コラム
2016年01月29日

機械対人間の競争~進歩が生む問題への対応も必要に~

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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1――囲碁よ、お前もか!

囲碁ソフトが欧州のプロ棋士と対戦して5戦5勝したと報じられている。1997年にチェスの世界チャンピオンがスーパーコンピューターに敗れて以来、複雑な判断を要する知的労働の分野でも人間の仕事を機械が十二分に代替できることを多くの人が理解したが、それにはまだ時間がかかると考えられていた。2013年にプロの現役将棋棋士がコンピュータに負けた際には、筆者は本コラムでコンピュータの能力は急速に人間に近づいているが、「すべての分野でコンピュータが人間にとって代わるということは簡単には起きないだろう」と書いた。

囲碁はチェスや将棋よりもはるかに複雑なゲームなので、コンピュータがプロの棋士に勝つようになるのは容易ではないだろうと思っていたので、コンピュータが囲碁でもプロに勝利したことは大きな驚きだった。その理由は、単純にコンピュータの計算速度が速くなったということだけではなく、手法の革新によるところが大きいのだそうだ。コンピュータは「ゼロか1か」という判断しかできず、超高速の計算能力を生かしてしらみつぶしにあらゆる手を検討していると思っている人も多いが、人間と同じようにあいまい微妙な判断も行えるようになっている。

とりわけ大きいのはコンピュータ自身が学習する能力を持つようになったことだ。言語間の翻訳作業でも、非常に多くの良い翻訳や悪い翻訳の例を学習させることで、同じ表現でも、どういう文脈でどのように翻訳すべきか、という判断を徐々に改善していくことができるのだそうだ。学習する機能を持たせることで、人間の脳が画像や音声を認識する仕組みの研究を利用して、対戦を重ねることで囲碁のソフトは急速に強くなっているという。

2――悲観論は誤り

2016年に入ってからの世界経済は、金融市場の大きな変動に見舞われている。背景にあるのは先進国経済の回復が思わしくないことと、これまで世界経済の成長を支えてきた新興国経済、とりわけ中国経済の拡大速度の鈍化だ。人口増加速度の低下に加えて、技術革新の速度が低下しているという悲観的な見方もある。技術革新の世界でも、簡単に収穫できる低い枝に生っている果実は取りつくしてしまい、残っているのは取り難い高いところに生っている果実だけになってしまったという見方だ。しかし、予想をはるかに上回るコンピュータの能力の向上を見ると、こうした見方は悲観的に過ぎるように見える。

コンピュータが人間と同じように学習する機能を備えるようになり、機械の能力が向上し続け、ほとんどの面で人間の能力を超えるようになった時に何が起こるのだろうか?ケインズが我々の孫の世代は経済的な問題から解放されていると予想したことは、以前にもご紹介したとおりだ。ケインズはバレリーナと結婚しブルームズベリー・グループと呼ばれる芸術家たちの一員でもあった。あくせく働く必要性が無くなった人々がなすべきことは、文学や芸術だと考えたのではないだろうか。

今後も機械の性能をもっと高めるために研究開発を行う人は必要だろう。しかし、全ての人が研究開発のために働く必要はないだろうし、そのために必要とされるような専門能力を持った人たちは限られている。生活必需品だけでなく趣味や娯楽のためのぜいたく品も、全て機械が生産してくれるようになり、ほとんどの人は働く必要はなくなるのだろう。人口高齢化で懸念される人手不足という問題も、いずれは機械の性能向上で解決されてしまうことになる。こうした明るい未来像に対して、もちろん心配もある。人間よりも優れた機械が全てを判断することになりSF小説に出てくるように人間が機械に支配されてしまうのではないかという不安だ。

3――残される分配の問題

更なる進歩が引き起こす問題への対応も必要になるだろう。人間が行う高度な判断や意思決定の能力を学習して身に付けるコンピュータの普及は、ほとんどの人が働かなくても、社会全体としては有り余るほど豊富な生産物が供給できるという夢のような社会が実現できることを意味する。しかし、働く必要がなくなるということは、同時にほとんどの人が豊富な物資を入手する術を持たないかも知れないということも意味している。

これまでも、常に機械化で人間の仕事が奪われてしまうのではないかという不安はあった。しかし実際には、経済全体では機械で代替できないような事務や企画を行ういわゆるホワイトカラーの大幅な増加がおこり仕事が無くなるということはなかった。工場では機械を操作する人間が必ず必要となり、労働者一人当たりの生産性が上昇したため賃金は飛躍的に上昇した。社会主義者が予言したように多くの人が最低限の生活に留まるというようなことは起こらず、全ての人の生活は豊かになった。

アダムスミス流の「神の見えざる手」によって、何もしなくても自然に全ての人たちの生活が向上したと考えるのは、少し単純すぎるだろう。政府がすべての子供に教育を提供し、医療や年金、失業保険などの制度を整備したことは、社会主義者の予想を覆すのに大きな役割を果たしたと考えられる。ピケティの「21世紀の資本」やアトキンソンの「21世紀の不平等」という格差問題を取り上げた書物が注目を浴びている。目前の経済や金融の不安定さを乗り切った先には、さらなる進歩によって生まれる問題にどう取り組むべきかという課題が待ち受けているのではないだろうか。 
 

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経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

(2016年01月29日「エコノミストの眼」)

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