2024年12月11日

ノンメディカルな卵子凍結-東京都では計4千5百人が卵子凍結を実施済、現在パートナーがいない健康な30歳~40歳代が将来に備える傾向-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

卵子凍結(未受精卵凍結)とは、女性の卵巣から採取した卵子を将来の妊娠に備えて凍結保存することをいう。これには、妊孕性(生物学的な妊娠能力)の低下をもたらす原因疾患を抱える者などが将来の妊娠に備えて行う医学的卵子凍結と、明らかに顕著な疾患等が認められない健康な者が将来の妊娠に備えて行う社会的卵子凍結の2パターンが存在している。

社会的卵子凍結、いわゆるノンメディカルな卵子凍結は、女性の高学歴化やキャリア進出などを背景に、女性芸能人の発言力も加わり、有名になった言葉である。日本では、2013年に日本生殖医学会によって卵子凍結に関する社会的適用についてガイドラインが整備されたものの認知度はあまり高くなかったが、2022年の不妊治療の保険適用開始に伴う医学的卵子凍結の認知度の高まりとともに、徐々に認識されていった。

特に、2023年の9月から東京都が、将来の妊娠に備えて卵子凍結を希望する18歳から39歳の都民に対し、最大30万円の助成金の支給を決定したことで、メディアでも取り上げられるようになった結果、社会的卵子凍結の認知度が格段に上昇した。

医学的な卵子凍結に関する実態は、日本産科婦人科学会などがARTデータの一環として実態が公表されているが、社会学的卵子凍結に関する全国的な統計データは日本では取りまとめられていないのが現状である。本稿では、東京都が取りまとめた貴重な卵子凍結の調査結果について概説する。

2――卵子凍結の実態

2――卵子凍結の実態

1卵子凍結を取り扱う医療機関数と人数
東京都が実施した卵子凍結に関する調査概要は1、2023年5月末時点における東京都内の生殖補助医療機関104か所を対象に、生殖補助医療に係る状況を取りまとめたものであり、87か所(回答率:83.6%)より回答があった。卵子凍結の実施状況について、医学的卵子凍結を行う医療機関は16か所(18.4%)、未実施は71か所(81.6%)、社会的卵子凍結を行う医療機関は36か所(41.4%)、未実施は51か所(58.6%)であった。

また、回答のあった生殖補助医療機関87か所のうち、医学的・社会的いずれかの卵子凍結を実施していると回答した医療機関52か所を対象に、これまでに卵子凍結を実施した人数(合計)を質問したところ、医学的卵子凍結は計183人、社会的卵子凍結は計4,567人にのぼることが明らかとなった。
 
1 東京都福祉局(2023)「卵子凍結への支援の検討に関する状況調査結果」
https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/kodomo/shussan/ranshitouketsu/touketsu/joukyouchousa.html 
2卵子凍結に関する年齢や期間と妊娠率
次に、これまでに実施された卵子凍結について、採卵時の年齢、初めて凍結卵子を使用した際の年齢、凍結卵子の使用までの期間、凍結卵子を使用して妊娠に至った人数(妊娠率)についても回答を求めた。その結果、採卵時の年齢については、医学的卵子凍結183人、社会的卵子凍結4,567人に関する回答が得られた。初めて卵子凍結を使用した際の年齢、凍結卵子の使用までの期間、凍結卵子を使用して妊娠に至った人数(妊娠率)については、医学的卵子凍結9人、社会的卵子凍結384人に関する回答が得られている。

図表1の通り、医学的卵子凍結では、10歳代から24歳までが23人(12.6%)、25-29歳が29人(15.8%)、30-34歳が46人(25.1%)、35-39歳が56人(30.6%)、40歳-49歳が29人(15.8%)であった。社会的卵子凍結では、10歳代から34歳までが769人(16.8%)、35歳-39歳が2,075人(45.4%)、40歳-49歳までが1,024人(22.4%)、不明が699人(15.3%)であった。

