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人口戦略会議・消滅可能性自治体と西高東低現象~ソフトインフラの偏在から検討する~

大阪経済大学経済学部教授 小巻 泰之
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ここでは、市町村からの回答をもとに、女性の年齢階層別の施策の有効性を確認する。具体的には、被説明変数は総務省「住民基本台帳人口移動報告」の年齢別の転入者数を当該地域の人口数で除した転入者率を算出し、その水準値を用いる。説明変数は各市町村の質問票への回答(該当する場合=1、該当しない=0)としたデータを用いて、OLSで推定している。また、質問項目は、本論で取り上げた西高東低傾向を医療数(産科、小児科)、教育施設数(幼稚園、高校)及び、子育てコストの軽減としての0~2歳児の保育料無料化の効果について確認する。
西高東低傾向を示す産婦人科・産科は域内からの転入者については有意ではないものの、域外からの転入者には有意である、特に若年女性で有意なものとなっている。また、小児科については、域内外の女性に有意であり、特に、若年女性のパラメーターが他の年齢階層より大きく、転入者に影響を与えていることが確認できる(図表14)。
他方、子育て施設である保育所の数(3-5歳人口の10万人当たりの開設数)及び0歳児保育所利用率には地域間の偏在は確認できない。保育料については、3~5歳児の幼児教育・保育については2019年10月から無償化されているものの、0~2歳児については独自財源で実施している市町村がみられる。0~2歳児の保育料を無料にしている施策の効果をみると、この施策は有意であることがわかる。特に、若年女性でパラメーターが大きくなっている。
5――まとめ
このような医療や教育は、塩野(2001)で、ローマ帝国の下部構造として支えたソフトインフラと位置付けている。しかも、ローマ帝国では経済力が高かった時には医療や教育は私営であったが、経済力が衰えてから公営化されたとしている。日本におけるソフトインフラの地域間の偏在は、教育機関及び大学医学部の設置に関する歴史的な経緯等があり、地域間の偏在の是正は早期にできるものではない。しかしながら、経済力の低下が問題となっている現在こそ、西高東低がみられる医療や教育の配分を検討すべきではなかろうか。
他方で、このような基礎的なインフラの偏在を所与としているかは不明であるが、自治体の定住・移住施策の特徴をみると、西日本の方が女性転入者の受け入れに積極的な施策となっている可能性を示す等、施策の積極性で西高東低傾向が確認できる。また、自治体の施策あるいは医療、教育施設等のインフラの有無は、女性の転入者に対して有意な効果を有することも確認できる。この傾向は、年齢が若い女性層のパラメーターが大きく有意となっている。
そもそも、消滅可能性自治体では若年女性の減少(域外への転出)が大きいと予測された結果であり、その自治体が東日本に偏在している。松浦(2024)が示すように、若年女性に対する東京の引力が大きいとすれば、転出元の自治体は引力が弱いことを意味する。今後、転出元の引力にソフトインフラの有無が影響しているかについてアンケート調査などを通じて明らかにすることが必要ではないかと考える。本論では、直接的な因果関係を示したわけではないが、東日本と西日本における消滅可能性自治体の偏在は、塩野(2001)で示された医療、教育等のソフトインフラの西高東低が影響している可能性が考えられる。
参考文献
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[10].小巻泰之(2024)「定住・移住策における地域格差とその効果の検証」,令和5年度総務省統計データ利活用推進事業『分析実践!EBPM 推進事業報告書』,2024年3月31日
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補論:市町村データ
小巻(2023、2024)では、宝島社が実施する「田舎暮らしランキング」での質問票を準用し、市町村への調査を行う。宝島社では、『田舎暮らしの本』で2013年度から独自の質問票により市町村から直接にデータを収集し、「住みたい田舎ランキング」としてランキング形式で公表されている。市町村データは「住みたい田舎ランキング」の2022年度調査での全276の質問項目を準用している。
この質問票を用いるのは、市町村への面談調査を通じて、市町村の担当者が宝島社での調査結果を指針の1つとして参考にしているとの意見が多く伺えたからである。また、移住を検討している方々にとっても、移住先を選択する上での指針として利用されているとの意見も、現地での移住者の方から伺えたからである。
(質問票のプレプリント)
Denniston. et al(2010)、千年(2020)等を参考に回答を多く集められるように、本論では宝島社の質問票を再構成し、独自に質問票を増やす形で、補論図表1のような255項目の質問票を作成し、訪問先との面談と併せてデータを入手する。個々の質問票に対するウエイト付けは事前にはわからないことから、ここでは「○」の項目を「1」、「×」の項目を「0(ゼロ)」として集計している。
質問項目数が255と多いことから、回答者の負担の軽減のため実際に送付する質問項目数は111(全体の項目数の44%程度)としている。残りの質問項目については、筆者自身が、調査対象の市町村に送付する前に、当該市町村に関するネットで公開された情報から質問項目を事前に回答可能かを確認している。
(2024年06月05日「基礎研レポート」)
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