2023年01月16日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その6)-財務省による対応結果の公表等-

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1―はじめに

英国は2020年2月1日にEUから離脱したが、2020年12月31日までは移行期間としてEU法が適用されてきた。これまでEU加盟国として、EUのソルベンシーII制度下にあった英国であるが、2021年からは、独自の新たな規制を構築していくことが可能になっている。

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向については、これまで、まずは2021年9月の2回のレポートで、英国がどのような問題意識を有して、どのようなプロセスで、ソルベンシーIIのレビューを進めようとしているのかについて、それまでの過去1年間の動きを追うことで報告した。

その後、2022年2月21日に、財務省(HMT)の経済長官によるスピーチ及び英国政府のHPでの公表により、ソルベンシーII改革のヘッドラインが発表されたことを受けて、これらの動きについて、基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その3)-英国政府が改革のヘッドラインを発表-」(2022.3.8)で報告した。

さらに、この後、財務省は2022年4月28日に、ソルベンシーIIのレビューに関する協議文書(CP)を公表1した。これを受けて、保険監督官庁であるPRA(健全性規制機構)は同日に、ソルベンシーIIの改革に関する声明を公表2するとともに、論点書(DP)3を公表した4。これらに対するコメントの期限は7月21日となっていたが、ABI(英国保険会社協会)は7月21日に回答内容5及び提案された改革の独立した分析6を公表している。また、PRAのSam Woods長官は、今回のソルベンシーII改革に関して、7月8日にイングランド銀行のウェビナーでスピーチを行った7

基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-」(2022.8.19)では、2022年3月のレポート以降の動きとして、これらの英国政府によるソルベンシーIIレビューに関する文書の内容とそれらに対するABIの反応等について、その概要を報告した。

その後、PRAは、2022年11月10日に、ソルベンシーIIの報告改革に関する協議文書「CP14/22-ソルベンシーIIレビュー:報告フェーズ2」を公表8している。

また、財務省は、2022年11月17日に「ソルベンシーIIのレビュー:協議対応(Review of Solvency II:Consultation – Response)」ということで、これまでの協議を踏まえてのソルベンシーIIレビューの対応結果を公表している9。これを受けて、PRAは、2022年11月18日に、フィードバックステートメント「FS1/22-ソルベンシーII内のリスクマージンとマッチング調整に対する潜在的な改革」を公表10している。

今回は2回のレポートで、これらの内容について報告している。まずは前回のレポートで、ソルベンシーIIの報告改革に関する協議文書「CP14/22-ソルベンシーIIレビュー:報告フェーズ2」について、その概要を報告した。今回のレポートでは、財務省による「ソルベンシーIIのレビュー:協議-対応」及びPRAによるフィードバックステートメント「FS1/22-ソルベンシーII内のリスクマージンとマッチング調整に対する潜在的な改革」について、その概要を報告する。
 
1 https://www.gov.uk/government/consultations/solvency-ii-review-consultation
2 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/april/pras-statement-on-the-review-of-solvency-ii-consultation-published-by-hm-treasury
3 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/april/potential-reforms-to-risk-margin-and-matching-adjustment-within-solvency-ii
4 財務省(HMT)は政府機関として、財政に加えて、金融サービス政策を担当し、制度設計や関係法令等の策定を行っている。これに対して、2012年金融サービス法によって、従前のFSA(金融サービス機構)が2つに分かれる形で、BoE(Bank of England:イングランド銀行)傘下の組織として設立されたPRA(健全性規制機構)とFCA(金融行動監視機構)は、(政府機関ではなく、政府とは独立して運営されている)準政府の金融機関規制当局(quasi-governmental regulator)である。PRAは金融会社の安全性と健全性に焦点を当てているのに対して、FCAは消費者にサービスを提供する金融会社による行為規制に焦点を当てている。これらはFPC(金融政策委員会)と協力して、金融セクターの規制要件を設定している。
5https://www.abi.org.uk/news/news-articles/2022/07/solvency-ii-reform-proposals-need-further-work-to-meet-objectives/
6 https://www.abi.org.uk/news/news-articles/2022/07/solvency-ii-independent-analysis-of-proposed-reforms
7 https://www.bankofengland.co.uk/speech/2022/july/sam-woods-speech-given-at-the-bank-of-england-solvency-ii-striking-the-balance
8 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/november/review-solvency-ii-reporting-phase-2
9 https://www.gov.uk/government/consultations/solvency-ii-review-consultation
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1118359/Consultation_Response_-_Review_of_Solvency_II_.pdf
10 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/november/fs1-22-potential-reforms-to-risk-margin-and-matching-adjustment-within-solvency-ii

