2021年10月08日開催

パネルディスカッション

新しい価値を創造し、生産性を高めるオフィス環境「いつでも・どこでも働ける時代におけるオフィスの重要性と役割」

パネリスト
小柳津 篤氏 日本マイクロソフト株式会社 エグゼクティブアドバイザー
山下 正太郎氏 コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所 所長
WORKSIGHT 編集長
京都工芸繊維大学 特任准教授
佐久間 誠 ニッセイ基礎研究所 准主任研究員
コーディネーター
岩佐 浩人 不動産調査室長

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1―4. オフィスの重要性と役割の再定義
このように、在宅勤務やハイブリッドな働き方で、どうして生産性や公平性の課題があるのか。それは、現在のテクノロジーでは空間を共有することができないからだと考えています。デジタル化の進展により、電話による言語情報のやりとりができるようになって、ビデオ通話やウェブ会議によって視覚情報までやりとりできるようになりました。また、昔は手紙で数日かかっていた情報のやりとりが、今ではスピーディにシームレスに行えるようになっています。しかし、こういったコミュニケーション技術の多くは、能動的にコミュニケーションをする必要があるため、空間を共有することで発生していた意図しないコミュニケーションなどは、難しいというのが現状です。

一方、これらを解決する課題として、バーチャルリアリティ(VR)やオーグメンテッドリアリティ(AR)、ロボットなどの研究開発が現在進められておりますが、それらを社会に実装するにはまだまだ時間がかかりそうです。そのため、出来上がった守りの業務を行うであれば在宅でも回るけれども、新しいこと、イノベーティブなこと、そして攻めの業務であれば、オフィスでやるのが一番いいのではないかと思っている方も現在増えているのではないでしょうか。
 
コロナ禍が長期化するなか、オフィスが重要であることは再認識されたと思いますが、これまでと位置付けが変わってくると思っています。オフィスはこれまで、仕事のポータルとしての位置付けでした。つまり、働くにはオフィスに行くという玄関を必ず通ることを意味しました。一方、今後は自宅で働くことができるようになったため、オフィスは場所の選択肢の一つにすぎなくなります。そこで、これまでのポータルとしての位置付けからアプリとしての位置付けに変わってくるのではないでしょうか。それにより、フレキシブルな利用の仕方が求められて、Workplace as a Serviceのような、サービスとしてのオフィスへのニーズが高まってくると考えています。また、自宅と比較した場合にオフィスの優位性は何なのか、それを突き詰めていくことが重要だと考えています。
 
実は、オフィスの歴史というのはそこまで古くはありません。産業革命の頃にできたといわれています。産業革命によって工場で生産を行うようになって、その事務拠点としてオフィスが設けられました。事務拠点は収益部門ではないため、賃料はコストと見なされ、無駄を省く効率性が重視されました。その後、パーティションのあるオフィスの原型であるキュービクル型オフィスやフリーアドレスのような、新しいオフィスのコンセプトが提案されました。これらは知識情報産業を支える自由闊達なオフィスとして、当初は考案されました。

しかし、実際その理想が実現されることは多くなく、パーティションはどんどん狭くなり、フリーアドレスも従業員をなるべく狭いスペースに詰め込むための手段、つまりコストカットの手段として使われることが多くなりました。これらはそもそも賃料がコストとして認識されていたからだと考えています。

その後、産業のサービス化が進んで、IT企業や会計事務所、コンサルなど、オフィスを製造・研究・創造拠点として使う業種が増えました。それによってオフィスは、コストセンターからプロフィットセンターへと変貌を遂げました。賃料も費用ではなく投資と見なされ、効率性だけでなく創造性も重要視されるようになりました。

そしてコロナ禍を経て、オフィスの価値として見直されたのが「空間を共有する」ということです。これは同僚と一緒に時間を過ごすということです。そのような過程で、消費的な要素が重要になってきていると考えています。つまり、オフィスにおいてコト消費を行うことが今後必要になってくるのではないでしょうか。

こういった消費的な要素というのは、別に今に始まったことではありません。例えば、Googleが豪勢なカフェテリアを設けたり、ベンチャー企業がピンポン台を設けたり、社員の交流を促進するために、オフィスに消費的な要素を取り込んできました。これがコロナによって加速するものと考えています。

