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2025年11月20日

「ラブブ」とは何だったのか-SNS発の流行から考える“リキッド消費”

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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5――希少性と大衆化のジレンマ

だからこそ、このトレンドを長く維持するのは難しい。ラブブの人気は、セレブやインフルエンサーといった一部のハイエンドユーザーやファッション感度の高い層から始まり、彼らのようなパイオニアやトレンドドライバーによる“先取り的消費”によって火がついた。だがその後、SNSを介して一般層へと拡散し、もはや「トレンディなもの」から「みんなが知っているもの」(しかもこれはあくまでもSNSにおいてみんなが知っているだけで現実社会での認知度はそこまで高くないもの)へと変化した。つまり、トレンドに大衆性を帯び始めると、もともとの魅力――“特別であること”――が失われ始めたのだ。この現象は、まさに希少性と大衆化のジレンマである。

ラブブを“トレンド”の象徴として所有していた層にとって、その価値は新規性やプレミア、限定性によって支えられていた。だが、大衆的な人気が高まるにつれ、「みんなが欲しがるもの」になった瞬間、特定の人々が持つという特別感が失われ、そのトレンドは陳腐化していくことは容易に想像がつく。実際、セレブが今鞄にラブブをつけ始めたら、今更感が生まれるだろう。それゆえに、そのような層がラブブへの関心を失っていく中で、プレミア価格呼ばれる2次流通価格は下がっているのである。

かといって、実際にプレミア価格を下げ、転売価格を落とし、一般層でも手に入るようになれば、それは“手に入れられなかったからこそ憧れたもの”の魅力を失ってしまう。「手に入らないから欲しかった」ものが、「手に入るようになった途端に、つまらなくなる」。だから、今6万円で転売されているモデルが4万円で取引されるようになったら、ラブブを高価格出しても買いたいと思っている人が減った証左でもあり、流行が落ち着いたことの表れとなってしまう4

しかし、高額転売を維持したとしても、正規ルートでの購入が困難な場合、大衆はいつまでもこのトレンドに乗ることは難しい。前述したとおり、実際、毎日のようにSNS上ではみかけるのに、現実には街で見かける機会はほとんどない。SNSをやっていなければ、その存在すら知らない人も多い。それは手に入れるのが困難だからなのか、それともSNS上で羨望の意まなざしを受けているように見えるが、それはごくわずかな特定の層の間だけなのか・・・。つまり、ラブブのトレンドはスクリーンの中だけで燃え上がり、現実では可視化されにくいという、きわめて現代的な消費現象のため、どこかでピークアウトするのが確実なのである。

実際に、その熱量を支えていたハイエンド層の温度が、すでに下がりつつある。Bloomberg News5によれば、中国の流通市場で、かつてのプレミアム価格を維持できなくなっており、投機的な需要が後退しているという。同記事によれば最近発売したラブブのミニチュア14体入りのブラインドボックスでは、プレミアムの付いた再販価格が発売前のピーク時から24%下落した。また、キャラクター玩具に特化した中国の転売・取引プラットフォーム、千島(Qiandao)によると、過去3日間の平均再販価格は1594元(約3万3000円)で、正規の販売価格である1106元を上回ってはいるものの、勢いは明らかに鈍化しているという。ポップマートは、再販市場での価格下落について「生産量の拡大により、より多くの消費者の手に商品が届くようになった結果」と説明している。

一方で、ポップマートの香港市場での株価は直近3営業日で約11%下落。モルガン・スタンレーのアナリストは、同社の業績基盤(ファンダメンタルズ)がやや弱含み傾向にあると指摘している。その背景には、人気商品の一つであるミニラブブが再販によってプレミアム価値を失い、投機的な期待が薄れたことが影響している可能性があるという。
 
