2020年10月09日開催

パネルディスカッション

「健康な社会」実現のために企業にできること

パネリスト
近藤 克則氏 千葉大学 予防医学センター 社会予防医学研究部門 教授
松本 小牧氏 豊明市健康福祉部健康長寿課 課長補佐
コーディネーター
三原 岳 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

文字サイズ

5――コ・クリエーションの時代

■三原 近藤先生と民間企業の方々がディスカッションする中で、民間企業が自分の価値に気付く。自分はここが強いとか、こういうことだったらリソースを出せるとか、近藤先生がそこを「こういう研究があります」というふうにマッチングをしているということですよね。
 
■近藤 そういう意味では先ほど松本さんもほとんど同じことをおっしゃっていると思ったのですが、出来上がった商品を持ってきてもうまくはまるところがないのだけれども、「こういうことはできます」と言うのであれば、「こちらでこういう穴を埋めるものが欲しいのです」というのを擦り合わせることで、「では、その形にしましょう」と言うことができる企業が時々いるということで、そういう意味ではこれからは共創の時代、コンペティションではなくてコ・クリエーションの共創ですね。共に創り出す時代という言葉がありますけれども、まさに課題を知っている人とそういう資源、技術、シーズを持っているところの両方が一緒にテーブルについて、こんなものができたら課題の解決につながるのではないかというゴールを共有して話し合う。打率はどのぐらいですかね。百発百中ではないですよね。失敗の方が多いと思うのですが、時々ヒット、あるいは先ほどの温浴施設などはホームランという感じですけどね。そんなものが生まれるということではないでしょうか。
 
■三原 豊明をご覧になってどう思ったか、あるいは松本さんが近藤先生のOPERAを見て、共通点があるなということをおっしゃっていましたが、どう思われますか。まず近藤先生、豊明の話を聞かれて。
 
■近藤 私が思うのは、松本さんをはじめ豊明市の職員の目の付けどころの鋭さというか、先ほどどこかに相談に行ったら、そんなのはあり得ないと言われたというような話がありましたが、産官学など立場が異なるセクターが一緒にならないと解決できない問題だけが社会課題として残っているのだという意見もあります。そう考えると、そういうところが手を結ぶことは、そもそもおまけだという考え方をするのか、これから残っている課題を解決しようと思ったらそこに穴を掘らないとないでしょうというふうに前向きに考えるかで、見えてくるもの、着想するものが違うと思うのです。そういう意味では豊明市の取り組みについて聞くたびに、よくそんなことを思いついたなというか、すごく積極的に攻めているなという感じがします。

6――行政としての難しさ

■三原 行政としては平等にしなければいけないというプレッシャーが若干あると思うのですが、そのあたりのプレッシャー、あるいは前例を打破する難しさのようなことも含めてお伺いしたいのですが。
 
■松本 ありがとうございます。よく聞かれるのですが、私たちはどことも手を組むというか、たくさんあればたくさんあっただけたくさんの価値が提供できますから、例えばスーパーでも1社だけではなくて数社あれば、さまざまな価値が提供できるという意味では、私どもの市長も申し上げているのですが、そこに壁はない、私たちはオーブンだというところに平等性があるのだと言っています。
 
■三原 どこかの会社をえこひいきするのではなくて、持ち込まれたらきっちりそれに対応する。そこは全く平等に対応する。でも、そのときに企業の強み・弱みみたいなものを見ながら、強みを引き出していく。そこに豊明市が持っている問題意識とのマッチングを図って、新しいビジネスをできれば作っていく。企業も適度に儲けてもらうということだと思います。ただ、一方でさはさりながら、企業からすると「目の前の仕事で精いっぱいで、高齢者の健康づくりなんて知らないよ」みたいな反応は返ってこないですか。
 
