2020年10月09日開催

基調講演

健康な社会づくりに向けた企業の役割

講師 千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門 教授|国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 老年学評価研究部長(併任) 近藤 克則氏

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2020年10月9日「『健康な社会』実現のために企業にできること」をテーマにニッセイ基礎研シンポジウムを開催しました。

千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門 教授|国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 老年学評価研究部長(併任) 近藤 克則氏をお招きして「健康な社会づくりに向けた企業の役割」をテーマに講演いただきました。

※ 当日資料はこちら

はじめに

1――はじめに

皆さん、こんにちは。ただ今ご紹介いただきました、千葉大学ならびに国立長寿医療研究センターの近藤と申します。今ご紹介いただいた健康の社会的決定要因、これが従来思われていた以上に大事だということがだんだん分かってきました。それにつれて、生物学的要因が重要だというのであれば、そういう生物医学を学んだ医師やいわゆる医療の専門家が果たす役割は大きいわけですが、それ以外の心理的、社会的な要因の重要性がいわば再発見され、見直されています。

そうすると、医療の専門職以外の人たちが健康づくりに果たす役割は従来以上に大きいのではないか。そんなことに気付かれてきたわけです。その主要なプレーヤーが実は企業、事業者の皆さんなのです。それで、今日は「健康な社会づくりに向けた企業の役割」というタイトルで、この間にどんなことが分かってきているのか、どんな事例が生まれてきているのかをご紹介したいと思います。
 
これが今日お話ししようとしている3本柱です。まず皆さん、認知症というのは年を取るとなるものだと思っていると思うのですが、国内に認知症が多いまちと少ないまちがあるというのをご存じでしょうか。これはまだあまり知られていない事実なのですけれども、実際に調べてみると、認知症になる方が多いまちと少ないまちがあるということが分かってきました。それを糸口に、どうもその方が暮らしている環境によって認知症になる割合が違うらしいということが分かってきました。その環境要因に着目した「ゼロ次予防」があり得るのではないか。そんな考え方が示されているということをまずご紹介します。

それはどんな環境なのかという研究を進めているわけですが、その中で、これは多分間違いなさそうだと確立してきたものの一つに、社会参加しやすいまちづくりというのがあります。人間というのは思っていた以上に社会的な動物で、社会に関わっていることが実は、健康を保つ上でとても大事な要素なのだということをご紹介しようと思います。

最後は、それらを踏まえてゼロ次予防、暮らしているだけで健康になるような社会をつくっていく上で、企業でないとできないこと、企業が果たすべき役割があるのだということをご紹介しようと思います。

2――認知症が少ない社会はあるか

まず、多分皆さんご覧になったことがあるようなグラフだと思うのですけれども、これは年齢が進むにつれて、グラフの右に行くにつれて認知症になる人が増えるということを示したグラフです。こういうグラフを見ると、年を取ると一定の割合でなってしまうのだから、しょうがないのではないかと考える方がいるかもしれません。実際、90歳以上になりますと、女性の7割の方が認知症と見なされるような状態だというのが、最近の日本人における認知症の有病率になります。そもそも正常な人が大半で、一部そこから外れた人が病気だと考えられてきたのですが、それからすると、7割の人が認知症だということは、90歳を超えたら認知症の方が正常で健康、頭がしっかりしている方が少数派・病的だ、頭がさえ過ぎだという考え方もできるぐらい、認知機能の低下はありふれたものだというわけです。だから、認知症では、予防に加えて、共生が重要だとなったわけです。

こんなデータを見てしまうと、人生100年時代で、長生きしても認知症ではなあと思われるかもしれません。が、明るいニュースが飛び込んできました。
 
これはアメリカの研究ですが、有名なFramingham studyという数十年続いている研究があります。青い棒が1980年代、そこから10年ごとに区切って、紫色が2010年代の高齢者を追跡して、100人いるとしたらそこから何人が認知症になったかというのを調べてみました。そうしたら、80年代は100人中3.6人が認知症になっていたのですが、2010年代は2人でした。ですから、この30年間に認知症の発症率は実は4割以上も減っているのだということが報告されたわけです。アメリカだけではなくて、イギリス、オランダ、スウェーデンなどいろいろな欧米先進諸国から報告が相次いで、どうも10年で1~2割減っているらしいことがほぼ確立してきました。先進国で、減少がまだ確認されていない国が実は日本なのです。

