2023年12月06日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-

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1―はじめに

英国は、2020年2月1日にEU(欧州連合)から離脱したが、2020年12月31日までは移行期間としてEU法が適用されてきた。それまではEU加盟国として、EUのソルベンシーII制度下にあった英国であるが、2021年からは、独自の新たな規制を構築していくことが可能になっており、英国政府(財務省)と保険監督当局であるPRA(健全性規制機構)により、各種の規制改革の方向性や提案がなされてきている1(なお、英国におけるソルベンシーIIはEUのソルベンシーIIとの差別化を図るために「ソルベンシーUK」とも呼ばれている2)。

英国におけるソルベンシーIIのレビュー(見直し)を巡る動向については、これまで、複数回のレポートで報告してきた。直近では、2023年1月に2回のレポートで、PRAが2022年11月10日に公表3した、ソルベンシーIIの報告改革に関する協議文書(CP)「CP14/22-ソルベンシーIIレビュー:報告フェーズ2」、財務省(HMT)が2022年11月17日に公表した4、「ソルベンシーIIのレビュー:協議-対応(Review of Solvency II:Consultation – Response)」及び、PRAが2022年11月18日に公表5した、フィードバックステートメント(FS)「FS1/22-ソルベンシーII内のリスクマージンとMA(マッチング調整)に対する潜在的な改革」の概要について報告した。

その後も、財務省やPRAにおいて、検討が進められ、協議文書も公表されてきている6。今回は、前回のレポート以降に財務省やPRAによって公表されてきたソルベンシーIIの改革提案の概要や、それに対する利害関係者の評価と反応等について、その概要を報告する。
 
1 英国において、ソルベンシーIIのレビュー(見直し)の下での改革は、金融サービス市場法案(FSMB)(維持されたEU法の削除を含む)、財務省(HMT)のSI(statutory instrument:行政委任立法)、PRAの規則と方針の変更の組み合わせによって、実施されることになる。これまで、EUの法体系の中で規定されていた法令を廃止して、新たに英国の法体系等の中に設定していくための取組み等が行われてきている。
2 以下の財務省やPRAによる規制変更提案等においては、これらの提案や改正が段階的に行われていくことから、引き続き「ソルベンシーII」の呼称が使用されており、一連の改革が一段落した段階で、最終的には「ソルベンシーUK」の呼称に統一されていくことが想定されている。
3 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/november/review-solvency-ii-reporting-phase-2
4 https://www.gov.uk/government/consultations/solvency-ii-review-consultation
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1118359/Consultation_Response_-_Review_of_Solvency_II_.pdf
5 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/november/fs1-22-potential-reforms-to-risk-margin-and-matching-adjustment-within-solvency-ii
6 財務省(HMT)は政府機関として、財政に加えて、金融サービス政策を担当し、制度設計や関係法令等の策定を行っているのに対して、PRAは、BoE(Bank of England:イングランド銀行)傘下の組織として設立された準政府の金融機関規制当局として、金融会社の安全性と健全性に焦点を当てて、金融セクターの規制要件を設定している。

2―財務省による保険及び再保険会社(健全性要件)規制案の公表

2―財務省による保険及び再保険会社(健全性要件)規制案の公表

財務省は、2023年6月22日に、早期の取組みを可能とすべく、保険及び再保険会社の健全性規制の枠組みであるソルベンシーIIを改革するための規制案を公表7した。
1|今回の規制案の位置付けと今後の方針
財務省は、英国の保険部門の健全性規制改革に効果をもたらすため、法案の権限に基づいて作成される規制の初期草案を作成し、これらの改革の内容を、2022 年 11 月の「ソルベンシーIIのレビュー:協議への対応」で発表した。この改革は、よりカスタマイズされた、より明確でシンプルな規制制度を実現することにより、経済成長を促進することを目指している。

政府はできるだけ早く改革を実行する決意であり、リスクマージン8の改革が2023年末までに法律として施行されることを想定している(これは、2023年12月31日に実施されるTMTP(技術的準備金に関する移行措置)の隔年ごとの再計算に合わせるためである)。また、MA(マッチング調整)9の改革を2024年6月末までに施行できるようにするための選択肢を検討しており、新制度の残りの部分については、 2024年末までに発効することを想定している。

