- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 消費文化 >
- 「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費”
「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費”
生活研究部 研究員 廣瀬 涼
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
5――希少性と大衆化のジレンマ
ラブブを“トレンド”の象徴として所有していた層にとって、その価値は新規性やプレミア、限定性によって支えられていた。だが、大衆的な人気が高まるにつれ、「みんなが欲しがるもの」になった瞬間、特定の人々が持つという特別感が失われ、そのトレンドは陳腐化していくことは容易に想像がつく。実際、セレブが今鞄にラブブをつけ始めたら、今更感が生まれるだろう。それゆえに、そのような層がラブブへの関心を失っていく中で、プレミア価格呼ばれる2次流通価格は下がっているのである。
かといって、実際にプレミア価格を下げ、転売価格を落とし、一般層でも手に入るようになれば、それは“手に入れられなかったからこそ憧れたもの”の魅力を失ってしまう。「手に入らないから欲しかった」ものが、「手に入るようになった途端に、つまらなくなる」。だから、今6万円で転売されているモデルが4万円で取引されるようになったら、ラブブを高価格出しても買いたいと思っている人が減った証左でもあり、流行が落ち着いたことの表れとなってしまう4。
しかし、高額転売を維持したとしても、正規ルートでの購入が困難な場合、大衆はいつまでもこのトレンドに乗ることは難しい。前述したとおり、実際、毎日のようにSNS上ではみかけるのに、現実には街で見かける機会はほとんどない。SNSをやっていなければ、その存在すら知らない人も多い。それは手に入れるのが困難だからなのか、それともSNS上で羨望の意まなざしを受けているように見えるが、それはごくわずかな特定の層の間だけなのか・・・。つまり、ラブブのトレンドはスクリーンの中だけで燃え上がり、現実では可視化されにくいという、きわめて現代的な消費現象のため、どこかでピークアウトするのが確実なのである。
実際に、その熱量を支えていたハイエンド層の温度が、すでに下がりつつある。Bloomberg News5によれば、中国の流通市場で、かつてのプレミアム価格を維持できなくなっており、投機的な需要が後退しているという。同記事によれば最近発売したラブブのミニチュア14体入りのブラインドボックスでは、プレミアムの付いた再販価格が発売前のピーク時から24%下落した。また、キャラクター玩具に特化した中国の転売・取引プラットフォーム、千島(Qiandao)によると、過去3日間の平均再販価格は1594元(約3万3000円)で、正規の販売価格である1106元を上回ってはいるものの、勢いは明らかに鈍化しているという。ポップマートは、再販市場での価格下落について「生産量の拡大により、より多くの消費者の手に商品が届くようになった結果」と説明している。
一方で、ポップマートの香港市場での株価は直近3営業日で約11%下落。モルガン・スタンレーのアナリストは、同社の業績基盤(ファンダメンタルズ)がやや弱含み傾向にあると指摘している。その背景には、人気商品の一つであるミニラブブが再販によってプレミアム価値を失い、投機的な期待が薄れたことが影響している可能性があるという。
4 それは、(一部の層で)トレンドであることがトレンドとなったラブブにとっては致命的で、一般層からしたらマネしたいと思っていた層の中では、もうそれが流行っていないということが価格が低下したことからわかってしまうため、それを欲しいと思っていた理由そのものが失われてしまうわけである。
5 Bloomberg News「ミニ「ラブブ」再販プレミアム、ピーク時から24%下落-投機熱に陰り」 2025/09/12 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-09-12/T2EZWJGPWCK800
6――二つのトレンドの波
トレンドや投資対象としてではなく、ラブブの造形そのものへの愛着やロイヤリティによって支持する消費者にとっては、このようにプレミアが落ち着き、入手しやすくなることはむしろ歓迎すべき変化だろう6。しかし、多くの人に届けるために増産(再販)したら、プレミア価値がなくなるから値打ちが下がるというのはキャラクターという性質に照らしておかしな話ではないだろうか7。
