2022年05月17日

医師の需給バランス 2022-医師偏在是正のためにどのような手立てが講じられているか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

人口の高齢化が進むなかで、医療サービスの安定供給が注目されている。厚生労働省の医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会(以下、「分科会」)では、6年以上に渡って人口構造の変化や地域の実情に応じた医療提供体制を構築すべく医師需給推計、医師偏在対策等の議論が重ねられてきた。分科会は、2022年2月に第5次中間とりまとめ1(以下、「取りまとめ」)を公表した。

本稿では、その内容をもとに、日本の医師の配置の現状や見通しについて、見ていくこととしたい2
 
1 「第5次中間取りまとめ」(医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会, 令和4年2月7日)
2 本稿は、「医師の需給バランス-医師の偏在は是正されるか?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所, 基礎研レター, 2019年5月10日)の続編でもある。併せてご参照いただきたい。

2――日本の医師の現状

2――日本の医師の現状

まず、日本全体での医師数の推移について簡単にみていく。

1医師数は、戦後一貫して増加している
臨床の医師は、戦後一貫して増加し、2020年には32.7万人に達した。人口10万人当たり259.5人の医師が医療に従事している。2000年代には、医師不足の問題がメディアで取りあげられることもあったが、実際には医師は増加してきた。大学医学部の入学定員が安定的に推移し、新卒医師が着実に供給されてきたことが背景として挙げられる。入学定員は、2010年度に大きく引き上げられた。2022年度には、9,374人となっている。
図表1. 医師数の推移
図表2. 大学医学部定員数の推移
分科会では、取りまとめの中で、「令和11年頃に需給が均衡し、その後も医師数は増加を続ける一方で、人口減少に伴い将来的には医師需要が減少局面になるため、医師の増加のペースについては見直しが必要」としている。
2複数の診療科を標榜する、小児科医や産婦人科医は減少している
つぎに、診療科別の医師数の推移をみてみよう。1996~2020年の24年間で、主たる診療科をみると、多くの診療科で、医師は増加している。そのなかで、外科は減少、産婦人科はほぼ横這いとなっている。

医師が診療科を複数回答した場合でみると、これも多くの診療科で増加している。しかし、小児科と産婦人科では、減少している。その背景として、これらの診療科では医師の当直や拘束時間が多く激務であることや、患者に対する診療の安全性に医師が懸念を持つようになったことから3、これまで内科と兼ねていた診療所が内科のみを標榜するようになった、などの変化があったものとみられる。引き続き、小児科や産婦人科の医師の充足が、医療体制整備の課題の1つといえる。
図表3-1. 主たる診療科別医師数推移/図表3-2. 複数回答での診療科別医師数推移
 
3 2000年代には、さまざまな文献やサイトで同様の指摘がなされた。例えば、平成22年11月11日開催の社会保障審議会医療部会(厚生労働省)の資料1には、「産婦人科の訴訟リスクは、他の診療科に比べて高い」と指摘されている。

3――医師偏在指標

3――医師偏在指標

2018年7月に成立・公布された「医療法及び医師法の一部を改正する法律」では、医師数に関する指標を踏まえて確保すべき医師数の算定、医師少数区域の設定、医師確保対策の実施体制の整備などが規定された。これを受けて、具体基準の策定等について分科会で審議が進められ、2019年3月に第4次中間取りまとめの中で公表された。以下、2020年8月の分科会で示された、同指標の確定値をもとに、医師の地域偏在の状況を概観していこう。4
 
4 同指標には批判もある。日本医師会は、「この指標は、一定の仮定を置いた上で機械的に試算した"相対的"な指標に過ぎない」としたうえで、地域の実情を反映させ、実効性のある医師確保対策につなげていく鍵は、医師会、大学、病院団体等の医療関係者を中心とした「地域医療対策協議会」が握っている、としている。(「日医ニュース」(2019年7月5日)より)
1医師偏在指標により、医療圏ごとの医師偏在度合いが数値化された
地域偏在の状況を把握するためには、地域ごとの医師の多寡を、全国ベースで比較する必要がある。分科会は、つぎの「医師偏在指標」が設けて、定量的な比較を可能としている5
図表4. 医師偏在指標
 