財務省はまた、既存のソルベンシーIIの法的規制に関して、以下の方針を示している。

ソルベンシーII制度のうち、この行政委任立法に基づいて修正又は維持されていない部分は、PRA の新しい規則に置き換えられる。行政委任立法の中の「PRAの規則制定権限」において、MAの改革等に関連しての各種規則を制定する権限を付与している。また、「PRAによる監督及び執行」において、行政委任立法の規則によって課される義務を、PRAが監督し、執行する機能を有することを規定している。これにより、政府が法律で定めた包括的な規制枠組みを維持しつつ、最も詳細な規制が法令集から削除され、制度が2000年金融サービス市場法(FSMA)規制モデルに沿ったものとなる。

さらに、財務省は次のことを行う、としている。

・以下の法案の規定の取消しを発効させるための開始規制
・保険・再保険事業の開始と追求(ソルベンシーII)に関する欧州議会及び理事会の指令
2009/13/8/EC(ソルベンシーII指令)を補足する 2014年10月10日の欧州委員会委任規則 (EU) 2015/35
・2015 年ソルベンシーII規制

・この法案によって 2000年金融サービス市場法(FSMA)に挿入された新しい第138BA条に基づく規制。取消しには、内部モデルの使用等、PRAの承認が必要な措置に対処する 2015年規制の第4部の規定が含まれる。将来的には、これらの措置の使用はPRAの責任となる。財務省は、金融サービス市場法(FSMA)の新しい第138BA条の権限を利用して、PRAにその規則の適用を撤回又は変更する柔軟性を付与する。これにより、会社は PRA規則の適用又は変更を必要とする措置の使用許可を PRAに申請できるようになる。PRAがその規則の廃止又は変更申請をどのように検討するか、また特定の許可を得るために会社がPRAにどのように申請すべきかについての方針を定めるのはPRAとなる。会社が2015 年規制の第4部でカバーされる措置を使用する必要がある既存の承認は引き続き有効となる。
 
8 英国やEUのソルベンシーIIにおいては、技術的準備金(Technical Provisions)は、最良推計(Best Estimate)とリスクマージン(Risk Margin)で構成され、リスクマージンは、将来CFの変動に備えるための必要額となっている。最良推計については、リスクフリーレート等の割引率を用いて算出されるが、リスクマージン(現行)は「資本コスト法」で算出される。
9 MA(Matching Adjustment:マッチング調整)は、保険会社の資産と負債がマッチングしており、区分管理される等の一定の要件を満たしている場合に、資産のスプレッドの一定部分を反映して、リスクフリーレートの期間構造を調整することを認めるものである。英国における年金契約に対して、幅広く適用されている。具体的には、MAは、マッチング資産のポートフォリオのスプレッドから、当該資産の信用リスクのための引当であるFS(Fundamental Spread:ファンダメンタル・スプレッド)を控除することによって算出される(脚注25も参照)。
2|リスクマージンの改革案
リスクマージンンの方法論については、金利の変動に対する感応度を低くするために、「修正資本コスト法」(新しい漸減パラメータであるλを導入して、予想される将来の資本要件の各年に与えられる重みを徐々に低下させていく手法)10と呼ばれる手法に変更し、資本コスト率も現行の6%から4%に引き下げる11
修正資本コスト法
ここで、CoCは資本コスト率(4%)、rt+1 は(t+1)年における基本リスクフリーレート、SCRtは参照会社に対して算出されるt年のSCR(ソルベンシー資本要件)、λはリスク漸減ファクター、λfloor はλのフロアー(下限)で25%に設定される。

(参考)現行の算式
現行の算式
この改革により、リスクマージンの規模は、長期生命保険事業で65%、損害保険事業で30%削減されることになる(2022年4月28日の財務省のソルベンシーIIレビューに関する協議文書12によれば、PRAをデータソースとして、2021年末のリスクマージンは、生命保険事業で320億ポンド超、損害保険事業で70億ポンド超、と報告されている)。
 
