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完璧な成果より「誠実な経過」を-ブランド透明性が生みだす信頼とサステナビリティ開示のあり方(2)
生活研究部 准主任研究員 小口 裕
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1――はじめに
本稿では引き続き、若年層を対象にした企業の社会貢献活動に関するサステナビリティ開示の在り方やコミュニケーションを取り上げ、それらをブランド透明性(transparency)と信頼資本(trust capital)の観点から、より良い実践アプローチについての考察を深めていく。
2――若年層が信頼するのは「理想」ではなく「確かめられる誠実さ」
「若年層がサステナビリティに関心を持つ」、そう聞くと、企業などのサステナビリティの理念や理想に共感している印象を受けるが、実際のデータはもう少し現実的である。総合調査機関である日本リサーチセンター(2025年)の全国社会調査1によれば、「サステナに積極的な企業は信頼できる」と答えた人は全体で63.3%となり、若年層(10~20代)も6割前後の数値を示し、特に10代女性は72.7%と全世代でも上位となった(数表1)。
その一方で、別稿2で示したように、「サステナを自分ごとだと感じる」と回答した割合は20代で43.9%にとどまり、全世代で最も低くなった。
さらに、サステナビリティ行動に取り組みたくなる条件として挙げられた項目のうち、「誰かの役に立つ実感が得られる場合」や「自分の住む地域が経済的に豊かになる場合」といった利他的な選択肢はいずれも全世代で最も低い結果となった(数表2)。
その背景について、ニッセイ基礎研では、Z世代は「ピュアな利他性」にはむしろ慎重な傾向があると分析しており、さらに若年層は、過度に「サステナビリティ=良いこと」をアピールする企業に対しては、押し付けがましさや作為的な印象を抱くと分析している3。
1 日本リサーチセンター「NOS(日本リサーチセンター・オムニバス・サーベイ)」/全国の15~79歳の男女個人1200名を対象に実施された訪問留置調査。調査実施時期:2025年1月~2月
2 ニッセイ基礎研レポート「Z世代にとってサステナビリティは本当に「意識高い系」なのか-若年層の「利他性」をめぐるジレンマと、その突破口の分析」(2025年8月27日) 総合調査機関の日本リサーチセンターが2025年に実施した社会調査によれば、「サステナは自分に関わりがある」と答えた割合は、全体が54.2%に対して、20代が43.9%と全世代で最低水準となったとしている。
3 ニッセイ基礎研レポート「Z世代にとってサステナビリティは本当に「意識高い系」なのか-若年層の「利他性」をめぐるジレンマと、その突破口の分析」(2025年8月27日)
では、このような若年層の心理をどのように理解すればよいのだろうか。
先行研究では、このような消費者の心理や行動原理を「prove—not promise(約束ではなく証明を)」と表現している。すなわち、消費者は理念やスローガンへの共感よりも、「その実態が本当に伴っているのか」という疑念に応えることを企業に求めているという傾向があると指摘している4。
たとえば、フェアトレードや再エネ100%の表示、トップメッセージの一貫性、外部認証など、第三者が検証可能な根拠(evidence)といったものが必要になるだろう。
さらに先行研究によれば、消費者は企業がどのような理想を掲げるかよりも、その約束を守り続けるかどうか=行動の一貫性(follow-through)に敏感に反応するとされる5。
これらの点から見れば、社会的・環境的価値への共感だけでなく、「裏切らない誠実さ」が信頼を左右しているようにも見える。特にSNSを通じて日々大量の情報に接する若年層にとって、ブランドへの信頼は「他者の評価によって確かめられること」に大きな意味を持つと思われる。ミドル・シニア世代と比べて社会的な価値意識が形成過程にあり、SNS世代でもある若年層においては、確認できる透明性が信頼の判断軸となっている可能性があると言える。
4 Montecchi, M., Plangger, K., & Etter, M. (2024). Perceived Brand Transparency: A Conceptualization and Empirical Investigation. Psychology & Marketing (Wiley). 消費者がブランドの透明性を評価する際の判断軸を定義し、企業の主張そのものではなく、その裏づけ(evidence, observability)を重視する構造を提示している。
5 Reichheld, A., Peto, J., & Ritthaler, C. (2023). “Research: Consumers’ Sustainability Demands Are Rising.” Harvard Business Review, September 18, 2023. 若年層と高年層の両方がブランドの有能さ(品質と一貫性)を重視しているが、特に若年層はブランドの倫理性や開示姿勢を購買・忠誠判断の基準としており、「人間性(humanity)」と「透明性(transparency)」が信頼形成の核心となると指摘している。
3――御社のブランドは澄んでいるか?-鍵となるのはブランド透明性
このブランド透明性の議論の中でも、特に注目すべきは「意図性(Intentionality)」である。
先行研究によれば、消費者は企業による社会貢献活動の「完璧な成果」よりも「誠実な途中経過」を評価する傾向があるとされ6、「四半期ごとに成果と未達を併せて開示する企業は悪い情報も隠さないという認識を形成しやすい」とされる。逆に言えば、ポジティブな話題だけを発信する企業ほど何かを隠しているのではないかという疑念を抱かれるケースもあると思われる。
この点は、サステナビリティ活動を過度に良い話として強調する企業に対して、消費者が押し付けがましさや不自然さを感じるという前章の分析とも整合的である。たとえば、若年層が信頼を寄せるのは社会貢献活動の成果や完璧な企業像ではなく、むしろ「課題を率直に開示し、誠実に改善を重ねる企業」であるとも考えられるだろう。
この点からすれば、消費者は企業の情報開示を説明責任の一環としてではなく、むしろ、誠実さを体現するブランド体験の一部として受け止められている可能性があるとも言える。
6 企業のCSR報告書における「適度なネガティブ情報(moderately negative information)」の開示が、ブランド信頼・企業誠実性(perceived integrity)をむしろ高めることを実証的に示している。 Jahn, J., & Brühl, R. (2019). Can bad news be good? On the positive and negative effects of including moderately negative information in CSR disclosures. Journal of Business Research, 97, 117–128.
