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英国におけるFacebookに対する企業売却命令-Facebookは異議申立するも罰金支払には応ずる方向
保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登
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競争制限的効果があるかどうかについてCMAが行う手法としては、合併が行われなかったという、事実ではない(counterfactual)ケースについて検討し、そのようなケースと現状を比較して競争制限的効果があるかを認定するというものである。
CMAはFacebookとジフィ社の合併がなかったとするならば、ジフィ社は合併前と同様にソーシャルメディアのプラットフォーム(Facebook含む)へGIFを提供し続け、革新を起こし、製品・サービスを開発し、収益化のための様々なオプションを模索し続けたとした19。Facebookからはジフィ社のビジネスモデルは弱く、かつコロナ禍により弱体化してたであろうことが主張されたが、CMAは少なくとも短期的にはFacebookはジフィ社に引き続き依存したであろうことなどの理由で、このような主張を否定した。
結果として、ジフィ社はディスプレイ広告の提供や、有料連携により収益化が見込まれ、製品をさらに収益化するためのさまざまなオプションを模索し続けたであろうことを認定した20。
19 前掲注2、P106
20 前掲注2、P136
CMAはディスプレイ広告において、水平的一方的競争制限的効果があると認定した。ディスプレイ広告においてFacebookは大きなシェアを握っているが、他方、ジフィ社もGIFの提供とともに行うディスプレイ広告を米国において収益化していた(英国では展開前)。
ジフィ社のディスプレイ広告にはいくつかのメリットがある。それは(1)個人的なアイデアや感情とともに利用されるので個人にインパクトを与える、(2)友人間で利用されるため信頼性が高い、(3)GIFがループ状になっているため何度も見られるなどである21。
そしてFacebookはディスプレイ広告において大きな市場支配力を有するところ、ディスプレイ広告においてより魅力的な広告を行う取り組みを促進するうえで価値のある存在となりえたジフィ社の有料連携をすべて終了させ、ディスプレイ広告市場からジフィ社を排除した(図表5)。
CMAは、Facebookは潜在的な競争者であるジフィ社をディスプレイ広告市場から排除したことにより、動的(ダイナミック)な競争プロセスを阻害し、水平的一方的な実質的な競争制限という結果にあたる可能性が高いと認定した23。
21 前掲注2、P154
22 前掲注2、P181
23 前掲注2、P182
24 前掲注2、P208。ここでの能力とは供給拒否をしても他から容易に供給を受けられる場合に、投入物閉鎖をすることができないという意味での能力である。
25 前掲注2、P217
26 前掲注2、P221
以上のような効果を生じさせたとしても、すぐに新規参入者があれば、競争制限的効果は発生しないことになる。この点、CMAの認定としては新規参入あるいは小規模事業者は規模の拡大や競争を試みるうえで次のような大きな5つの課題に直面することとなり、困難であると認定する。すなわち、(1)大規模高品質なライブラリ、(2)洗練された検索エンジン、(3)規模とブランド、(4)実行可能なマネタイズ化、(5)資本金である27。
27 前掲注2、P224
5――検討
CMAは水平的一方的効果として、今後のディスプレイ広告市場において広告方法について革新する可能性のあったジフィ社という競争単位が排除されてなくなったことを問題視している。
そこで指針を見るといくつかのポイントがある。
まず(1)当事会社グループの市場シェアが大きい場合に競争に与える影響が大きいとする(指針第4の2(1)ア)。ディスプレイ広告市場におけるジフィ社のシェアは0-5%と大きくないが、Facebook社のシェアは40%ないし50%の間ということである。マーケットの過半を握るプレーヤーの与える影響力は大きく、競争制限効果が生ずるとの判断になりやすい。この点、指針では事業者間の分散度合いを示すHHI(ハーフィンダール指数)28が企業結合後に2500以下でありかつ当事会社の市場シェアが35%以下の場合は競争制限となるおそれは低いとする。暫定的レポートからはHHIを算定することはできないが、Facebookのシェアについて上記でいう小さい方を採用すると指針でいう35%の閾値を若干超える程度に過ぎず、この点は争う余地が残っているかもしれない。
また、ここで問題となるのは、ディスプレイ広告はGoogleのような検索広告などと区別されるのかである。検索広告も同じ市場に属するのであれば、競争制限効果があるといいにくくなるからである。この点は、先行する事例でも両者別物と判断することが通例であり、暫定的レポートでも同様に、人々の興味に基づいて広告を掲出されるディスプレイ広告は、検索用語に紐づけて広告を掲出する検索広告とは異なるとの判断が示されている29。
