2021年10月08日開催

基調講演

世界経済の構造変化と今後の日本企業

講師 東京大学 大学院経済研究科 教授 柳川 範之氏

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2021年10月「Withコロナにおける不動産の新潮流」をテーマにニッセイ基礎研シンポジウムをオンデマンド配信いたしました。

東京大学大学院経済研究科 教授 柳川 範之氏をお招きして「世界経済の構造変化と今後の日本企業」をテーマに講演いただきました。

※ 当日資料はこちら

はじめに

1――デジタル化の大きな変化

ただ今ご紹介いただきました東京大学の柳川でございます。本日はお忙しい中、ご視聴いただきまして誠にありがとうございます。こういうところで、こういう機会にお話ができることを大変光栄に思っております。

先ほどご紹介いただきましたように、今日の私の講演タイトルは「世界経済の構造変化と今後の日本企業」ということで、少し大きな話、あるいはマクロ世界経済状況の話をさせていただきます。その後、今日の本題であります不動産の話、あるいはオフィス空間の新しい形というお話がありますので、少しそれにつながるお話をさせていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
(以下、スライド併用)
 
改めて申し上げるまでもないことですが、このコロナをきっかけにして世界中でかなり大きな変化が起きました。今日もこのようにオンラインで皆さんにご視聴いただいています。多くの講演がオンラインでできるようになったことも、このコロナをきっかけにして非常に大きく変わったところでございます。

それから、さまざまなリモートワークであるとか、オンライン会議であるとか、こういうものも当たり前のように行われるようになってきました。この変化は、感染が拡大してからもう1年、2年がたっていますので、何となく当たり前のように思い始めている節がありますけれども、振り返って考えると、ものすごく大きな変化だったと思います。しかも、非常に速いスピードで起こったことが注目すべき大きなポイントだと思います。

しかしながら、この技術的な側面は今までもあったわけです。オンラインで講演をすることはコロナの前から可能であったし、リモートワークも技術的にはコロナのずっと前から可能だったのですが、そういうものを実装化していく社会の慣習であるとか制度が整っていなかった。それがコロナをきっかけにして一気に、仕方がないという面もありますが、皆が大きく変えていきました。この変革の実感は非常に大きなものがあったと思います。

これは単にIT化が進んだということでもなく、もちろんネット化が進んだ、インターネット化が進んだというわけでもないのだろうと思います。われわれの生活を随分変えていますし、あるいはライフスタイルを変えつつあります。もっと言えば、企業のある意味での栄枯盛衰といいますか、産業構造が非常に大きな変化を起こしているのだと思います。デジタル化が変える世の中の大きなポイントは、産業構造の大きな変化が起きる、あるいは起きつつある点だろうと思います。

もう少し分かりやすい言葉で言えば、新しい、今までにない産業がいろいろ現れてくるということですね。例えばフィンテックというのは、今では当たり前のように使われるようになりましたが、伝統的な金融業でもなければ伝統的なIT産業でもなかったので、フィンテックという産業が現れました。そもそもIT産業も、それまでのカテゴリーに当てはまらないからこそ、IT産業という名前が作られ、今では当たり前に一つの産業となっています。これからもきっと名前のない新しい産業が現れてくるはずです。

それから、産業の垣根がいろいろ壊れているのも事実で、今申し上げたようなフィンテックというのは、まさに金融の垣根を壊しました。例えば、ヤフーさんがPayPayを発行するというところで、今までは金融業とはとても思われなかった産業の方々が金融業に参入し、産業の垣根が大きく壊れて、新しい産業が現れてくる。その結果、ビジネスモデルも全く変わってくるし、産業構造自体が非常に大きく変わってきています。これが今起こりつつある大きな変化であり、その変化のスピードはものすごく速いというところも注目点だろうと思います。

このように申し上げると、結構な方が、それは何だか心配だな、うちの会社は大丈夫かな、自分の仕事はどうなってしまうのだろう、と心配するのですが、ぜひこういう変化のスピード感、あるいは変化の大きさを前向きに捉えていただいて、大きなチャンスだと思っていただきたい。変化がなければ、大きく伸びることも難しいわけです。ある種の下克上みたいなことはなかなか起きにくいわけですね。激動の時代だからこそ下克上が起き、今まで低迷していた企業や、あるいはアイデアをなかなか実現できなかった人々が大きなチャンスをつかむわけです。

