コラム
2025年11月19日

日本プロ野球の監督とMLBのマネージャー~訳語が仕事を変えたかもしれない~

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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■要旨

日本プロ野球では監督がチームの顔として過大な期待を受ける一方で、成功した場合の栄誉は大きい。よい結果も悪い結果もすべて監督といった構図はなかなか変わらないようだ。
 
これに対してMLBの監督は単なるマネージャー(Manager)であり、現場を取り仕切る中間管理職的な役割である。
 
こうした違いは、Managerの訳語として監督という絶対権力感を伴う日本語を採用した影響が大きいのではないだろうか。訳語には現実を変化させていく可能性があることを自覚せねばならない。

■目次

1――日本プロ野球における監督
2――MLBの監督は単なるマネージャー
3――監督という訳語
 

1――日本プロ野球における監督

1――日本プロ野球における監督

先月に行われた日本プロ野球ドラフト会議でちょっとした異変が生じた。某球団から監督が参加せず、他の球団と1位指名候補が重複した際の抽選では監督ではない人がくじを引いた。

これについては本年から進めている編成と現場の分業方針に基づくとの説明があった。それはその通りであろうが、これまでの実情を追認したという側面もあったように思う。そもそも監督はドラフト会議の少し前1まで一軍を率いて戦っていることが通例である。来季に向けた要望を出す、指名候補のビデオを観るといった参画は当然あろうが、監督がドラフト戦略を詳細に主導するということは時間的にも体力的にも困難だろう。それでもドラフト会議で主役のように振る舞うのは、わが国では歴史的に一軍を率いる監督が球団の顔を務めてきたからに他ならない。

プロ野球の監督とは厳しい職業である。優勝すればすべて監督の功績として人格も含めて絶賛される一方で、勝てなければファンやマスコミから総攻撃を受ける。特に今は新聞やテレビなどのオールドメディアのみならずインターネットの口コミやSNSがある。昔は文字にまでならなかったファンからの悪口雑言が誰のスマホの中にも充満してくるのであるから、監督本人のみならず家族の精神的不安も大きいだろう。

とはいえ世間からの監督への期待は大きい。試合での指揮は当然のこととして、ドラフト・トレード・FAによる有力選手の獲得、若手選手の育成、練習環境の整備、球場への集客、それらすべてをひっくるめてのオーナーとの直談判などだ。1人ですべて対応できるとは思えないし、球団内で実際にどれほどの権限を与えられているか外部からは知りえないにも関わらず、世間からの期待をすべて背負って戦うのが日本プロ野球における監督である。

反面、成功した場合の栄誉は大きい。その年のプロ野球で最も功績のあった監督や選手を表彰する「正力松太郎賞」は基本的に2日本シリーズ優勝監督に贈られる。監督1人の努力だけで日本シリーズ優勝を果たせたわけではないだろうが、過大な責任を背負わされるのと同様、栄誉も属人的に与えられると言ってよい。編成と現場の分業やジェネラル・マネージャー制度が叫ばれて久しいものの、よい結果も悪い結果もすべて監督といった構図はなかなか変わらないようだ。
 
1 本年のパリーグではドラフト会議のわずか3日前までクライマックスシリーズのファイナルステージが行われていた。
2 特筆すべき実績の選手などが受賞することもあるが、過去10年間では1回のみであった(2017年のD. サファテ選手)。

2――MLBの監督は単なるマネージャー

2――MLBの監督は単なるマネージャー

筆者が米国に在住しテレビでMLBを観始めた20数年前、拍子抜けすることがあった。MLBの監督はエグゼクティブもジェネラルも冠されない単なるマネージャー(Manager)と知ったときだ。これ以前に筆者は海老沢泰久氏による「監督」という小説3を読んだことがあったが、監督という特殊な職業だから小説になりうるのであって「マネージャー」という素っ気ないタイトルの本を手に取る人がいるものだろうか。

もちろんわが国においてはカタカナでマネージャーと表現されるものの価値が米国のそれに比して不当に低くなってしまっていることは割り引かなくてはならない。どういうわけかわが国では、部活動をする選手たちのためにお茶を手配するとか、芸能人を車で送り迎えするとか、お世話係のようなイメージが強い言葉になってしまっている。一般に米国社会におけるマネージャーはそうではない。その大きさは組織によって区々であるが、一定の職責を与えられ、それを遂行するために予算も持てば人事権も行使する立場である。

例えば映画「マネーボール」4において、ブラッド・ピット演じる某球団のジェネラル・マネージャーが自ら有望と信じる選手を試合に出すようマネージャーに要請するものの、マネージャーは無視して他の選手を使い続ける。現場を預かるマネージャーには試合に勝つという職責があり、そのために選手起用の権限が与えられているのだから全く譲らない。ジェネラル・マネージャーに従ったところで、負ければ真っ先に責任を問われるのはマネージャーであるからだ(ちなみにこの膠着状態を受けて、ジェネラル・マネージャーがどのような対抗措置を取ったかは是非映画を視聴してご確認いただきたい)。