このようにオフィスというのは、空間を共有する場所となり、既存の知と既存の知を結び付け、人と人を結び付け、そして会社と人を結び付けるプラットフォームのような役割になってくるのではないでしょうか。
 
以上、議論をまとめますと、コロナ禍によってオフィス市場は調整局面に入りました。そして足元では、オフィス戦略の見直しの動きが徐々に顕在化しているように見えます。また、コロナ禍によって、在宅勤務やハイブリッドな働き方の良さもいろいろ分かりました。意外と使えるなと思った方も多いと思います。一方で、克服しなければいけない課題もいろいろ見つかってきました。そして最後に、今後もオフィスが重要であるという点については変わりないと思います。ただ、従業員をひきつけて、結び付ける、創造のプラットフォームとしての役割が強く求められるようになるのではないでしょうか。私の説明は以上となります。ご清聴ありがとうございました。
1―5. ハイブリッドワークと生産性
■岩佐 佐久間さん、ありがとうございました。それでは、ディスカッションに参ります。論点は多岐にわたるかと存じますが、本日はテレワークを前提としたハイブリッドな働き方における生産性の問題と、オフィスの役割の2点について掘り下げていきたいと思います。

最初に小柳津様にお聞きします。先ほどマイクロソフト社における6万人の調査で、コロナ以降、人とのつながりやコラボレーションが低下したと。この調査について少しフォローをいただけますか。
 
■小柳津 ありがとうございます。私たちの働き方の前提を先にご紹介しますと、コロナの前から、おおむね16万人の社員が、いつでも、どこでも、誰とでもコラボレーションをしているというような、テレワークという言葉を使うならば、かなり激しいテレワークが既に常態化していたという現実がありました。

例えば、日本においては昨年の4月7日と記憶していますが、安倍総理が緊急事態宣言を発出されるということで、日本中がひっくり返ってしまったわけです。けれども、あの日、私たちの品川本社の出社率は既に1.7%だったのです。ですから、これはコロナが起きたから、BCP、BCM、事業継続的にいろいろな場所で働いたわけではなく、コロナがあってもなくても既にいろいろな場所で働けるという選択肢の中で日常業務を続けていて、緊急事態宣言の頃にはもう、私も含めてほとんどの社員は会社に行かないという業務スタイルを選択していました。しかし、これが2カ月、3カ月、4カ月、5カ月と続いていきますと、さすがにいろいろと痛みが出てきたというのが実情です。

日常的にいろいろな選択肢があるというのは使いこなしていましたが、これほどまでの激しいリモートワークをほぼ強制的に実行しなければいけないこと自体は、われわれの組織活動や一人一人に、健康に良くない影響が出てきているということを、去年の秋口ぐらいにはもう実感していたのです。

ですから、かなり大規模な調査を何度もやっておりまして、先ほどご紹介いただいた6万人の調査以外にも、例えばコロナになってから入社した人たち、われわれ16万人の社員のうち2万5000人が、実はコロナになってから入社した人たちなのですけれども、この方たちは採用プロセスから全てリモートですので、採用段階から入社式、OJTから自分の仕事の立ち上げまで、一貫してフルリモートという相当特殊な環境ですよね。この方たちは、何とコロナ前に入社した人たちよりも、人間関係でいうと33%ぐらい、業務量に至っては34%低下しているということが既に分かっています。ですから、今われわれが1年半ぐらい過ごしているコロナの状況が、いかにわれわれの組織活動や一人一人の生活や過ごし方に、ある面でマイナスの影響を与えたかというのは厳然たる事実です。

一方で、今のマイクロソフトの社員に、コロナが収束した後、どういう選択を求めるかを聞いてみますと、コロナの前ぐらいに日常的にやっていたリモートワークの感じに戻りたいという社員ですら、実は2%ぐらいしかいません。3分の1ぐらいの社員は、このままフルリモートでいいと言っていて、3分の2ぐらいの社員はもっとフレキシビリティを高めた、この後ご紹介する、いわゆるわれわれの社内でいうハイブリッドワーク的な、非常に多様性が尊重される状態を望んでいます。

