2021年10月07日

「かかりつけ医」の意味を問い直す-コロナ対応、オンライン診療などで問われる機能

基礎研REPORT(冊子版)10月号[vol.295]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1―はじめに ~「かかりつけ医」の 意味を問い直す~

近年、医療制度改革の論議で、「かかりつけ医」という言葉を頻繁に見掛ける。例えば、新型コロナウイルスへの対応では、かかりつけ医への発熱相談などでクローズアップされたほか、オンライン診療を初診から認める特例の継続、外来医療の明確化などの文脈でも、かかりつけ医の重要性が論じられている。

しかし、かかりつけ医は必ずしも制度的に位置付けられておらず、その意味は曖昧である。本稿では、かかりつけ医の制度的な位置付けが曖昧になっている背景として、30年ほど前の議論を振り返る。その上で、かかりつけ医を制度化しているイギリスの事例などを参考にしつつ、患者にとっての「医療の入口」を1カ所に絞る登録制度の是非も含めて、今後の方向性を問い直す。

2―かかりつけ医が注目される文脈

ここでは、かかりつけ医が注目されている文脈として、(1)新型コロナウイルスへの対応、(2)オンライン診療の特例継続、(3)外来医療の明確化――という3つに大別する。第1の新型コロナウイルスへの対応では2020年9月、身近な医療機関に電話で相談した上で、地域の「診療・検査医療機関」を受診する仕組みに変更された。さらに2021年度に入って本格化したワクチン接種に関しても、日本医師会(日医)の中川俊男会長から「(筆者注:かかりつけ医による)個別接種の方が、ワクチン接種には強力な武器になる」との期待感が示された。

第2のオンライン診療の関係では元々、2018年度に初めて保険給付として認められたが、初診を対面で診察した患者に限定する「初診対面原則」などが導入されたことで、実施医療機関は増えなかった。その後、新型コロナウイルスへの対応策として、「院内感染を防ぐためにオンライン診療が重要」という意見が強まり、初診対面原則が事実上、撤廃される特例が2020年4月から導入された。

さらに菅義偉政権の下で特例の恒久化が決まり、2021年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」では初診からの実施について、原則として、かかりつけ医による対応が基本とされた。

3点目に関しては、各医療機関の外来機能を明確にする議論が絡んでいる。日本の医療制度では患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」が採用されており、各医療機関の外来機能が不明確である。そこで、2016年度診療報酬改定では紹介状なしで大病院に行った場合、5,000円の追加負担を徴収する仕組みが導入され、その後も追加負担を徴収される医療機関の対象は少しずつ拡大されたが、今年の通常国会で成立した改正医療法では、紹介患者を中心に外来医療を提供する「医療資源を重点的に活用する外来」(仮称)を明確にすることが決まった。

この一環で、大病院への外来集中を防ぐ観点に立ち、かかりつけ医の機能を明確にするよう求める意見が強まっている。

3―「かかりつけ医」の意味

では、かかりつけ医とはどう定義されているのだろうか。日医などは2013年8月の報告書で、図表1のような定義と機能を示している。

しかし、かかりつけ医の制度的な位置付けは曖昧であり、その曖昧さの淵源は1990年代に遡る。以下、当時の経緯を振り返ることとする。
[図表1]かかりつけ医の定義、かかりつけ医機能

4―「かかりつけ医」の経緯

かかりつけ医という言葉が医療制度の論議で初めて使われたのは1990年代前半であり、慢性疾患患者の増加などを踏まえ、かかりつけ医と患者をマッチングさせるモデル事業が1993年度にスタートしたが、この事業が始まる際には1980年代後半、厚生省と日本医師会(日医)が「家庭医」の創設を巡って激しく対立したことが影響した。

具体的には、継続的に健康状態などを把握する「家庭医」を制度的に育成しようとした厚生省に対し、日医は「既に開業医が同様の役割を果たしている」と主張。さらに、厚生省が医療費抑制に向けて、家庭医の制度化を目指していることを日医は警戒した。

結局、新たな制度は設けられず、現行制度をベースにしつつ、かかりつけ医を広げて行く形が選ばれた。この結果、かかりつけ医は制度的に明確に位置付けられず、今に至るまで制度的な位置付けや役割は必ずしも明確になっていない。

その後、継続的に患者の状態などを把握するプライマリ・ケアの専門医として、総合診療医の制度的な育成が2018年度から始まったものの、かかりつけ医と総合診療医の違いは整理されていない。

敢えて言えば、総合診療医はプライマリ・ケアの「能力」を持つのに対し、かかりつけ医は図表1のような「機能」を果たす医師と整理されている。その分、かかりつけ医には能力を測る客観的な評価基準や要件が不明確となっている。

5―かかりつけ医を決めるのは誰か?

