2024年06月05日

人口戦略会議・消滅可能性自治体と西高東低現象~ソフトインフラの偏在から検討する~

大阪経済大学経済学部教授 小巻 泰之

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(2)若年女性に対する施策の効果
ここでは、市町村からの回答をもとに、女性の年齢階層別の施策の有効性を確認する。具体的には、被説明変数は総務省「住民基本台帳人口移動報告」の年齢別の転入者数を当該地域の人口数で除した転入者率を算出し、その水準値を用いる。説明変数は各市町村の質問票への回答(該当する場合=1、該当しない=0)としたデータを用いて、OLSで推定している。また、質問項目は、本論で取り上げた西高東低傾向を医療数(産科、小児科)、教育施設数(幼稚園、高校)及び、子育てコストの軽減としての0~2歳児の保育料無料化の効果について確認する。

西高東低傾向を示す産婦人科・産科は域内からの転入者については有意ではないものの、域外からの転入者には有意である、特に若年女性で有意なものとなっている。また、小児科については、域内外の女性に有意であり、特に、若年女性のパラメーターが他の年齢階層より大きく、転入者に影響を与えていることが確認できる(図表14)。
図表14:医療、教育関連の状況と女性の転入者に対する効果
教育機関については、幼児教育(幼稚園)と高校についてみてみる。幼稚園数及び高校数は西高東低傾向が有意に確認できる。その上で、幼稚園及び高校の有無についてみると、小学校、中学校について当該市町村立として運営されているものの、公立高校は多くの場合、都道府県単位で運営されている。また、沖縄県での離島地域では域内に高校がない場合には、高校がある沖縄本島等で、高校から親元を離れて暮らす状況となっている。分析結果からは、幼稚園及び高校が域内にあることは、若年女性を中心に転入者への影響が有意にプラス効果を有していることが確認できる。

他方、子育て施設である保育所の数(3-5歳人口の10万人当たりの開設数)及び0歳児保育所利用率には地域間の偏在は確認できない。保育料については、3~5歳児の幼児教育・保育については2019年10月から無償化されているものの、0~2歳児については独自財源で実施している市町村がみられる。0~2歳児の保育料を無料にしている施策の効果をみると、この施策は有意であることがわかる。特に、若年女性でパラメーターが大きくなっている。

5――まとめ

5――まとめ

人口戦略会議で示された消滅可能性自治体については、その試算で重要な変数である「若年女性」の移動状況が左右する。また、消滅可能性自治体の分布では、統計学的に有意な差異が確認でき、東高西低傾向にある。こうした地域間の偏在については、西高東低傾向が有意に確認できる医療機関や教育機関等の地域偏在が影響している可能性が考えられる。

このような医療や教育は、塩野(2001)で、ローマ帝国の下部構造として支えたソフトインフラと位置付けている。しかも、ローマ帝国では経済力が高かった時には医療や教育は私営であったが、経済力が衰えてから公営化されたとしている。日本におけるソフトインフラの地域間の偏在は、教育機関及び大学医学部の設置に関する歴史的な経緯等があり、地域間の偏在の是正は早期にできるものではない。しかしながら、経済力の低下が問題となっている現在こそ、西高東低がみられる医療や教育の配分を検討すべきではなかろうか。
 
他方で、このような基礎的なインフラの偏在を所与としているかは不明であるが、自治体の定住・移住施策の特徴をみると、西日本の方が女性転入者の受け入れに積極的な施策となっている可能性を示す等、施策の積極性で西高東低傾向が確認できる。また、自治体の施策あるいは医療、教育施設等のインフラの有無は、女性の転入者に対して有意な効果を有することも確認できる。この傾向は、年齢が若い女性層のパラメーターが大きく有意となっている。

そもそも、消滅可能性自治体では若年女性の減少(域外への転出)が大きいと予測された結果であり、その自治体が東日本に偏在している。松浦(2024)が示すように、若年女性に対する東京の引力が大きいとすれば、転出元の自治体は引力が弱いことを意味する。今後、転出元の引力にソフトインフラの有無が影響しているかについてアンケート調査などを通じて明らかにすることが必要ではないかと考える。本論では、直接的な因果関係を示したわけではないが、東日本と西日本における消滅可能性自治体の偏在は、塩野(2001)で示された医療、教育等のソフトインフラの西高東低が影響している可能性が考えられる。