4 それは、(一部の層で)トレンドであることがトレンドとなったラブブにとっては致命的で、一般層からしたらマネしたいと思っていた層の中では、もうそれが流行っていないということが価格が低下したことからわかってしまうため、それを欲しいと思っていた理由そのものが失われてしまうわけである。
5 Bloomberg News「ミニ「ラブブ」再販プレミアム、ピーク時から24%下落-投機熱に陰り」 2025/09/12 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-09-12/T2EZWJGPWCK800

6――二つのトレンドの波

6――二つのトレンドの波

このように、「最新トレンド」という文脈や、投資的な価値が失われたことで、ラブブはもはや“プレミア”や“希少性”を目的に取引していた層にとってのトレンドではなくなりつつある一方で、その後も大衆的な側面では、ラブブは“流行っているもの”として扱われていた。前述したとおり、ラブブの人気は、特定の層でトレンドであることが大衆のトレンドへと転化したという、中身のないいわば空洞的な構造だ。それゆえに、ハイエンド層でのトレンドが消えれば、必然的に大衆の熱も冷める。流行とは、特定の層が「先に」熱狂することによってのみ成立し、その源泉が枯れた瞬間に、大衆の“後追い的熱”も同時に失われてしまう。投資や転売を目的とした市場においてのトレンドとしては、すでにピークを過ぎていた一方で、SNSや一般消費層のあいだでは、ちょうどその頃がまさに盛り上がりの最中だった。二つのトレンドの波が、時間差をもってずれて存在していたといえるだろう。

トレンドや投資対象としてではなく、ラブブの造形そのものへの愛着やロイヤリティによって支持する消費者にとっては、このようにプレミアが落ち着き、入手しやすくなることはむしろ歓迎すべき変化だろう6。しかし、多くの人に届けるために増産(再販)したら、プレミア価値がなくなるから値打ちが下がるというのはキャラクターという性質に照らしておかしな話ではないだろうか7

とはいえ、今ラブブを欲しがっている小学生が、来年も同じ熱量で欲しがっているとは限らない。我々のトレンドは“リキッド消費”と呼ばれるように、流動的で、関心の移り変わりが早いのだ。
 
6 本稿はあくまでラブブの転売市場やプレミア価値を現象として受け止め、それ自体を否定することなく考察を認めてきたつもりではあるが、本来であれば子どもでも手に取れる価格帯のキャラクター商品が、数万円単位で取引される現状の方がむしろ異常なのだ。
7 近年、ポケモンカードをはじめとするコレクション系コンテンツにおいて、大人たちが二次流通市場での価格を過度に意識する傾向が顕著になっている。その結果、本来はキャラクターの魅力やデザイン性、あるいはゲームとしての戦略性やプレイ体験に基づいて評価されるべきカードの価値が、「転売価格」=「価値」という単一の経済的指標によって語られるようになってしまった。このような市場的価値の言説がSNSやYouTubeなどを通じて拡散されることで、メインターゲットである子どもたちの間にも、「カードの価値は売れるかどうかで決まる」という認識が浸透しつつある。その結果、二次流通価格が低いカードは「外れ」や「無駄なもの」として扱われ、
開封行為そのものが“投資的ゲーム”の一部として側面を擁している。子どもたちが開封したカードを「売れる」「売れない」と評しながら一喜一憂する光景は、モノをめぐる想像力が経済的合理性に侵食されていく現代的な消費構造の象徴といえるだろう。

7――リキッド消費

7――リキッド消費

私たちの消費生活は、この十数年で大きく変化してきた。かつては「モノを所有すること」そのものが豊かさの象徴だったが、いまや“持たなくてもいい”という感覚が当たり前になりつつある。服はサブスクで借り、音楽はストリーミングで聴き、車はシェアする。欲しいものは常に変わり、流行は数か月どころか数日単位で移り変わる。こうした現象をとらえる概念が、「リキッド消費(liquid consumption)」である。この言葉の源流は、社会学者ジグムント・バウマンが提唱した「リキッド・モダニティ(液状化する近代)」にある。バウマンは、現代社会を“固定的で安定した構造(solid)”ではなく、“流動的で絶えず変化する構造(liquid)”として捉えた。人間関係、仕事、価値観――かつては長期的に持続していたものが、いまや流動的で、一時的で、更新可能なものへと変わっている。この「流動化する社会」の中で、消費行動もまた変化した。安定的に所有し続ける“ソリッド消費”から、状況や気分に応じて柔軟に利用する“リキッド消費”へと移行したのである。

