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ふるさと納税のピットフォール-発生原因と望まれる改良
                                                金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 高岡 和佳子
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ピットフォールの発生源が、税制の変更に伴って生じた人的控除差と人的控除差調整額の乖離だけであれば、国から地方への税源移譲による負担増を調整するための人的控除差調整額とは別に、ふるさと納税の「実質自己負担2,000円を実現する」ための人的控除差調整額を設定するだけで済む。しかし、所得税と住民税で取り扱いが異なる控除は人的控除だけではない。
生命保険料控除と地震保険料控除(以下、各種保険料控除)も所得税と住民税で控除額が異なり、ピットフォールの発生源となり、人的控除よりも調整が困難である。人的控除の場合、納税者によってどの所得控除がどの区分で適用されるかといった違いはあるが、同じ所得控除、同じ区分なら人的控除差は一律である。これに対して、各種保険料控除は、納税者がその年に支払った保険料によって控除額が決まるので、控除差は一律ではない。控除差の計算自体は可能であるが、控除対象金額と所得税・住民税の減税額の合計を一致させる手順は、さらに煩雑になる。
そして、ふるさと納税の寄付金控除も所得税と住民税で取り扱いが異なり、生命保険料控除と地震保険料控除以上に調整が困難である。所得税では所得控除なので課税所得金額を引き下げるが、住民税では税額控除なので課税所得金額を引き下げない。では、人的控除差調整額と同様に、住民税の課税所得金額から控除対象金額を控除することで所得税上の課税所得金額を概算すればよいと考えるかもしれないが、簡単な話ではない。寄付金額には上限があるため、その金額がふるさと納税の上限額を超えていないかを確認し、超えている場合には、寄付金額ではなく上限額と2,000円との差額を控除する必要がある。この上限額は、納税者の住民税額や所得税率に基づいて決定されるため、「鶏が先か卵が先か」といった循環的な問題が発生する。
                                                        所得税減税額を控除対象金額に課税所得金額の税率を乗じ所得税減税額を推計する方法自体が、不適切となるケースも存在する。図表3で示すように、所得税は課税所得金額の上昇に応じて税率が高くなる累進課税制度を採用している。図表5の黒線は、課税所得金額と算出税額の関係を示し、二つの黒丸は所得税率の区分の境目を示している。6本の赤い矢印は所得控除、対応する6本の青い矢印は所得控除による所得税の軽減効果を示している。赤い矢印はすべて同じ長さでも、課税所得金額が高いケースほど青い矢印が長くなるのは、適用される所得税率が高くなるためである。控除対象金額に、課税所得金額に対応する税率を乗じて所得税減税額推計するのは、この税率差による影響を考慮するためのものである。同じ所得税率区分なら青い矢印は同じ長さなので、控除対象金額に、課税所得金額に対応する税率を乗じる方法で問題ない。しかし、橙の矢印のように、所得税率の区分の境目を超えるケースでは、所得税減税額(緑の矢印)は両区分の中間的な水準にとどまる。現行は、より高い所得税率が区分を基準に所得税減税額を推計するので、その分(右側の青矢印と緑の矢印の差)だけ自己負担額が増える。
3――ピットフォールを埋めるための改良方法を考える
所得税の納税額を計算する際に寄付金控除は所得控除として取り扱われるが、一部の寄付金は所得控除の適用を受けるか、税額控除の適用を受けるか、いずれか有利な方法を選択できる。一部の寄付金とは、政党または政党資金団体に対して政治活動に関する寄付を行った場合4や、認定NPO法人等に対して一定の寄付を行った場合、公益社団法人等に寄付を行った場合である。税額控除額は、控除対象金額5の一定割合であり、その割合は、政党または政党資金団体に対して政治活動に関する寄付の場合30%、それ以外は40%である。納税者が有利な方法を選択できるので、所得税率(復興特別所得税加算後)がその割合を超える納税者とそれ以外の納税者では、所得税減税額が異なる。
