2021年07月09日

他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのか?-利他的行動の幸福度への影響の実験による検証

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

文字サイズ

1――はじめに

他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのだろうか。世界各国で、寄付のように他人に利益を与える行動をする人は、幸福度が高い傾向があることが示されている1。こうした「自分に何らかのコスト(時間、労力、お金、など)を負いながら他者に利益を与える行動」2のことを利他的行動という。しかし、こうした利他的行動をする人は、利他的行動によって幸せになっている可能性もあれば、幸せだから利他的行動をしている可能性もある。そのため、利他的な行動をしている人と利他的な行動をしていない人の幸福度を比較しても、その因果関係を捉えることはできない。

そこで、この因果関係を捉えるために、世界で様々な実験的な研究が行われてきている。そして、これまでの様々な研究では、経済的に豊かと考えられる国でも貧しいと考えられる国でも、さらには、大人でも小さな子どもでも、利他的な行動は幸福度を高めるという因果関係がある可能性が示されてきた。

本稿ではまず、これまで行われてきたこうした利他的行動と幸福の因果関係を示す実験的な研究の結果を紹介する。そしてさらに、ニッセイ基礎研究所が独自に行ったWEB調査を用いた大規模な実験の結果を紹介する。結果を先取りしてお伝えすれば、この実験によって、日本に住む人々の間でも利他的行動は幸福度を高める可能性があることが確認された。
 
1 Aknin et al. (2013)
2 出馬圭世「利他的行動」『脳科学時点』(https://bsd.neuroinf.jp/wiki/利他的行動#:~:text=利他的行動は自分,を与える行動を指す。2021/3/22アクセス)
 

2――利他的行動で幸せになれることを実証した実験

2――利他的行動で幸せになれることを実証した実験3
 
1│人のためにお金を使うと幸せになる
まず、利他的行動で幸福になる可能性について、因果関係を示した最も有名な研究はScience誌に掲載されたDunn et al. (2008) によるものだろう。この研究で行われた実験は、46人の参加者を対象として北米地域で行われた。実験の設計は以下の通りである。

(1) 実験が行われる日の朝、参加者は自分の幸福度を評価する。

(2) 参加者はランダムに2つのグループに分けられ、1つのグループの人は5ドルか20ドルを渡され、当日の午後5時までに自分のためにそのお金を使うように伝えられる。
そして、もう1つのグループの人にも、5ドルか20ドルを渡され、今度は当日の午後5時までに、他の人へのプレゼントか寄付に使うように伝えられる。

(3) 午後5時以降に参加者はもう一度集められ、自分の幸福度を評価する。
 
この結果、自分のためにお金を使った人よりも、他人のためにお金を使った人の方が、平均的に幸福度が高まったことが確認された。この実験は、参加者がランダムに分けられていることによって、それぞれのグループのもともとの平均的な同質性が担保されているため4、他人のためにお金を使うことの因果関係でいうところの効果を示していると考えられる。この研究では、使った金額が5ドルでも20ドルでも大きな違いが見られなかったことも興味深い点である。

また、この研究では、この実験に参加した人々とは別の人々に、お金を使った際に感じる幸福度を予測する質問をしている。この幸福度を予測する質問では、人々はより大きな金額を使った方が幸せになれるだろうと予測し、さらに、他の人のために使うよりも、自分のために使った方が幸せになるだろうと予測する傾向が見られた。つまり、実際の実験では、他の人のためにお金を使った方が幸福度が高まることが確認されているが、人々はそれとは異なる予測をしているということである。この結果からは、人々が他の人のためにお金を使うことによって得られる幸福感を正しく予測できていない傾向があることが示唆される。
 
3 この節は、Dunn et al. (2014)を参考にしている。
4 こうした形で研究者が参加者をランダムに分けて介入を行う実験をランダム化比較試験(RCT)という。
2│経済的な貧富に関わらず利他的行動は幸福度を高める
上記のScience誌に掲載された研究は北米地域で行われたもので、世界的に見れば経済的に豊かな地域で行われたものであり、そうではない地域でも同様の傾向がみられるのかどうかは検証の必要がある。そこで、経済的な状況による違いを確認するため、カナダと南アフリカで同様の実験が行われた5。どちらの地域でも、参加者はランダムに2つのグループに分けられ、1つのグループには、自分自身のために少しお得なお菓子等の入った袋を購入する機会が与えられ、もう1つのグループには、地元の病院にいる病気の子どもたちのために同様の袋を購入する機会が与えられた。

