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努力の正当化の回避-長い行列に並んだ後の料理はやっぱり美味しい?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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◇ ハトも努力の正当化をするか?
アメリカでは2000年に、ハトの「労働倫理」と題するペーパー(*1)が公表された。その実験はノースカロライナ州で、5~8歳のホワイトカルノーハト8羽を被験者として行われた。ハトは、まずくちばしで白色のキーをつつき、その後にあらわれる色のついた2つのキーのうち、正解のほうをつつくとエサをもらうことができる。
白色のキーには、1回だけつつけば色つきのキーがあらわれるものと、20回つついてようやく色つきのキーがあらわれるものがあり、ハトはどちらかを選択できた。実験の結果、20回つつくほうを選ぶケースと1回だけつつくほうを選ぶケースの比率は2:1で、20回のほうが多かったという。
この現象について、「ハトは少ない努力(1回のつつき)よりもたくさんの努力(20回のつつき)の後に生じる結果の価値を高く見ているのではないか」と解釈して、努力の正当化を図ろうとしているのかもしれないとする見方があった。
しかし、常識的にみて、ハトが人間のように“努力”を意識するとは考えにくい。この現象について、ペーパーでは、コントラスト効果(contrast effect, 無意識のうちに、2つの情報を対比することで、好ましいもののほうが、より魅力的に見えるようになる、という効果)が原因ではないかと論じている。
つまり、20回もつつかなくてはならない苦行と、その後にあらわれる色つきキーをつついてうまくいくとエサがもらえるという報酬の間のギャップは、1回つつく場合のものよりもコントラストが大きい。そのため、ハトにとって、20回つついた後に得られた報酬の魅力がより際立って見えたのではないかという指摘だ。
◇ それでは人間の子どもではどうか?
2008年に公表されたペーパー(*2)で、人間の子どもを対象とした実験の結果が公表された。舞台はフランスのリール郊外の公立小学校で、この学校に通う7~8歳の42名の児童が被験者とされた。子どもたちは、モニター上の領域をマウスでクリックしていき、正解をクリックすると、9つの短い歌を聞いたり、RazmoketやTituefといったフランスの短編マンガを見たりすることができる。
この実験では、画面上の青の領域をクリックするとすぐに報酬を受けられるかどうかの二者択一の選択フェーズに移れるが、赤の領域をクリックすると、8秒間待たされた後に同様の二者択一の選択フェーズに移ることとされた。赤をクリックしたときに8秒間待たなくてはならないということが、“努力”に相当するわけだ。
実験の結果は、8秒間待たなくてはならない赤を選ぶケースが、待つ必要のない青を選ぶケースよりも多かったという。
この結果の解釈として、努力の正当化なのか、それとも、コントラスト効果なのかが、論じられた。ペーパーでは、結果の統計的仮説検定などを検討し、そのうえで、子どもは結果を得るための努力と結果の評価の関係について経験が少ないことから、コントラスト効果に起因するものだとの説を支持している。そして、認知的不協和が、その効果を強化している可能性もあるとしている。
◇ 努力の正当化を避けるには?
このように過去にとった行動や、すでに行った決断が、今後にも影響を及ぼし得るという点は、サンクコストの誤謬(サンクコストは、既に費やしてしまっており、いまさらとりかえせない費用を指す。これは過大視されやすく、これにこだわり過ぎるとついつい不合理な判断をしてしまう。)に類似していると言える。
それでは、努力の正当化を避けるにはどうしたらよいだろうか?
そのためには、努力は横において、結果だけを検証してみることが効果的と考えられる。得られた結果は、好ましいものなのか、そうではないのか、途中過程で行った努力は見ずに判断してみる。
その際、結果を冷静に客観的に評価することが大事なポイントとなる。「もし、自分が第三者の立場で、結果だけを見せられたとしたら、どのように評価を下すだろうか?」ということを一歩下がって考えてみる。
特に、何かの組織や団体に入る際の試練には注意が必要だ。団体によっては、入団後のメンバーの帰属意識やメンバー間の結束力を高めることを狙いとして、入団希望者にあえて過酷な(または無意味な)試練を課しているかもしれない。その辺りを、冷静によく考えてみる必要がある。
以上、努力の正当化について見ていった。今度、有名なお店の行列に並んで料理を食べたときには、努力の正当化によく注意して、味わった料理を冷静に評価するようにしてはいかがだろうか。
(参考文献)
(*1) “"Work ethic" in pigeons : Reward value is directly related to the effort or time required to obtain the reward” Tricia S. Clement, Joann R. Feltus, Daren H. Kaiser, and Thomas R. Zentall (Psychonomic Bulletin & Review, 2000, 7(1), 100-106)
(*2) “Cognitive dissonance in children : Justification of effort or contrast?” Jérôme Alessandri, Jean-Claude Darcheville, and Thomas R. Zentall (Psychonomic Bulletin & Review, 2008, 15(3), 673-677)
(*3) “The Art of Thinking Clearly” Rolf Dobelli (Harper Paperbacks, 2014)
(*4) “Contrast and the justification of effort”Emily D. Klein, Ramesh S. Bhatt, and Thomas R. Zentall (Psychonomic Bulletin & Review, 2005, 12(2), 335-339)
(*5) “A History of the Cake Mix, the Invention That Redefined 'Baking'” Michael Y. Park (bon appétit, Sept. 26, 2013)
(*6) 「動物も不協和を感じるか? ―「努力の正当化」を巡る動物研究 ―」柴崎全弘(名古屋学院大学論集 社会科学篇 第53巻第4 号, 219―230, 2017年3月31日)
(*7) “Effort justification”(Wikipedia)
(*8) “Effort Justification: Weighing Effort and Results”(Hustle Escape, Aug. 22, 2020)
(2025年01月07日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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