2018年12月05日

病理診断の展開-病理医は、臨床医療革新のカギを握っている

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3|病理診断科の医師は2,000人ほどに限られる
(1) 病理医の規模と性別・年齢構成
病理専門医の資格を有する医師は、診療科として病理診断科に属していることが一般的である。2016年に、医療施設に従事している病理診断科の医師は、1,991人となっている(診療科を複数回答した場合の数)。この人数は、徐々に増加している。しかし、全国で2,000人程度の規模では、がんをはじめとするさまざまな病気の病理診断を行うには、絶対数が不足しているといわれている。
図表7. 病理診断科の医師数
つぎに、病理診断科の医師の、性別や年齢構成をみてみる。

まず、男女比率をみてみよう。2016年に、病理診断科の医師は女性比率が27%であった。これは、全診療科の女性比率21%に比べて高い水準にある。 
図表8-1. 医師の男女比
つづいて、男性の病理診断医を年齢別にみると、全診療科と同様、45-54歳や55-64歳の年齢層にピークがある。ただし、34歳以下や35-44歳層の若手医師は手薄となっている。

一方、女性については、34歳以下や35-44歳の年齢層にピークがある点は全診療科と同じである。55-64歳、65-74歳、75歳以上の高年齢層は、全診療科に比べて占率が小さい傾向となっている。
図表8-2. 医師の年齢分布 (男性)/図表8-3. 医師の年齢分布 (女性)
病理医は、原則として、患者を直接診療したり、病棟での当直をしたりはしない。このため、他の診療科の医師よりも業務時間は比較的安定しており、時間の融通が利きやすいとされる。このことは、研究を通じて医学の専門性を高めようとする若手医師や、妊娠・出産に伴い一定期間休職することがある女性医師にとって、業務時間のコントロールがしやすいという利点につながる。現状では、男性の若手医師が手薄であり、この層に対する病理医としてのアピールが課題といえる。

(2) 病理医の勤務先
つぎに病理医の勤務先をみてみよう。病理医は、主に大規模病院の病理診断部門に常勤している。中規模病院の場合、病理医が常勤するケースは少なく、非常勤の病理医が所定の時間だけ勤務しているケースが一般的と考えられる。また、小規模病院には、病理医はめったにいないものとみられる。
図表9. 1病院あたり病理医数 (常勤換算)
病理医がいない医療施設では、患者からの検体(生検検体、手術材料、細胞標本)を、衛生検査所(検査センター)11に外注すること(病理学的検査の外注)が一般的である。検査センターでは、所属する病理医だけでは対応できないため、病院勤務の病理専門医に検査業務を依頼することも多い。なお、検査センターは医療法上の医療機関には該当しない。このため、そこで行われる検査は、たとえ病理医が行ったとしても、病理診断とはならない12。作成される報告書は「病理診断報告書」ではなく、「病理検査報告書」となる。報告書を受け取った臨床医が、その内容を病理判断して、診断を行う13

なお、常勤の病理医がいない医療施設には、医療を行う上で、さまざまな制約が生じる。たとえば、術中迅速診断を行うことは困難となる。また、病理医と臨床医間の話し合い(診断のすり合わせ)もスムーズに進まない懸念がある。
 
11 臨床検査に関する法律で定められた施設基準や検査体制を満たし、各都道府県知事に衛生検査所としての登録を認められた検査施設。2018年1月1日現在、全国に918施設ある。
12 厚生労働省の疑義解釈により、病理診断は医行為であるとされている。(疑義解釈「病理診断は医行為である」(平成元年12月28日,医事第90号厚生省健康政策局医事課長))。「往診等による場合を除き,医行為の行われる場所は、医療法上の病院、診療所(助産婦の行う助産に関しては助産所)、老人保健施設に限られる(昭和46年7月31日,医事67通知)」との通知規定があるため、病理診断は、医療機関で行わなくてはならないこととなる。(「病理検査報告書作成は医行為か? -『国民のためのよりよい病理診断に向けた行動指針2015』における意味」佐々木毅(東京大学, 日本医事新報社 Web医事新報, No.4803)をもとに、筆者がまとめた。)
13 診療報酬上、病理判断料(1回あたり150点)となり、病理診断料(組織診は450点、細胞診は200点)よりも低い報酬が設定されている。(1点の単価は10円)
 

