2016年10月14日

中期経済見通し(2016~2026年度)

経済研究部 経済研究部

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(10年間の消費者物価上昇率は平均1.3%を予想)
日本銀行は2013年4月に消費者物価上昇率を2年程度で2%にするという「物価安定の目標」を掲げ、「量的・質的金融緩和」を導入した。その後、2014年10月に「量的・質的金融緩和」を大幅に拡大した後、2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」、2016年9月に「長短金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定したが、今のところ2%の物価安定の目標は達成されておらず、足もとの消費者物価上昇率はマイナスとなっている。

2016年9月の日本銀行による「総括的な検証」では2%の「物価安定の目標」が実現できなかった理由のひとつとして、実際の物価上昇率の低下に伴い予想物価上昇率の上昇が止まってしまったことが挙げられた。実際、家計、企業の予想物価上昇率(1年後の物価見通し)は、現実の物価上昇率が高まった2013年から2014年前半にかけては大きく上昇したが、消費税率引き上げ後の景気減速、原油価格の下落などによって現実の物価上昇率が下がるとともに大きく低下していることが確認できる。
実績に連動する家計・企業の予想物価上昇率 先行きも予想物価上昇率の高まりが実際の物価上昇につながるというルートを中心として物価上昇率が2%に達する可能性は低いだろう。

ただし、足もとの物価上昇率のマイナスは原油価格下落や円高の影響が大きく、2013年以前の継続的な物価下落時とは状況が異なっている。たとえば、財の価格は原油安・円高の影響で低下している一方で、サービス価格は労働需給の逼迫に伴う人件費の上昇を背景にプラスの伸びを維持している。また、2013年以降、物価上昇がある程度継続してきたこと、2014年4月の消費税率引き上げに際しては政府が価格転嫁を促進する政策をとったことなどから、企業の値上げに対する抵抗感は小さくなっている。このため、原材料価格の上昇や需給バランスの改善に対応した価格転嫁は比較的スムーズに行われる可能性が高い。
当研究所が推計するGDPギャップはリーマン・ショック後の2009年度にはマイナス幅が▲5%台(GDP比)まで拡大した後、2013年度には消費税率引き上げ前の駆け込み需要もあり2.0%と潜在成長率を大きく上回る成長となったことから▲0.5%とマイナス幅が大きく縮小した。しかし、消費税率が引き上げられた2014年度が▲0.9%のマイナス成長、2015年度も0.8%成長にとどまったため、2015年度のGDPギャップは▲1.5%となった。2019年度には消費税率が引き上げられるが、引き上げ幅が2014年度よりも小さいこと、軽減税率が導入されることに加え、オリンピック開催の追い風もあることから、需給バランスは改善傾向が続き2019年度にはGDPギャップがプラスに転じるだろう。ただし、2021年度はオリンピック開催の反動でマイナス成長となることから需給バランスが悪化し、その後はゼロ近傍の推移が続くだろう。
潜在成長率とGDPギャップの推移/消費者物価(生鮮食品を除く総合)の予測
消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合、消費税の影響を除く)は、2016年度は前年比▲0.2%と4年ぶりのマイナスとなるが、円高、原油価格下落の影響が一巡する2017年度にはプラスとなり、2018年度から2020年度までは1%台の伸びとなることが予想される。2021年度にはオリンピック開催後の反動で景気が減速することから上昇率はいったん鈍化するが、基調的な需給バランスの改善傾向は維持されるため、2023年度には2.1%と日銀の物価安定の目標が達成されるだろう。消費者物価上昇率が安定的に2%を維持することは難しいが、物価上昇の定着によって企業、家計の予想物価上昇率が安定的に推移する中、金融政策面で緩和的なスタンスが維持されるため、1%台の伸びは確保されるだろう。

消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は過去10年平均のほぼゼロ%から、消費税を含むベースでは1.5%、消費税を除くベースでは1.3%になると予想する。
 