10 こうしたリスクマージンの考え方や検討の経緯については、EIOPAの提案等について、保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関するCPを公表(8)-技術的準備金-」(2020.1.14)や保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関する意見をECに提出(3)-助言内容(技術的準備金、自己資本、SCR等)-」(2021.1.29)で、また、英国の財務省やPRAの考え方及びそれに対するABI(英国保険会社協会)の反応や分析等については、基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-」(2022.8.19)で報告しているので、参照していただきたい。
11 財務省やPRAは、今回のレビューに併せて、(1)既存の資本コスト法の修正、(2)IAIS(保険監督者国際機構)がICS(保険資本基準)のMOCE(現在推計を超えるマージン)の算出に使用しているパーセンタイル法、の2つの手法を検討してきた。2つのアプローチは、全体レベルでは同様の結果が得られるように調整できるが、個々の会社レベルでは非常に異なる影響を与える可能性がある。また、2つのアプローチは、異なる経済状況に応じて異なる結果をもたらす(パーセンタイル手法は金利変動の影響を比較的受けにくいが、既存の資本コスト手法とは対照的に、スプレッドの影響を受ける)。両者を比較して、既存の資本コストアプローチを修正する方がより大きな利点があるとの結論に至っている。
12 https://www.gov.uk/government/consultations/solvency-ii-review-consultation

3―PRAによるソルベンシーIIのレビューに関する協議文書の公表

3―PRAによるソルベンシーIIのレビューに関する協議文書の公表

PRAは、ソルベンシーIIレビューの第1弾として、2023年6月29日に、「CP12/23-ソルベンシーIIのレビュー:英国の保険市場への適応」を公表13した。
1|この協議文書(CP)の位置付け等
このCPは、ソルベンシーIIに対する大幅な改革を実現するためのPRAの提案を示している。PRA は、これが高水準の保険契約者保護を維持しながら、より競争力のあるダイナミックな保険部門につながると考えている。なお、ソルベンシーIIの改革についてのこの CP の資料は、PRA にこれらの提案を実施するために必要な権限を与える等、政府が示したアプローチに沿って立法されるという前提で作成されており、政府が直接法制化することを選択していないソルベンシーIIレビューの全ての分野での改革を実現するための提案を示している。即ち、PRAのルールブック14の改定を通じて実施される変更を示している。

PRA は、この提案により、英国の保険部門の既存の管理要件と報告要件を大幅に削減し、強力な健全性基準を維持しながらコストと複雑さを軽減できると考えている。

なお、協議期間については、PRA規則の行政上の改正に関する項目については1か月、残りの項目については2か月となっていた。
 
14 PRA ルールブック(PRA Rulebook)は、PRA が制定した PRA 認可会社に適用される規定が含まれているものであり、保険については、ソルベンシーII適用会社とソルベンシーII非適用会社のものがある。
2|具体的な改革提案とそのメリット等
このCPに含まれている改革案には、(1)TMTP(技術的準備金に関する経過措置)の計算の簡素化、(2)内部モデルの評価の簡素化、(3)国際的な保険会社の支店に関する規制の簡素化、(4)報告要件の合理化、(5)新規会社の参入の容易化、等が含まれる。これらの改革は2024年末に発効する予定となっている。

なお、PRAは、これらの改革に伴う費用収益分析(コストベネフィット分析)を行っている。それによると、会社のコンプライアンスコストとPRAの監督コストの両方の削減、資本コンプライアンス上のベネフィット、効果的な競合・国際的な競争力・成長の促進、がメリットとして挙げられている。一方で、実施コストを発生させる可能性があるが、長期的には継続的にコストが削減され、また多くの場合、会社は既存の慣行を継続できる選択肢を有している、と評価している。

具体的な改革案は、以下の通りとなっている。

1.TMTPの計算の簡素化とプロセスの改善
会社が2032年の移行措置の終了に向けて効果的に計画することを確保しつつ、会社のコストと複雑さ(従来のソルベンシーIモデルの維持にかかるコストを含む)を削減する。これらの提案は、現在TMTPの承認を受けている24の生命保険会社と、既にTMTPの恩恵を受けている業務を受け入れた後に将来TMTPの許可を与えられる全ての会社に利益をもたらす。

