2017年02月15日

完全雇用に近づく米労働市場-トランプ大統領が掲げる25百万人雇用増加は可能か。

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1――はじめに

米国の労働市場は、08年の金融危機で大幅に雇用が減少した後、10年以降は雇用増加が続いており、17年1月まで史上最長となる76ヵ月連続増加を記録している。失業率も5%を割る水準まで低下しており、議会予算局(CBO)が試算する自然失業率や、FRBの長期目標水準に達している。さらに、通常の失業率に比べより広範な労働需給を反映する広義の失業率も顕著に低下しており、雇用環境の改善を伴う労働需給のタイト化を示している。

一方、順調な雇用増加が続く中でも、生産年齢人口(16歳以上人口)1に占める労働力人口(就業者と失業者の合計)の割合を示す労働参加率は、依然として金融危機前の水準を下回っており、改善の余地を残している。

もっとも、今後の改善余地に対する評価には幅があるものの、労働市場の回復が続く中で完全雇用に近づいているとの評価では概ね一致している。実際、熟練技術者など一部業種では人材確保が困難となっている。

1月に就任したトランプ大統領は、「米国第一主義」を掲げ、今後10年間で25百万人の雇用創出を行うとしている。これは、80年代や90年代の増加ペースをも上回るペースである。本稿では、足元の労働市場の状況を確認した後、人口動態や労働供給の観点から、トランプ大統領が掲げる25百万人の雇用創出が可能か検証したい。
 
 
1 日本の生産年齢人口は15歳以上65歳未満であり、米国とは定義が異なっている。
 

2――米国労働市場の状況

2――米国労働市場の状況

1史上最長となる雇用増加が持続
(図表1)非農業部門雇用者数および失業率 米雇用者数は、08年の金融危機後、大幅に減少したものの、10年10月以降、史上最長となる76ヶ月連続で増加している(図表1)。

また、雇用増加ペースも14年の雇用増加数が299.8万人と99年(318.0万人)以来のペースとなったほか、15年(271.3万人)、16年(224.2万人)ともに200万人を超える順調なペースを維持している。

一方、失業率も10年の10%近辺から低下基調が持続しており、17年1月は4.8%と5%を割れる水準である。これは、議会予算局(CBO)が試算する自然失業率2(4.7%)に近いほか、FRBが長期目標水準(4.8%)に一致している。
 
2 長期的にみて、インフレ率に関係なく、一定の水準で存在する失業率、構造的失業率。
2広義の失業率:雇用の質を伴った改善が持続
(図表2)広義失業率の推移 労働統計局(BLS)は、前述の通常の失業率(U-3)に加え、より広範な労働需給の実態を反映する広義の失業率(U-6)を公表している。U-6では、本来はフルタイムで働きたいが、事業環境の悪さや、パートタイムの仕事しか見つからないなどの理由により、パートタイムで働いている「経済的理由によるパートタイム労働者」や、1年前までは職探しをしていたが現在は職探しを諦めた人数「周辺労働力人口」を加味している。このような人たちは、U-3では失業者にカウントされないものの、潜在的な失業者と考えられており、これらを加味することで労働需給の実態をより正確に補足することが期待されている。

実際、U-6の推移をみると、金融危機後に雇用環境の悪化を反映して経済的理由によるパートタイム労働者や、周辺労働力人口が大きく増加したことが分かる(図表2)。この結果、U-6は一時17%を超える水準まで上昇したほか、U-3との乖離幅も金融危機前の4%台前半から金融危機後には最大7%台前半まで拡大した。

金融危機以降、労働市場が回復する中で、U-3の低下に比べU-6の低下が鈍かったことから、暫く、労働市場の質の改善が遅れていると指摘されていた。しかし、足元では経済的理由によるパートタイム労働者がピーク時の920万人超から580万人程度まで減少したほか、周辺労働力人口もピークの280万人超から170万人弱まで減少するなど、漸く金融危機前の水準まで低下してきた。このため、より広範な実態を反映する広義の失業率でみても、労働需給は相当程度改善していると判断できる。
3労働参加率:高齢化を加味しても改善の余地
(図表3)労働参加率 一方、様々な労働指標が金融危機前の水準まで改善する中で、労働参加率は金融危機前の水準を下回っている。労働参加率は、金融危機前に66%程度であったものが、雇用が順調に増加した動きとは対照的に15年9月の62.4%まで低下基調が持続した(図表3)。その後は、底入れの動きがみられるものの、17年1月でも62.9%と改善幅は限定的となっている。

もっとも、労働参加率は、雇用環境だけでなく、高齢化などの人口動態の影響を受けるため、注意が必要だ。働き盛りである25-54歳(プライムエイジ)の労働参加率が8割超である一方、リタイアする人が増える55歳以上の労働参加率は、4割程度とプライムエイジの半分以下に留まるなど、年齢層による差が非常に大きい。したがって、高齢者の人口割合が高くなると、全体の労働参加率が構造的に低下する。
(図表4)労働参加率(25-54歳) そこで、人口動態の影響を除いてみるために、プライムエイジの労働参加率に注目すると足元は81.5%と、金融危機前の83.0%に比べて依然として1.5%程度低い水準に留まっていることが分かる(図表4)。労働参加率は人口動態の影響を除いても、金融危機前との比較で改善の余地があると言える。ちなみにプライムエイジの人口は足元で1億2,800万人程度とみられているため、労働参加率が金融危機前の水準に戻るためには追加的に190万人程度雇用が増加する必要がある。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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