(貿易赤字は恒常化)
貿易収支(通関ベース)は、東日本大震災直後から4年以上にわたって赤字を続けてきたが、原油価格の下落に伴う輸入の大幅減少を主因として2015年末頃から黒字となっている。ただし、先行きは原油価格の持ち直しに伴い輸入価格の上昇が見込まれる中、2016年入り後の大幅な円高の影響で輸出の低迷が続くことから、再び貿易赤字に転じることが予想される。

輸出低迷の背景には、海外経済の減速や世界貿易の低迷といった外部環境の悪化もあるが、大幅な円安によって価格競争力が高まったにもかかわらず世界に占める日本の輸出シェアの低下傾向には歯止めがかからなかった。このことは情報関連分野を中心とした国際競争力の低下、生産拠点の海外シフトに伴う国内生産能力の低下によって、構造的に輸出が伸びにくくなっていることを示している。
低下する日本の輸出シェア/上昇する海外生産比率と低下する国内生産能力
貿易収支は、短期的には海外の景気動向、原油価格、為替レートの変動などによって改善に向かう可能性もあるが、構造的に輸出が伸びにくくなっていることに加え、中長期的には高齢化の進展に伴う国内供給力の低下から趨勢的には輸入の伸びが輸出の伸びを上回ることになるため、貿易赤字の拡大傾向が続く可能性が高い。貿易収支は2017年度に赤字に転じた後、2020年代半ばには名目GDP比で3%台まで拡大することが予想される。
 
(訪日外国人旅行者数は2020年には4000万人へ)
一方、一貫して赤字が続いてきたサービス収支は旅行収支の改善を主因として赤字幅が縮小している。2015年の旅行収支は1.1兆円と1996年の現行統計開始以来初の黒字となった。旅行収支黒字化の主因は、円安の進行、ビザの発給要件緩和、消費税免税制度拡充を背景とした訪日外国人旅行者数の急増であり、2015年の訪日外国人旅行者数は1974万人となりこの3年で2倍以上の大幅増加となった。

安倍政権発足後に最初に策定された「日本再興戦略(2013年6月)」では、「2013年に訪日外国人旅行者1000万人、2030年に3000万人超を目指す」としていたが、「日本再興戦略」改訂2014では、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定を受けて、「2020年に向けて、訪日外国人旅行者数2000万人の高みを目指す」という目標を追加した。さらに、「日本再興戦略2016」では、訪日外国人旅行者数を「2020年に4000万人」と目標を上方修正した。

2016年に入っても訪日外国人旅行者数の増加は続いているが、海外経済の減速や円高の進展によって増加ペースは鈍化している。また、円高の進展や中国からの旅行者が富裕層から中所得層にシフトしている影響などから消費単価が前年比でマイナスとなるなど、ここにきてインバウンド需要には陰りも見られる。

先行きの旅行収支の動向を左右する要因としては、為替レート、海外の所得水準の変化、日本の物価動向などが挙げられるが、為替については日米金利差の拡大を背景に当面は円安基調が継続し、消費単価が高く外国人旅行者の8割以上を占めるアジア諸国は相対的に高めの成長を続け、日本の物価は上昇傾向を維持すると予想している。これらはいずれも外国人旅行者数、旅行者の平均消費額を押し上げる要因として働くため、旅行収支の受取額は先行きも着実な増加が見込まれる。

訪日外国人旅行者数は2019年に3000万人を超えた後、東京五輪開催年の2020年には政府目標の4000万人を突破する可能性が高い。旅行収支の黒字幅は2015年の1.1兆円から2026年には4.2兆円まで拡大するだろう。旅行収支の受取額は2015年の3.0兆円、GDP比0.6%から2026年には7.0兆円、GDP比1.2%まで拡大すると予想する。

ただし、旅行収支以外の輸送収支、その他サービス収支は赤字が続き、サービス収支全体では予測期間末まで赤字が続くことが見込まれる。
円高の影響で訪日外国人の消費単価はマイナスに/訪日外国人旅行者数と旅行収支の予想
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