2020年11月12日

認知症とは何か?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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Q1.認知症とは、どんな病気ですか?

■認知症は病気ではなく、症状です。認知症には病因があります。
結論を先取りすると、認知症は「病気」ではありません。介護保険法は認知症について、「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により、日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態」と定義しています。
図表1:認知症が起きるプロセスのイメージ つまり、アルツハイマー病など認知症を生み出す病因があり、記憶機能が下がったり、時間・場所の認知機能が低下したりすることで、日常生活に影響が出る状態を認知症と定義しているわけです。

ここでは、認知症が起きるプロセスを簡単に解説します。一般的に認知症は「中核症状」「行動・心理症状(BPSD、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia))」の2つに分かれます。

このうち、前者の中核症状とは、脳の細胞が壊れることで直接的に引き起こされる症状です。具体的には、「覚えられない」「すぐに忘れる」といった記憶障害や、「時間や季節の感覚が薄れる」「道に迷ったり、遠くに歩いて行こうとしたりする」「周囲との関係性が分からなくなる」という見当識障害、「考えるスピードが遅くなる」「いつもと違う出来事で混乱しやすくなる「目に見えない仕組みが理解できなくなる」といった理解・判断力の障害、「計画を立てて、段取りすることができなくなる」という実行機能障害などが該当します。
図表2:認知症を引き起こす病気の比率 こうした中核症状を引き起こす病因は様々です。図表2は認知症を引き起こす病気の比率を示しており、アルツハイマー型認知症が67.6%、脳血管性認知症が19.5%、レビー小体型認知症が4.9%となっています。医学的な部分は一般的な説明でとどめますが、アルツハイマー病はβアミロイドというタンパク質のごみ、続いてタウタンパクが神経細胞内に蓄積し、神経細胞のネットワークが壊れる病気です。

脳血管性認知症は脳梗塞や脳出血などで神経の細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなり、細胞が死んだり破損したりするタイプ。レビー小体型認知症は幻視を伴うなど症状の変動が大きくなるとされています。

一方、もう一つの「行動・心理症状」とは、個人の性格や素質、人間関係、環境・心理状態などの影響を受け、精神症状や行動に支障が出ることを指します。例えば、幻覚や妄想、一人歩き、興奮・暴力などが挙げられます。一般的に「認知症」と言うと、このイメージが強い面があるかもしれません。

Q2.確かに認知症と聞くと、幻覚や妄想などが起き、全てが分からなくなるイメージを持っています。実際はどうなのでしょうか。

■認知症になっても記憶や理性は残っており、むしろ不安を感じているのは本人です。
 
認知症の症状としては行動・心理症状が目立つ分、「認知症の人は何も分からなくなった人」というイメージが強いかもしれません。しかし、認知症になっても記憶や理性、プライド、それぞれの性格や素質が残っており、決して全てが分からなくなるわけではありません。むしろ、変化を自覚しているのは本人であり、不安を感じているからこそ行動・心理症状が起きている時があります。ここでは「娘が財布を盗んだ」といった「物取られ妄想」を通じてBPSDの事例を挙げましょう。

皆さんは携帯電話をどこに置いたか分からなくなる経験をお持ちでしょうか。そして、いつもの場所(仮に机の上)に携帯電話が見当たらない時、皆さんはどう振る舞いますか。多くの人は不安と焦燥に駆られつつ、「20分前にAさんと話した時に使ったよな」「となると、10分前にBさんと会議室に行った時かな…」といった形で記憶を振り絞って探そうとします。

ところが、認知症の人は記憶障害のため、「10分前に…」「20分前に…」といった形で過去にさかのぼって思い出すことが難しくなっています。この結果、認知症じゃない人と比べれば、携帯電話が見当たらないことによる不安と焦燥ははるかに大きくなります。

さらに図表1の通り、性格・素質が影響する可能性があります。例えば、認知症の人が完璧を望む性格だった場合、机の上に携帯電話が見当たらないことに気付いた時、「今日は一度も使っていない以上、必ず机の上にあるはずだ」「なのに携帯電話が見当たらない」「机の前を通ったのは妻と息子だ。二人が盗ったのでは」と考えてしまい、物取られ妄想が起きてしまう可能性があります。つまり、物取られ妄想は「訳が分からなくなった人の妄言」ではなく、その人なりの意味や背景を含んでいる可能性があるわけです。

このように認知症の人の個性や気持ちに配慮する考え方の下、近年は言葉遣いも変わりつつあります。例えば、昔は「痴呆」と呼んでいましたが、侮蔑的な響きがあるという理由で、2005年から「認知症」という言葉が使われるようになりました。

Q3.どれぐらいの人が現在、認知症と見なされているのでしょうか?

