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- 気候関連財務開示と今後の展望-BHPビリトンの開示事例を参考として
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1――TCFDとは
気候変動が社会・経済に甚大な影響を及ぼすことが世界共通の認識となる中、金融セクターでも投融資の意思決定に必要として、気候変動が企業財務に及ぼす影響に関する情報開示を求めるようになってきた。現状でも、例えばCSRレポートによって直近の温室効果ガスの排出量とそのオフセット状況について開示している企業はある。しかしこのような情報では、投資家は、社会課題への貢献という点で当該企業を評価できたとしても、企業の収支・財務にいつどのような影響があるのか判然としないため、肝心の融資金の回収可能性や、企業価値向上への寄与を判断する材料には使えないわけである。
2015年4月にG20財務大臣・中央銀行総裁会議は、FSBに対し気候に関連する課題を金融セクターがどのように考慮しうるのか調査・検討するために、官民の関係者を招集するよう要請した3。これを受けてFSBが2015年12月に設立したTCFDは1年程度の検討を経て2016年12月14日に提言案を公表した。
金融当局によって招集されたTCFDだが、官民によるメンバー32名の構成は民間有識者が中心である。開示を利用する側の金融セクターから14名が参加する一方で、情報を作成する事業会社が8名、更に格付機関やコンサルティング会社ほかの専門家が加わった。利用者の利便性と作成者の実務負荷のバランスに留意して、企業が採用可能な実践的内容とするためである。
TCFDの目的は、金融セクターが適切な投融資判断を行うための、一貫性、比較可能性、信頼性、明確性のある効率的な開示を促す「任意の提言」を策定することである。提言は、同時に金融システムが気候関連のリスクにどの程度さらされているのか金融当局が把握できるようにすることも目的としている。金融安定化のため早期の対処も可能になるという意味で、FSBのミッション遂行にも資する。金融市場の安定には、投資家がパニックに陥らないことが重要であり、そのためにFSBは各国の規制当局に直接働きかけるのではなく、まず投資家が気候変動リスクを十分理解して投融資あるいはその引き揚げができるようにするという狙いである。
本提言は、あくまで「任意の提言」に過ぎない。現状では、気候変動が企業、投資家、ひいては金融システム全体へ及ぼす潜在的リスクについて、当事者はようやく理解し始めたばかりである。また、手法として強制的な規制強化もあり得るだろうが、この種の規制に対し当事者はギリギリの水準で規制をクリアしようとする傾向にある。そこで、民間のリーダーシップによる自発的な活動に期待して、リーディングプラクティスを有する企業に牽引してもらう枠組みが取られた模様である。
【参考】気候変動が金融にもたらす影響
「気候変動に関する国際連合枠組み条約(1992)」に基づいて、世界各国は温室効果ガスの排出削減に合意している。ここから低炭素や脱炭素への移行が秩序だって進めば良いが、現在の延長線では実現が困難な排出削減目標を掲げるだけに、産業界の現場では忌避も含めて抜本的な取組みが進まないまま時間が経過していく懸念もある。場合によっては、これ以上の水準は危険となったタイミングで規制がスタートしまうことになりかねない。そうなれば、排出規制に大きな影響を受ける産業セクターに対し投融資を振り向けていた投資家はパニックに陥る可能性がある。投融資を一気に引き揚げる動きが誘発されると、金融市場にシステミックなインパクトを与えてしまうのである。
気候変動自体は自然科学の領域だが、社会にもたらされるインパクトは、多分に政策や規制の発動といった人為的要因によって引き起こされる。システミックなインパクトが本当に起こるかは別にしても、どの程度のインパクトが起こり得るのか客観的に認識すべく、気候変動のリスクに関連する金融セクターのエクスポージャーを明らかにしようとする試みが、TCFDの提言であるといえる。
1 https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/12/16_1221_TCFD_Report_Letter.pdf
https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/12/Recommendations-of-the-Task-Force-on-Climate-related-Financial-Disclosures-Japanese.pdf
「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」日本語版 (株)グリーン・パシフィク 山田・藤森・山本)
2 本稿で気候変動とは、人間活動が原因となって排出される温室効果ガスによって気温が上昇し、雨や雪の降り方が変わるなど、気候変化が生じることをいう。
3 http://g20.org.tr/wp-content/uploads/2015/04/April-G20-FMCBG-Communique-Final.pdf
2――提言の概要
なかでも開示の柱となるのは、「戦略」の分野におけるシナリオ分析を使った潜在的影響の内容ならびに定量評価といった将来分析である。シナリオ分析とは、不確実な条件の下で、将来発生する事象に応じて結果がどのように変化するのかを特定し評価する手法である。気候関連課題の性格上、今後、企業が影響を受ける時期や規模は不確実性を伴う一方、投融資の意思決定は将来予測を重視して行う。シナリオ分析は、企業がある特定の条件下で将来どのような影響を受けるのかを内部的に考える手段となるだけでなく、これを開示すれば企業の課題と対応、今後の方向性について金融セクターが理解できるようになるため重要なのである。
シナリオ分析の実施に際しては、「2℃シナリオ」を軸に、各国が政策決定した気候変動対策の目標(NDCs : Nationally Determined Contributions)に即したシナリオ、いわゆる「なりゆき」シナリオ(Business-as-Usual)といった各企業の事業特性に関連の深い複数のシナリオを選定するよう推奨されている。2℃シナリオとは、地球の平均気温上昇を産業革命以前の水準から2℃に抑えるという目標に沿ったエネルギー構造や排出量になると想定を置くものである。しかし、シナリオ分析が気候関連課題に利用されるようになったのは最近であり、その実例は少ない。次に、このシナリオ分析の先進的な開示事例として、豪州の資源会社BHPビリトン社のケースを取り上げる。
(2017年03月21日「基礎研レポート」)
江木 聡
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