その結果、カナダでも南アフリカでも同様に、病気の子どもたちのためにお菓子等が入った袋を購入したグループの方が、自分のために購入したグループよりも、幸福な気分になったことが確認された。南アフリカでは20%以上の参加者が過去1年間の間に自分もしくは家族の食糧を得るためのお金がないという経験をしていた(つまり経済的に貧しいと考えられる)。つまり、経済的に貧しいと考えられる人々の間でも、経済的に豊かと考えられる人々の間の場合と同様に、利他的な行動によって幸福度が上がる傾向が見られたということである。
 
5 Aknin et al. (2013)
3│子どもも利他的な行動で幸福になる
さらに、こうした利他的な行動が幸福度を高めるという因果関係は、幼い子どもの間でも見られることが確認されている。ある実験では、平均2歳に満たない幼児がお菓子をもらった際と、あやつり人形にそのお菓子を分けてあげるように促されて、分けてあげた際を比べると、あやつり人形にお菓子を分けてあげた際の方が、幸せな表情を見せることが報告されている6。さらに、幼児は追加でお菓子をもらってあやつり人形に分けてあげた際よりも、もともともらっていた自分のお菓子をぬいぐるみにあげた際の方が幸せな表情を見せることも報告された。これは、自分がコストをかけて他人に利益を与えることが、幼い子どもの間でも幸福を高める傾向を示す興味深い結果である。
 
6 Aknin et al. (2012)
 

3――日本での寄付と幸福度の因果関係を捉えた実験

3――日本での寄付と幸福度の因果関係を捉えた実験
 
これまで紹介してきたように、利他的行動が幸福度を高めるという因果関係は、経済状況や年齢に関係なく確認されてきているが、それぞれの実験は数十人の参加者による小規模なものがほとんどであり、より一般化して捉えるためには大規模な実験が必要であろう。また、日本でも同様の傾向がみられるのかを検証することも重要と考えられる。こうした課題に取り組むため、ニッセイ基礎研究所では、寄付と幸福度の因果関係を捉えるための、WEB調査を用いた大規模な実験を行った。以降はその調査の概要と結果について紹介する。
1調査概要
本調査は、2020年の3月にWEBアンケートによって実施した。回答は、全国の20~69歳の男女7を対象に、全国6地区の調査対象者の性別・年齢階層別(10歳ごと)の分布を、平成31年1月の住民基本台帳の分布に合わせて収集された。回答数の合計は1,658件である。
 
7 マイボイスコム株式会社のモニター会員
2実験の設計
調査には、寄付の幸福度への影響を捉えるためのランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)を取り入れた。RCTとは、研究参加者を研究者がランダムに複数のグループに分け、それぞれのグループに異なる介入を行うことによって比較し、それぞれの介入の効果を検証するものである。参加者をランダムにいくつかのグループに分けることによって、それぞれのグループのもともとの特徴が同質であることを担保することができるため、因果関係を検証するために有効な方法である。

私たちの行ったRCTは図1のように、3つのステップで構成されている。まず、ステップ1として、介入を行う前の全員の幸福度の値を測定する。この際の幸福度の把握には、「現在、あなたはどの程度幸せですか。「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とすると、何点くらいになると思いますか。」という11段階の選択式質問を用いた。

そして、ステップ2として、ボーナスポイント(100円相当)が当たるかもしれないくじ引きを行う旨を説明した上で、参加者をランダムに「当選」「その他(寄付)」「落選」の3つのグループに振り分け、それぞれ以下のように表示した(ランダムな振り分けの結果、1,658名の参加者中、534名が「当選」、560名が「その他(寄付)」、564名が「落選」に割り当てられた)。
 
【当選】
調査にご協力頂き、誠にありがとうございます。あなたが当選したボーナスポイント(100
円相当)は、あなたのポイント口座に、後日付与させて頂きます。

【その他】
調査にご協力頂き、誠にありがとうございます。あなたのご協力に対するボーナスポイ
ント(100円相当)は、あなたが選択いただいた機関に弊社から責任を持って寄付をさせて頂きます。寄付先を1つ選択してください。
(日本赤十字社、日本ユニセフ協会、パラリンピックスポーツ日本代表の活動、令和元年台風19号の被災自治体から選択)