ですから、もう一度ご質問に戻りますと、このコロナの状況であれだけリモートワークをやっていたわれわれのような組織ですら、仕事の進め方や一人一人の生活やリズムに対していろいろとつらいポイントが出てきたのが事実である。ただ、それはしっかりと事実を見定めた上で、どうやって対処すべきかを今は議論しています。

一方で、これだけの急激なフルリモートで気が付いたこともたくさんあります。先ほどご紹介した、われわれがこの1年半で感じている、ものすごく多様な働き方を選択していく中で生まれる生産性や組織力、働きやすさという良い面もあって、これをどうやって尊重し拡大しながら、顕在化している懸念事項や心配事に一つ一つしっかりと対処することを、両立させたいというのが今のわれわれの考え方です。ペインポイントはある。だからといって、何かをやめたり戻したりするのではなく、良さを拡大しながら懸念事項に対処したい。それが、先ほどの調査結果に赤裸々に表れているのだろうと思います。
 
■岩佐 ありがとうございました。なるほど、ハイブリッドワークと言いましてもその中身はいろいろあるということかと思います。

それでは、続けて皆さまにお聞きします。ハイブリッドワークは非常に便利な言葉だと感じるのですが、実際は、それだけで生産性が上昇するといった簡単な話ではないのでしょうか。山下様から、よろしくお願いします。
 
■山下 ハイブリッドワークによって良かったことといえば、ワーカーにとって自分らしいライフスタイルと仕事を両立できる環境や、あるいは家族との関係、いろいろな活動を自分なりに構成できること、そういった自由度の高い働き方ができることは非常に良かったと思います。一方で会社の生産性といった話になると、ともすれば、ハイブリッドワークによって生産性が上がらないことが全て個々人の責任になってしまいがちになると。つまり、今までですとオフィスに来て働くということで、ある程度会社でシステマティックに働き方をサポートしてあげたり、プッシュしたりできたわけですけれども、ハイブリッドワークになって、自宅やオフィス以外の場所で働くということで、会社としてなかなか後押ししづらい。現段階ですと、特に生産性が上がらないことがワーカー個人の問題になってしまうことが、厳しい状況にあることかと思っています。

ハイブリッドワークによってもちろんいろいろな可能性が見えたのですけれども、ネガティブなポイントもたくさん見えてきていて、それを今後は組織的にどうやってサポートしていけるかというのが、まさに問われている状況かと思います。
 
■岩佐 ありがとうございます。佐久間さん。小柳津様、山下様のお話を聞いて、ハイブリッドワークと生産性の関係について、あらためてどのように考えますか。
 
■佐久間 ありがとうございます。お二方から大変重要なポイントをご指摘いただいたと思います。その中でも特に今後求められるポイントは、コロナ禍のような事態が起きたときに、データがそこにあって、課題を抽出できて、そして対応策を打ち出せることだと思っております。元々非常に柔軟な働き方をされていたマイクロソフト社でさえ、コロナ禍ではいろいろな課題が見えてきました。そうだとすると、従来の日本企業が一気にハイブリッドワークを導入しようとすると、いろいろな課題が出てくるわけです。そのため、導入がうまくいかなくても、そこで終わりにするのではなく、データをもとに課題を可視化した上で、対応していける仕組みが重要だと思います。
 
■岩佐 ありがとうございました。それでは小柳津様、コメントを頂けますか。
 
■小柳津 まさに今ご指摘いただいた点、われわれ社内の組織マネジメント上、非常に重視しておりまして、とにかくいろいろなことをデータとエビデンスとファクトに基づいて可視化をする。いろいろな意見はあるでしょうけれども、データに基づいた議論をしっかりと論理的にロジカルに、冷静に進める。いろいろな懸念事項や心配事が出てくると、その現象に心を奪われる、感情移入をしがちですけれども、それをやりながらも、状況の確認や対処を冷静に、ロジカルに、データに基づいてしっかりと進められるように、そういった準備を非常に重要視しております。
 
■岩佐 ありがとうございました。それではここでいったん議論を終了し、山下様にプレゼンテーションをお願いしました後、再びディスカッションに戻ります。

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