この視点は、企業のサステナビリティ情報開示をブランディングに結びつけていくうえで示唆的である。
単にサステナビリティ活動の成果を誇示するショーウィンドウ型(成果を一方的に見せる)や、目標未達について形式的に触れるのみのモノローグ型(企業が独りで語る)ではなく、なぜその結果に至ったのか、問題と課題を企業と顧客が共有し、同じ自転車に乗って共にペダルをこぐ「タンデム型」の情報開示、協働して前へ進む姿勢が、企業のブランディングへと成果を繋げていく観点からは、より望ましいとも考えられる。
4――敢えて自社に不利な情報を開示する姿勢
この姿勢は、前述の高コスト・シグナル(自社に不利な情報を意図的に開示することで誠実さを示す)という理論10とも整合し、ブランド透明性の向上に資する開示姿勢とも評価できるだろう。
7 任天堂から新型機が発売されるにあたり、発売直後にマーケットプレイスにおける出品制限や箱のみ出品等のトラブルが報じられた(2025年6月)。また、日本マクドナルド社で、人気トレーディングカードが景品として付属する企画を実施した際に、景品の高額転売が横行したと報じられた(2025年8月)
8 株式会社メルカリ. (2025年10月9日). マーケットプレイスの基本原則—ホワイトペーパー.
https://about.mercari.com/sustainability/transparency/marketplace-principles/
9 株式会社メルカリ. (2025年8月). 安心・安全の取り組み方針に関する透明性レポート 2025年8月版. https://about.mercari.com/sustainability/transparency/marketplace-principles/
10 課題や失敗を開示できる企業の方が「誠実で一貫している」と評価される。Reichheld, A., Peto, J., & Ritthaler, C. (2023, September 18). Research: Consumers’ Sustainability Demands Are Rising. Harvard Business Review.
5――まとめ~一貫したブランド透明性が信頼資本をつくる
結論としては、企業ブランドへの信頼という社会的資本12を育てるのは、「完璧さ」ではなく、消費者や顧客に「裏切らない一貫性」を感じさせることであり、そこには「失敗から次への学び」を含む姿勢が求められると言えるだろう。
消費者は、企業の社会貢献活動を良い話として一時的に評価するものの、それが単発で終わってしまうと、ブランディングの観点からは「社会貢献と収益の両輪」にはつながりにくい。
特に若年層は、過度に「良いこと」のみをアピールする企業に対しては、押し付けがましさや不自然さを感じる傾向が感じられる。
この観点からすれば、企業の統合報告書やSDGs関連サイトも、単なる成果報告のショーウィンドウではなく、むしろ顧客が参加し、企業の現状や課題を共に理解できる共創型(タンデム型)のブランド体験として設計されることが、企業ブランディングの観点からはより望ましい。
誠実な情報開示やブランド体験を通じて、消費者が「問題や課題はあっても、この企業と一緒に成長していける」と実感できるとき、企業と生活者の関係は「共感」から「共創」へと深化していくと言えるのではないだろうか。
11 Luo, X., & Bhattacharya, C. B. (2006). Corporate social responsibility, customer satisfaction, and market value. Journal of Marketing, 70(4), 1–18. 企業による社会貢献活動が、経済的リターンをもたらす信頼資本(trust-based asset)として機能することを実証。社会貢献活動 → 顧客満足 → 企業市場価値(Tobin’s Qおよび株式リターン)の関係と、企業能力(製品品質・イノベーション力)がその関係を調整する点を示した初期的な定量研究である。特に、能力を伴わない社会貢献活動は「不誠実な行為(opportunistic signaling)」と見なされ、信頼を損なう可能性を指摘しており、本稿で述べるブランド透明性や一貫性の議論と通底する。
12 Godfrey, P. C. (2005). The relationship between corporate philanthropy and shareholder wealth: A risk management perspective. Academy of Management Review, 30(4), 777–798.
企業の慈善活動や社会貢献は、株主価値を直接高めるのではなく、「社会との信頼関係によって生まれる保護的価値(insurance-like value)」を生み出す道徳資本(Moral Capital)と定義した初期研究。社会的非難・スキャンダル時にCSR活動が「信頼のバッファ」として機能し、企業価値の下落を抑えるという仮説を提示している。
(2025年11月05日「基礎研レター」)
03-3512-1813
- 【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事
2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所
2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員
【加入団体等】
・日本行動計量学会 会員
・日本マーケティング学会 会員
・生活経済学会 准会員
【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)
*共同研究者・共同研究機関との共著
小口 裕のレポート
| 日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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| 2025/11/05 | 完璧な成果より「誠実な経過」を-ブランド透明性が生みだす信頼とサステナビリティ開示のあり方(2) | 小口 裕 | 基礎研レター |
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