【落選】
調査にご協力頂き、誠にありがとうございます。あなたはボーナスポイント(100円相当)に落選しました。
 
その後、3ステップ目として、くじの結果が分かった後の幸福度を把握するため、再度、1ステップ目と同じ11段階の幸福度の質問に回答頂いた。
図1. ランダム化比較試験の設計
3実験の結果
まず、3つのグループのそれぞれのくじの結果が表示される前の幸福度の平均は、図2の通りである。介入前の幸福度は、「当選」、「寄付」、「落選」のどのグループでもほとんど同じで、ランダムな振り分けが成功していることが確認できる。

さらに、ステップ3としてくじの結果が掲示された後の幸福度の分布は図3の通りである。「当選」のグループと「寄付」のグループに比べて、「落選」のグループの幸福度が低い傾向があることが分かる。また、「当選」のグループと寄付のグループを比べると、「寄付」のグループの方が少しだけ幸福度が高い傾向がみられる。さらに、介入後の幸福度を被説明変数とした、最小二乗法(OLS)による推計でも、当選した人に比べて、寄付をした人の方が幸福度が高く、落選の人の幸福度が低い傾向があることが確認された。
図2. 介入前の幸福度
図3. 介入後の幸福度
コントロール変数を追加した確認などの詳細な分析は今後の課題だが、これらの結果は、100円を自分がもらうことによって上がる幸福度よりも、その100円を誰かにあげることによって得られる幸福度の方が大きいという意味で、利他的行動が幸福度を高める可能性を示唆するものである。

また、この実験では、介入前の幸福度に比べて、介入後の幸福度が、「当選」のグループでも下がっているが、この理由として考えられるのは、介入前の幸福度は、くじ引きの画面が表示される直前ではなく、その他にも様々な項目を含んだアンケート調査の始めの方に組み込まれていたことである。このアンケート調査は60問程度という多くの質問を含むものであるため、介入までの間に調査疲れによって、幸福度が下がった可能性が考えられる。また、利他的行動は、強制された際よりも自ら行った際の方が幸福度を高めると言われている8。その点で、この実験での寄付、つまり利他的行動は強制されたものになっており、自らの意思で寄付を行った際には、さらに大きな幸福度を高める効果が期待できる可能性がある。
 
8 Aknin et al. (2019)
 

4――おわりに

4――おわりに

本稿では、利他的行動について、これまで行われてきた様々な因果関係の検証と、ニッセイ基礎研究所が行った日本での大規模実験による検証結果を紹介した。これらの研究結果は、対象や方法など様々な点で異なるものの、一貫して、利他的な行動はその人自身を幸福にするという傾向が示されてきている。

しかし一方で、この利他的行動の幸福度への効果は短期的で、長期的に見ると負の影響がある可能性があることを示唆する研究も発表されている9。今後、こうした利他的行動の長期的な影響に関する検証や、利他的行動と幸福度の関係についてのメカニズムがさらに検証されていくことによって、利他的行動と幸福度についての理解が深まり、より幸福度の高い社会の構築に繋がっていくことが期待される。
 
9 Falk & Graeber (2020)

参考文献
 
Aknin, L.B., Barrington-Leigh, C.P., Dunn, E.W., Helliwell, J.F., Burns, J., Biswas-Diener, R., Kemeza, I., Nyende, P., & Norton, M. I. (2013). Prosocial spending and well-being: Cross-cultural evidence for a psychological universal. Journal of Personality and Social Psychology, 104, 635–652.
Aknin, L.B., Hamlin, J.K., & Dunn, E.W. (2012). Giving leads to happiness in young children. PLoS ONE, 7(6), e39211.
Aknin, L.B., Whillans, A.V., Norton, M.I., & Dunn, E.W. (2019) Happiness and prosocial behavior: An evaluation of the evidence. World Happiness Report 2019, Chapter 4.
Dunn, E.W., Aknin, L.B., & Norton, M. I. (2008). Spending money on others promotes happiness. Science, 319, 1687–1688.
Dunn, E., Aknin, L., & Norton, M. (2014) Prosocial spending and happiness: Using money to benefit others pays off. Current Directions in Psychological Science, 23-41.
Falk, A., & Graeber, T. (2020). Delayed negative effects of prosocial spending on happiness. Proceedings of the National Academy of Sciences, 117, 201914324. 10.1073/pnas.1914324117.
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

(2021年07月09日「ニッセイ基礎研所報」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのか?-利他的行動の幸福度への影響の実験による検証】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのか?-利他的行動の幸福度への影響の実験による検証のレポート Topへ