■日本には認知症の人がどれぐらいいるのか統計がありません。
日本には認知症の人が何人いるのか、ハッキリした数字がありません。厚生労働省の資料で頻繁に使われるのが図表3の年齢階級別「有病率」と、図表4の試算です。

まず、前者は5歳刻みの認知症有病率を指しており、90歳以上の場合、女性は6割程度、男性は半分程度の人に認知症が見られるとしています。つまり、年を重ねると、何らかの形で認知機能の低下が見られるということになります。
図表3:年齢階級別の認知症有病率/図表4:認知症有病者の予想
後者の図表4は長期的な縦断調査を実施している福岡県久山町の研究データを基にした機械的な試算です。人口的にボリュームが大きい「団塊世代」の人が75歳以上を迎える2025年以降、医療・介護需要が急増すると見られており、2040年頃までに認知症ケアが社会全体の大きなテーマとなる可能性を見て取れます。

Q4.認知症は防げますか?

■現時点で認知症予防のエビデンスは不明確です。
これは現在、関係者の間で争点となっている部分です。近年、様々な研究が蓄積されつつあるのですが、ここでは「認知症予防のエビデンスは十分とは言えない」「認知症予防を言い過ぎることによるマイナス面」という2点を取り上げます。

まず、認知症のエビデンスについては、英国の権威ある医学誌『Lancet』に掲載された今夏に公表された論文(Gill Livingston et.al “Dementia prevention, intervention, and care”)を取り上げます。この論文では「リスクが存在しなかった場合、どれだけの人が人口集団で認知症を発症しなかったか」という値を示しており、図表5の通りに「知られていないリスク(risk unknown)」を60%とする一方、「潜在的に修正できる」(Potentially modifiable)リスクが40%になると試算しています。
図表5:ライフコースで見た認知症になるリスク要因
さらに、潜在的に修正できるリスクとされる40%はライフステージごとにリスクが整理されており、聴力の喪失(8%)、低い教育レベル(7%)、喫煙(5%)、うつ(4%)、社会的孤立(4%)、肥満(1%)、糖尿病(1%)などが含まれています。

つまり、これらの危険因子を排除できれば、認知症になるリスクを減らせるかもしれないとしているわけです。

さらに、2019年5月に公表されたWHO(世界保健機関)のガイドラインも身体活動、高血圧管理、糖尿病管理、禁煙などを強く推奨しており、かなりの部分が符合しています。

しかし、アルツハイマー病の発症理由が依然として明らかになっていないなど、認知症予防のエビデンスは十分とは言えません。Lancetの論文やWHOガイドラインについても、一般的な健康づくりを進める上で必要とされている範囲を超えていません。

次に、認知症予防を言い過ぎることによるマイナス面です。実は、政府が2019年6月、認知症に関する取り組みを省庁横断的に進める「認知症施策推進大綱」(以下、大綱)を決定した際、「予防」という言葉の定義や意味合いを巡って様々な批判がなされました。具体的には、認知症になる原因やプロセスが明らかになっていない中で、認知症の予防施策が先立つと、認知症になった人が「予防できなかった人」と思われるようになり、認知症の人が感じている生きにくさを増すことになるのではないか、といった懸念が認知症当事者の団体、さらに与党から示されたわけです。

最終的に、大綱は予防の定義について、「『認知症にならない』という意味ではなく、『認知症になるのを遅らせる』『認知症になっても進行を緩やかにする』という意味」と強調するとともに、予防に関する数値目標が削除されました。

Q5.認知症について、どんな施策が打たれていますか?