2―財務省によるソルベンシーIIのレビューに関する対応結果(全体)

2―財務省によるソルベンシーIIのレビューに関する対応結果(全体)

財務省は、2022年11月17日に「ソルベンシーIIのレビュー:協議-対応(Review of Solvency II:Consultation – Response)」ということで、これまでの協議を踏まえてのソルベンシーIIレビューの対応結果を公表している10。ここでは、その概要を報告する。
1|今回の回答の背景
財務省は、2022年4月28日にソルベンシーIIのコンサルテーションを公表した。コンサルテーションは2022年7月21日に締め切られたが、以下の提案について意見を求めていた。

・リスクマージンの計算方法を変更し、最近の経済状況下で長期生命保険会社に対して60~70%削減等、リスクマージンを大幅に削減することで、資本を解放する。

・マッチング調整のファンダメンタル・スプレッド11を改革する。

・より幅広い資産をマッチング調整ポートフォリオに組み込むことを容易にし、長期的な生産的投資を阻害しないようにする。

・EUに由来する負担を軽減するために、報告及び管理要件を改革する。

このコンサルテーションには67の回答が寄せられた。今回のペーパーでは、コンサルテーションに寄せられた回答を要約し、政府の最終的な改革パッケージを示し、その実施計画を概説している。

法案は、保持されているEU法を廃止し、英国向けに設計された規制のアプローチに置き換えることができるようにする。則ち、ソルベンシーII指令を英国法に組み込んだ一部の法律を廃止し、保険と再保険が今後規制される新しい枠組みに置き換えることができるようにする。

この新しいソルベンシーUK体制は、グローバルな金融センターとしての英国の競争力を強化し、消費者と企業により良い結果をもたらすために、金融サービス規制を英国市場に合わせて調整する政府の幅広い改革プログラムの一部となる。
 
11 マッチング調整は、マッチング資産のポートフォリオのスプレッドを取り、保険会社が保有する信用リスクのための引当である「ファンダメンタル・スプレッド」を差し引くことによって導き出される。したがって、割引率は、リスクフリーレートに保険会社自身の資産のスプレッドを加えて、ファンダメンタル・スプレッドを差し引いたものに等しくなる。保険会社自身の資産のスプレッドは、非流動性プレミアムと信用リスクプレミアムで構成されるため、ファンダメンタル・スプレッド (信用リスクに関連する) を差し引くと、割引率はリスクフリーレートに非流動性プレミアムを加えたものに等しくなる。
2|今回の改革内容についての説明
収集された証拠は、コンサルテーションで提示された提案の大部分を支持したため、政府はこれらの提案を前進させることとしている。

議論の中で最も困難だったのは、適格要件とファンダメンタル・スプレッドの両方を含むマッチング調整についてであったが、様々な異なる意見を考慮した結果、政府は、マッチング調整の適格要件を、協議文書に示された提案に加えて、PRAが実施する多くのセーフガードを条件として、予測可能なキャッシュフローの高い資産を含めることを認めるよう拡大すべきであるという結論に達した。

2022年4月のコンサルテーション・ペーパーで示されたように、ファンダメンタル・スプレッドの改革に関する最良のアプローチについてのコンセンサスは得られていない。政府は改革のケースを慎重に検討し、提示された様々なオプション(PRAによる多くの提案を含む)の予想される影響を分析した結果、ファンダメンタル・スプレッドの設計とキャリブレーションを現在のままにすることを決定した。しかし、現行のファンダメンタル・スプレッド・アプローチのリスク感度を高め、主要な信用格付けの中で異なるノッチ付き引当金を設定できるようにする(例えば、AA+やAA-とAAを比較した場合の引当金を異なるものにする)予定である、とした。

ファンダメンタル・スプレッドに関するこれらの措置により、マッチング調整に関する他の変更と合わせて、保険会社が生産的な資産への投資を増やし、英国経済を活性化させることができるようになる。政府は、ファンダメンタル・スプレッド改革に関するPRAの提案を進めないことを決めたが、契約者保護の重要性を認識しており、このことを念頭に置き、法律で定められたルールが規制当局の持つ監督上の手段と密接に連携して機能しなければならないと認識している、とした。

