2017年05月22日

6月も続く欧州の政治イベント-メイ首相の保守党、マクロン大統領の共和国前進が議会選で優位を保つ-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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6月は8日に英国が議会選挙、11日、18日にフランスが議会選挙を予定

フランス大統領選挙は中道・親欧州連合(EU)のマクロン勝利に終わり、EU中核国における極右・ポピュリズム政権の誕生、EU・ユーロの分裂リスクは回避された。

政治リスクへの警戒が米国に向かう一方、ユーロ圏では1~3月期実質GDP前期比0.5%、4月CPI前年同月比1.9%など強めの経済指標が続き、6月8日のECB政策理事会で、先行きの政策の方向を示すフォワード・ガイダンスが修正されるか否かに関心が移っている。

フランス大統領選挙という大きな山を越えたが、欧州の政治イベントは続く。6月は8日に英国が総選挙(下院、任期5年、650議席)、11日と18日にフランスが国民議会(下院、任期5年、577議席)選挙を予定する。

英国のメイ首相、フランスのマクロン大統領ともに初の議会選を戦うことになるが、世論調査によれば見通しは良好だ。
 

英国総選挙とEU離脱協議の関係

英国総選挙とEU離脱協議の関係-保守党勝利の可能性高く、方針転換にはつながらない

英国では前回15年の総選挙時点よりも、メイ首相率いる与党保守党と最大野党の労働党との支持率の差は開いている(表紙図表参照)。保守党は、前回15年の総選挙で、事前の予想を裏切る形で330議席と単独過半数を確保、自由民主党との連立を解消した。今年5月4日のイングランド、ウェールズ、スコットランドの88自治体の計4851議席を争った地方選でも、保守党は568議席増の1899議席を獲得するなど圧勝した(労働党は382議席減の1152議席)。6月総選挙では地滑り的な勝利も予想される。

英国は、今年3月29日にEUに離脱意思を通知しており、次期政権はEU離脱という歴史的なプロセスに責任を負うことになる。選挙結果が、EU離脱戦略に、どう関わってくるのかが、やはり、最大の焦点だ。

保守党優位の情勢から考えると、EU離脱はメイ政権が今年2月に公表した離脱白書(注1)で示した「単一市場からも関税同盟からも離脱」し、「包括的な自由貿易協定(FTA)と関税協定を含む深く特別な関係」へと移行する「ハードな離脱」の可能性が最も高い情勢は変わらない。

保守党が今月18日に公表したマニフェスト(政権公約)では、「メイ首相率いる保守党の強く安定的な政権のみが、英国にとって最善の離脱交渉の結果を得ることができる」と支持を呼び掛けるが、EU側の離脱協議への基本姿勢はすでに固まっており(注2)、保守党の議席の増減で変わることは考え難い。

そもそも英国にとって「ハードな離脱」が最善の選択肢かどうかも、何を英国の国益と考えるかによって異なる。「ハードな離脱」は、移民のコントロール権、EUに拠出してきた財源、立法・司法の権限、通商交渉の権限を取り戻すための選択だ。これらの領域での主権の回復が、英国に隣接し、輸出や対外直接投資の相手先として4割を占めるEU市場へのアクセスの条件が現在よりも悪化することよりも重要と考えるかどうかによる。通商交渉の権限を取り戻し、域外とのFTA交渉の自由度が増すことで、「ハードな離脱」のコストを埋め合わせることは、離脱派が主張するほどは容易ではないと考えられている。

保守党はマニフェストで、EU離脱から新たなFTAに基づく関係への「円滑で秩序立った」移行を掲げるが、「悪い協定であれば協定なしの離脱の方が良い」ともあり、協定なしの無秩序な離脱のリスクも排除できない。この文言は、メイ首相が初めて単一市場からの離脱の方針を公式に明言した1月のランカスター・ハウス演説(注3)に盛り込まれ、波紋を呼んだ。3月29日のEUへの離脱通知にこそ入れられなかったが、マニフェストで復活した。総選挙後に本格的に始動するEUとの協議は、英国の要望とは異なり、離脱協定が先、FTA協定が後、しかも、離脱前のFTA協議は、あくまでも準備協議という順序となる。FTAの協議に漕ぎ着けられるかどうかにも不安があるし、離脱からFTA協定がまとまるまでの期間、激変を回避するための「移行協定」でカバーされるかもはっきりしない。EU側は、「移行協定」締結の準備はあるが、移行協定に付随するEU予算への拠出やEU法規制の適用といった義務を英国が受け入れられるかどうかの問題がある。
 
 
(注1)HM Government(2017) “The United Kingdom’s exit from and new partnership with the European Union”, February 2017
(注2)EU側の英国の離脱交渉に関する基本スタンスについては、6月5日公表予定の年金ストラテジーVol.252(2017年6月号)  「英国政府の要望を退けた欧州連合(EU)の離脱交渉方針 」をご参照下さい。
(注3)ランカスター・ハウス演説については、Weeklyエコノミスト・レター20170120号「メイ首相が目指すのはハードな離脱なのか?」をご参照下さい。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=54843?site=nli
 