ですので、この変革の時代はチャンスの時代であり、全ての企業に非常に大きなチャンスが開かれています。それを前向きに捉えていただくことで大きなチャンスをつかむことができますし、大きくなくても出来ることがいろいろ増えてくるのだと思います。そういうものに目を向けて、より積極的に対応することが、日本企業にとっても、日本社会にとっても、あるいは今日視聴いただいているさまざまな立場の方々にとっても、大きなプラスになってくるのだろうと思っています。

変えるのか変えないのか、選択できるのであれば、変えないという選択肢もあり得るでしょう。しかし、これはわれわれが選択できるのではなく、大きく変わっていくうねりの中に必然的に放り込まれるのだとすれば、それを前向きに捉えてチャンスに変えていくことこそ、大事だろうと思います。

2――経済の現状

先進国の現状を見ますと、理由はいろいろ言われていますが、とりあえず感染拡大が収束に向かっていて、特にヨーロッパ諸国、アメリカの国々は危機対応モードからの脱却が鮮明になってまいりました。アメリカのFRBも金融政策を平常時に戻していく姿勢が明確です。ヨーロッパもそうです。実際、それがどこまで通用するのかは誰にも分からないのですけれども、危機対応からある程度正常モードに戻していこうというのが大きなスタンスとなっています。

ただ、正常モードにあるからといって、先ほど申し上げた大きな変化が元に戻ってしまうわけでは決してありません。新しい世界が現れつつあります。その一方で、将来の不確実性は高いので、その不確実性にどう対応していこうかというのが、政策的に悩ましいところであり、日本政府も同様の対応を取りつつあるという状況かと思います。

これが政策的な対応ですが、逆にもっと大きな視野で見た時に、ある種の大きな価値観の変化、社会的な価値認識の変化が起きている点に注目すべきかと思います。資料に書きました通り、グリーンであるとか、SDGsであるとか、こういうものに対する社会の認識が大きく高まりました。これも、コロナそのものが変えたわけではありませんが、コロナをきっかけにして大きなうねりが高まっています。最近の気候変動に関する世界中の様子を見ると、後戻りすることは決してないし、多くの人たちが環境問題に対する認識を高め、そこに対する価値観を強く持つようになったことは、不可逆的な変化なのだろうと思います。

それと並行して進んでいるのが、ある種の資本主義に対する懐疑的な認識です。所得再分配政策を推進しようとする国が現れる、あるいはもう少しドラスティックに資本主義に対する規制をかけようという声が現れてきているのが実情でしょう。

デジタル化であるとかコンタクトレスという話は、皆さんもよくご存じかと思いますけれども、デジタル化の進展というのも大きな変化です。

その一方で、見過ごされがちではありますが、グローバル化がかなり進んでいるのも事実です。人が動かなくなり、人が国境をまたげなくなったので、閉鎖経済化しているように一見すると見えてしまいます。しかし、実態はそうではなくて、例えばオンライン会議を使うと、時差さえ気にしなければ世界中誰とでも簡単につながります。オンライン会議も世界中の誰とでもできてしまいます。国際会議はリアルにはなかなか開けなくなりましたが、逆に言うとオンラインの国際会議はいとも簡単にできるので、かなり増えてきています。

グローバルなコミュニケーションは、このコロナをきっかけにしてものすごく高まっていて、その結果としてのグローバル化の進展は、目に見えにくいですが、大変大きなものがあると思います。これは、例えば企業間の連携や国際間のさまざまな協調関係に非常に大きなインパクトを与えるはずで、見逃してはならない構造変化だと思っております。

一方で、ご承知の通り、国際的な政治情勢がかなり不安定化してきており、いろいろなところで紛争の火種が見えてきています。グローバルな状況を見た時に、人は動けない、しかしグローバルコミュニケーションは進んでいる、政治情勢は不安定だと。こういう情勢をどのように見て、この不安定な状況をチャンスに変えていくかは、それぞれの企業や産業の立場によって違いますが、注目すべきポイントであることは間違いないと思います。

3――マクロで見ることの限界

それから、特にこのコロナを通じてですが、マクロ環境を見たときに非常に難しいと思う点を、1つ申し上げます。しかし、これは難しいと同時に、各産業の方々、各企業にとって大きなチャンスの芽であるようにも思います。それは何かというと、平均の動きを見たのでは世の中の実態が見えてこないことが増えています。特にコロナをきっかけにして、この動きが非常に高まっています。例えば、コロナで非常に大きな打撃を受けた産業があります。飲食や観光業はいまだに苦しんでいらっしゃる方が多く、看過すべきではない課題でしょう。

