、高所得国において最高値が36.79%、日本では2016年のデータにはなるが、0.4%、低所所得国も日本と同様の値で1%を切っていた。これらの結果からは、重篤な精神症状に影響する飲酒や薬物の使用は、低所得国ではなく高所得国において顕著であることが分かる。

飲酒については厳しく規制されている国がある一方で、比較的手軽に飲酒をすることができる国が高所得国に高い割合で存在することが影響している。また、日本では違法であるマリファナの使用ではあるが、国際的には医療目的での使用を認めている国があり、高所得国の一部では娯楽目的での使用も合法化されている。

WHOは、生涯の健康に影響を及ぼす、飲酒やマリファナを含めた薬物乱用の防止について、先進国を中心に国際的に取り締まる必要性があったことが推察される。
 
7 東京都保健福祉局「みんなで知ろう 危険ドラッグ・違法薬物」(2022)https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/no_drugs/about_taima/index.html 

4――まとめ

4――まとめ

本稿では、“プレコンセプションケア”を提唱したWHOの内容を概説した結果、先進国や発展途上国を問わず、様々な健康リスク要因が頻発している実態を受けて、生涯の健康に影響を与えうる思春期時期から適切な保健介入をすることを目的に提唱されていたことが特徴的であると分かった。

また、それらを提唱するに至る背景としては、発展途上国での新規HIV感染症の罹患率の高さや、先進国での飲酒や薬物乱用、対人暴力などの健康リスク要因があることが推察された。

次回は、これらCDC及びWHOのプレコンセプションケア提唱の特徴や背景要因について比較しながら、日本の特徴を探り、日本においてプレコンセプションケアを提唱する意義について検証する。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

(2022年10月24日「基礎研レター」)

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