2019年08月19日

感染症の現状 (後編)-感染症は人類の歴史をどう変えたか?

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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5|肺炎は高齢化とともに死亡率が上昇し、死因別死亡率の第3位となっている
肺炎は、日本での感染症として身近なものだ。「人口動態統計」(厚生労働省)によると、2017年の肺炎(誤嚥性肺炎を含む)の死亡数は、96,807人(概数)。死因別にみると、肺炎は第3位の死因となっており、死亡数全体の9.9%を占めている28

戦後、抗生物質ペニシリンの開発・投与により、肺炎による死亡数は減少した。しかし、1980年代より、高齢化が進むに連れて、肺炎による死亡率は上昇に転じている。
図表11. 主な死因別死亡率推移 (人口10万人あたり)
一般に、高齢者は肺炎になりやすい。その理由の1つとして、誤嚥性肺炎が挙げられる。食べ物が誤って気管に入ったときに、咳によって肺に入ることを防ぐが、咳反射が低下していると肺に入ってしまう。食べ物に付着していた細菌のうち、肺炎球菌、レジオネラ菌、肺炎マイコプラズマなどが肺の中で増殖して炎症を起こす。

肺炎は重症化すると、肺のガス交換を阻害し、呼吸不全を起こして死亡する恐れがある。肺炎球菌に対しては、小児向けと65歳以上の高齢者向けに、ワクチンの予防接種(勧奨接種)が行われている。
 
28 人口動態調査の死因別死亡数の調査では、2017年より、誤嚥性肺炎が肺炎から独立して集計されている。2017年の誤嚥性肺炎による死亡数は35,740人で、死亡数全体の2.7%を占める。

6|食中毒は、さまざまな病原微生物 (細菌、ウイルス、寄生虫) により発生する
食中毒には、さまざまな病原微生物が原因となるものがある29。食中毒を起こす病原微生物としては、細菌、ウイルス、寄生虫がありうる。それぞれ代表的なものをみていく30
図表12-1. 食中毒事件発生状況(病因物質別、2018年)/図表12-2. 食中毒患者発生状況(病因物質別、2018年)
 
29 病原微生物が関与しないものとして、キノコやフグなどの自然毒によるものや、カジキ・マグロ・ブリなどを食べたときに蕁麻疹がでるヒスタミン中毒がある。
30 円グラフ中のウェルシュ菌は、ヒトなどの動物の腸内常在菌。大規模食中毒事件の原因となることで知られている。

(1) 細菌性食中毒
細菌は、時間の経過とともに食材の中で増殖していく。このため、古い食材ほど、細菌性食中毒のリスクが高くなる。ヒトをはじめさまざまな動物の腸内常在菌で、鶏肉やレバー(豚、牛、鶏)などに含まれるカンピロバクターは、数百個という少ない数の細菌で感染を引き起こす。主に、カンピロバクター・ジェジュニ、カンピロバクター・コリという2つの菌種が、食中毒の原因菌となる。

一方、牛肉などに含まれる腸管出血性大腸菌O-157は、わずか50個ほどの細菌で感染が成立する。重症の患者は、痙攣(けいれん)や意識障害を伴う脳症や、「溶血性尿毒症症候群(HUS31)」という溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を伴う症状を示して死亡することもある。
 
31 HUSは、Hemolytic Uremic Syndromeの略。

(2) ウイルス性食中毒
ウイルスは、細菌と異なり自己複製能力を持っていない32。このため、時間の経過とともに食材の中で死滅していく。したがって、ウイルス性食中毒は、新鮮な食材ほどリスクが高いことになる。代表例として、二枚貝や牡蠣(かき)に含まれるノロウイルスが挙げられる。このノロウイルスは、経口感染だけではない。感染者の嘔吐物や糞便が、「エアロゾル」という微細な固体または液体の粒子となて空中に浮遊・飛散する。その結果、空気感染により、多くの感染者の発生につながる恐れがある。

ノロウイルスの宿主はヒトであり、その他の動物には感染しないとされる33。このため、動物実験やウイルス培養が困難であり、これまでに抗ウイルス薬や、ワクチンは開発されていない。また、ノロウイルスはアルコールに抵抗性がある。このため、アルコール手指消毒はあまり効果がないとされている。感染予防対策として、石鹸と流水での手洗いが必要となる。
 
