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2025年10月16日開催
基調講演
第2次トランプ政権と国際社会
| 講師 | 外務省顧問 杉山 晋輔氏 |
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2025年10月「トランプ2.0で変わる世界と日本」をテーマにニッセイ基礎研シンポジウムを開催いたしました。
外務省顧問 杉山 晋輔氏をお招きして「第2次トランプ政権と国際社会」をテーマに講演いただきました。
※ 当日資料はこちら
外務省顧問 杉山 晋輔氏をお招きして「第2次トランプ政権と国際社会」をテーマに講演いただきました。
※ 当日資料はこちら
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皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました杉山でございます。今日は外務省の顧問というより大学の教授か、要するに政府の職員でない者として、私の経験に基づいた個人的な意見をざっくばらんに申し上げたいと思います。
(以下スライド併用)
皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました杉山でございます。今日は外務省の顧問というより大学の教授か、要するに政府の職員でない者として、私の経験に基づいた個人的な意見をざっくばらんに申し上げたいと思います。
(以下スライド併用)
1――トランプ大統領の人となり
私は第1次トランプ政権の後半3年弱、ワシントンに駐在する日本大使としてトランプ政権に向き合いました。9年ほど前になりますが、当時、トランプ大統領候補がヒラリー・クリントン民主党候補と大統領選を争い、トランプさんがまさかの勝利を納めたのです。
私は外務省の事務次官をしていて、私のボスは暗殺された安倍晋三総理、後に総理になった菅官房長官、そして直接のボスである外務大臣は、こちらも後に総理になった岸田さんの3人でしたが、アメリカの大統領選挙はどうなるのかと問われて、「ヒラリーが勝つに決まっているでしょう」と。トランプさんは有名な人ではありましたが、政治的なキャリアもないし、言っていることもめちゃめちゃで、「さすがにアメリカ国民も、こんな人を大統領には選ばないのではないですか」と。片やヒラリー・クリントンさんは言わずと知れたクリントン大統領のファーストレディで、上院議員で国務長官です。誰でも知っている民主党のチャンピオンのような方ですから、彼女がガラスの天井を割って初の女性大統領になるだろうという感じで投票日を迎えました。
よく覚えていますが、11月4日、朝10時過ぎに岸田外務大臣に呼ばれて、「君の言っていることと全然話が違うではないか」と。官房長官も呼んでいると言うし、総理からも「だから、外務省の言うことはあてにならないんだ」と言われて、「すみませんでした。でも、総理も皆さんも大体外務省の言うとおりで、そうだよなと言ってたではないですか」と言っても、後の祭りでした。
もう一つ口答えをすると、実はヒラリーさんの方が投票総数は多かったのです。アメリカの大統領選挙は特殊な間接選挙で、州ごとに割り当てられた選挙人538人の過半である270人の選挙人を取った人が大統領になるのです。得票数を全部足してどちらが上だというのは何の意味もなく、各州で何人の選挙人を取ったか、その総和が270人を超えたかどうかがポイントで、当時、総得票数はクリントンさんの方が多かったのですが、選挙人は確か302対200幾つでかなりの差が付いて、トランプさんが当選するという状況でした。
その後安倍さんがすぐにニューヨークのトランプタワーに飛んで行ったり、真っ先に就任したあと、ホワイトハウスで首脳会談をやって、フロリダのマララーゴのトランプさんのゴルフ場で27ホールのゴルフをするという経緯もありました。
それから1年くらいがたち、突然安倍さんに呼ばれて、「トランプは大変なのだ」と。そのときには安倍さんとトランプさんは個人的に相当仲良くなっていましたが、「悪いが君、ワシントンに行ってくれ」と言われ、出張で行くのかと思ったら大使になれと言われて、3年弱過ごしたのです。
最初に私がトランプさんの話を聞いたときには、有名な実業家で、テレビ番組のキャスターをやって、「You're fired!」という文句が流行言葉になったような著名な人ではありましたが、ワシントン界隈のことは何も知らない、政治は一回もやったことがない。アメリカの大統領は、普通は上院議員や州知事をやったり、何か公職に就いた人がなるのが普通なのですが、そういうことが全くない人でしたから、一体どういうふうにやっていくのだろうと、みんなが思っていました。
話は前後しますが、トランプさんの人物像は、映画によると、ロイ・コーン弁護士に師事して、勝利の三つの条件は次だと。これが、「“The Art of the Deal.” Dealをするというのは芸術みたいなものだ。」と。一つ目は「とにかく攻撃、攻撃、攻撃で、相手がナイフを持っていたらバズーカで撃ち殺せ」と。二つ目は「すべてを否定しろ。“Deny everything.” 何事も認めるな。 」三つ目は「決して負けを認めてはいけない」。この「Golden 3 rules」で勝っていった人だということが映画では描かれています。それから、“Making deal is the art.”“Making money is the art.”“America is biggest client for me.”“Save America, save democracy.”といった、トランプさんのキャッチフレーズのような、過激な、今までのdecentな共和党の大統領像からはかけ離れたスタイル、パーソナリティを持った人だというのは、きっと間違いないのだろうと思うのです。
