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2025年11月20日

「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費”

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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1――「ラブブって、もう流行ってないよね」

先日、電車の中で「ラブブって、もう流行ってないよね」という会話が耳に入った。その言葉に、思わず「たしかに、そうかもしれない」と心の中でつぶやいた。一方で、SNSを見ればいまだにラブブの投稿を見ない日はない。しかしその熱量は、かつての爆発的な盛り上がりとは少し違う。完全に終わったわけではないが、熱狂の形が変わり、静かに次のフェーズへ移りつつある。

ラブブ(Labubu)は、「THE MONSTERS」というシリーズの中のキャラクターのひとつ。ウサギのような耳と鋭い歯を持つ小さな妖精だ。愛らしさと奇妙さを同居させたその造形は、従来の“癒やし系キャラ”の系譜から少し外れたところに位置している。香港在住のアーティストKasing Lung氏がデザインしたキャラクターで、販売元は中国の玩具メーカー「POP MART」だ。ラブブは中国国内のみならずグローバルに拡散し、日本でも、都市部を中心に販売されている。

かたや、このラブブを知らないという読者も少なくないのではないだろうか。SNSを中心に広がったトレンドであり、SNSを利用していない、もしくはそのようなトレンドをSNSで追っていなかったら、いわゆる現実社会では「ラブブ」そのものを目にする方が稀だからである。しかし、SNSにおいては圧倒的な存在感を放っている(ようにみえる)。ちなみに株式会社digdigによる「Z世代・α世代が選ぶ 2025年上半期トレンドランキング」1の「バズったキャラクター部門」の1位を獲得するなど、若年層の間では周知されたキャラクターである。

ブームの発端は、韓国のガールズグループ「BLACKPINK」のメンバーであるLISA(リサ)が、2024年ごろからお気に入りのキャラクターとしてSNSで紹介したこととされており、彼女はラブブ風のオリジナル衣装でコンサートのステージに立ったこともある。その後、海外のセレブやインフルエンサーが、ハイブランドのバッグにラブブをぶら下げた投稿を発信するようになり、ラブブ自体にもステータスシンボルとしての価値が付加された。そして中国や韓国のインフルエンサー、モデル、芸能人たちが、シャネルやディオールなどの高級バッグにラブブのぬいぐるみをぶら下げるスタイルをSNSに投稿しはじめた。それは、単なるファッション小物ではなく、ブランドの完璧な世界観に“ノイズ”を混ぜる行為として機能した。「敢えてのミスマッチ」──つまり、意図的に整合性を崩すことへの感性が、トレンドを牽引したのである。有識者的に言えば、ハイブランドの象徴である完璧、洗練、格式の中に、歪で素朴な人形を添える、そのギャップが、既存のラグジュアリー概念をゆるやかに解体し、ハイエンド層の遊び心や自己表現の自由を象徴するスタイルとして受け入れられていったといえるだろう。このような背景から、セレブやインフルエンサーに憧れを持つ若者を中心に、ラブブ人気が過熱していったのだ。
 
1 株式会社digdig 「Z世代・α世代が選ぶ2025上半期トレンドランキング」2025/08/29
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000120535.html

2――カルチャーアイコンから“投資対象”へ

2――カルチャーアイコンから“投資対象”へ

セレブや特にインフルエンサーといったハイエンド層の支持を得たことは、ラブブを単なるカルチャーアイコンから“投資対象”へと変化させる契機にもなった。本来は数千円で購入できるブラインドボックスのぬいぐるみが、転売市場では数万円から数十万円で取引されるようになったのである。例えば、シューズメーカーVansとの限定コラボモデル「Labubu × Vans Old Skool Vinyl Plush Doll」は、ラブブが、Vansの代表的なストリートスタイル──Sk8-Midスニーカーやスウェットシャツ──を身にまとい、青とオレンジのキャップにはシリーズ名である「The Monsters」のロゴがあしらわれているのが特徴だ。2023年にデザインされたアイテムで、新作ではないものの、現在では流通数が少なく、入手が難しい人気モデルのひとつとなっておりこのVansとのコラボモデルがeBayに出品されたところ、96件の入札を集めた末に1万6000豪ドル(約155万円)で落札された。ほかにも2万8300ドル(約416万円)で落札された「Three Wise Labubu」や、3万1250ドル(約459万円)で落札された「Sacai x Seventeen x Labubu」など、ある意味ラブブは高い資産価値を有していたのである。

それゆえに、限定版やコラボモデルには抽選が殺到し、「当たること」自体が一種のステータスと化し、人気転売商品の対象となっていった。それはポケモンカードをはじめとしたカードゲームと同様の現象であり、SNSにおける“ラブブ当選報告”や“開封動画”は、コレクション文化と投機文化のあいだに揺れる新しい消費形態を映し出した。それはもはや「かわいいキャラクターを愛でる」行為や「流行に乗るための」行為ではなく、「希少なキャラクターを所有する」延いては「それを転売し資産を得る」行為へと変質していったのである。

