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金融安定性に関するレポート(欧州)-EIOPAの定期報告書の公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――はじめに
1 FINANSIAL STABILITY REPORT (2025.6.19 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/047539e4-db06-4d56-b1f2-b3d1d3365204_en?filename=EIOPA%20Financial%20Stability%20Report%20June%202025.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容
2025年の欧州のマクロ経済状況は脆弱であり、不確実性が高まっていた。特に米国発の貿易・防衛上の問題が、既存の国際関係や協定の持続可能性に疑問を投げかけている状況である。EUの貿易黒字は、関税引き上げの影響を受け縮小する懸念があり、これとは別に、防衛上のコスト増により、他の分野の予算削減につながる懸念もある。
関税を巡るニュースには誰もが敏感に反応するが、先行きは不確実である。そして欧州からの投資が多い米国株式市場が大きく影響を受けている。金利については、短期金利は下方シフトしたが、長期金利は高止まりしたままである。為替の変動も市場の安定性に大きく影響を与えるため、引き続き注意深く監視する必要がある。今後の動向によっては、通貨デリバティブの証拠金の追加支払が要求されるなど、保険会社や年金基金の流動性リスクを高める可能性がある。
保険会社、再保険会社、年金基金の各セクターは引き続き強固な資本基盤を有しており、2025年3月~4月の一時的な市場の混乱を乗り切ることができた。ただし、地政学的リスクや世界的な貿易障壁の影響は依然として不透明であり、定量的な評価も十分ではない。
サイバーリスクはただでさえ重大な上に、地政学的リスクによりさらに深刻なものとなっている。
リスク管理規制の進展としては、化石燃料関連の株式・債券のリスク、あるいは自然災害リスクの算定に関するものについて、ソルベンシーIIの見直しを進めているところである。
保険会社の株価は、堅調な収益確保により、過去9カ月間市場平均を上回っている。しかし、国際的に活動する保険会社を中心に関税引き上げの影響は大きく、今後の保険金請求の件数・金額も不確実性が高い。市場のボラティリティが高いことも投資上の懸念事項である。
また、自然災害による損失が増加し、そのうち4割強しか保険金でカバーされていない(こうした保険ギャップの解消に向けては、現在、EIOPAと欧州中央銀行が解決策を検討中である。)。この保険金額は、関税による物品補償額の上昇とともに上昇し、保険会社の収益を圧迫する可能性がある。
保険セクターにおいては、収益性が2024年には改善し、資本と流動性ポジションは全体として堅固で、かつ安定している。資産利益率(ROA)は2023年の0.6%から2024年には0.7%とわずかながら上昇した。資産が負債を超過する率は8.0%から9.3%に上昇した。投資収益は好調ではあるが、今後の市場の調整に注意する必要がある。損害保険、生命保険とも保険料収入は大幅な伸びを示している。
金利安定後に貯蓄需要が高まったことにより、生命保険において、保険料収入から保険金・解約返戻金支払と事業費支出を引いて算出した金額(テクニカルキャッシュフロー)が回復している。
ユニットリンク型保険の販売は、2022年以降不振であったが、2024年には大幅増加に戻っている。
再保険会社は、世界的に幅広い再保険引受けと、複数の通貨の負債・資産を持つ特徴があることから、元受保険会社以上に今後の動向に注目する必要がある。特に、貿易の障壁が再保険事業に及ぼす潜在的な影響を慎重に評価する必要がある。
欧州の再保険会社は、投資収益・再保険引受収益ともに好調であった。各社ソルベンシー比率の中央値も223%から235%へと上昇した。再保険セクターは過去2年の市場環境の厳しさにより、再保険料の値上げ、引受条件の厳格化、補償範囲の縮小などができて、ある意味恩恵を受けている、ともいえる。
