2024年06月17日

推し活とお金の話-癒し、マウンティング、投げ銭、ホスト、金融商品・・・

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

文字サイズ

6――オタ活市場と金融商品

このように「オタ活(推し活)」と「お金」は切っても切れないモノであり、昨今ではこの金の流れに着目してプロモーションを行う金融機関が散見されるようになった。明確にサブカルファンをターゲットとした金融商品で最も有名なのは、静岡県のスルガ銀行が提供していた通称「サブカルローン」ではないだろうか。サブカルチャーに関する幅広い利用目的に応えるため、2015年より提供を開始された当商品の特徴は、「サブカル関連専用のカードローン」という点にあり、例えば同人誌の出版購入や、各種ライブイベントへの遠征費、コスプレ衣装の制作費、フィギュアやゲームグッズの購入費用、その他プラモデル改造や自主芸術作品制作にコレクション管理費など、サブカルに関連する事柄であれば「次元を問わず利用可能」であったという。実際にサブカルローンのチラシはコミケ(コミックマーケット)でも配布されており、SNSで話題となった。現在は当商品の取り扱いはないようだが、同様の商品として観賞魚、水槽、古着、時計、ワイン、アート、ホビーなどの購入費用全般を対象として「コレクターズローン(商品名:目的別ローン<カード型>)」が販売されている。一方で、イオン銀行も同名の「サブカルローン」と呼ばれる商品の取り扱いがあり、こちらもフィギュア、コスプレ、鉄道、カメラ、趣味に関わるモノを対象としている。

次にフリマアプリのメルカリが発行する「メルカード」を紹介しよう。ネット広告を中心に推し活を強く意識したプロモーションを行っているメルカードは、CM内でも「推しは推せるときに推せ」「メルカードを作って買えば3000ポイントもらえる」「もらえたポイントは“推し活補助金”だ」と、「推し活」との親和性を強調している。

ソニー銀行は推し活に対して貯蓄とローンの2種類のアプローチからリーチを図っている。ソニー銀行は前述したサブカルローンのように趣味やオタ活に特化した金融商品を擁しているわけではないが、Web  CMにおいて「推しのライブが今月あるの!?」「発売日にゲームを楽しみたい!」「あの試合は目に焼き付けたいな!」といった突発的な趣味への支出や、どうしても購入したいグッズや参加したいイベントへの機会をお金が理由で失いたくないというオタクが日々抱える悩みを問題として提示し、「趣味にはお金がかかるから、いざというときに「ソニー銀行のカードローン」という強い味方がいるよ」というストーリーを提供している。

また、2023年3月には元「モーニング娘」の田中れいなを起用した「推し口座」に関するCMを放映していた。好きなアーティストがコンサートの開催を発表する。うれしい反面、チケットやそれに伴う宿泊費や交通費の捻出が大変だ。それならば、ソニー銀行で推し活用の口座を作ればおまかせ入金で自動的に貯められるから「ソニー銀行で推し活貯金しよう!」といった内容であった。このCMの面白いところは、田中れいながCM中に他のオタク達の反応をSNSで確認し、「他のみんなもコンサートに行く気満々だ」と発言している部分である。推し活、オタ活は個人の精神的充足につながる、ある意味自己満足な消費である。行きたいイベントがあったら何も考えずに参加すればいいのだが、このCMにおいてはお金(費用)が参加することに対するネックになっている。このネックに対して周りの反応が、参加する=支出することへの後押しになったり、逆に参加しないことに対するいい訳になったりすることも現実のオタ活の中ではよく見られる光景であり、そのオタク心理が描かれている点が個人的に印象に残っている16

同様に第一生命が若者の特質した消費行動を12に細分化し、「はっけん!タマラン星人」と題して、刹那的で現在志向の強い消費者に対して個人年金保険を勧めると言った旨のプロモーションを展開している。「チョコ・チョコ・カキンゼイ」「マイアサ・コーヒー・カイガ―チ」などお金がたまりにくい消費行動を擬人化し、宇宙人のように扱っているのが特徴的だ。その中に「オシガ・トウトスギテ(推しが尊すぎて)」という宇宙人もおり、専用のCMでは彼らの生態として「なんなら推しのために働いている」と表現している。好きなことに対して熱心に消費を行っているからお金を貯めることができない。それなら明るい未来のために個人年金保険に加入するのはどうだろうか、とCMでは提案している。