この30年で4割も減るというのを生物医学的な変化で説明できるでしょうか。例えば遺伝子が30年でそんなに変わるかというと、1世代しかたっていませんから、そんなに急激な変化をするとは考えにくいわけです。そうすると、実は生物医学的な要因以外の要因があるのではないか。例えばこの30年で起きたことでいうと、定年が延びたのですね。昔は55歳定年で、その後は毎日が「寝て曜日」だったわけです。それが今は65歳ぐらいまで働いている方が普通にいるわけです。そうすると、その人たちは10年間毎日出掛ける所があり、毎日歩くわけです。目的があり、そこで頭を使い、そんな社会環境が変わったことも、かなり影響しているのではないのかということがいわれだしたわけです。

3――認知症になりにくいまちはどこ?

私たちはそんな変化などが日本社会でも見られるのだろうかということを研究しているわけです。日本老年学的評価研究というのですが、長ったらしいので頭文字を取ってJAGES、日本の高齢者というニュアンスを込めたプロジェクトの名前で「健康とくらしの調査」を行っています。この日本地図に示したのは、2019年に私たちと一緒に調査をしていただいた自治体のリストです。2019年でいきますと、25万人の方にお答えいただいたビッグデータを使って、果たして認知症になりやすいまちはあるかという分析をしてみたわけです。その結果がこちらで、答えからいうと、認知症になりやすいまち、なりにくいまちがあったということです。
 
これは、24市町村が持っている介護保険の4年間の介護認定データをご提供いただいて、年齢や性別が自治体間で同じになるようにした上で比較したものです。そうしますと、左端の武豊町や名古屋市は認知症になりにくいまちです。そういうところに比べますと、右端のあるまちは実に4倍、認知症を伴い要介護認定を受ける確率が高かったということです。こんなに差があることが分かって、びっくりしたわけです。

このようなことがだんだん分かってきたものですから、認知症になりやすい方が4倍多いまちは、果たしてそこに暮らす人たちの生活習慣、あるいは健康意識が低いから認知症になりやすいのか。逆に、左端のまちはみんなが清く正しく生きているから認知症になりにくいのか。その背景に、実は社会環境要因が隠れているのではないか。そんな問題意識で、社会環境要因を探そうという研究に取り組んでいます。
 
そういう原因となる社会経済的、環境的条件によって行動が変わってくる。行動の原因となる環境も含めて、いうならば原因の原因にさかのぼって、暮らしているだけで健康になるような社会経済環境要因を見つけて、それを社会の中にビルトインして、暮らしているだけで健康になってしまうような予防策はあり得ないだろうか。そんな社会づくりがありえるという考え方を、WHOが「ゼロ次予防」という言葉を使って提示したのがかれこれ20年以上前のことになります。
 
例えばどんなものかというと、これはレストランなどに行くと、テーブルの上に置いてある塩をかけるものです。英語ではsalt shakerというのですが、これは日本語で何というのでしょうね。「塩振りかけ器」でしょうか。そのふたに穴が開いているわけですが、このふたの穴の大きさを変えたり、数を変えたらどうなるかという研究をした人がいるのです。向かって左は17個穴が開いている。右は5個しか開いていない。これをテーブルの上に置いておいて、お客さんが塩をどれぐらい振りかけるかというのを観察したら、5個しかないのは見た目あまり塩が出てこないわけです。だから、一生懸命振るらしいのです。だから、振る時間は延びるというのですよね。