この背景には、POP MARTによる数量限定・ランダム性というマーケティング戦略がある。この“希少性の演出”が、ハイブランド的な文脈と結びつくことで、ラブブは「小さなぬいぐるみ」でありながら、感性と経済が交差するオブジェとして機能しはじめた。転売価格が高騰するほど、所有者の承認欲求が刺激され、ラブブは“かわいさ”と“価値”を同時に担う存在へと昇華していったのだ。

3――誰もが知っているのに、誰も持っていない

3――誰もが知っているのに、誰も持っていない

このように、ラブブの人気が高まるにつれて、誰もが「欲しい」と思う存在になったが、一方で、一般の消費者が実際に手に入れることはきわめて難しい。正規の販売は抽選制が多く、人気のマスコットは販売開始と同時に完売する。
図1 何をきっかけで「ラブブ」を知りましたか?
さらに、ラブブにはモデルごとに希少性の差があり、人気キャラクターや限定デザインほど価格が高騰し、正規ルートで入手できる機会はごく限られている。しかし、セレブやインフルエンサーが一体数万円を超えるラブブをいくつもコレクションしたり、TikTokやInstagramでは、インフルエンサーがラブブを紹介する動画が毎日のように拡散され、「人気のキャラクター」としてトレンドの中心に置かれていた。SNSにおいては、ラブブはまるで日常的な存在のように流通していたのである。

実際にプリントシール機メーカー・フリューが10~20代の女性に行なった調査2によると、ラブブを知るきっかけになったのはTikTokやInstagramからという人が多い。しかし、その“可視化された人気”に反して、実際に手に取ることができる機会はほとんどない。日常の中でラブブを見かけることはまれで、SNS上の熱狂はむしろ現実とのギャップを際立たせていた。つまり、ラブブは「誰もが知っているのに、誰も持っていない」存在になったのだ。読者の皆さんもこのラブブと呼ばれる人形を身近で所有している人を思い浮かべることができただろうか?この原稿を書くにあたり筆者自身この1週間ラブブを意識して周囲を観察したが、ラブブを身に着けて歩いている人を見かけることはなかった。それもそのはずで、前述したフリューによる同調査によると所有率は全体の1割程度にすぎないという。画面の中では身近に感じられるが、現実では手の届かない――。この不均衡が、一般消費者にとっての「手に入らないトレンド」という感覚を強めていたのである。
 
2 フリュー株式会社「Z世代約2700人に調査 フリューかわいいトレンド大賞 2025上期 かわいい×トレンド総合1位は「長浜広奈」 2025/09/25 https://www.puri.furyu.jp/allnews/press/202509_furyu_kawaiiranking2025/

4――祭りの屋台に並ぶ偽物たち

4――祭りの屋台に並ぶ偽物たち

その裏側で、偽物や“なんちゃってラブブ”の流通が急増した。中国本土では早くから模倣品がオンラインショップに並び、日本でも2024年頃から、ショッピングモールのクレーンゲームや祭りの屋台、ガチャガチャの景品として、真贋不明のラブブが現れはじめた。正規ライセンス外のものが大半であり、日本では公式店舗や販売ルートが限られているため、正規品を入手できない消費者がメルカリなどの二次流通に流れ、その需要を狙う形で模造品が供給されている構図だ。実際、国内最大級のファッション&コレクティブルマーケットプレイス「SNKRDUNK(スニーカーダンク)」を運営する株式会社SODAのレポートによれば3、2025年に入りラブブの取引数は右肩上がりで増加。7月には取引件数が急騰する一方、偽造品の着荷数も1月比で約2.7倍に膨れ上がったという。人気の高まりと模造品流通の拡大の二つの動きは、明確な相関をもって進行していったのだ。

SNS上での存在感が増すほど、現実にラブブを手にすることは難しくなっていった。ラブブは“画面の中で消費されるキャラクター”となり、いまや「誰もが知っているのに、誰も本物を持っていない存在」として定着していった。TikTokやYouTubeショートでラブブを見た小学生たちは、「かわいい」「欲しい」と口にするが、正規ルートでの入手は困難だ。販売価格は一体数万円から十数万円に達し、子どものお小遣いで手が届く範囲をはるかに超えている。結果として、親の経済力や理解によって「買ってもらえる子」と「買ってもらえない子」の差が可視化され、さらに、都市部の百貨店やポップアップストアなど、“正規販売の機会がある地域”とそうでない地域との格差も浮き彫りになった。ラブブは単なるキャラクターを超え、消費格差そのものを映す鏡のような存在になったのである。

本物を所有することはステータスの証であり、偽物を持つことは一種の“参加”として機能する。もちろん、誰もが模造品で満足しているわけではない。それでも、どちらにもアクセスできない人々は、SNSで他人の投稿を眺めながら「欲しい」という気持ちだけを更新し続ける。そうしてラブブは、“希少性”に加えて、“可視化された欲望”によっても価値を高めていった。
 
3 株式会社SODA「ファッション&コレクティブルマーケットプレイス「SNKRDUNK(スニーカーダンク)」を運営する株式会社SODAのレポートによれば、2025年に入りラブブの取引数は右肩上がりで増加。」2025/09/04 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000115.000043703.html

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年11月20日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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