32 ウイルスは、DNAとRNAのどちらか一方しか持っていない。自己複製はできず、なんらかの細胞にとりついて増殖する。このため、生物学的な分類では、生物には含まれない。(前編参照)
33 二枚貝や牡蠣には、単にウイルスが集積しているに過ぎない。

(3) 寄生虫
近年、サバやサンマなどに含まれる蠕(ぜん)虫34である、アニサキスが食中毒を起こす事例が多発している。アニサキスは、イルカやクジラなどの海生哺乳類を最終宿主とするが、海中で孵化(ふか)した幼虫はオキアミ等を通じて、サバ、サケ、サンマなどの中間宿主に取り込まれる。日本では、刺身や寿司など海産魚介類の生食を嗜好する食習慣があるため、食中毒が発生しやすいとされる35

アニサキスの食中毒は、みぞおちの激しい痛みや嘔吐などを伴う。感染予防として、調理の際に十分な加熱処理を行うなど36の対策が求められる。
 
34 寄生虫のうち、多細胞生物を指す。
35 国立感染症研究所の推計によると、33万人規模のレセプトデータを用いた試算で、年間に7,147件のアニサキスによる食中毒が発生したとみられている(2005~11年の年平均)。(「アニサキス症とは」(国立感染症研究所ホームページ, 2014年5月13日改訂)より。(アドレスは、https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/314-anisakis-intro.html))
36 60℃で1分以上の加熱が、確実な感染予防の方法となる.またマイナス20℃で24時間以上の冷凍処理を行うことによって、アニサキス幼虫は感染性を失うとされる。(前の注記と同じ出典)

7|がんには、病原微生物によって引き起こされるものもある
ヒトの体内で、がんを引き起こす病原微生物が、いくつか知られている。

ヘリコバクター・ピロリ菌は、慢性胃炎、胃潰瘍から胃がんを引き起こす細菌とされている。WHOは1994年に、疫学的調査の結果に基づいて、この細菌が発がん性を持つことを認定した。日本では、2000年より胃潰瘍、十二指腸潰瘍のピロリ菌除菌療法が保険適応となった。そして、2013年には、ピロリ菌による慢性胃炎にも、この治療法が保険適応となっている。

一方、ウイルスは細胞に感染して、その細胞を増やすことで増殖する。その際、がん細胞の増殖を抑制したり、自然死(アポトーシス)を促したりする遺伝子を阻害することで、増殖の歯止めを効かなくするようなことも行われる。ウイルスのうち、ワクチンがあるものについては、ワクチン接種による感染予防策が考えられる。ただし、ヒトパピローマウイルスについては、副反応37が問題となり、現在、ワクチン接種の積極的な推奨は差し控えられている。その結果、定期接種の接種率は1%程度となっている(第5章参照)。

さらに、胆管がんや膀胱がんのなかには、吸虫(きゅうちゅう)と呼ばれる多細胞生物の寄生虫(蠕(ぜん)虫)が引き起こすものもある。
図表13. がんを引き起こす病原微生物
 
37 ワクチンの予防接種の場合、免疫獲得以外の発熱や腫脹(しゅちょう)などの反応を「副反応」という。

8|ウイルス性肝炎のうち、C型肝炎では治癒率の高い抗ウイルス薬が開発されている
ウイルスによって肝炎が起こることがある。ウイルス性肝炎には、A型からE型まで、5つの種類が知られている。肝炎ごとにそれぞれ別のウイルスがあり、感染経路は同じではない。症状もさまざまであり、ワクチンの有無も異なる。

特に、B型肝炎やC型肝炎は、慢性化すると、肝硬変や肝細胞がんにつながる可能性がある。このため、早期の発見と治療が求められている。B型肝炎の治療には、インターフェロンというタンパク質製剤や、核酸アナログ薬と呼ばれる製剤が用いられる。C型肝炎にも、インターフェロンが用いられるが、近年、経口薬で、治癒率の高い高額の抗ウイルス薬が開発されており、インターフェロンを用いない治療が主流となりつつある38