2.保険会社が自己資本要件を計算するために使用する内部モデル(IM)に関する新しい合理化された一連の規則
現在の枠組みの下で会社が満たさなければならない規範的要件の数を削減しながら、堅牢な基準を維持するように設計される。代わりに、より少数の原則に基づく要件に関する監督上の判断の適用に焦点が当てられる。例えば、PRAは、モデル化基準を評価するためのより原則に基づくアプローチに移行することを提案しており、これにより、会社がIMの承認を得るためにこれまで満たさなければならなかった詳細な要件の大部分を削除することができ、会社の柔軟性が高まり、会社とPRAのモデル化の許可と承認に対するより動的なアプローチにつながる。PRAは、残余制限のあるIMsを拒否するのではなく、適切な水準の健全性を維持するために、必要に応じてモデル化の許可を付与することを支援する、残余資本アドオンツールとモデル使用要件という、2つの新しいセーフガードを提案している。これらの提案は、PRAから既にIMの承認を受けている全ての保険会社15、及び将来的に許可申請を検討している他の保険会社に利益をもたらす。

3.グループソルベンシーの計算における保険グループの柔軟性を向上
グループ IMsの開発における柔軟性を高め、グループの潜在的なリスクをより適切に反映できるようにする。PRAは、これらの改革が効果的な競争を促進し、子会社買収時の非効率な一時的なコスト増加を排除するなど、高水準の保険契約者保護を維持しながら英国の保険部門の競争力を高めると考えている。これらの提案は、PRAがグループ監督を務める英国の保険会社に利益をもたらす可能性がある。

4.英国内で営業する国際的な保険会社の支店に対する特定の要件の削除
英国保険部門の参入・拡大と競争、及び国際競争力を促進する。支店が法人全体から独立して破綻することができないことを考えると、PRAは、支店の資本要件と支店のリスクマージンは、英国内で営業する支店の安全性と健全性を支える効果的なツールではないと判断する。この提案は、ロンドンの法人保険市場で営業する損害保険会社や再保険会社など、様々なビジネスモデルで現在英国内において営業している130以上の国際的な保険会社の支店に利益をもたらす。

5.報告要件の合理化と削除
比例性を高め、複雑さを軽減するために、PRAが英国の保険部門には必要ないと考える報告要件の合理化と削除を行う。この提案は、実施コストといくつかの限られた新しい報告提案を考慮した上で、中期的に報告要件の全体的な削減と会社のコスト削減につながる。これは、PRAが報告要件を削減し、PRAが英国で活動する保険会社を監督するために必要な情報を確保する報告パッケージに到達するために、既存の権限の下で既に取ってきた以前のステップを基にしており、会社の全体的なコストと報告負担を軽減している。これらの提案は、一定の範囲で全ての保険会社に利益をもたらす。特に、RSR(定期監督報告)の削除提案は、保険グループと国際保険会社の英国支店にとって、より大幅な削減となる可能性が高い。

6.新しい「動員」16制度
新規保険会社の参入と拡大を促進し、競争と英国保険部門の国際競争力と成長を促進するための新しい「動員」制度を導入する。提案によると、PRAは新たな保険会社に対し、業務制限とそれに比例した規制要件の下で業務を行いながら、システムやリソースを構築するために一定期間の追加期間を利用するオプションを提供する。この提案により、PRAは動員化の際に最低資本要件を引き下げることができる。これらの提案は、現在又は将来、英国で保険会社としての認可申請を検討している会社に利益をもたらす可能性がある。

7.規模の臨界値の引き上げ
小規模又は新規の保険会社の比例性を高めるために、小規模保険会社がソルベンシーIIの適用対象となるために必要とされる規模の臨界値を引き上げる。この提案は、現在又は将来において、現在の臨界値に近くなる可能性がある小規模保険会社に利益をもたらす。

 
15 2023年6月現在、PRAは30の内部モデルを承認している。内部モデルの承認は、多くの場合、同じグループの複数の会社に適用されるため、利益を受ける会社の数はこれよりも多い。
16 「動員(mobilization)」は、認可時点から最大12ヶ月のオプショナルな段階であり、その間に新たな保険会社は、その発展の最終的な側面を完了する間、業務制限付きで業務を行うことになる。PRAは、動員段階を選択した会社に比例的な規制要件を適用する。
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中村 亮一

研究・専門分野

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