それを使って、一体何グラム使ったのかというのを数えたというのです。そうしたら、左が7.86gで、右が2.65g。右をあてがわれた人は一生懸命振る時間を増やして塩の量を同じにしようとしているのでしょうが、結果的には使う塩が66%も少ないということなのです。ですから、皆さんが行くレストランの塩振りかけ器の穴の大きさをもし全取っ換えすることができれば、本人は一生懸命いつもと同じ塩の量をかけているつもりであるにもかかわらず、塩分摂取量を66%も減らせる。これが環境を変えることです。本人は塩を減らそうなどと思っていないわけです。「今日は塩の出が悪いな」と思って一生懸命かけているのだけれども、結果的には塩分摂取量が減ってしまう。そんなレストランが多いまちを作れないか。社会を作れないのかというのがゼロ次予防の一例です。
 
今日は塩シリーズで持ってきたのですが、トマトジュースも昔は食塩入りが標準的な商品でした。でも、カゴメさんは、「おいしいトマトジュースというのはどういうジュースなのか」「塩分取り過ぎは良くないといわれているから、入れる塩の量を減らせないか」ということで商品開発を重ねて、やがて「低塩」という商品が出て、品種改良もして、リコピンたっぷりのトマトを使うことで、今では食塩無添加のトマトジュースが標準的な商品になっているそうです。このことに気付いていた方、気付いていなかった方がいらっしゃると思うのですが、スーパーの店頭に置いてあるトマトジュースが全部右端の食塩無添加の商品に入れ替わってしまえば、家に帰ってきてわざわざ塩を振らない限り、同じようにトマトジュースを飲んでいながら塩分摂取量が減ってしまうということなのです。
 
日本人の塩分摂取量は、塩分取り過ぎが良くないというのが知れ渡って、かつては1日12g取っていたのが10gぐらいまで今や減ってきました。これは栄養知識が行き届いたからだという見方もできるのですが、実はゼロ次予防的視点で見ると別の見方ができます。

これは財務省が発表している、塩の需給実績です。食品加工業が使っている塩の量が報告されているのです。それを加えてみますと、ご覧のとおり、ほとんど同じ傾きで減っているのです。先ほどのトマトジュースをはじめ、例えば塩鮭も昔はもっとしょっぱいなと思ったことが多くなかったですか。それを、食品加工業が減塩をしてくれて、この間に200万トン、製造過程における塩の量が減っているのです。そうすると、当然国民一人一人の口に入ってくる塩も2割ぐらい減っても不思議はないわけです。

先進国になればなるほど加工食品を使う量が増えてきていることも分かっていまして、今、家庭で本人がかける塩の量は2割にとどまるのだそうです。8割は加工食品だったり、外食で決まってしまっているのです。だとしたら、レストランで出される食事の中の塩分の量や、食品の中に入っている塩自体を減らすようなアプローチの重要性はむしろ高まっているのではないのか。これが塩を例に取り上げたゼロ次予防の戦略の事例です。こうなると、医者や保健師にできることはあまりないのですよね。その食品を作っているメーカーの方、あるいは外食産業など企業に頑張っていただく必要が極めて大きいということを意味します。
 
もう一つの例です。これは縦軸が、IADLという活動能力指標です。今から言う五つに「はい・いいえ」で答えていただきます。(1)電車やバスで外出していますか。(2)買い物あるいは(3)食事の準備を一人でできますか。(4)請求書の支払いができますか。(5)貯金の出し入れができますか。これらは、一人暮らしするには自分でできなければ困るような活動能力です。これを一つでも「できない」と答えた人の割合を棒の長さで表しています。

そうしますと左端のまちが、できない人が最も少ない、健康な高齢者が多いまちで、そういうまちでは7.9%の人が「できない」と答えました。右端はどうかというと、23%の人が「できない」と答えるまちが日本国内に実在するのです。右のまちが高齢化しているのではないかと最初は私たちも考えたので、このグラフは、前期高齢者(65~74歳)の方に限定して、そのうちの何パーセントの方ができないのかというので作り直したグラフなのです。ですから、自治体による高齢化の影響を取り除いても3倍の差があるのです。IADLが低下している方たちを追跡すると、低下していない人に比べて認知症になりやすい、あるいは要介護認定を受けやすいということが分かっていますので、言い方を変えると、認知症になるリスクが3倍多いまちがあるということを意味しています。