■松本 ありますが、ちょっと考えれば分かる話で、社会全体が高齢化していれば、皆さんの顧客も高齢化しているわけです。先ほどのスポーツクラブの例などは特にそうなのですが、地方のスポーツクラブはほとんど高齢者なのです。その高齢者がやめないでいてくれることが、その企業にとっては大切なお客さまを失わないことにもなり、社会保障を支えることにもなるのです。
 
ですので、今向き合っておられるお客さまがだんだん年を取っていく中で、できないこと、やりにくいことも増えてくる中で、新たなサービス、価値を提供できるかとか、そのお客さまを失わないようにできるかといったことが、ひいては社会全体のメリットになってくるのではないかと思っています。
 
■三原 松本さんのスライドの中で、民間サービス活用における難しさの一つとして、民間企業は高齢者の生活実態や生きづらさ、使いにくさを知らないということで、例えば設備の環境、急過ぎる階段とか、手すりがないとか、滑りやすい床という話があって、これを改善することによって高齢者が来やすくなれば、1週間1回だったのが3回になる。そうすると、高齢者は生活の質が上がっていくし、健康にもなっていく、民間企業も収益が増えるという話だと思うのですが、これは別に高齢者だけに限った話ではないのですよね。障害者のニーズもあるし、子育て中の人などもベビーカーを運搬するわけですから、そういうことを考えると、実は潜在的なお客さまを失っているということに企業が気付けば、多分いろいろなことができるのだろうなと今日のスライドを見て思ったところです。この辺はやはり高齢者だけに限った話ではないですよね。

7――連携でストーリーを描く重要性

■三原 それから、さはさりながらで議論をひっくり返すのですが、企業からすると、そうはいっても保険料の上昇があって、医療費適正化のプレッシャーがある中で、目の前の重症化予防をどうしようというところはやはり関心があると思うのです。それはそれでしょうがないと思うのですが、そういう健保組合の人、あるいは民間企業の人たちに健康の社会的要因が大事だというメッセージを送るとしたら、どういうことが必要ですか。やはりストーリーのような形で、これをやればこういう医療費の効果があります、こういう会社の生産性も上がりますというストーリー、ロジックモデルなどといいますが、そういうストーリーを作っていくことが大事なのですかね。
 
■近藤 ロジックモデルから始まり、私たちでいうと、それを最後にデータできちんと裏付けるということが今やりたいと思っていることです。数字で示されればそれだけ効果があるのだと共有できます。直感的に正しそうなのだけど、実はちっとも効いていないということが山ほどあって、逆に見えにくいのだけれども、実はそんなにインパクトがあったのかというものもあります。ですので、仮説段階ではロジックモデルで、あるいはグッドプラクティスで、そういう物語でご理解いただき、実際に付き合っていただけるところで、しっかりとデータを取って、本当に効果はこれぐらいあるのですというのが出てくると、一種の確信になる。そうやって、普及のフェーズに近づくのかなと考えています。
 
■三原 会社はあくまでも営利法人で、株式会社の場合、私も先ほど説明しましたが、株主に対しての説明責任があるわけですし、配当も出さないといけません。そうなると、もしそうではないものにお金を出すとなったときに、会社は説明責任を本来果たさなければいけなくて、そのときにロジックモデルやストーリーが本当は必要になると思うのです。その辺が健康経営は若干弱いかなと思います。経済産業省も、健康経営の見える化などと言っていろいろな形で数値化していこうという取り組みはしているのですが、民間企業の皆さんはそこにすごく苦労されているだろうなと思っていて、多分そういうところに先生のような研究者(学)が入っていって、こういうところにエビデンスがあるとか、こういうところにエビデンスのデータが集められるということが貢献できれば、企業も本来の企業の役割に立ち返った説明が多分できるのだろうと思うのですが、その辺はどうですかね。いかがですかね。
 
■近藤 先ほど、残っている難しい社会課題というのは単独のセクターでは解決できないものが残っているのだという意見があると紹介しました。そう考える人たちが出口として期待しているのが「コレクティブインパクト」というものです。昔から言われている言い方でいうと産官学連携の取り組みだと思います。そういう異なるセクターは異なる価値や原理で動いているので、その連携が簡単ではないというのです。
 