その一方で、Eコマースの分野などはコロナをきっかけにして非常に増えていて、売り上げがどんどん上がっている産業もあります。つまり、こちら側で上がっている産業があり、こちら側で下がっている産業があります。これを平均してしまうと、例えば両方同じぐらいの企業数、実態はそうではありませんが仮にそうだとすれば、成長率はゼロになるわけです。そうすると、マクロ的な数字としては成長率ゼロ、どこの企業もあまり良くもないし悪くもないと認識してしまうと、これは大きな間違いになります。大きく下がっているところもあれば大きく上がっているところもあって、それぞれをしっかりと見なければいけない。平均で何も変わっていないという認識は明らかに間違いとなります。

これと同じことは、地域によって所得が上がっている地域、下がっている地域があるという動きも同様の変化です。今までもこういう面は当然ありましたけれども、それほど大きくはなかった。例えば、リーマンショックのときはおしなべて皆悪かった。もちろん差はありましたが、おしなべて皆悪かった。回復してきたときには、おしなべて回復してきた。ところが、このコロナとリーマンショックが明らかに大きく違うのは、産業間の変化の違いが極端だ、逆向きの動きをしているところでしょう。
 
従って、マクロ的な数字で実態を把握することに限界があって、もっとセミマクロ、産業ごと、地域ごと、あるいは年齢ごとであるとか、本当のミクロの一人一人のデータでなくてもいいのですが、もう少し細かいカテゴリーで実態を見ていかないと、世の中の変化がうまく見えてこない。感染状況もそうですね。なぜ感染が拡大したり減ったりしているのかという話も、もう少し地域ごとや年齢ごと、あるいはワクチン接種をしているかどうかといった視点で見ないと分からないと、多くの人が実感していることかと思います。

従って、政策面は、特にセミマクロのデータ把握、実態把握が非常に重要になってきています。これは経営においても同じことがいえます。皆が同じように伸びていた高度成長期は、マスに対して同じ経営戦略を打てばよかったのです。ところが、人によってかなりばらつきがある、好みのばらつきもあれば、所得の上がっている人、所得の下がっている人もいる。そうしたなかで、それぞれに合わせてターゲティングをする経営戦略の必要性が、今見えてきている大きなポイントだと思います。

一方で、デジタル化によってセミマクロのデータを収集することはかなり容易になりました。マクロ的な数字を用いて政策を運営していたのは、マクロを見ていればいいのだと思っていたのではなく、マクロの数字しか分からなかったからです。マクロの日本経済全体の動きしか分からなかったので、仕方なくそれを見ていたという面があります。もっと細かく見られるのであれば細かく対応しましょう、ということは当然出てきます。これからの企業戦略でいけば、セミマクロといわずもう少しミクロ的なデータを活用して、経営戦略、販売戦略、あるいは価格戦略をきめ細かくやっていくところに大きな可能性があり、チャンスがあり、今の技術はそれを十分に可能にしている状況なのだろうと思います。

4――デジタル化がもたらす構造変化

経済の大きな話をずっとしましたけれども、デジタル化がもたらした構造変化でいけば、データ解析の進展が挙げられます。コロナの前からビッグデータブームがあり、AIブームがありました。そして、今の注目は、ビッグデータも重要だけれども、リアルタイムデータの解析が非常に重要との認識が増えてきています。

分かりやすい話でいけば、コロナで先週に比べて今週、あるいは昨日に比べて今日、例えば渋谷の人出はどうだったかということはリアルタイムデータです。ビッグデータではありますけれども、たくさんのデータを長年かけてビッグデータとして蓄積して解析するというよりは、リアルに動いている実態を把握するところのデータ把握の技術、データ解析の技術が非常に進んできました。

データビジネス、あるいはデータをビジネスに生かす観点からすれば、このリアルタイムデータをどうやって生かしていくのかが、非常に大きなチャンスとなっています。この点では、明らかにプラットフォーム事業者といわれている人たちに大きなチャンスがあって、データを把握しやすい面があります。ですので、個々の企業からすれば、そういう企業とどうやってうまく付き合っていくかという話や、あるいはプラットフォーム事業者は必ずしもグローバル・プラットフォーム・カンパニーになれなくても、各分野でプラットフォームになる、各地域、各産業分野でプラットフォームになることは可能です。そういう意味でのプラットフォーム事業者になっていく可能性も十分あるのだと思います。このあたり今日は深入りできませんが、どうやってビッグデータをうまく活用し、収集する事業者になっていくかという点は考えるべきポイントかと思います。

ただし、当然プライバシーや個人情報に対する配慮は必要ですし、先ほどお話ししたようなグローバルな変化が起きているのだとすれば、データが国境を簡単に超えてしまう問題があります。これをどう考えるかは、経済安全保障上の課題、個人情報保護の課題、海外のデータ収集事業者あるいはプラットフォーム事業者にデータを吸い取られてしまう競争上の課題など、さまざまありますので、少し複雑な状況になっていると思います。