しかし、2019年9月に公表された内閣府の「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」(回答者数は2,803人)によると、52.7%の国民が「かかりつけ医を持っている」と答えており、同じような傾向は別の調査でも共通している。

それなのに、機能が不明確な状況はなぜか。それは「かかりつけ医」という言葉の曖昧さと絡んでいる。つまり、かかりつけ医は患者の主観的な判断に依る部分が大きく、極論を言ってしまうと、筆者が久しぶりに会った旧友の医師に対し、「何かあったら宜しく」とお願いするだけで、筆者のかかりつけ医が生まれることになりかねない。

しかも、日本の医療制度はフリーアクセスであり、患者の判断でかかりつけ医をいつでも変えることができるし、かかりつけ医を複数持つことも可能である。以上のように、かかりつけ医とは、患者の意識や行動に多くが委ねられている分、制度的な位置付けも曖昧となっている。

6―制度化を考えるヒント

1|英国、フランスの事例との対比
では、かかりつけ医機能の明確化に向けて、どういった方向性が考えられるか。最初に英国との対比を試みる。

同国は公的医療費の大半を税金で賄う国民保健サービス(NHS、NationalHealth Service)を整備しており、2次医療や3次医療を受ける場合、原則として家庭医(GP)と呼ばれるプライマリ・ケア専門医の紹介を必要とする。その際、国民は平均3~5人程度のGPが勤務する診療所に登録することが義務付けられており、GPは幅広い年齢層や病気・ケガに対応するだけでなく、病気やケガの種類、患者の状態や緊急性などに応じて専門的な医療機関などを紹介する。この点で、フリーアクセスの日本と異なる。

だが、両者に共通点も見られる。以前の英国のシステムでは、国民は診療所を選ぶ権利を付与されておらず、診療所が居住地に応じて自動的に決まる仕組みだったが、現在は複数の診療所から1つを選択できるようになった。つまり、診療所に対する登録の義務を課しつつ、患者に選択権を付与したわけだ。

これに対し、日本の医療制度は紹介状なし大病院への受診について、自己負担を高く設定することで、医療機関を選ぶ患者の自由を一部で制限しようとしている。このため、医療機関や医師を選ぶ患者の自由と、医療の入口を絞り込む制限の間でバランスを取ろうとしている点は共通していると言える。

さらにフランスも従来のフリーアクセスを改め、2005年から「かかりつけ医」への登録を国民に義務付けた。フランスの場合、かかりつけ医を経由せずに大病院に行くことも可能だが、その場合には自己負担が高くなる。つまり、自己負担に差を付けることで、かかりつけ医での受診を誘導しようとしている。

こうした両国の仕組みを踏まえると、継続的な医療を提供するための基盤として、「医療の入口」を1カ所に絞る登録制度は選択肢に入って来ると思われる。
2|国内制度との対比
さらに、服薬指導などに当たる「かかりつけ薬剤師・薬局」の診療報酬の仕組みでは、患者1人に対して薬剤師が1人だけ算定できる仕組みであり、患者にとって「お薬の入口」を1カ所に絞っている。同じ仕組みは「小児かかりつけ医」でも採用されており、患者にとって「医療の入口」を1カ所に重要性を示唆している。

つまり、かかりつけ医機能の明確化論議に際しては、「患者―医師の関係をどう構築するか」「患者にとっての『医療の入口』をどうするか」という議論と不可分であり、言い換えると「フリーアクセスをどこまで修正するか」という議論に発展する。
3|かかりつけ医に何を期待するのか
さらに、かかりつけ医に求められる役割も大事になる。「かかりつけ医に期待する要件」を尋ねた内閣府の世論調査を見ると、図表2の通りに「病状、治療内容など、分かりやすく説明をしてくれる医師」「かかりつけ医が治療できない病気が見つかった場合、専門の医療機関などを紹介してくれる医師」「話を十分に聞いてくれる医師」が複数回答で上位に来ており、こうした要件を果たせる医師の育成も欠かせない。
[図表2]かかりつけ医に求める条件

7―おわりに

本レポートでは、かかりつけ医の制度的な曖昧さを論じるため、歴史的な経緯や国内外の事例などを考察した。かかりつけ医と総合診療医の違いを含めて、国民に分かりにくい議論が続いており、かかりつけ医の明確化に際しては、患者の視点に立った議論に期待したい。
 
 本稿は2021年8月16日のレポートを再構成した。紙幅の都合で参考文献などを省略しており、こちらを参照されたい。
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=68500?site=nli
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年10月07日「基礎研マンスリー」)

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