2022年08月30日

Amazonの最恵国待遇条項訴訟-棄却決定に対するコロンビア特別区からの申立て

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2021年5月25日米国コロンビア特別区(以下、特別区)の司法長官室(Office of Attorney General)はAmazonに対して特別区反トラスト法28-4502条(競争制限行為の禁止)違反、および同法28-4503条(私的独占の禁止)違反を主張して、違法行為の排除ほか民事罰(Civil Penalty)の賦課等を求めて、Superior Court of the District of Columbia(以下、裁判所)に提訴した。このことについては2021年6月に公開した基礎研レポートに記載した通りである。

提訴の内容については、Amazonが第三者である小売事業者に対して、自社プラットフォームでの販売価格以下での販売を、別のプラットフォームまたは自社販売サイトで行うことを禁じる最恵国待遇条項(Most favored nation, MFN)を締結したことなどが、州の反トラスト法違反であるとするものであった。

ちなみに、反トラスト法が規制する行為には、価格カルテルなど競争者同士が強調して競争を制限する(不当な取引制限)ものと、市場における独占者が他の事業者を支配あるいは排除して独占状態を維持・強化する行為(私的独占の禁止)などがある。本件ではどちらも論点となっているが、市場支配力のあるAmazonの行為であることから、特に後者(私的独占の禁止)が主要な論点であると考えられる。

提訴後、2022年3月18日に、Amazonからの棄却申立て(Motion to dismiss)を受けて、裁判所は本案の審査を行うことなく、口頭命令(oral Order)で特別区の提訴について棄却を決定した。簡単に言えば裁判所は特別区に対して訴訟上の主張立証活動を行わせず、門前払いをしたことになる。

これを受け、特別区は裁判所に対して棄却命令を撤回する申立て(以下、「撤回申立て」下記2)と、代替的に反トラスト法違反にかかる修正申立て(以下、「修正申立て」下記3)を行ったので以下紹介したい1。なお、本稿は特別区の主張のみを基礎として記載したものであることをお断りしておきたい。

2――撤回の申立て

2――撤回の申立て

本項で説明するのは、本案前の棄却を行った裁判所に対する特別区の反論である。「2-撤回の申立て」では、特別区は裁判所が本案の審理前に申して他を棄却したことに反論する議論を行っている。以下では撤回申立ての書面に沿って解説する。まず、撤回申立てでは、事案の概要を述べる(下記1|)。

次に、特別区は裁判所が棄却する条件を満たしていないのに棄却をしたことに異議を述べる。具体的には、原告が「表面上もっともらしい」事実を述べたときには本案審理前の棄却はできないとすることを述べている(下記2|)。

そして、特別区はその主張において「もっともらしい基準」を満たすべき事実を十分に主張していることを述べる(下記3|)。

また特別区は、特別区が主張した事実に関して裁判所が誤った認定を行っていることを主張する(下記4|)。

さらに特別区は裁判所が契約書の条項についてその契約文言のみを検討対象にしたことを批判する(下記5|)。最後に特別区は裁判所が依拠したとおもわれる「並行行為」の考え方も批判する(下記6|)。
1|事案の概要2
撤回申立てはまず事案の概要の説明から始めている。Amazonでは、第三者小売事業者(Third party seller, 以下、TPS)の販売を仲介する方法と、Amazonの直販方法との、二つの方法で販売を行っている。前者ではTPSの商品販売をAmazonのオンライン市場(Amazon MarketPlace)で仲介する。Amazonの収益の基本となるのは仲介手数料である。後者ではAmazonが卸売業者(First party seller, 以下FPS)からAmazonブランドの商品を仕入れて、消費者に直接販売する。この場合、Amazonの収益は販売価格から原価等を引いたものである(図表1)。
【図表1】Amazonのビジネス形態
販売にあたって、AmazonはTPSおよびFPSとの間で契約を締結する。まずTPSとの契約には、2019年までは価格平等条項(Price Parity Policy、以下PPP)が規定され、それ以降は公正価格条項(Fare Pricing Policy、以下FPP)が規定されている。PPPでは価格や販売条件について、Amazonの顧客に対するものが、少なくとも他のオンライン市場経由のものと比較して最も良好(favorable)であることとされていた。この条項によって、Amazonでの販売価格が米国におけるオンライン市場での事実上価格の下限となっていた。

ところが欧州でAmazonの競争法上の問題が審査され、また米国でもAmazonに対する議会の反トラスト法審査に直面すると、AmazonはPPPに代えて、FPPを導入した。FPPはAmazonでの価格が、Amazon内外で提供された直近の価格よりも大幅に高い(significantly higher)場合のみを禁止している。しかし、TPSによるとFPPの運用はPPPと同様にAmazonでの最低販売価格を強要するものであり、リップサービスに過ぎないという(図表2)。
【図表2】PPP又はFPP
一方、FPSとの契約には最小マージン条項(Minimum Margin Agreement、以下MMA)が含まれている。MMAはAmazonがFPSから商品を購入して、オンライン市場で販売したときに一定の最低利益をFPSが保障するものである。FPSが同じ商品を他の競合するオンライン市場で安価で販売したときに、対抗のためAmazonが販売価格を下げたときには、AmazonはFPSに最低利益との差額の金額を要求できる(図表3)。
【図表3】MMAによる利益補てん
裁判所はこれら三つの条項のうち、FPPしか取り上げなかった。そしてFPPに「より低い」や「価格の最下限(floor)」といった用語がないことに注目したが、契約書の記載そのものではなく、契約の効果のほうを反トラスト法は問題にする。