とはいえ、今ラブブを欲しがっている小学生が、来年も同じ熱量で欲しがっているとは限らない。我々のトレンドは“リキッド消費”と呼ばれるように、流動的で、関心の移り変わりが早いのだ。
6 本稿はあくまでラブブの転売市場やプレミア価値を現象として受け止め、それ自体を否定することなく考察を認めてきたつもりではあるが、本来であれば子どもでも手に取れる価格帯のキャラクター商品が、数万円単位で取引される現状の方がむしろ異常なのだ。
7 近年、ポケモンカードをはじめとするコレクション系コンテンツにおいて、大人たちが二次流通市場での価格を過度に意識する傾向が顕著になっている。その結果、本来はキャラクターの魅力やデザイン性、あるいはゲームとしての戦略性やプレイ体験に基づいて評価されるべきカードの価値が、「転売価格」=「価値」という単一の経済的指標によって語られるようになってしまった。このような市場的価値の言説がSNSやYouTubeなどを通じて拡散されることで、メインターゲットである子どもたちの間にも、「カードの価値は売れるかどうかで決まる」という認識が浸透しつつある。その結果、二次流通価格が低いカードは「外れ」や「無駄なもの」として扱われ、
開封行為そのものが“投資的ゲーム”の一部として側面を擁している。子どもたちが開封したカードを「売れる」「売れない」と評しながら一喜一憂する光景は、モノをめぐる想像力が経済的合理性に侵食されていく現代的な消費構造の象徴といえるだろう。
7――リキッド消費
リキッド消費には、(1)トレンドや関心が短期間で移り変わる 短命性(ephemerality)、(2)所有せず、必要なときにアクセスするアクセス・ベース(access-based)、(3)物理的なモノよりも体験や感情を重視する脱物質(dematerialized)の3つの要素がある。前述したファストファッションやカーシェア、動画や音楽のサブスクリプションなどは、すべてリキッド消費の典型例だ。これらは「手に入れる」ことよりも、「その瞬間に使えること」「その体験を共有できること」に価値を置く消費形態なのだ。
リキッド消費の重要な特徴は、モノの価値だけでなく、私たちの興味や欲望そのものが流動化していることにある。SNSのタイムラインを眺めていればわかるように、話題は毎日のように更新され、昨日注目を集めていたものが今日には忘れられている。関心の持続時間は短くなり、「何を持っているか」よりも「何に反応しているか」が個人のアイデンティティを形づくる。つまり、私たちはモノを通して自己を表現するというよりも、“その瞬間の関与”によって社会とつながるようになったのだ。
8――「いま、それに参与していること」そのものが価値化されるSNS社会
このような短命性を決定的に加速させているのが、SNSである。かつて流行は雑誌やテレビなどのマスメディアを通じて徐々に広まり、一定の成熟期間を経て衰退していった。しかし、SNSでは話題が投稿された瞬間に世界中へ拡散し、数時間でピークを迎える。アルゴリズムは常に新しい刺激を供給し、私たちの注意を次々と新しい対象へと誘導する。その結果、SNS上の流行は時間的な積み重ねを欠いた“断片の連続”として現れ、次の話題がそれを上書きしていくのである。
SNS上で消費されるトレンドは、「いいね」やフォロワー数といった可視的な指標によって瞬間的に評価される。この可視性は、一時的な盛り上がりを生むと同時に、飽和を早めてしまう。この構造のもとでは、流行の寿命が短くなる一方で、熱狂の瞬発力はかつてないほど強くなり、一瞬の共感が一斉に沸き上がる“過熱的短命性”が常態化している。
この短命性を加速させている背景は、単なる情報の速さではなく、欲望の可視化にある。SNSがもたらしたのは、他者の「欲しい」「好き」「買った」といった行為が常に観察可能な社会だ。私たちは誰かの欲望をリアルタイムで見つめ、その欲望を模倣するが、SNSはこの模倣的欲望を秒単位で増幅する装置である。かつて限られたコミュニティの中でしか見えなかった他人の嗜好が、いまや世界中の誰の目にも届く。誰が何を所有し、どんな体験をしているかが、絶えずタイムライン上で更新される。この環境では、欲望は瞬時に感染し、同時に飽和していく。ラブブの人気が急激に立ち上がり、そして急速に冷めていったのも、この“可視化された欲望“の循環の速さが引き起こした現象といえる。リキッド消費の短命性とは、まさにこの欲望の可視化社会がもたらす必然的な帰結なのである。
9――リキッド消費の時代における消費文化