なお、A型肝炎やB型肝炎のようなワクチンがあるものについては、ワクチン接種による感染予防の強化が進められている。
図表14. ウイルス性肝炎
 
38 たとえば、ハーボニー®、ソバルディ®、ヴィキラックス®、グラジナ®、エレルサ®、ジメンシー®、マヴィレット® など。これらの医薬品は、治療効果が高いために患者の治癒を達成しており、その結果、C型肝炎医薬品市場は縮小傾向となっている。(「薬事ハンドブック2019 - 薬事行政・業界の最新動向と展望」(じほう)をもとに、筆者がまとめた。)
 

4――感染症の数理モデル

4――感染症の数理モデル

感染症は、感染拡大によって社会に深刻な影響を及ぼす可能性がある。そこで、これまでに感染症に関する数理モデルが開発され、感染拡大の研究が進められている。モデルを活用することで、感染拡大を定量的に予測することも行われている。この章では、感染症の数理モデルについて、概念や用語などを簡単にみていこう。

1|感染症の拡大予防には、「集団免疫」が重要
(1) 基本再生産数
まず、感染症の感染拡大をみる上で重要な「基本再生産数」という概念がある。「R0」という記号で表されて、英語ではアール・ノート(R naught)と呼ばれる。これは、ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫を全く持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均の人数を表す。R0が1より大きいと、感染は拡大する。1より小さければ、感染はいずれ収束する。ちょうど1ならば、拡大も収束もせず、その感染地域に、風土病のように根付くことになる。

(2) 集団免疫率
感染症の拡大予防には、「集団免疫」が重要とされている。これは、集団内に免疫を持つ人が多ければ、感染症が流行しにくくなることを利用した感染拡大防止の考え方を指す。具体的には、予防接種等により、集団内の免疫保持者を一定割合まで高めておくことを意味する。

たとえば、ある集団で、R0が3である新たな感染症に備えることとしよう。この集団では、まだ誰もこの新たな感染症に、かかったことがない。外部から感染症にかかった人が、この集団に入ったとする。1人の感染者から、平均して3人が直接感染する。そこで、もし、この集団の1/3の人が免疫を持っていれば、感染は、平均して2人に抑えられる。もし、2/3の人が免疫を持っていれば、感染は、平均して1人に抑えられる。もし、2/3を超える人が免疫を持っていれば、感染は、平均して1人未満に抑えられて、この感染症はいずれ収束することになる。

このように、感染症のR0の大きさに応じて、集団内の免疫保持者の割合を、(R0-1)/ R0 よりも大きな水準にまで高めておけば、集団免疫が働いて、感染症は収束に向かうことになる。この集団内の免疫保持者の割合は、「集団免疫率」と呼ばれ、集団免疫を行う際のメルクマールとされる。

ただし実際には、予防接種を受けたからといって、全員が、免疫を獲得するわけではない。そこで、「免疫獲得率」という考え方が出てくる。集団免疫を機能させるためには、集団免疫率を、この免疫獲得率で割り算した水準まで、予防接種の接種率を高めておく必要がある。

(3) 過去に発生した感染症の基本再生産数
それでは、過去に発生した感染症の基本再生産数R0の値は、どのくらいだったのだろうか。これについては、医療や公衆衛生関係の研究機関で様々な分析が行われている。たとえば、国立感染症研究所が2008年に示したデータによると、麻疹は16~21、風疹は7~9、天然痘は5~7、インフルエンザは2~3などとされている。麻疹の感染力の高さがうかがえる。なお、R0 は、感染症が発生した時代背景、社会、国、病原体などによって、異なる点に留意が必要となる。
図表15. 感染症の基本再生産数と集団免疫率
(4) 基本再生産数の計算方法
実際に、R0を計算するには、どうしたらよいか。計算には、2つの方法がある。

1) 構成要素から理論的に計算する方法
分析対象の感染症について、「1回の接触での感染確率」、「単位時間あたりの接触の回数」、「感染症が感染性を保つ平均時間」の3つの要素を、測定や推測によって求める。理論上、これらを掛け合わせたものが、R0となる。しかし、実際には、これらの各要素を正確に計測できるケースは少ないとされる。

2) 感染拡大の状況から概算する方法
そこで、R0を概算するための計算式が考案されている。まず、ある人が感染してからつぎの人に感染させるまでの時間(患者発生間隔)と、患者数が倍増するのにかかる時間(患者数倍加時間)を計測する。そして、患者発生間隔を患者数倍加時間で割り算して、これに1を足したものが、R0の概算結果となる。
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保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

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