では、一体どんなまちなのか。その要因が分かれば、それを社会の中にビルトインできれば、暮らしているだけで認知症になる人が少ない社会づくりをできるのではないかということで、いろいろ研究をしています。一つ見つけたのが、左側に青い棒が多いという現象です。この青い棒はどういうところかといいますと、政令指定都市なのです。どうやら政令指定都市には、暮らしているだけで認知症になりにくい何か秘密が隠れているらしいということが見えてきました。それは何なのだろうというので、探る中で一つ見つけたのが歩く人が多いという現象です。
 
これは、「1日30分以上歩きます」と答えた方の割合を30ぐらいの市町村で比べたものです。そうすると、一番少ないところでは58%、多いところでは76%の高齢者が1日30分以上歩いています。青く塗ったのは人口密度が高いエリア、政令指定都市のような所です。すると、そういうまちが右側に集まっているのです。考えてみますと、東京など全国の政令指定都市を思い浮かべていただくと、地下鉄があったり、公共交通機関が発達しているのです。そういう所では下手に車で行くと駐車場を探すのにうろうろしたり、渋滞に巻き込まれたりするので、公共交通機関で移動する方が田舎に比べると多いわけです。そうすると、乗り換えるたびに歩かないといけない。そんな都市環境によって、歩く人が多い。決して歩くのが好きな人が都会に集まっているわけではないのです。

それを今度は横軸に取りまして、縦軸に先ほどの認知症のリスクIADL低下者割合を取りますと、ご覧のとおり、きれいな右肩下がりの関係が出てきます。1日30分以上歩く人が7割を超えるようなまちは、認知症リスクを持っている人が少ない。歩く人が少ないまちで認知症リスクを持っている人が多い。だとしたら、知らず知らず歩きたくなるようなまち、あるいは乗り換えで歩かざるを得ないまち、そういうまちづくりを進めれば、そこに暮らす人たちの歩行量が増えて、認知症リスクを減らせるかもしれないということが見えてきたわけです。

そうすると、これもまた医者にできることはあまりなくて、不動産開発業者あるいは交通移動サービスを提供していらっしゃるような企業の皆さんに工夫していただいて、人々が歩きたくなるようなまちづくりをしていただく必要があるのだということです。
 
もう一つ、「食料品店が近くにありますか」と聞いて、「たくさんあります」と答えたグレーの棒の人たちに比べると、「近くにない」と答える人たちで実は死亡リスクが1.6倍高いのです。認知症の発症リスクも同じような結果が得られています。右側で、「車を使っている」と答えた方ではほとんど差がないので、車を使って買い物に行くことで近くに食料品店がないことの不利を解消できているらしいということも見えてきました。近くに食料品店がない方たちは、野菜や果物の摂取頻度が少ないということも見えてきました。要するに、新鮮な野菜あるいは果物にアクセスしやすい環境をつくることによって、人々の認知症リスクや死亡リスクを抑えることができそうだということが、だんだん分かってきているわけです。

そうすると、小売業の企業の人たちに頑張っていただかないといけない。こういう食品へのアクセスを良くしていただく出店計画や、あるいはどうにも店舗では成り立たない所であれば、移動販売サービスなどがどこでも利用できる日本社会をつくることで、日本中の健康長寿を実現したり、認知症の少ないまちづくりが可能になるのではないか。こんな調子で塩分から、歩く量から、野菜・果物の摂取頻度まで、いろいろなものが実はこういう社会環境によって規定されているということが次々と分かってきています。
 
この辺をもう少し知りたいと思った方は、一般の方向けに新書で書いてありますので、ご覧いただけたらと思います。ちなみに、本を読んでいる人が認知症になる率が2割少ないという結果も出ております。こんな本を読むと25%ぐらいリスクが少ないかも、と考えております。

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