とはいえ、ラブブというキャラクターそのものが消えていくわけではない。奇妙さと愛らしさを併せ持つ独自の造形は、単なるトレンドを超えて一部のコレクターやファンに根強く支持されている。実際、ソニー・ピクチャーズがラブブの映画化権を取得し、劇場版の開発を進めており、ヒットすればシリーズ化も視野に入れているという9。なにより2023年9月には北京・朝陽公園(Chaoyang Park)に「泡泡玛特城市乐园(POP LAND)」と呼ばれるPOP MARTが手掛けるラブブをはじめとしたキャラクターのテーマパークが開園しており、ブーム以前より根強いファンがいたことがうかがえる。
日本においては、投機的ブームの段階を終え、より安定したキャラクター消費のフェーズへと移行しつつあるように思われる。キャラクター大国と呼ばれる日本市場においても一時的な熱狂を経て、日常的なキャラクターとして定着していけるか、今後の展開が注目される。
8 現代のキャラクター消費においては、マーチャンダイズの展開速度がかつてより格段に速くなっている。低価格のファンシーショップやガチャガチャでは、今まさに流行しているキャラクターのグッズが即座に並び、消費者は“旬の人気”をリアルタイムで所有できるようになった。かつては、キャラクターが人気を得てから商品化されるまでに一定のリードタイムが存在した。その間にブームが冷めてしまうことも多く、ファンの熱量を維持することは難しかった。しかし現在は、この時間差がほとんど消滅している。「いま好き」をすぐに満たし、視覚化してくれる供給体制が整ったことで、新しいコンテンツへ移行するハードルも著しく下がっている。キャラクターのトレンドサイクルがこれまでよりも速くなっている背景には、供給体制の変化と発信環境の変化がある。現在では、企業だけでなく個人のクリエイターもSNSを通じて容易にコンテンツを発信できるようになり、新しいキャラクターやビジュアルが絶え間なく供給されている。その結果、キャラクターコンテンツの種類と量が爆発的に増え、一つのトレンドに関心が集中する時間はますます短くなっている。
9 The Hollywood Reporter Labubu Movie in the Works at Sony (Exclusive) 2025/11/14 https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/labubu-movie-in-the-works-at-sony-1236426627/
(2025年11月20日「基礎研レター」)
03-3512-1776
- 【経歴】
2019年 大学院博士課程を経て、
ニッセイ基礎研究所入社
・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員
【加入団体等】
・経済社会学会
・コンテンツ文化史学会
・余暇ツーリズム学会
・コンテンツ教育学会
・総合観光学会
廣瀬 涼のレポート
| 日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
|---|---|---|---|
| 2025/11/20 | 「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費” | 廣瀬 涼 | 基礎研レター |
| 2025/11/10 | 「推し」とは何なのか(1)-「推し選」に対して思うこと | 廣瀬 涼 | 研究員の眼 |
| 2025/10/21 | 選択と責任──消費社会の二重構造(2)-欲望について考える(3) | 廣瀬 涼 | 基礎研レター |
| 2025/10/17 | 選択と責任──消費社会の二重構造(1)-欲望について考える(2) | 廣瀬 涼 | 基礎研レター |
新着記事
-
2025年11月20日
持続可能なESGを求めて-目標と手段とを取り違えないこと -
2025年11月20日
「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費” -
2025年11月19日
1ドル155円を突破、ぶり返す円安の行方~マーケット・カルテ12月号 -
2025年11月19日
年金額改定の本来の意義は実質的な価値の維持-年金額改定の意義と2026年度以降の見通し(1) -
2025年11月19日
日本プロ野球の監督とMLBのマネージャー~訳語が仕事を変えたかもしれない~
お知らせ
-
2025年07月01日
News Release
-
2025年06月06日
News Release
-
2025年04月02日
News Release
【「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費”】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費”のレポート Topへ