次に、(2)関連市場で競争が活発に行われてきたことにより品質の向上につながっていたと認められる場合において、このような競争が認められなくなる場合は競争に与える影響が大きいとする(指針第4の2(1)イ)。この点について暫定的レポートは、ジフィ社の行ってきた革新的なビジネスモデルの展開、特に「有料連携」がディスプレイ広告市場で革新的であったことを指摘し、そのようなイノベーションについて市場支配力を有するFacebookが停止させたことを問題視している30。暫定的レポートによると、ジフィ社の有料連携は英国での本格展開前であったが、Facebookによる買収および有料連携の終了により、英国でのディスプレイ広告において動的な革新プロセスが失われたとする。この点、英国で競争が活発化していたのではなく、活動開始予定というだけであり、CMAの判断も微妙な価値判断の上に成立している(=反論が成り立ちやすい)と思われる。
そうであるにもかかわらず、CMAがこのように判断したのはディスプレイ広告市場への参入がネットワーク効果により現状ですら困難になっているという認識がベースにあると思われる。指針でも新規参入者が想定されるときは競争に与える影響は大きくないと考える(指針第4の2(3))。この点、FacebookグループのSNS市場におけるシェアが英国では月間ユーザーベースで72%も占めており、ユーザーが多いことで広告主が増加するネットワーク効果の存在により新規参入が難しく、したがってFacebookに対してけん制する存在はでて来にくい。この点、ジフィ社の存在はそのような状況から競争状況を活発化させる可能性があったとする価値判断があると考えられる。
28 HHIは各事業者のシェアを2乗したものを足して算定する。たとえばシェアが50%、30%、20%の企業があるときは、502+302+202=3800である。
29 前掲注2、P98
30 前掲注2、P145
垂直的効果としては、川下企業たるプラットフォーム企業がSNS提供を行う際にコンテンツを魅力的にするために必要となる「原材料」としてのGIFがあり、その川上にある供給者として存在するジフィ社をFacebookが取得したことに着目するものである。このような場合に、川下市場において閉鎖性が生じ排他性が生ずることがある(指針第5の2)。この点については、当事会社が投入物閉鎖を行う能力があるか否か、当事会社が投入物閉鎖を行うインセンティブがあるか否かを考慮して検討することとされる(指針第5の2(1))。
この点についてはCMAも同様のフレームワークで検討しており、上記で解説しているので繰り返さない。ただ、ここで注意したいのは、投入物閉鎖を行ったことと、あるいは行う可能性があることのいずれかが認定されることで合併は否定されるということである。この点、認定事実によれば、検索可能なGIFライブラリ提供市場には、事実上ジフィ社とGoogle傘下のTenorしか存在していないことから、Facebookにとってジフィ社が他社に抑えられることは致命的であり、そのことをFacebookが懸念したと考えるのが自然である。また、それゆえに、Facebookがコンテンツを魅力的にするためのGIFというツールを他社プラットフォームへ供給しないとすることの発想にいたる可能性も高いと考えられ、CMAの認定には違和感はない。
6――おわりに
ところで本件は、Facebookもジフィ社も米国企業であるところ、英国市場でのサービス提供に関する実質的な競争制限があるとして売却を求めた事例である。一般的にこの点は競争法の域外適用の問題である。英国企業法において、本件のような供給テストを検討する場合には「商品・サービスが英国内で供給されるか、または主要な部分が英国内で供給される」場合には管轄権が認められるとされる。企業の成立地でも本店所在地でもなく、事業地における認定である。
このことは各国の視線からみると自国内で競争制限的効果のある合併等を阻止できるということになるが、企業単位、特に巨大IT企業の視線からみると、たくさんある営業範囲内の国の一つでも合併を違法とする認定が下ると全面的に合併を停止(または撤回)しなければならないリスクとなる。
日本の公正取引委員会はこの点、どの程度まで法の運用ができるのであろうか。たとえばAppleのデジタルコンテンツ販売にあたって、アプリストア外誘導の禁止について公取委は確約計画なしに調査を終了した31。海外企業であり、必ずしも法執行が容易ではないだろうことや、情報収集に苦労するということ、執行をどうするのかという問題もあり、やむを得ない面がある。ただ、国内のIT企業へ排除措置など強い措置をとる可能性があることを考えると、海外企業についても平仄の合った厳正な法の運用が求められるものと思われる。
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03-3512-1866
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2024年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
(2022年02月21日「基礎研レポート」)
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