ふるさと納税には控除対象金額と所得税・住民税の減税額の合計を一致させることが求められるため、同様の租税措置を設けても所得税減税額を推計する複雑な手順が必要になる。もちろん、その割合を最高税率より高く設定したり、選択できなくしたりすれば複雑な手順は不要になるが、それも簡単ではない。最高税率より高く設定すると日本全体のふるさと納税の減税額(税収減額)は大幅に増える。選択できなくすると寄付額上限が増加する納税者がいる一方、大幅に減少する納税者も発生する。最高税率より高く設定したり、選択できなくしたりするには、極めて慎重な議論が必要になる。
4 1995年から2029年に行われた寄付に限られる。
5 他の寄付額との合計が上限を超えている場合はこの限りではない。また、他の寄付がある場合は、2,000円ではなく、他の寄付状況に応じて2,000円以下の金額を基準に税額控除額を決定する。
2章で確認したようにピットフォールの発生源は所得税と住民税との間の所得控除額の相違だが、所得控除の種類によって対処すべき方法が異なる。人的控除や各種保険料控除6は、差額を適切に調整する方法を整備すれば、現行の手順の大枠を維持してもピットフォールを埋めることは可能である。一方、寄付金控除の場合は、控除対象金額に課税所得金額に対応する税率を乗じて所得税減税額を推計する手順自体を見直さなければ、ピットフォールを埋めることはできない。ここでは、推計手順の見直しを中心に検討する。
改良後の手順に求められる要件は、(a)ふるさと納税にかかる寄付金控除を適用する前後で対応する所得税率が異なっても適切に所得税減税額を把握できること、そして(b)適切な所得税減税額に対応したふるさと納税の上限額を把握できることである。(a)については、ふるさと納税にかかる寄付金控除を適用する前後の所得税上の課税所得金額を基準に、それぞれの算出税額を求めて差額を所得税減税額と捉えればよいので、手間はかかるが難しくはない。問題は(b)である。
ふるさと納税とは、総務大臣が指定する自治体に寄付した場合にのみ適用される住民税(特例分)の税額控除を受けられる制度である。その特例分の税額控除が住民税額の2割までと定められており、控除対象金額から所得税減税額と住民税(基本分)の税額控除(控除対象金額の10%)を引いた差額と住民税額の2割と一致する金額がふるさと納税の上限額となる。上限額は簡単な計算式では表現できないが、ふるさと納税にかかる寄付金控除を適用する前の所得税上の課税所得金額と住民税上の課税所得金額(もしくは、住民税額)に対して上限額は一意に決まり、数値的手法を用いれば容易に求めることができる。さすがに、各自治体が、納税者毎に上限額を求めるのは非効率なので、ふるさと納税にかかる寄付金控除を適用する前の所得税上の課税所得金額と住民税上の課税所得金額の組み合わせに対応する上限額を算出した結果を事前に準備し、共有すれば、ピットフォールを埋めることは不可能ではない。
6 人的控除や各種保険料控除でなくても、ふるさと納税以外でも寄付をし、所得控除の適用を受けている場合はその金額も適切に調整する方法を整備する必要がある。
4――終わりに
(1) ふるさと納税にかかる寄付金控除以外の所得控除(人的控除や各種保険料控除など)に起因する差額を適切に調整する方法を整備する
(2) ふるさと納税による所得税減税額は控除対象金額に課税所得金額に対応する税率を乗じた推計値ではなく、実際の所得税の減税額を用いる
(3) ふるさと納税にかかる寄付金控除を適用する前の所得税上の課税所得金額と住民税上の課税所得金額別に、ふるさと納税の上限額を事前に算出した結果を共有する
ピットフォールを解消する方策は存在するものの、制度改正を伴うため、実現には困難が伴う。また、寄付金額が上限の範囲内であっても控除対象金額が全額控除されない納税者は一部に過ぎない。とはいえ、自己負担額2,000円だと思っていたのに実際は数万円に及ぶ納税者がいることを考えると7、制度の改良が望まれる。
7 実は、ピットフォールにはまっても自己負担額を2,000円にする裏技もあるが、全ての納税者がその裏技を使えるわけではない。
(2025年04月30日「基礎研レポート」)
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2006年 ニッセイ基礎研究所へ
2017年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員 
高岡 和佳子のレポート
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