■政府は昨年に大綱を取りまとめました。今後は自治体の取り組みがカギになります。
介護保険制度が2000年に創設された際、認知症ケアも制度に取り込まれたのですが、必ずしも十分とは言えませんでした。そこで、政府は2012年9月、「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」を策定しました。これは認知症施策に関するイギリスの国家戦略を参考にし、本人中心のケアの重要性が強調されるとともに、医師や看護師、福祉職などのチームが認知症の人の生活を支える「初期集中支援チーム」の創設などが進められました。その後、2015年1月に改定された10カ年戦略(新オレンジプラン)では、普及・啓発、医療・介護など7つの分野について必要な施策を列挙しました。

さらに、2019年6月に取りまとめられた大綱では、共生と予防を「車の両輪」に位置付けつつ、施策を加速させる方針を示しました。この時、既述した通り、「予防」を巡って調整が難航したのですが、(1)普及啓発・本人発信支援、(2)予防、(3)医療・ケア・介護サービス・介護者への支援、(4)認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援、(5)研究開発・産業促進・国際展開――について施策と目標が盛り込まれています。大綱の詳細に関しては、末尾のリンク先からご覧下さい。

このほか、国・自治体の認知症施策の方向性を定める「認知症基本法」を与党が検討しており、与野党での調整が進む見通しです。自治体レベルでも認知症ケアに関して条例を作る動きが広がっており、東京都世田谷区や和歌山県御坊市は条例制定に際して認知症当事者の意見を取り入れました。

中でも、認知症ケアは多様なニーズに対して、自治体や医療・介護関係者、民間企業などが連携する必要があるため、身近な生活支援が重要になります。このため、今後は住民の生活に身近な市町村の取り組みがカギになります。

Q6.認知症になると、一般的には「健康」とは言えないと思いますが、なぜ健康寿命のコーナーで認知症を説明しているのですか?

■認知症になっても人生は終わりじゃありません。幸せに暮らせるような環境整備が重要です。
一般的に健康寿命とは「医療・介護が要らない状態」を指すため、認知症が発症した人の話を健康寿命に入れるのは分かりにくい整理かもしれません。

しかし、別に認知症になったから人生が終わりではありません。残された記憶や能力で幸せに生きる権利を有していますし、周囲のケアや配慮でQOL(生活の質)を保つことは可能です。そもそも認知症の人が全て医療・介護を必要としているわけではなく、軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)と呼ばれる方々を含めて、多くの人は街の中で暮らしています。それにもかかわらず、健康寿命を「医療・介護が要らない状態」を意味してしまうと、認知症の人を視界から外してしまうことになります。

本コーナーでは「健康寿命」を幅広く捉えており、周囲の環境に適応しつつ、認知症の人が健康に暮らせるような環境整備が重要と考えています。

Q7.どうやったら認知症のことを学べますか?

■認知症サポーター養成講座の受講、認知症ケアパスの入手をお勧めします
まず、手軽な方法として、認知症サポーター養成講座が考えられます。講座は認知症ケアに関わっている人などを講師にして、認知症の基本を学ぶ内容です。ほとんどのケースで講座は市町村が無料で開催しており、概ね1時間半程度で終わります。

確かに1時間半程度の講座を受講しても認知症ケアの習熟度が高まるわけではありません。しかし、先に触れた大綱では認知症サポーター養成講座の受講者を現在の約400万人から拡大し、2020年度までに1,200万人にまで増やすとしています。中でも企業・官庁の受講促進が課題とされており、「人生100年時代」の社会で認知症の人が外出できる環境を整備する上で、今後は自治体や金融機関の窓口とか、図書館、公共交通機関、レストランなどでの接遇が重要になると考えられています。このため、認知症を理解する第一歩として、講座の受講は最適と思います。

さらに、市町村が作成している「認知症ケアパス」も重要な手立てになります。これは認知症ケアに直面した時、「どんな支援が受けられるのか」「どこに行けば相談に乗ってもらえるのか」などが分かる資料です。認知症ケアに対応する医療機関や介護事業所、さらに認知症の人や家族が集まる「認知症カフェ」の数や分布は地域ごとに違いますので、認知症ケアパスを通じて、地域の実情を知ることも大事になります。
 

【参考】

・認知症施策推進大綱(2019年6月18日、首相官邸ウエブサイト)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ninchisho_kaigi/pdf/shisaku_taikou.pdf

・認知症予防に関するWHOガイドラインの和訳(2020年4月、日本総合研究所ウエブサイト)
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=36044

※ その他ジェロントロジー関連のレポートはこちらからご確認下さい。
https://www.nli-research.co.jp/report_category/tag_category_id=15?site=nli
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年11月12日「ジェロントロジーレポート」)

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