5 これとあわせて、次章でみるように、産科医師偏在指標と小児科医師偏在指標も設けられた。また、二次医療圏ごとに、外来医師偏在指標も設けられている。
(1) 医療ニーズ及び人口・人口構成とその変化
一般に、高齢者の割合が高い地域ほど、医療ニーズが増す。そこで、指標の分母の「地域の標準化受療率比」において、地域の性年齢階級別の人口構成を反映することとされている。

(2) 患者の流出入
大都市の中心地域では、昼間人口と夜間人口が大きく異なる。また、患者が、医療圏を越えて受療することもある。これらに関して、医師数は、夜間人口(患者住所地ベース)をもとに算出されており、昼間に所在する地域での受療行動は考慮できていない。そこで、外来医療については、現実の受療行動に関するデータを参考として、患者の流出入を反映する。入院医療については、地域医療構想における推計方法を参考に、患者住所地をもとに医療需要を算出し、流出入についての実態も情報提供した上で、都道府県間等の調整を行うことで、患者の流出入を反映することが基本とされている。

(3) へき地等の地理的条件
へき地等は指標では、きめ細かく対応できない。このため各都道府県が、局所的に医師が少ない場所を「医師少数スポット」6と定め、医師少数区域(次ページ参照)と同様に取り扱うこととされている。
 
6 医師少数スポット等における局所的な医師確保にあたっては、常勤医師派遣という選択だけではなく、複数医師での多様な連携による派遣システムや巡回診療等の体制整備、遠隔医療の活用を検討するなど、実情に応じた柔軟な運用により医療ニーズを充足していくことが適切である、とされている。
(4) 医師の性別・年齢分布
地域の人口のみならず、医師についても、地域ごとに男女比や年齢分布が異なる。そこで、指標の分子の「標準化医師数」において、性・年齢ごとの平均労働時間による重み付けをして、医師数を標準化することとされている。

(5) 指標の単位と見直しの間隔
医師偏在指標は、三次医療圏(都道府県)と二次医療圏を単位として算出されている。なお、見直しの間隔は、医師確保計画と同様に3年ごととされている。
2医師は東日本で少数、西日本で多数の傾向
医師偏在指標の下位3分の1は医師少数区域、上位3分の1は医師多数区域とされている。2019年12月には、都道府県および二次医療圏ごとの医師偏在指標(確定値)が厚生労働省から各都道府県に通知された。このうち、都道府県については、東京、石川、宮崎を別にすると、東日本で医師少数、西日本で医師多数の傾向となっている。一方、二次医療圏別にみると、一般に都市部で医師多数、農村部で医師少数となる傾向がうかがえる。(順位は、筆者が付した。)
図表5-1. 都道府県ごとの医師偏在指標 (確定値) 
図表5-2. 二次医療圏ごとの医師偏在指標 (確定値) 

4――産科と小児科の医師偏在指標

4――産科と小児科の医師偏在指標

医師偏在指標は、産科と小児科についても設けられている。産科や小児科の医師の偏在状況を示し、その是正のため施策を促す目的だ。都道府県別、二次医療圏別の指標値が示されている7
図表6. 産科と小児科の医師偏在指標
図表7. 都道府県ごとの産科と小児科の医師偏在指標 (確定値)
 
7 このほか、外来医師偏在指標も設けられ、二次医療圏別の指数が示されている。これは、
として、計算される。この計算式の分子は、診療所の医師の性別、年齢による労働時間の違いを全医師なみに補正した医師数。分母は、地域の性別、年齢による外来受療率の違いを全国平均に補正した人口10万人あたりの外来受療数に、地域の医療施設(病院と診療所)のうち診療所で外来患者を診る割合(患者数の比)を掛け算したもの。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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