採卵時の年齢(年代別)では、医学的・社会的ともに、35-39歳の割合が最も高いが、医学的適用では、10歳代~20歳代の占める割合が28.4%と比較的若い年齢での採卵が目立っていた。一方で、社会的適用では、30歳~40歳代が全体の81.7%を占めており、社会的卵子凍結では不妊治療はしていないが妊孕性の低下を考慮して30歳代40歳代が実施している傾向が明らかとなった。
図表1.採卵時の年齢
また、図表2の通り、初めて凍結卵子を使用した際の年齢について、医学的卵子凍結では、30-34歳が1人(11.1%)、35-39歳が5人(55.6%)、40-44歳が3人(33.3%)であった。社会的卵子凍結では、20歳から34歳までが72人(18.8%)、35-39歳が53人(13.8%)、40-49歳までが48人(12.5%)、不明が83人(21.6%)であった。初めて卵子凍結を使用した年齢について、医学的適用は35歳から39歳において約5割を超えているのに対し、社会的適用では40歳から49歳までにおいて12.5%が実施している上に、20歳代の実施も4.9%認められることから、幅広い年齢層で活用されていることが分かる結果となった。
図表2.初めて凍結卵子を使用した際の年齢
続いて、図表3の通り、凍結卵子の使用までの期間については、医学的適用では期間に差がみとられないものの、社会的卵子凍結では、1年未満の割合が最も高く、採卵から比較的早い期間で使用を決めている傾向が明らかとなった。
図表3.凍結卵子の使用までの期間
さらに、図表4に示す通り、凍結卵子を使用して妊娠に至った人数(妊娠率)は、医学的卵子凍結では3人(33.3%)、社会的卵子凍結では114人(29.7%)であった。今回の調査における医学的卵子凍結に該当するサンプル数が少ないため単純比較はできないが、この結果からは、少なくとも都内では、医学的適用と社会的適用における卵子凍結の妊娠率に大差は認められないと考えられる。
図表4.凍結卵子を使用して妊娠に至った人数(妊娠率)
3卵子凍結の理由
続いて、令和4年5月から令和5年4月の1年間の間に、卵子凍結を目的に来院した方に対し、卵子凍結をする理由について、多い順に上位2つまでの理由を(1)「2人の間に子どもが欲しいと思える相手(パートナー)がいない」、(2)「キャリアアップや趣味等、妊娠以外にやりたいことがある」、(3)「今すぐ妊娠することが現実的ではない」の中から回答を求めた。

その結果、上位2つの理由は同じだが、一番の理由が、医学的卵子凍結の方では、「今すぐ妊娠することが現実的ではないこと」であり、社会的卵子凍結した方では、「2人の間に子どもが欲しいと思える相手(パートナー)がいない」と、異なる理由が選択されていた。

上述の採卵時の年齢等と合わせて考えると、医学的卵子凍結では、不妊症に結びつく何らかの原因疾患を抱える比較的若い年齢層において、今現在妊娠することが現実的ではないことから卵子凍結をしている傾向が認められる。一方で、社会的卵子凍結では、現時点でパートナーがいない健康な30歳~40歳代が妊孕性の低下を考慮して、将来の妊娠に備えて卵子凍結を実施している実態が明らかとなった。

3――卵子凍結のメリット・デメリット

3――卵子凍結のメリット・デメリット

今回は、卵子凍結の実態を東京都が取りまとめた調査結果から示したが、当然ながら卵子凍結にはメリット・デメリットが存在するため触れておきたい。

一般的な卵子凍結のメリットとしては、一番若い状態での卵子を保存できることに尽きる。将来いつ妊娠を希望するか分からない状態だと、少なからず現時点よりも老化した状態の卵子で授精することになる。卵子が若いと染色体異常や発育不良などのリスクが低くなり、希望したタイミングで妊娠をしやすくなることがメリットとして挙げられる。また、いつどのタイミングで疾患を発症するか事故にあうか、妊孕性の低下により不妊症の問題を抱えるか予見できないため、将来の保険としての意味合い(メリット)も持ち合わせている。さらに、近年、女性活躍促進やキャリア形成が推進されている社会情勢を踏まえ、妊娠のタイミングを調整することができる点も大きなメリットとなる。社会的卵子凍結が広まれば、今より自身のキャリアや生き方に応じて家族計画を積極的にコントロールしていくことが容易となるであろう。

一方で、デメリットも存在する。2024年時点で社会的卵子凍結については、保険適用外となるため全額自己負担となる。社会的卵子凍結に関する費用は、40万円以上50万円以上(35.0%)が最も多くの割合を占め、卵子凍結のための卵巣刺激や採卵自体は平均10万円を超過するのが一般的であり、費用負担は大きな壁となる。また、卵子凍結のために使用される排卵誘発剤は、過剰に卵巣を刺激するため、卵巣が腫れたり、腹水・胸水のリスクや、悪化すると腎機能不全や血栓症を引き起こすリスクがある2。さらに、日本産科婦人科学会が発表した結果によると3、2022年の凍結融解未授精卵を用いた治療成績として、移植あたりの妊娠率は20.9%と示されており、卵子凍結をしたとしても必ずしも高い治療成績(妊娠率)になるとは限らないことを認識しておく必要がある。

東京都では、社会的卵子凍結に伴う費用助成制度が存在しており、自己負担の軽減を図れるが、助成金を支給している自治体が限られていることや、居住エリア周辺に生殖補助医療機関がない、もしくは社会的卵子凍結を受け入れていない場合もあり、課題は山積している。今後、女性のキャリア支援や積極的に家族計画をコントロールするためのひとつの手段として社会的卵子凍結に対する支援の拡充が望まれるであろう。
 
2 排卵誘発剤の副作用として、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)が報告されている。
 厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル(OHSS)http://www.jsfi.jp/citizen/art-qa14.html
3 日本産科婦人科学会(2022)登録・調査小委員会,2022年ARTデータブック
 https://www.jsog.or.jp/medical/641/

(2024年12月11日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴
  • 【職歴】
    2012年 東大阪市入庁(保健師)
    2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
    2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

    ・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
    ・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
    ・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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