なお、ここで略語について整理すると図表4の通りである。
【図表4】略語の一覧
 
2 申立書P3~P6
2|棄却は裁判所の先例に反する3
裁判所の先例では、提訴には真実と認められたときに救済申立てが「表面上もっともらしい(plausible on its face)」ことを述べる十分な事実(factual matter)を含まなければならないとする。この「もっともらしい基準(plausible standard)」は原告が勝訴するだろうというまでの可能性(likelihood)を要するものではない。表面上もっともらしいとは、ディスカバリー(=米国法における被告に対する開示手続)によって、違法行為の証拠を明らかにするだろう合理的な期待を生じさせる事実が申し立てられたことでよい。重要なのは、先例によると、原告からの申立てがもっともらしいと言え、かつ同時に被告からの申立てももっともらしいと言えるときは、裁判所は棄却をすることができない。棄却ができるのは被告側の主張が非常に説得的であり、原告の主張がありそうではないとみられるときに限られる。

この点に関連して、原告の主張である、TPSとFPSが、PPP、FPP、MMAに違反しないために価格を引き上げたことは法律論ではなく、事実の推定(presumption of truth)を受けることができる(=したがってもっともらしい)。
 
3 申立書P7~P10
3|特別区の主張は先例の基準を満たす4
特別区は上記の「もっともらしい基準」を満たすと主張する。まず特別区はTPSが定期的に他のオンライン市場での価格引き上げを行っていることを示す。具体的には競合するウォルマートでは、TPSがAmazonとの契約違反を回避するために、価格引き上げを行いたいとの要請を日常的に受けていたとの事実がある。このように、TPSが競合するオンライン市場において、より低い価格で販売できないようにすることで、競合するオンライン市場がAmazonと競争する能力を妨げている。

MMAについては、FPSがAmazonからの利益保障を発動させないため、競合するオンライン市場での価格を引き上げ、またオンライン市場運営者に対して価格引き上げを要請した。さらにMMAに基づくFPSの行為によって、Amazonとの契約がなければあっただろう価格よりも高い価格を他のオンライン市場で維持した。

裁判所の先例では、いかに問題となった条項が競争を制限したか、また価格上昇につながったかを説明する主張がされれば、被告からの棄却申立てを十分に打破すると判断するのが通例である。

重要なのは、裁判所は、特別区の主張が契約当事者の反応や行動といった細部まで触れていなくとも、この段階での主張としては十分であると判断すべきことである。
 
4 申立書P10~P14
4|裁判所は事実誤認をしている5
裁判所は、Amazonの競争者がより低い仲介手数料をとっているという事実は、市場原理が存在するということであり、Amazonが他のオンライン市場での販売価格の下限(floor)を作っているという主張に反すると判示した。裁判所が他のオンライン市場で価格が上昇していないと判断したことは、特別区の主張した事実を否定するものである。しかし論点整理(pleadings=本案審理前の手続)の段階では、裁判所は事実認定を行わないのが確立した法規範である。

さらに他のオンライン市場が低い仲介手数料をとっているとの裁判所の事実認定は、他のオンライン市場で販売される商品の価格の設定がどうなっているかについて述べているものではない。販売価格の下限は仲介手数料とはかかわりなく、消費者への商品販売にあたって設定されるものである。そして消費者への価格はAmazonのMFNによって制限されている。

加えて、裁判所ではその判断の根拠の一部に、契約条項の適用を避けるためには、Amazonで販売しないという選択肢をとることが可能であるとしているかのようだ。しかし、裁判所によるこの判断は多くの中小のTPSにとっては、Amazonなしには事業継続が困難となるという特別区の主張した事実に反する。
 
5 申立書P14~P15
5|反トラスト法分析は契約書文言で完結しない6
先例では裁判所は契約条項の裏まで見て、当事者間の関係と実社会での合意の効果を確かめるべきである。反トラスト法違反者はめったに反トラスト法的な合意を契約書に記載することはなく、一般大衆は競争法当局や裁判所に、競争を減少させて消費者に害を与える契約を探し出すことに信頼を置いている。裁判所は潜在的な反トラスト法効果を契約書面のみからの情報に重点を置いているが、これは法に反する。裁判所は契約条項の裏まで見ていないため、特別区による反トラスト法的効果について分析した契約締結と履行についての「もっともらしい」主張を無視するという間違いを犯した。  
 
6 申立書P15~P17
6|合法的で振付のない自由市場行為を検討しなくてよい7
裁判所が、特別区の主張が「もっともらしい」といえないとするのは、価格の維持が「並行行為(parallel conduct)」によって説明できるとの分析に基づいているかのように見える。裁判所は合法で、振り付けのない(unchoreographed)自由市場行為(=各事業者が相互に連携せず自発的に価格を設定する行為)でオンライン市場における価格設定が説明できることを述べ、特別区が主張する行為は自由市場行為によるものとして性格づけよう(categorize)とした。

しかし、このことは法に反する。合法で振付のない自由市場行為は、反競争法的効果があったかどうかについてではなく、合意があったか、一方的な行為だったかを判断するためだけの基準である。そして、この点、裁判所は合意の存在を認めている。合意の存在そのものが、問題となった行為が独立した自由市場行為ではないことを十分に示している。
 
7 申立書P18~P20
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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