したがって、政府は、PRA が以下の追加的な措置を講じるために必要な権限を有することを確保し、PRAが安全性と健全性及び保険契約者保護を維持する責任を保険会社に負わせるためにこれらの措置を使用することを支持することを明確にすることによって、PRAを支援する。また政府は、保険者が常に高水準のリスク管理を行い、これらの監督手段の活用についてPRAに全面的に協力することを期待し、PRAを支持する。PRAはこれらのツールを法律と整合的に使用し、PRAのリスク許容度を満たすためにどの程度機能しているか議会で報告することになる。また、以下の追加措置を支持する。

・PRAが定めるシナリオに対する保険者の耐性をテストするために、PRAが定めるストレステストに定期的に参加することを保険者に要求し、PRAが個々の会社の結果を公表することを認める。

・上級管理職制度の下で正式な規制責任と制裁を負う指名された上級管理職が、上記のストレステストの結果を含む、マッチング調整ポートフォリオに含まれる資産の特性と価値の厳格な評価に基づき、自社の資産のファンダメンタル・スプレッドの水準が保有する全てのリスクを十分に反映し、結果として生じるマッチング調整が流動性プレミアムのみを反映しているかどうかをPRAに対して正式に証明することを義務付ける。

・保険会社が、上記の証明の裏付けとなる作業を考慮して標準的な許容範囲では不十分と判断した場合、追加的に高いファンダメンタル・スプレッドを適用することを認める。

・キャッシュフローが予測しやすい資産を含めるために適格要件を拡大するという政府の決定を反映し、マッチング調整規則を適切に更新する(例えば、非固定キャッシュフローによる追加リスクを考慮したファンダメンタル・スプレッド許容値の引き上げ、ポートフォリオの制限等を規定する)。

なお、マッチング調整の重要性とソルベンシーII規則の広範な改革を考慮し、政府はPRAにマッチング調整の使用を綿密に調査するよう要請している。政府は5 年後にファンダメンタル・スプレッドのキャリブレーションが引き続き適切であるかどうかを見直す予定である。政府の見直しに先立ち、PRAは上記の追加措置の影響を含むソルベンシーII改革の法定目的への影響に関する評価と、さらなる変更が必要かどうかに関する評価を行う予定である。政府は、見直しを行う際にPRAの評価結果を考慮することになる。PRAはまた、FCA(金融行動監視機構)と共同で、政府の改革を反映して、保険会社に対する金融サービス補償制度(FSCS)やその賦課金に変更が必要であるかどうかを評価するためのレビューを行う予定である。

政府は、特に以下を含めて、必要に応じて立法を行う。

・最近の経済情勢のもとで、定期金支払いを含む長期生命保険事業のリスクマージンを65%、損害保険事業のリスクマージンを30%削減し、修正資本コスト法12での計算を可能にするように、変更することを保証する。

・ファンダメンタル・スプレッドの既存の方法論とキャリブレーションを維持しつつ、ノッチ付き格付けの使用を可能にする。

・PRAが実施するファンダメンタル・スプレッド許容値とセーフガードの調整を条件として、マッチング調整の適格基準を拡大し、予測可能性の高いキャッシュフローを持つ資産を含むようにする。

政府は、PRA と協力して、PRAのルールブック及びその他の要件に、以下の変更を加えることを可能にする。

・PRAが会社の内部格付について保証を求め、適切な場合には変更と調整を要求できるようにする。

・協議された他の投資の柔軟性を導入する。即ち、マッチング調整の対象となる負債を拡大し、マッチング調整ポートフォリオにおける投資適格(BBB)未満の格付けの資産に対する不釣り合いに厳しい取り扱いを撤廃する、マッチング調整の申請と違反の取り扱いにおける柔軟性を高める、PRAが申請のタイムラインと承認率について報告する仕組みを構築する等。

・高いモデリング水準を維持しつつ、要求事項の数を合理化し、PRAが会社のモデルの妥当性を評価する際に、より多くの監督上の判断を行うことができるように、会社の内部モデルに対する承認要件を更新する。

・報告義務や管理義務を軽減することにより、負担を軽減する。

・適切な資本を有する親会社を持つ外国企業に対する支店資本規制を撤廃する。

・保険会社に対する新たな動員体制を導入し、ソルベンシーUKの適用前に保険料と準備金の臨界値を少なくとも2 倍にする。

政府は、このパッケージの一部を法制化することで、保険会社が長期的に生産的な投資を行うために必要な規制の確実性を提供する。
 
12修正資本コスト法」は、新しく漸減パラメータであるラムダを導入して、予想される将来の資本要件の各年に与えられる重みを徐々に低くする手法である(基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-」(2022.8.19)を参照)。
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中村 亮一

研究・専門分野

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【英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その6)-財務省による対応結果の公表等-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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