リキッド消費には、(1)トレンドや関心が短期間で移り変わる 短命性(ephemerality)、(2)所有せず、必要なときにアクセスするアクセス・ベース(access-based)、(3)物理的なモノよりも体験や感情を重視する脱物質(dematerialized)の3つの要素がある。前述したファストファッションやカーシェア、動画や音楽のサブスクリプションなどは、すべてリキッド消費の典型例だ。これらは「手に入れる」ことよりも、「その瞬間に使えること」「その体験を共有できること」に価値を置く消費形態なのだ。

リキッド消費の重要な特徴は、モノの価値だけでなく、私たちの興味や欲望そのものが流動化していることにある。SNSのタイムラインを眺めていればわかるように、話題は毎日のように更新され、昨日注目を集めていたものが今日には忘れられている。関心の持続時間は短くなり、「何を持っているか」よりも「何に反応しているか」が個人のアイデンティティを形づくる。つまり、私たちはモノを通して自己を表現するというよりも、“その瞬間の関与”によって社会とつながるようになったのだ。

8――「いま、それに参与していること」そのものが価値化されるSNS社会

8――「いま、それに参与していること」そのものが価値化されるSNS社会

このように、リキッド消費は多面的な現象として現れているが、とりわけ注目すべきなのは、その基底にある「短命性」である。それは単に流行の回転が速くなったということではなく、私たちの関心や欲望の構造そのものが、持続よりも移行を前提とするようになったという変化を示している。社会全体のスピードが加速し、アルゴリズムが日々の注目を更新し続けるなかで、私たちはひとつの対象に長く熱を注ぐことが難しくなった。“好き”や“欲しい”という感情は、もはや持続的な情熱ではなく、一瞬のリアクションとして消費されている。この「短命性」をもっとも端的に示しているのが、ラブブのブームである。一種のステータスや文化的コードとして流通したが、その熱は驚くほど速いサイクルで冷めていき、わずか1~2年のあいだに高騰・拡散・飽和というプロセスをすべて経験し、「もう流行っていないかもしれない」という空気が生まれた。これは単なる人気の浮き沈みではなく、現代社会における“関心の寿命の短さ”を可視化する象徴的な出来事である。“トレンドに乗る”ことそのものが目的化し、その造形や物語性だけでなく、「いま、それに参与していること」そのものが価値化される社会的構造の中にあったのだ。

このような短命性を決定的に加速させているのが、SNSである。かつて流行は雑誌やテレビなどのマスメディアを通じて徐々に広まり、一定の成熟期間を経て衰退していった。しかし、SNSでは話題が投稿された瞬間に世界中へ拡散し、数時間でピークを迎える。アルゴリズムは常に新しい刺激を供給し、私たちの注意を次々と新しい対象へと誘導する。その結果、SNS上の流行は時間的な積み重ねを欠いた“断片の連続”として現れ、次の話題がそれを上書きしていくのである。

SNS上で消費されるトレンドは、「いいね」やフォロワー数といった可視的な指標によって瞬間的に評価される。この可視性は、一時的な盛り上がりを生むと同時に、飽和を早めてしまう。この構造のもとでは、流行の寿命が短くなる一方で、熱狂の瞬発力はかつてないほど強くなり、一瞬の共感が一斉に沸き上がる“過熱的短命性”が常態化している。