また、少し性質は異なるが高島屋の「スゴ積み」も趣味へのアプローチとして面白い取り組みをしている。例年高島屋が開催しているバレンタインイベント「アムール・デュ・ショコラ」のパンフレットには「もう来年が待ち遠しい。」「年に一度のショコラの祭典を、更に贅沢に楽しむなら。「スゴ積み」」と、積み立てサービスの広告が掲載されていた。12カ月間の積立で1か月分がボーナスとしてプラスされる仕組みで、積立額は5千円、1万円、3万円、5万円、10万円から選ぶことができる。利用は積立開始から1年後であるため、1月中に申し込みをすると来年の「アムール・デュ・ショコラ」で使えるというのだ。一般的な投資では長期的に変動を考慮したり、損するリスクも存在するために金融リテラシーが低い層からは敬遠されがちだ。また、現在志向が強く、経済的余裕がない消費者においては投資や貯金においても「わざわざ現在の消費を減らしてまで未来のために供える」ために強い動機を必要とする。しかし、チョコへの支出を奮発するという事が例年の習わしになっていて、チョコ購入にある程度の資金が必要なことを事前にわかってる消費者からしたら、無意識のうちに1年間積み立てられていて、しかも色までついてくるわけだから合理的なサービスと言えるのかもしれない。

最後に、クレジットカード作成そのものが推し活に繋がるクレジットカード「ナッジ(nudge)」を紹介しよう。ナッジは「推しを応援できるVisaクレジットカード」がキャッチコピーとなっている。利用者は芸能人、スポーツ、エンタメ、アニメなどのカテゴリーから自身の推しや好きなコンテンツのデザインを選択することができる。また、選択したデザインごとに利用額に応じた特典があり、限定の着ボイスや画像、オリジナルの音声メッセージがもらえる。つまり、そのデザインの中に自身の推しがいれば、推しのデザインのクレジットカードで推し活をしているだけなのに、特別な特典がもらえるという“クレジットカードを媒介とした”ファンと推しの間のポジティブな循環が生まれていくのである。
 
16 推し活貯金と言えば、家で貯金箱や封筒に明確な目的を持ったうえで、その用途に必要なお金を貯めていくという、ある意味刹那的な目的を達成するために行われることが一般的だ。手取りが少ない、もしくは目的を達成するためにバイトの出勤回数を変動させる層においては、お金を稼ぐことも、貯めることも明確な金額といつまでに必要か、ということがわかっているから頑張って資金を工面できているという事も事実である。経済的に余裕がある層からすれば、突発的な支出やまとまった出費も痛くもかゆくもないのかもしれないが、そもそも自由に使えるお金が少ない人々や、目的に応じて稼ぐ金額が変動する人々においては、いくら未来で使われる推し活の費用とはいえ、まとまった金額が毎月貯金に回ってしまう事は、日々の生活の支出の自由度を奪う事になる。ましてや、ジャンルによっては毎月、毎週、場合によっては毎日のように支出する対象があり、未来にある漠然とした目的のために貯金するよりも、目の前にある絶え間なく供給されるオタ活対象を消費することにも注力する必要があり、今必要なオタ活費用と、今後特定のイベントのために必要な明確な費用を貯める事で、精一杯なのではと思う次第である。
オタクは自身の欲求に忠実に動物的に動いてしまうからこそ、計画性なく消費が行われてしまいがちだ。漠然とした目的もないまま「いずれ推しのために使うから」という意識で貯金をするオタクは少ないのでは、と筆者は思う次第である。それができるのは経済的に余裕があり、推し活に限らず「貯金」をする余力=習慣がついている故の話であると考える訳だ。