変動の激しい金利環境にもかかわらず、底堅い状況を維持している。特に株式時価の上昇により資産の伸びが負債の伸びを上回ったという意味で、財務状況が改善した。
オランダにおける確定給付型年金(DB)から確定拠出型年金(DC)への移行は規模が大きいので、投資戦略や運営管理慣行に影響を及ぼす可能性があり、注意が必要である。
年金基金セクターは、株式、外貨建資産のエクスポージャーが高いので、市場の価格変動を受けやすく、積立比率や流動性ポジションへの影響を綿密に監視する必要がある。
各国の監督当局を対象とした最近の調査では、地政学的緊張と世界貿易の不確実性がマクロ経済リスクの要因となっており、保険会社と年金基金の両セクターにとって最大の懸念事項となっている。関税は、保険会社と年金基金に対しては間接的な影響をもたらす。特に輸入品に対する保険金請求額の増加という点において、損害保険会社の方が大きな影響を受けると予想される。
保険会社のポートフォリオは安全な債券の比重が大きい。株式や、ハイイールド債(格付けが低く利回りが高い社債)のリスクエクスポージャーが多いことは、財務基盤の脆弱さを示している。2022年の利上げ以降、保険セクターによる国債購入は低調であったが、その後テクニカルキャッシュフローの増加に見られるように財務状況が改善したことにより、国債購入は急増している。
金利低下をヘッジするためにデリバティブを利用している生命保険会社は、3月の金利急騰により、予期せぬ支払いに直面した。
保険会社も年金基金も、ドル建投資のために、為替リスクに大きくさらされている。2024年の保険会社の株式ポートフォリオのうち24.9%が米国株、社債の13.4%が米国社債、国債の4.4%が米国債である。また、年金基金(2023年)では、株式ポートフォリオのうち52%が米国株、社債の20.8%が米国社債、国債の9%が米国債である。
2024年第4四半期には、米ドルがユーロに対して7%上昇したため、保険会社は通貨デリバティブに変動証拠金を支払う状況が生じた。通貨デリバティブは保険会社が為替レート変動による海外投資の評価下落リスクを管理するためのものであるが、一方でこうした流動性リスク管理が必要となる。
保険セクターと年金基金セクターは、投資ポートフォリオを通じて銀行セクターと強い結びつきがある。2024年末には欧州の保険会社の総投資額の12.7%、年金基金の総投資額の6.0%が銀行に対するものであった。特に担保付債券については、銀行に対する投資比率は2022年に43.6%、2024年に39.4%であった。こうした状況下では、銀行が経営難に陥った場合悪影響を受ける可能性が高いと考えられる。保険セクターの保有する銀行債の6.0%が劣後債であるという点にも注意すべきである。
オルタナティブ資産への配分の増加も注視が必要である。保険会社のオルタナティブ資産は2024年末に、全体の17.5%を占めており、主な内訳は、不動産6.9%・投資ファンド2.3%・住宅ローン1.9% 不動産関連企業株式1.5%などとなっている。
オルタナティブ資産への投資が継続的に増加していることは、金利以外の要因に保険会社の投資戦略が影響を受けることが多くなっているということでもある。オルタナティブ資産のメリットは、長期的なリターンの向上、分散投資としての役割、インフレヘッジ、ニッチな投資機会の可能性確保、市場のボラティリティからの分離、などがあるが、オルタナティブ資産は流動性が低いことが多く、清算が必要となるようなストレス状況下では、大きなデメリットが生じる可能性がある。
3――おわりに
(2025年07月04日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/07/04 | 金融安定性に関するレポート(欧州)-EIOPAの定期報告書の公表 | 安井 義浩 | 基礎研レター |
2025/06/27 | 銀行と保険の気候関連リスク管理の強化にむけた取り組み(英国)-PRAの協議文書より。 | 安井 義浩 | 基礎研レター |
2025/06/20 | 保険会社の人工知能(AI)ガバナンスに向けた意見(欧州)-欧州保険協会の回答書より | 安井 義浩 | 基礎研レター |
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