3――病理診断の実務

3――病理診断の実務

病理医は、病院でどのような実務を行っているのか。この章では、病理診断の実務を概観する。

病理医が病理診断をするためには、まずプレパラートの作製が欠かせない。診断後、結果は、病理診断報告書としてまとめられる。特に、術中迅速診断を行うときは、病理医に大きなプレッシャーがかかるとされる。さらに、病理医には、病院内で診療科を横断的につなぐ役割も期待されている。なお、プレパラートの作製や病理診断の際には、さまざまな危険が伴うため、注意を要するとされる。

1|プレパラートの作製には、臨床検査技師の技術が不可欠
病理医の中心業務である病理診断は、患者の検体からプレパラートを作り、顕微鏡で見ることで行われる。プレパラートは、固定→切り出し→包埋(ほうまい)→薄切(はくせつ)→染色→封入の作業を経て作製される。このうち、切り出しには病理医が加わる。その他は、原則として臨床検査技師(後述の参考を参照)が行う。作製方法は、細胞診と組織診・病理解剖で一部異なる。その流れをみていこう。
図表10. プレパラートの作製の流れ
(1) 固定
患者から採取した検体を、自己融解や腐敗による劣化から保護するために、化学的に処理する。採取した組織には、分子間に共有結合14を作る「架橋固定」が行われる。具体的には、組織をホルマリン液に一昼夜以上つけておく。これにより、組織は硬くなり、黒っぽく変色する。

細胞診の場合、喀痰、尿、腹水、胸水のような液体の検体には、固定処理は行わない。乳腺や甲状腺からの穿刺吸引検体や、子宮頸部や気管支からの塗沫検体には、タンパク質を変性させて析出・凝集・不活化させる「析出固定」が行われる。具体的には、有機溶剤15などが用いられる。
 
14 二つの原子が、二つの電子を一対として共有することによって生じる化学結合。水素分子における水素原子の結合の類。電子対結合。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より抜粋) 基本的に、一度結合したら簡単には切れない安定した結合となる。
15 メタノール、エタノール、アセトンなど。


(2) 切り出し
ホルマリンで固定された生検材料、手術材料、病理解剖材料は、流水で洗った後、まず病理医によって肉眼診断が行われる16。その後、顕微鏡用の組織が採取される。この組織片に刃物を入れて、3~5ミリメートル間隔で平行に組織を切り、組織片を切り出す17
 
16 病変の位置、形状・色調、周囲の構造の破壊状況などを肉眼でみる。
17 切り出しは、「割(かつ)を入れる」と言われる。切り出しに用いられる刃物は、現在は、替刃式の包丁が主流だが、以前は蛸引(たこびき)包丁という、先の四角い刺身包丁が用いられていた。これは、組織の切り出した面(割面(かつめん))を、鏡のように平らにするためのもの。昔の病理解剖室には、鍛冶職人の銘が彫られた蛸引包丁が何本も準備されていたという。(「図解入門 よくわかる 病理学の基本としくみ」田村浩一著(秀和システム, 2011年)を参考に、筆者がまとめた。)


(3) 包埋(ほうまい)
切り出した組織片は、蝋(ろう)の一種であるパラフィンに埋め込んで、「パラフィンブロック」が作られる。このパラフィンブロックは、原則、永久保存するものとして取り扱われる。

(4) 薄切(はくせつ)
ミクロトームという専用の機械を使って、パラフィンブロックを3マイクロメートル(1,000分の3ミリメートル)の厚さに薄切りして切片とする。これにより、厚さ3ミリメートルのパラフィンブロックからは、1,000枚の切片がとれることになる。