参考文献

[1].荒川・野寄・中田(2021)「地方公共団体における移住推進施策と人口移動の関係-市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略のテキスト分析」 RIETI Discussion Paper Series 21-J-053
[2].荒川清晟・野寄修平(2020),「大都市から地方への移住における社会経済的要因の影響-Elastic net回帰を用いたポアソン重力モデルによる分析」,RIETI Discussion Paper Series 20-J-033.
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[10].小巻泰之(2024)「定住・移住策における地域格差とその効果の検証」,令和5年度総務省統計データ利活用推進事業『分析実践!EBPM 推進事業報告書』,2024年3月31日
[11].近藤明子・近藤光男(2015)「市町村の政策的取組が人口移動に与える影響」,日本地域学会年次大会学術発表論文集
[12].塩野七生(2001)『すべての道はローマに通ず―ローマ人の物語X―』、新潮社,pp.296
[13].人口戦略会議(2024)「令和6年・地方自治体「持続可能性」分析レポート-新たな地域別将来推計人口から分かる自治体の実情と課題-」,2024年4月24日.
[14].総務省(2021),「「地方への人の流れの創出」に向けた効果的移住定住推進施策事例集」,2021年3月.
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[16].土居丈朗(2018)「「西高東低」を2025年度までに縮小!…これは医療の話」,Yahooニュース,2018年1月27日.
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[18].日本医師会総合政策研究機構(2017)「病床数の地域差の背景と課題」,日医総研ワーキングペーパー,No.380,2017年5月24日.
[19].日本経済新聞(2022)「なぜ医師は東日本に少ない? 人口比最少は埼玉県」,キャリアコラム,2022年2月27日.
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[21].日本人口学会編(2002),『人口大辞典』,培風館,pp66.
[22].ベネッセ(2021)「出生率が「西高東低」の理由は?新型コロナの影響は?【経済学者に聞く】」,2021年9月7日,https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=110253
[23].前田由美子(2022)「医師養成数増加後の医師数の変化について」,日医総研リサーチ・レポート No.126,2022年5月13日.
[24].松浦司(2024)「出生率は西高東低 その背景には」,朝日新聞論壇Bookmark,2024年4月17日
[25].森剛志(2013),「医師数の地域間格差と医療需要格差」,甲南経済学論集第53巻第1・2号2013年2月.
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補論:市町村データ
小巻(2023、2024)では、宝島社が実施する「田舎暮らしランキング」での質問票を準用し、市町村への調査を行う。宝島社では、『田舎暮らしの本』で2013年度から独自の質問票により市町村から直接にデータを収集し、「住みたい田舎ランキング」としてランキング形式で公表されている。市町村データは「住みたい田舎ランキング」の2022年度調査での全276の質問項目を準用している。

この質問票を用いるのは、市町村への面談調査を通じて、市町村の担当者が宝島社での調査結果を指針の1つとして参考にしているとの意見が多く伺えたからである。また、移住を検討している方々にとっても、移住先を選択する上での指針として利用されているとの意見も、現地での移住者の方から伺えたからである。
 
(質問票のプレプリント)
Denniston. et al(2010)、千年(2020)等を参考に回答を多く集められるように、本論では宝島社の質問票を再構成し、独自に質問票を増やす形で、補論図表1のような255項目の質問票を作成し、訪問先との面談と併せてデータを入手する。個々の質問票に対するウエイト付けは事前にはわからないことから、ここでは「○」の項目を「1」、「×」の項目を「0(ゼロ)」として集計している。

質問項目数が255と多いことから、回答者の負担の軽減のため実際に送付する質問項目数は111(全体の項目数の44%程度)としている。残りの質問項目については、筆者自身が、調査対象の市町村に送付する前に、当該市町村に関するネットで公開された情報から質問項目を事前に回答可能かを確認している。

(2024年06月05日「基礎研レポート」)

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