7――オタク心理にもっとも寄り添った金融商品は

7――オタク心理にもっとも寄り添った金融商品は

色々な金融商品を紹介してきたが、金融商品とオタクを結び付ける際に、筆者はそのオタクが実社会においてどのようなペルソナを擁しているか、ターゲティングするべきであると考える。お金に余裕がある人々にとってはオタ活における資金調達は、問題にはならない。オタ活をするために、「お金が足りない」「貯金がない」「ローンを利用しなければならない」という問題を抱えている層、言い換えれば、十分な経済的余剰がなく、お金があればその時に使い切ってしまう現在志向の強い消費者で、お金があっても使い切ってしまう、もしくは日々のオタ活に熱心で預金がないからローンを利用する必要がある消費者がターゲットになる。この対象者の行動を考えると、はたして貯金や個人年金保険といった、先を見据えた金融商品にニーズはあるのだろうかと思う。オタ活に過度に熱中する人々は、冒頭で述べた通り自身の食費を割いてでもオタ活に支出したいし、自転車操業のようにオタ活資金を何とか捻出しようとする。オタクにとって大事なことは「推しは推せるときに推せ」の精神であり、「今」の消費が最もプライオリティが高い訳である。推しから自身の存在意義や生きるための活力を見出しているならそれは尚更で、今の自分を満たす=推しに貢ぐ事ができないのならば、それこそ「先」は見出せないのだ。そのような側面から見れば、購買機会を損出したくないという、オタクの心理にもっとも寄り添っているのはやはり、ローン関連の商品なのではと、思う。

8――「推しは推せる範囲で推せ」

8――「推しは推せる範囲で推せ」

一方で、好きなことに対する消費に歯止めが利かなくなってしまうからこそ、推し活やオタ活を理由にパパ活や闇バイトといったお金にまつわる問題も生まれている。好きなモノを消費するためにローンをして機会損出を防ぐこと自体は合理的なのかもしれないが、それを支払うのは未来の自分である。マネースタジオの、推しのために借金を利用したことがある女性を対象に行った「女性によるアイドルやアニメなど『推し』のために借金をした経験の調査」を見ると、借金の金額は1位が10,000円以下 24.6%、次いで10,000円 ~ 50,000円 で21.9%、10万円以上 50万円未満が17.5%となり、調査対象者の半数の女性は、推しのための借金を、5万円までで利用していたという。また、4.4%は500万円以上の借金があったという17
図5 推しのために合計いくら借金をしたか
よく、推し活を控えさせるにはどうすればいいか、なんでお金もないのにオタ活なんてするのか、推し活を辞めさせるのはどうすればいいか、といった質問をうけるが、それを差し止めようとするのは難しいだろう。確かに公序良俗に反したり、家族や友人のお金に手をつけるなど犯罪に近い行動を伴う場合は、法的に強制的に対処することができるかもしれないが、オタ活は、基本的には趣味の延長線上にあるものであり、自己責任で完結すべきものだからである。

誰も他人の好きなモノを奪う事は出来ないし、それをする権利もない。ただ、自身の推し活によって身内含め誰かに迷惑が掛かるのならば、その推し活は個人の問題で済まないため「人の勝手」という理屈は正当性を失う。少しでも他人に迷惑がかかるのならば、そのオタ活を顧みる必要があるだろうが、誰にも迷惑をかけないのであれば、厳しい言い方をすれば推し活は全て自己責任なのである。推し活によって自己破産に至ったという話も耳にしたことがある。推し活をコントロールできるのは自分自身だけなのである。

「推しは推せるときに推せ」という気持ちは痛いほどよくわかるが「推しは推せる範囲で推せ」という言葉や、「推しは自分のために推せ18」という意識を念頭において無理のない推し活を勧めたいし、自戒にしたいと思う。
 
17 マネースタジオ「アイドルやアニメなど『推し』のために借金経験のある女性の市場調査」2020/11/20
 https://cash-studio.com/oshi-cashing-marketresearch/
18 自分の為という意識の中に、他のオタクに負けたくない、自分が1番でないと気が済まない(精神衛生上よくない)という目的があるのならば、そのような他人を顧みる事で追及する目的も自分の為と言えないわけではないが・・・。

(2024年06月17日「基礎研レポート」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【推し活とお金の話-癒し、マウンティング、投げ銭、ホスト、金融商品・・・】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

推し活とお金の話-癒し、マウンティング、投げ銭、ホスト、金融商品・・・のレポート Topへ