なお、たとえば腫瘍の大きさがパラフィンブロックの厚さより小さい場合、(2)で切り出した組織片の中に、腫瘍がすっぽり収まる場合がある。この場合、(4)でとれた切片からなる標本すべてに腫瘍が現れるわけではなく、下図の(b)のように腫瘍が現れないものが生じる。このような腫瘍が現れない標本ばかりを観察すると、まるで腫瘍が「消失」してしまったかのようにみえる。そこでこのような場合、病理医は腫瘍を探すために、時間をかけて他の標本を、数多く観察していく必要がある。
図表11. 切り出しと薄切における腫瘍の「消失」 (組織から腫瘍を標本採取するイメージ)
(5) 染色
切片は、パラフィンを取り除いて染色される。染色には、さまざまな方法がある。通常、組織診や病理解剖では「ヘマトキシリン・エオジン染色(Hematoxylin and Eosin染色, HE染色)」が行われる18。HE染色により、細胞の核などの塩基性物質はヘマトキシリンで紫色に、細胞質や線維組織などの酸性物質はエオジンでピンク色に染められる。色のコントラストがつき、微細な構造まで観察可能となる。

一方、細胞診では、通常、「パパニコロウ染色(Papanicolaou染色, pap染色)」19が行われる。これにより細胞の核は濃い色、細胞質は薄い色で染められる。表層に近い細胞はオレンジ色、深い位置からとれた細胞は緑色となる。

さらに、核や細胞質といった構造物ではなく、タンパク質そのものを発色させる「免疫染色20」という染色方法がとられる場合もある。免疫作用により、抗体を用いて、組織標本中の抗原を検出する。がんの診断で、慎重な確認を要する場合などに用いられる。
 
18 HE染色以外の染色方法は、特殊染色(特染)と呼ばれる。
19 ギリシャの医師ゲオルギオス・パパニコロウが1928年に子宮がんの診断に用いた細胞診の染色の方法であったことから、この名前が付けられている。pap染色では、核はヘマトキシリン。細胞質は分化の度合いに応じて、酸性色素(オレンジG、ライトグリーンSFY、エオジンY)で染められる。
20 正式には、免疫組織化学と呼ばれる。免疫反応を利用して、タンパク質に色をつける。

(6) 封入
染色された切片は、スライドガラスの上に置かれ、カバーガラスで封じ込められる。これは「プレパラート」(標本)と呼ばれる。このプレパラートが、病理医による顕微鏡での観察の対象となる。プレパラートも、原則、永久保存するものとして取り扱われる。
 

(参考) 臨床検査技師
病院内のさまざまな診療科で患者から採取された検体は、病理診断科に送られる。ここで活躍するのが、「臨床検査技師」である。臨床検査技師は、国家資格となっている。医療現場で、検査の専門職として、「病理学的検査」をはじめ、「微生物学的検査」「血液学的検査」「生化学的検査」など、さまざまな検体検査業務を担っている21

病理検査で、臨床検査技師は、検体をもとにプレパラートをつくる。病理医は、臨床検査技師が作製したプレパラートを顕微鏡で見ることによって、病理診断を行う。

臨床検査技師の中には、細胞標本を作製して、異常細胞や要注意点をチェックする(スクリーニングといわれる)「細胞検査士」の資格を持つ人もいる。病理専門医の多くは、「細胞診専門医」の資格を有しており、細胞検査士がスクリーニングをした細胞を最終チェックしている22

 
21 2018年12月に検体検査の分類が見直され、新たに「免疫学的検査」「尿・糞便等一般検査」「遺伝子関連検査・染色体検査」の分類が設けられた。(「医療法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備に関する省令」(平成30年厚生労働省令第93号, 平成30年7月27日公布))
22 細胞診専門医や細胞検査士の試験・認定は、公益社団法人 日本臨床細胞学会が行っている。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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