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コラム
2025年11月21日

物価高対策としてのおこめ券の政策評価と課題~米に限定する物価高対策の違和感~

総合政策研究部 准主任研究員 小前田 大介

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■要旨

本レポートでは、2025年補正予算における物価高対策として検討されている、おこめ券の政策的妥当性と課題を検証する。

おこめ券は制度の非効率や、用途制限による家計ニーズとの不整合、転売市場の存在により支援の効果が損なわれるなど、多くの課題を抱えている。

また、おこめ券は、供給が過剰で本来なら米価が下がる局面でも、政策的に需要を押し上げ、結果として価格の高止まりを助長する可能性が高い。

以上の点から、おこめ券は家計支援策として妥当性に乏しく、汎用的に利用できるクーポンやデジタル支援の方が効率的と考えられる。米関連支援を行う場合でも、従来の全国共通券ではなく、地域限定のデジタル券を導入するなど、制度設計の見直しが求められる。


■目次

1――はじめに
2――おこめ券制度の前提と構造
  1|おこめ券の制度と課題
  2|物価高対策としてのおこめ券の有効性
3――おこめ券以外の支援策と、おこめ券を採用する場合の条件
4――おこめ券が米価格に与える影響
5――まとめ
 

1――日本プロ野球における監督

1――はじめに

主食用米の価格が2023年以降高水準で推移1し、家計負担が増加している。そこで政府は2025年度補正予算および総合経済対策の中で、物価高対策としておこめ券の活用を検討している。
具体的には、自治体が使途を選べる「重点支援地方交付金」の拡充を通じて、おこめ券や電子クーポン券の配布を推奨している。既におこめ券配布を実施している自治体もある2
 
1 農林水産省 スーパーでの販売数量・価格の推移(KSP-POSデータ全国等) 2025年11月14日
2 台東区 区内の全世帯へ「おこめ券」を配布します 2025年11月13日

2――おこめ券制度の前提と構造

2――おこめ券制度の前提と構造

1|おこめ券の制度と課題
まず、おこめ券制度の構造を整理する。おこめ券には、おこめギフト券(全国農業協同組合連合会が発行)と全国共通おこめ券(全国米穀販売事業共済協同組合が発行)の2種類があり、いずれも全国で利用可能なギフト券として扱われている。

制度上の最大の課題は、名目額面500円に対し、利用者が実際に使用できる金額が440円にとどまる点である。差額の60円は発行・流通・事務費などのコストとして控除される仕組みであり、利用額が支給額を1割超下回る点は家計支援策としての効率性を低下させる。

また一部の小売店舗では米以外の商品に利用を認める例外的な運用も行われており、用途限定という制度の趣旨と実態が整合していない点も課題である。

さらに、おこめ券には転売市場が存在し、米を購入しない世帯が金券ショップで換金する可能性がある。転売価格は額面よりもさらに低く取引されるため、政策支出の一部が中間流通に吸収され、家計への支援効果がさらに薄まる。加えて、お米券は全国で利用可能であるため転売ルートが広く、流出を防ぐ手段が乏しい。


2|物価高対策としてのおこめ券の有効性
物価高が米に限らず、エネルギー、外食、加工食品、日用品など幅広い品目に及んでいる現状では、用途を米に限定した支援策は家計ニーズと整合しにくい。加工食品や外食費、光熱費などの支出割合は世帯によって異なり、縁故米3を受け取る農家世帯など、そもそも米を購入する必要性が低い世帯も一定数存在する。
 
3 お米を親戚・知人・友人など限られた人々に無償または安価で供給する米
 

3――おこめ券以外の支援策と、おこめ券を採用する場合の条件

3――おこめ券以外の支援策と、おこめ券を採用する場合の条件

このため、お米券よりも特定品目に限定しない汎用性の高い商品券や電子クーポンを活用する方が家計の実態に即した対策となり、支援効果も高い。また電子的手段の活用は、紙券の郵送に比べ事務負担や物流コストを低減でき、政策コストの効率性向上にもつながる。

一方で、政治や行政の事情から米関連の支援策が不可避な場合は、既存の全国共通おこめ券をそのまま利用するのではなく、自治体独自の地域限定型デジタル券を発行することが望ましい。

利用可能な店舗や地域を限定することに加え、デジタル化により紙券の流通が廃止されれば、不正利用や転売の抑制にもつながる。一方、デジタル化には発行コストや運用コストの低減といったメリットがあるものの、導入コストが発生することには留意する必要がある。

また、支給額と利用額を一致させることも不可欠であり、制度的な目減りを排除することで政策効果を確保する必要がある。

4――おこめ券が米価格に与える影響

4――おこめ券が米価格に与える影響

現在の米価格は、供給が十分であるにもかかわらず高止まりしている。背景として、卸売業者が高値で仕入れた在庫を保有しており、卸売価格を柔軟に下げにくい状況がある。卸売価格が下がらなければ、小売価格も下がりにくく、市場全体の価格調整が遅れる。

本来であれば、価格の高止まりにより消費者の需要が減少し、その結果として米価格は市場原理によって自然に下落していく。しかし、この局面でおこめ券を配布すると、消費者は高値の状態でも実質的に割安で米を購入できるため、需要が政策によって人工的に押し上げられる。こうした需要の下支えは価格下落圧力を弱め、市場が調整機能を発揮することを妨げる。

その結果、卸売業者が抱える高値在庫の価値が維持されやすくなり、公的資金が卸売業者の損失を間接的に肩代わりする形となる。市場原理による調整を阻害する政策は、長期的には市場の効率性を歪め、米価格の硬直化を長引かせる可能性が高い。
 

5――まとめ

5――まとめ

本稿では、おこめ券の制度構造と政策効果を検証し、家計支援策としての課題を整理した。

おこめ券は、名目額面と利用額の乖離、用途限定による家計ニーズとの不整合、転売市場の存在、価格下落局面での需要押し上げなど、多くの課題を抱えている。

特に、供給十分にも関わらず価格高騰による需要減退で米価格が調整すべき局面にある中でのおこめ券配布による需要下支えは、市場機能を弱め、米価格の高止まりを長引かせる可能性がある。

物価高対策としては、特定品目に限定しない汎用的な支援策を採用することが望ましく、電子的な手段を含めた効率的な制度設計が重要である。どうしても米関連支援が必要な場合でも、地域限定型かつデジタル化した独自券を検討し、支給額と利用額の一致や不正利用防止策を組み込むことが求められる。

今後も物価高が続く可能性を踏まえ、政策手段の費用対効果と市場への影響を丁寧に検証し、家計に実効性のある支援策を打ち出すことが必要である。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年11月21日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   准主任研究員

小前田 大介 (こまえだ だいすけ)

研究・専門分野
経済政策、環境問題

経歴
  • 【職歴】
     2009年 日本生命保険相互会社入社
     2025年 ニッセイ基礎研究所

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