総選挙の結果が離脱撤回やスコットランドの独立につながる可能性はない

総選挙の結果が離脱撤回やスコットランドの独立につながる可能性はない

現状では確率は高いとは言えないが、保守党が敗れた場合には、EU離脱問題の展開がどう変わるのかも確認しておこう。

まず、最大野党・労働党が勝利した場合、16日公表のマニフェストによれば、「国民投票で示された民意を尊重する立場からEU離脱は撤回しない」、しかし、「単一市場と関税同盟のベネフィットの確保を優先して交渉する」、いわゆる「ソフトな離脱」を目指すことになる。また、「協定なしでの離脱」は拒否する。

直近の世論調査で、労働党の支持率が上向いているのは(表紙図表参照)、EU離脱戦略に関するスタンスよりも、左派色の強い政権公約が評価されている面が強いようだ。労働党のマニフェストには、年収8万ポンド以下の世帯への増税や個人の社会保険料負担の引き上げ、付加価値税率(VAT)の引き上げを見送る方針を盛り込んだ。他方、法人税は基本的に低税率を維持するが、大企業については増税、小企業は減税し、格差の是正を図る。鉄道、エネルギー、水道、郵便事業について再国有化にも踏み込む。

16年の国民投票は、英国内の地域間、所得階層間の分断を浮き彫りにした。メイ首相は、就任時から「少数の既得権益層の利益のためではなく、普通の労働者のための政治」を掲げている。コービン党首の労働党は「少数ではなく多数のために」をマニフェストの表題とし、左派色を強めて対立軸を打ち出した。

他方、保守党が、今回のマニフェストに、普通の労働者のための政策として盛り込んだのは、電気・ガス料金への上限設定、最低賃金の引き上げ(2020年までに中位値の60%まで)、労働者の権利保護、役員報酬への規制と説明責任の強化、企業経営に労働者の意思を反映する体制作りなどだ。国際競争力強化のため、法人税率を2020年までに17%に引き下げる方針は維持するが、付加価値税率(VAT)の引き上げは見送る。図表1に示した世論調査結果で示されるように、EU離脱問題と並んで国民の関心の高いNHS(国民医療サービス)やソーシャル・サービス充実のため、キャメロン前政権が掲げていた国民保険料、所得税の引き上げ見送りの方針は撤回する。
図表1 英国が直面する課題に関する世論調査

伸びない国民投票の再実施、スコットランド独立への支持

伸びない国民投票の再実施、スコットランド独立への支持

EU離脱問題について、労働党よりも踏み込んで離脱協議の結果を受け入れるか、残留するかを問う国民投票の実施を公約に掲げるのが自由民主党だ。同党は、この問題で、野党としての役割を果たさない労働党に替わり、メイ政権が無秩序な「ハードな離脱」に歯止めを掛ける役割を担うと主張する。しかし、各種世論調査では、同党の支持率は一ケタ台で、大きく議席を減らした15年の総選挙後と大きく変わっていない(表紙図表参照)。国民投票の再実施についても、例えばYouGov/Sunday Timesの最新の世論調査(17年5月18~19日実施)でも、「良い考え」という答えが34%に対して、「現時点での優先順位として間違っている」と答えた割合が54%と上回るなど、必ずしも支持を得ていない。少なくとも現時点で、英国民の関心は、離脱撤回というUターンよりも、離脱をいかに円滑に進めるかに移っているようだ。

15年総選挙で議会第3党に躍進したスコットランド民族党(SNP)は、スコットランドが16年国民投票で62%対38%という大差でEUへの残留を支持したにも関わらず、離脱が決まったことに不満を抱いている。とりわけ、単一市場からの離脱という「ハードな離脱」に反対の立場だ。スタージョン党首は、スコットランドの利益や見解が離脱戦略に反映されないのであれば、独立の是非を問う住民投票も辞さないとの立場を表明してきた。

しかし、スコットランドが近い将来に、再び英国からの独立の是非を問う住民投票を行う可能性は低い。SNPが、再度の住民投票を、今回の選挙公約として盛り込むかどうかまだ明確になっていないが、保守党は、政権公約で住民投票について離脱プロセスが完了し、かつ、実施に対して幅広い支持が得られるまでは実施すべきでないとの立場を示している。

現時点では、離脱のプロセスは始まったばかりだし、「幅広い支持」という条件も満たされていない。スコットランドにおける最新の世論調査(Panelbase/SundayTimes 17年4月18~21日実施)でも、「2年以内」、つまり、EU離脱以前に「再度の住民投票を実施すべきか」という問いに賛成と答えた割合は32%、「向こう数年間は実施すべきでない」が52%と上回る。14年9月の独立の是非を問う住民投票は賛成44.65%対反対55.25%で否決されたが、直近の調査でも、賛否の割合は大きく変わっていない。住民投票の実施も、その結果としてスコットランドが独立を決める可能性も低いと見られる状況だ。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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