しかしながら、繰り返しになりますが、ここに大きなチャンスや可能性があることも事実でしょう。そういうことにうまく処理しながらやっていけるかどうかが、これからの企業経営の大きなポイントの一つだろうと思います。

もう1つのポイントは、AIの活用です。多くのビッグデータはAIを活用することで非常に多くの知見を得る、コストを削減する、あるいは今までできなかったサービスの提供が可能になることは、改めて申し上げることもないかと思います。そのときに、考えるべきポイントは3つあると思います。

1つは、人をどう活用するかということです。少し前はAIがやるのか、それとも人がやるのか、代替関係としてAIと人間の役割を語ることが多かったのですが、ほとんどのケースで、人をうまく活用することがAIの有効活用につながると分かってきました。AIだけではやはり動かない。AIが出してきた結果を人がうまく活用する、あるいはAIがうまくデータ処理できるように人がデータの整備をすることが求められており、人の役割が重要だと。ただし、それはそれぞれの人がこれまでと同じ仕事をやってもらうということを意味しません。つまり、人は必要なのだけれども、これからは、やるべきその人の仕事が変わってくる、役割が変わってくる。それをどうやってうまくそういう方向に持っていけるかということですね。デジタルトランスフォーメーションの話がのちほど出てきますが、そこにおいても1つの大きな課題となっています。そういう意味では、組織を変えなければならないので、組織をどうやって変えられるかという課題があります。

それから、少し細かい話をすれば、AIがデータを学習して賢くなる、これは正しいのですが、AIがきちんと学習できるデータというのはやはり整備されたデータである必要があります。よく言うのですが、AIは非常にわがままな優等生で、自分が食べやすいものしか食べません。ちょっとでもまずいと拒否するので、AIが食べやすいように料理をしないと食べてもらえない。では、その料理を誰がするのかといえば、これは結構人手のかかる話です。では、どこまでAIが使えるデータにまで整備していくのか、ビッグデータの中での実は隠された非常に大きなポイントです。どこまでコストをかけて、どこまで人手をかけて、データを整備するのかは今の大きな課題であり、それに基づいて企業の役割が変わり、産業の栄枯盛衰が変わってくるということです。
 
もちろん、今申し上げた変化の原動力は、デジタル化やオンライン化が非常に大きなエンジンですが、このデジタル化、オンライン化はずっと前からありました。コロナをきっかけに加速はしましたけれども、やはりずっと前からあった、世界を大きく変える武器なのだろうと思います。ですので、皆さんそこだけに焦点を当てがちですけれども、改めて確認したいことは、このデジタル化はあくまで手段にすぎず、問題は、これで何を実現させたいかです。

どんどん新しい技術を会社に導入すればいいということではなくて、新しい技術を導入して、それに合うように人をくっつけて、では結果的に会社は何を目指すのか、社会は何を目指すのか。技術は導入できた、しかしながら、いいサービスを提供できないでは本末転倒です。ですので、やはり何を目指すのか、経営戦略としてこのチャンスをどうやって生かすのかは、ぜひしっかりと考えていただきたいポイントなのだろうと思います。

5――オンライン化で明らかになったこと

少し働き方の方向に話を振ってまいります。オンライン化で明らかになった非常に多くの発見や実感は、時間と場所にとらわれない働き方が可能になったということです。オンラインで今日視聴している方もそうですし、さまざまなリモートワークが可能になったこともそうでしょう。実は5年以上前から、時間と場所にとらわれない働き方が可能ですよという話をずっとしてきたのですが、なかなか実感が乏しくて、多くの人が「まあ、そうはいっても」とおっしゃっていました。

それがコロナをきっかけにして、無理やりにでも皆さんがやるようになって、こういうことが可能なのだということを実感したのはものすごく大きな変化だったと思います。当然、コロナが収まってくればある程度元に戻るとは思います。しかしながら、場所に縛られなくても働ける時代になったのだということを、多くの人が身をもって体験したことは非常に大きな変化だと思います。
 
時間と場所にとらわれない働き方ができるという、この自由度のインパクトはとてつもなく大きい。なぜかというと、今までとは全く次元の違う多様な働き方が可能になったからです。多様な働き方ができるということは、それぞれの人にとってより豊かで、より生活がうまく回っていく働き方が可能になっていくということです。企業は、この多様な働き方の自由度をいかにして企業全体の活力に結び付けていくかについて、もっと考えないといけません。