この短命性を加速させている背景は、単なる情報の速さではなく、欲望の可視化にある。SNSがもたらしたのは、他者の「欲しい」「好き」「買った」といった行為が常に観察可能な社会だ。私たちは誰かの欲望をリアルタイムで見つめ、その欲望を模倣するが、SNSはこの模倣的欲望を秒単位で増幅する装置である。かつて限られたコミュニティの中でしか見えなかった他人の嗜好が、いまや世界中の誰の目にも届く。誰が何を所有し、どんな体験をしているかが、絶えずタイムライン上で更新される。この環境では、欲望は瞬時に感染し、同時に飽和していく。ラブブの人気が急激に立ち上がり、そして急速に冷めていったのも、この“可視化された欲望“の循環の速さが引き起こした現象といえる。リキッド消費の短命性とは、まさにこの欲望の可視化社会がもたらす必然的な帰結なのである。

9――リキッド消費の時代における消費文化

9――リキッド消費の時代における消費文化

もしラブブが簡単に手に入るようになれば、その瞬間に“欲望を支えていた希少性”が消え、消費者の興味もまた次の対象へと移る。来年、再来年の夏祭りでラブブの偽物が並んでいる光景を目にすることは、もうないかもしれない。結局のところ、私たちの“欲しい”という感情は、「いま流行っている」という状態そのものを欲しているのだ。ラブブのブームが示したのは、単なるキャラクター人気8の変動ではなく、関心・共感・欲望が“瞬間的に立ち上がり、同じ速さで消費される”という現代消費文化そのものなのである。「流行が終わる」とは、商品が衰えることではなく、関心が別の対象へ移ること。その関心の移動こそが、次の消費を生み出す。リキッド消費の時代における熱狂の短さは、私たちが「モノ」そのものを欲しているのではなく、“注目が集まっている場所”に自らを重ねることを欲しているという潮流の表れなのだ。

とはいえ、ラブブというキャラクターそのものが消えていくわけではない。奇妙さと愛らしさを併せ持つ独自の造形は、単なるトレンドを超えて一部のコレクターやファンに根強く支持されている。実際、ソニー・ピクチャーズがラブブの映画化権を取得し、劇場版の開発を進めており、ヒットすればシリーズ化も視野に入れているという9。なにより2023年9月には北京・朝陽公園(Chaoyang Park)に「泡泡玛特城市乐园(POP LAND)」と呼ばれるPOP MARTが手掛けるラブブをはじめとしたキャラクターのテーマパークが開園しており、ブーム以前より根強いファンがいたことがうかがえる。

日本においては、投機的ブームの段階を終え、より安定したキャラクター消費のフェーズへと移行しつつあるように思われる。キャラクター大国と呼ばれる日本市場においても一時的な熱狂を経て、日常的なキャラクターとして定着していけるか、今後の展開が注目される。
 
8 現代のキャラクター消費においては、マーチャンダイズの展開速度がかつてより格段に速くなっている。低価格のファンシーショップやガチャガチャでは、今まさに流行しているキャラクターのグッズが即座に並び、消費者は“旬の人気”をリアルタイムで所有できるようになった。かつては、キャラクターが人気を得てから商品化されるまでに一定のリードタイムが存在した。その間にブームが冷めてしまうことも多く、ファンの熱量を維持することは難しかった。しかし現在は、この時間差がほとんど消滅している。「いま好き」をすぐに満たし、視覚化してくれる供給体制が整ったことで、新しいコンテンツへ移行するハードルも著しく下がっている。キャラクターのトレンドサイクルがこれまでよりも速くなっている背景には、供給体制の変化と発信環境の変化がある。現在では、企業だけでなく個人のクリエイターもSNSを通じて容易にコンテンツを発信できるようになり、新しいキャラクターやビジュアルが絶え間なく供給されている。その結果、キャラクターコンテンツの種類と量が爆発的に増え、一つのトレンドに関心が集中する時間はますます短くなっている。
9 The Hollywood Reporter Labubu Movie in the Works at Sony (Exclusive) 2025/11/14 https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/labubu-movie-in-the-works-at-sony-1236426627/

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(2025年11月20日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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