世界の中でコレクティブインパクトがうまくいっている事例の共通点は何かというと、評価がきっちりと行われることで、立場は違うのだけれどもこれだけの課題や取り組みや効果があるということが数字で示されれば、続けようとか広げようということが合意できる。その前提は評価だということです。それを考えると、産官学で評価が一番得意なのは学なので、学がそういうことをもうちょっとやるべきなのだけれども、現実社会に役立つということが今まであまり学の世界では評価されなかったのです。でも、これからはそういう現実社会に役立つようなところで、学の蓄積してきた方法を発揮するところに関心を向ける研究者が増える仕組みづくりのようなものも大事だと感じています。
 

8――産と官の合意形成、高齢者のニーズ把握を

■三原 学の研究成果を社会実装するということですよね。そこに民間企業が関わっていけば、社会実装の機会も増えるし、あとは新しい研究のシーズも出てくるし、新しい研究のデータもそこに集められます。その可能性が出てくるということですよね。
 
あともう一つ、産と官の関係でいうと、先ほど先生は評価がコレクティブインパクト、共創がうまくいく、共に創ることがうまくいくとおっしゃっていましたが、もう一つはビジョンの共有が多分大事で、産も官も学も、近藤先生がおっしゃるとおり、別のプリンシプル、原則で動いているわけですから、ここを目指すべきところはここだということが大事だと思っていて、それを作れるのは恐らく行政なのです。松本さんのスライドにもビジョンの共創ということで、先ほど「普通に暮らせるまちづくり」というビジョンがありましたが、ビジョンの共有という点で官が一緒に合意形成していくところのプロセスはすごく大事だと思うのですが、民間企業が来たときにはそのあたりは丁寧に説明しているのですかね。
 
■松本 そうですね。どことなら手を組めるかという判断基準はあるのかと聞かれることが多くて、特に行政関係者から聞かれるのですが、この企業とは手を組む、この企業とはなかなかうまくいかない、そこはどういう価値判断なのかと言われたときに、求めている、目指している方向性が一緒になれるかというところなのですよね。そこはルールではなくて、こういう未来にしたいのだということをいわば行政が語れること、それに対して企業の方がそこに関わって、例えば自社の価値を創造していきたいと思う、そこが一致したときに一緒になれるのだと思っています。
 
だから、行政的に要綱を作って、ルールを作って、この企業はいい、この企業は難しいというようなものを作った方がいいのではないかと言う人もいらっしゃるのですが、私どもはそういうふうには思っていなくて、やはり目指す方向を示して、そして現状はどうなっていて、先生がおっしゃるとおり、解決できない未解決の課題がこんなにたくさんある、ここに企業が持つポテンシャルを生かせないだろうかというふうに話し掛けていったときに合意が導けるのだろうと思っています。
 
■三原 間もなく時間もなくなりそうなので、最後の方の議論を整理すると、民間が自分のリソースにあまり気付いていない。例えば高齢者だったら、高齢者のニーズに対して、マーケティングが十分できていない。どうしても自社の製品だけでものを考えてしまう傾向がある。でも、コレクティブインパクト、産学官連携をするときは、やはりまず関係者がビジョンの共有をして、それぞれが得意分野を出していく。例えば研究者(学)であれば、そういう評価の部分や、エビデンスとしてこんなことがありますとか、こんな形で分析できますということをやっていくことも大事だし、産業界も自分のビジネスだけで社会貢献を考えるだけではなくて、やはり地域の課題、高齢者の課題というところに川上へ川上へさかのぼっていって、自分の商品を見つめ直す、自分のビジネスを見つめ直すことも大事なのかなと私は今日議論を聞いていて思ったところです。
 
そろそろお時間ですので、これで終わりたいと思います。
 

(宮垣)本日は最後までご視聴いただき、誠にありがとうございました。

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ページTopへ戻る