今はコロナ前提ですので、どうしても仕方なくリモートワークをする、あるいは人が動けないので家にいてくれと、大きな制約条件としてリモートワークやオンライン会議を認識している企業が多い気がします。しかし、それではもったいない。われわれは今、非常に大きな自由度を獲得したので、この自由度をどうやって一人一人の豊かさに変えて、企業の活力に変えていくかということが問われているのだと思います。
 
もう少し具体的に言うと、時間と場所にとらわれないことで何ができるようになったかといえば、こま切れの時間で働くことが可能になりました。僕はこの場で今日の講演をさせていただく直前まで、オンラインで研究会をやっていました。それには、関西の人も入っています。例えば、関西で研究会に参加しようとすれば、東京のこの時間に講演をすることはできなかったわけです。ところが、オンラインだったから、関西の仕事を終えてすぐに、ここ東京で話をすることができます。

あるいは、リモートワークの合間の5分、10分空いた時間に子育てをする、あるいは介護をすることも可能になりました。これも、例えば職場に1~2時間かけて行って、それでまた1~2時間かけて戻ってこなければいけないとすると、10分、20分の時間が空いてもそれを子育てや家事に使うことはできなかったわけです。空いた時間は休憩には使えたけれども、何か家のことがちょっとできたらいいなということがあってもできなかった。それが、オンラインで、家で仕事をしていれば可能になったということです。こま切れに時間を使えるようになったことはものすごく大きな変化で、あまり詰め込め過ぎると休憩時間がなくなってしまうのですが、この自由度をもう少し考える人、考える会社が増えています。

そうすると、例えば、一度に複数の仕事が可能になってきました。あるいは兼業・副業の拡大という話が出てきていますけど、兼業・副業の拡大が現実的になったのは、技術的にそれが可能になってきたからです。フルタイムで東京に行って、1~2時間かけて通勤して帰ってきて、空いた時間に大阪の仕事ができるかというとできなかった。副業をやるといってもできなかったわけです。ところが、オンラインで副業をちょっと空いた時間に15分とか、仕事から帰ってきた後30分とか従事することができれば、兼業・副業の幅はすごく広がります。

これは、別に東京と大阪だけの話ではなく、北海道の仕事も沖縄の仕事もできるし、いってみれば国内に限る話ではなく、海外の仕事もできるようになる。東京とニューヨークと中国とオーストラリアの仕事をしていますという人は世界中に大勢いるわけです。昔はそういう仕事はどんどん飛行機で飛び回っていたのですが、今はオンラインでつながりさえすれば可能になってきました。ですので、こま切れの時間をうまく使うことで、さまざまな地域で仕事ができるようになったこの自由度は、すごく大きいことだと思います。

一度に複数の仕事ができることでいけば、私が今日話しているのを聴いておられる多くの方も多分、私の画面だけをずっと見ていらっしゃる方は少ないのではないでしょうか。これを聴きながら、例えばメールを打ったり、別のメモを取ったり、あるいは何かのサイトを見たり、実際には複数の仕事をしながらオンライン視聴をしている方は結構いらっしゃるのではないかと思います。

私は大学で授業をしていますが、オンラインの授業だけを聴いている学生はそんなに多くないと思います。オンライン授業を聴きながら、場合によっては倍速で聴きながら、こちら側でSNSをしたり、メールチェックをしたり、そんなやり方をしています。これは多少世代的なものもあるようでして、こういうことを苦もなくできる若い世代の人たちが増えていると感じます。

昔は、一つのことに集中して取り組むべきだ、人の講演を聴いているときに何か別のことをやるなどあってはならない、それは失礼だし、集中力をそぐと頭の中に入らないではないかと言われてきました。私などもそういう世代ですが、1つのことをやっているときは別のことをしないという習慣が身に付いている中では、ものごとを並行的に行うことに心理的な抵抗だけではなく、能力的な限界も感じるわけです。

ところが、世代が若くなってくると、今の10代は当たり前のようにパソコンを三つも四つも開いて、あるいはパソコンとスマホとタブレットを開いて、それぞれ別のことをやっています。これを進化と呼ぶのかは分かりませんが、今申し上げたような複数の仕事をこま切れにやっていくのに適した能力を、どういう経緯かは不明ですが、当たり前のように若い世代の人たちは獲得しつつあります。

ですので、仕事もマルチタスクを並行的にやっていく時代に、恐らくそう遠からずなっていくのだと思います。いろいろな動画配信がありますが、若い世代ほどスピードを上げて聴いているというデータもあります。いいか悪いかというよりは、そういう変化が起きていて、こま切れに仕事ができる時代になってきているということです。

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