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中央銀行デジタル通貨を巡る主導権争い-各国の最新動向と今後の展望

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也
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3――決済通貨のリバランスにつながる可能性
主要経済国がCBDCの研究開発を加速させる中、基軸通貨ドルを発行する米国はCBDCに慎重な姿勢を示している。実際2019年11月には、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が「FRBはグローバルなデジタル通貨の動向を注視しているが、(CBDCに関する)プロジェクトは計画していない」と発言し10、2019年12月には、ムニューシン財務長官が「今後5年間は、FRBがCBDCを発行する必要性はない」との考えを示すなど11、主要国の中でも米国は特に抑制的だ。
世界最先端のテクノロジーを有する米国が抑制的な対応に終始している要因には、ドルが基軸通貨として世界経済の中枢を担っているために拙速な対応ができないことに加えて、米国自身に他国のCBDC開発の動きを刺激したくないとの事情があると考えられる。これまで米国は基軸通貨として様々な恩恵を享受してきたが、世界的にCBDCが普及すれば、その恩恵の一部が失われる可能性がある。例えば、ドルは多くの国で準備資産として保有されており、ドルに対する強い需要は米国の低金利の借り入れを支えている。また、国際取引の多くはドル建てで行われるため、米国は為替リスクを負わない貿易取引をすることが可能となっている。さらに、2001年の9.11同時多発テロ事件以降には、ドルを経済制裁の手段として利用して、イランや北朝鮮など米国に敵対する国家や個人をドルの決済システムから排除することも行われてきた。そのような中で、CBDCが発行されて新たな決済システムが構築されることになれば、貿易取引におけるドルの決済比率は低下し、米国による金融制裁は骨抜きになり、米国の影響力の一部は低下することを余儀なくされる。既にドルの一極支配に不満を持つ国々は、独自の国際決済システム(人民元の国際銀行間決済システム12や貿易取引支援機関13など)の構築を始めたり、自国通貨建て取引の拡大を試みるなど、ドル支配の脱却に向けた動きを進めている。従って、米国にとってCBDCのない現状が最良であり、CBDCの発行は遅ければ遅いほど良いと言える。米国は、今後も水面下での開発研究は進めると見られるが、自ら進んでCBDC発行の流れを決定づけるようなことはしないと見られる。
10 Bloomberg「Fed Chair Tells Hill No Plans for U.S. Dollar Digital Currency」(2019年11月21日)
11 Bloomberg「Mnuchin, Powell See No Need for Fed to Issue Digital FX」(2019年1月6日)
12 国際銀行間決済システム(China International Payment System、CIPS)は、中国が2015年に稼働させた決済システム。
13 貿易取引支援機関(Instrument for Supporting Trade Exchanges、INSTEX)は、米国がイラン制裁を復活させた際に、欧州がイランとの経済的つながりを維持するために立ち上げた決済機関。
現状では、中国が主要国の中でCBDCを発行する最初の国となる可能性が高い。中国では、習主席がブロックチェーンを「核心的技術の自主的なイノベーションのための重要な突破口」と位置づけ、2019年10月に新技術の規制標準に関する法律「暗号法」を成立させるなど、デジタル人民元の発行に向けた準備を進めている。また、2020年には、深センと蘇州でパイロット・プロジェクトが実施される予定であり14、国内向けの決済システムを構築するための知見を深めていくと見られる。
他方、中国に先行されつつある欧州や日本など(米国を除くG7諸国とスウェーデンおよびスイス)の共同研究グループは、各国の知見を共有することで急速にCBDCに対する理解を深めようとしている。今回の共同研究では、クロスボーダーの相互運用性に関する知見の共有が最大の強みになると見られる。先進国では、もともと国際決済の効率化に対する関心は高いうえ、主要国にBISも加わった今回の共同研究の成果は、国際協調が必要となる分野の設計で大きな影響力を持つと考えられる。
ここ最近、CBDCを巡る主導権争いは激しさを増しているが、より大きな影響は、米国によってもたらされる可能性が高い。これまでのところ、米国は明らかなメリットを見つけられないために慎重な姿勢を示しているが、中国や欧州などがCBDCを発行し、今ある恩恵の一部を失うことが確定的となった場合には、米国が積極姿勢に転換することも十分にあり得る。実際、FRBのブレイナード理事は、米スタンフォード大学での講演原稿の中で「(CBDCに関する)研究と政策策定で、われわれ(FRB)が最前線に位置し続けることが不可欠だ」との考えを示したうえで、「われわれ(FRB)は分散型台帳技術および同技術のCBDCを含むデジタル通貨への応用の可能性に関して、研究と実験を実施している」と明らかにしている15。仮に、FRBが各国の動きを受けてCBDCの発行に動けば、デジタル化されたドルは迅速に世界に流通し、あっという間に主導権を握ってしまうこともあり得るだろう(ただし、決済通貨のリバランスは起こり得る)。
将来、CBDCが広く流通するようになるまでには、まだ時間が掛かると予想される。しかし、研究開発は着実に進み、主要国でも数年内に実用化される事例が出てくるだろう。CBDCは、経済面のみならず、国際力学面にも大きな影響を及ぼす。その研究開発の動向には、今後も注目していく必要がある。
14 财经杂志「中国数字货币诞生前夜:央行试点,四大行赛马,能否领跑全球?」(2019年12月9日)
15 Bloomberg「ブレイナード理事、FRBが米国のデジタル通貨の可能性で研究」(2020年2月6日)
【参考資料】
・日本銀行決済機構局 田中 修一、菅山 靖史、「ブロックチェーン技術のスケーラビリティ問題への対応」、2020年
・日本銀行金融研究所、「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書、2019年
・柳川範之、山岡浩巳、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」、2019年
・日本銀行副総裁 雨宮正佳、「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」、2019年
・斉藤美彦「イングランド銀行による中央銀行デジタル 通貨(CBDC)の検討」2019年
・日本銀行、欧州中央銀行、「Project Stella:日本銀行・欧州中央銀行による分散型台帳技術に関する共同調査報告書」、2017年
・日本銀行、欧州中央銀行、「Project Stella:日本銀行・欧州中央銀行による分散型台帳技術に関する共同調査報告書(第2フェーズ)」、2018年
・日本銀行、欧州中央銀行、「Project Stella:日本銀行・欧州中央銀行による分散型台帳技術に関する共同調査報告書(第3フェーズ)」、2019年
・BIS、“Impending arrival – a sequel to the survey on central bank digital currency”、2019
・Sveriges Riksbank、“E-krona project, report 1”、2017
・Sveriges Riksbank、“E-krona project, report 2”、2018
・Bank of Canada、“Project Jasper: A Canadian Experiment with Distributed Ledger Technology for Domestic Interbank Payments Settlement”、2017
・Bank of Canada、“Project Jasper: Are Distributed Wholesale Payment Systems Feasible Yet?”、2017
・Bank of Canada、“Jasper Phase III: Securities Settlement Using Distributed Ledger Technology”、2018
・Bank of Canada、“Jasper-Ubin Design Paper: Enabling Cross-Border High Value Transfer Using Distributed Ledger Technologies”、2019
・The Federal Council、“Central bank digital currency: Federal Council report in response to the Postulate 18.3159”、2019
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2020年02月07日「基礎研レター」)

03-3512-1790
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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