とはいえマネージャーは中間管理職であり、権限は現場に限られる。有力選手の獲得などチーム編成は対象外である。MLBでは記者投票によってリーグごとに最優秀監督が選ばれるが、その監督が率いたチームが最終ステージであるワールドシリーズに出ていることは少ない。過去10年間両リーグで20名の受賞者のうち2名5だけである。豊富な資金で実績のある選手をかき集めて勝ったとしても、それは編成の功績であってマネージャーの功績ではない。所与の戦力でどう試合を指揮したかが評価ポイントになる。本年、ロサンゼルス・ドジャースの監督が巨大戦力を率いてワールドシリーズを制覇したものの、最優秀監督の候補3名にすら入らなかった。
 
3 1979年に新潮社より刊行。主人公のモデルはヤクルトスワローズ監督時代の広岡達朗氏。
4 2011年の米国の映画。オークランド・アスレチックスのジェネラル・マネージャーであるビリー・ビーン氏が低予算でも勝てるチームを作っていく姿を描く。
5 2020年のタンパベイ・レイズと2016年のクリーブランド・ガーディアンズより受賞。

3――監督という訳語

3――監督という訳語

わが国で最初にベースボールを野球と翻訳した6のは1894年の中馬庚7氏と伝わる。同氏が1897年に刊行した「野球」8によれば、当時はまだ米国にも監督は存在せず、選手の間からキャプテンを選んで監督の機能を果たしている9と認識していたことが伺える。同氏はキャプテンを翻訳することなく、そのままCaptainと表記している。プレーをしないのに試合に参加する者が想定されていなかったのだろう。

時代は下がって1928年、藤井英男氏が「野球用語」という35頁ほどの本を出版し、その中でマネージャー(Manager)は監督と訳されている。同書は日本語における不適切な野球用語を正していくことを目的に書かれたとのことだが、その緒言において「現在慶応の監督腰本10君とは知友の関係で」と当然の如く書かれている様子から推し量ると、マネージャーの機能を果たす者に監督という訳語は既に定着していたのだろう。なぜ監督という、かなり厳めしい訳語が採用されたかは不明である。当時の感覚は現在と異なっていたのかもしれないし、わが国のいわゆる体育会気質の中では自然な選択だったのかもしれない。

さておき、マネージャーと監督ではその仕事の印象が大きく異なる。米国のマネージャーはあくまで組織における中間管理職の雰囲気が強く、より上位の役職者がいるものと想定される。そのため責任範囲が現場から広がることはなかったのだろう。他方、監督という厳めしい言葉には絶対権力感が伴い、すべてに責任を持つような、あるいは現場だけでなく球団そのものも管理下に置くような期待が醸成されていったものと思う。同様に考えてみると、わが国では全能感が漂う映画監督も米国では単なるディレクター(Director)である。

プロ野球でも建設工事のように「現場監督」と表現していたならば、米国のマネージャーと同様の職責に止まっていたのではないだろうか。

上記は筆者の推測に過ぎないが、海外事例を紹介することも多い研究員としては、訳語が現実を描写するだけでなく、わが国での現実を変化させていく可能性も自覚した上で、慎重に文章を紡いでいく必要があると感じている。
 
6 俳人の正岡子規とする説もあったが、正確には本名の升(のぼる)から野球(のボール)という雅号を用いたことを指し、ベースボールを翻訳したものではないとされる。
7 中馬庚(ちゅうま かのえ、1870年~1932年)。公益社団法人野球殿堂博物館HPによれば「一高時代は名二塁手。大学に進むやコーチ・監督として後輩を指導。明治草創時代の学生野球の育ての親と云われた」。
8 公益社団法人野球殿堂博物館HPによれば「単行本で刊行された本邦最初の専門書で、我が国野球界の歴史的文献」。
9 同書157頁の「仕合」において「選手ノ内一人ヲ挙ゲテCaptainタラシメ以テ全軍ニ令ス北米ニ於テハ其任甚タ重ク選手ノ選択球場ノ整頓等ニ至ルマデ悉ク関係スト雖モ本邦ニ於テハ然ラス唯全軍ヲ代表シ審判官ニ感謝シ時ニ諸種ノ注意ヲ与ウルノミニテ其責足レリトス」とある(旧字体は筆者にて新字体とした)。
10 慶応大学黄金時代の名監督であった腰本寿氏と思われる。公益社団法人野球殿堂博物館HPによれば「慶応、大阪毎日球団で内野手、好打者。大正十五年慶大野球部監督となり、慶大黄金時代に七度優勝。早大の飛田監督とともに名監督といわれ渡米4回。選手を大成し、和製マグローと賞讃された」。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年11月19日「研究員の眼」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人 アフリカ協会
    一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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