そのトランプさんが9年前に大統領選挙で勝ってしまって、それから1年ほど後に私は大使として赴任することになり、トランプさんと安倍さんは仲が良かったんですけれども、これは大変だろうなと自分でも思いました。ただ、行ってみると、これは私がどうというよりは安倍総理のお力もあったのでしょうし、日本はやはり力があるのだと思ったのは、大体われわれの外交の常識では、前任の大使が帰ってすぐに着任して、大使公邸に入って信任状の奉呈をやるのです。信任状というのは陛下の御名御璽で総理が副署している、私が日本の代表であることを証明するようなものですが、日本に来られる海外の大使の方たちも、陛下に信任状の奉呈をします。東京駅の前からリムジンのような普通の車で行く場合と、馬車で宮中に入って行って陛下に信任状を奉呈するという二通りがあるそうですが、大概の大使は馬車を望みます。私も東京駅の前で渋滞に巻き込まれて、何かなと見ると目の前を馬車が通っていって、どこかの大使が陛下のところに行くのだなと気付いたことがあります。
アメリカの場合は、王様ではなく大統領だということもあり、信任状の奉呈はすごく単純で、ホワイトハウスの後ろにあるブレアハウスから、すごく立派なリムジンを出してくれますが、ものの2~3分乗るとすぐホワイトハウスに着いてしまって、あっけない行事です。なぜこんな話をしているかというと、普通、信任状の奉呈というのは、国家元首というのは非常に公務が忙しいので、年4回ほど何十人かまとめてやるのです。ですから、運が良いと就いて1カ月ぐらいで信任状が奉呈できて、正式な大使として活動できるのですが、運が悪いと3、4カ月待たされます。国によってはなかなか元首が出てきてくれず、ずっと正式な大使になれない。最近は信任状を出さなくても、ほとんどの活動はできるようになりましたけれども、いずれにしてもそういうしきたりなのです。
ただ、私の場合は着いて3日目に、すぐ信任状の奉呈式をやると言われました。少なくとも1カ月ぐらい待たされると思っていたので私も大使館もみんな驚きました。それでブレアハウスに行くと4人の大使が集まっていました。詳しくは聞きませんでしたが、おそらく他の国の大使をすっ飛ばして、直近にあった3人の大使の信任状奉呈式に、日本だけ入れてくれたということだったのではないかと思います。そうでなければ、着任3日目に信任状の奉呈をすることはないのです。
また、普通、信任状の奉呈というのは昔からある古典的な外交の儀式のようなものですから、そこで相手方と何か話をしたりすることは想定されていません。国家元首であるアメリカの大統領はものすごく多忙で、次々といろいろなことをやらなくてはいけないので、大体入るときにアメリカの儀典長に「分かっていると思うけれど、1分しかないから」と言われます。とにかく紙だけ出すと、言上振りはあって、「陛下からこういうお言葉があります」「総理からこういうことを言付かっています」と伝えて、「分かった。よろしく伝えてくれ」と言って終わるのです。しかし、中身はあまり言ってはいけないのかもしれませんが、実は私のときはそこで結構お話をして、「よく来た。シンゾーはどうしている?」と。「総理はお元気だと思います」と言うと、「この信任状の陛下の御名御璽はどれだ」というようなことをいろいろ聞かれただけではなく、その場でちょっとした話をしました。
その間、儀典長や係官たちがとにかく早く出ろと怖い顔をして見ているのがよく分かるのですが、私がそこにずっといたいというわけではなく、大統領の方が話をやめなかったのです。それで、どれぐらいいたのか分かりませんが、30分以上いたのかもしれません。それで、普通は次から次へということなのですが、私のときはトランプ大統領が出口のところまで来てくれて肩をポンポンと叩いて、「とにかくシンゾーによろしく言ってくれ。お前、いつでも来い」と。とはいえ大統領に私がいつでも電話などはできませんから、せめて首席補佐官とか一番側近の、大統領と直接話をする人と話ができるようになったらいいなと思ったのが、私が着任した3日目のことでした。
ですから、先ほど言った「とにかく攻撃、攻撃、攻撃」「決して非を認めるな」「負けは絶対に認めるな」という3カ条や、“Money is everything、The art of the deal”といった言葉に見る極めて戦闘的で排他的なイメージと、私が最初にトランプさんにお目にかかったときのイメージは、全く違うものでありました。すごく優しいですし、人の目をずっと見て肩をポンポンと叩いて、共通の話題をちゃんと出してくれて、やはりアメリカの大統領に、そういうふうに抱きかかえられるようにされると悪い気がすることは決してないですから、なるほど、トランプさんはそういうところがある人なのだなと初対面で思ったわけです。
後々彼の側近たちと仲良くなってから聞くと、「気を付けろ。トランプは、初対面では皆にそうするんだ。それにだまされては駄目だ。彼はそれだけの人ではない」と。それはそうでしょう。それだけの人だったら、こんなふうには言われません。しかし、私もそんなにたくさん会ったわけではありませんが、安倍さんは何十回も首脳会談をやられて私は大体それに同席しましたし、個別にも何回かお会いして、初対面のときにすごく優しいというだけではなく、非常に面白い会話をするチャーミングな人だというのが、私の個人的な印象として間違いのないところでした。それは先ほど言ったように、時の日本首相の安倍晋三さんと非常に関係が良かったということもありましょうし、その後日本との全体的な関係が非常に良くなるということもあったと思いますが、しかしトランプさんというのは、映画や小説に出てくるような姿だけでない、個人的な魅力のある人だということは間違いないと今でも思っています。
考えてみれば、そうでなければあんなにたくさん言われて裁判にもなって、今でも「トランプは何だ」という声があるのに、支持率が下がったとかいろいろ言われるけれども、これだけ強いリーダーシップを発揮する。そして、一部の人かもしれないけれども、トランプのためだったら死んでもいいというぐらい熱狂的なファンがいる。それは、何かがないとこうはならないでしょう。だから、私が最初の頃に持った印象というのは、一つの側面でしかないかもしれないけれども、決して間違いではないということは、冒頭にお伝えしたいと思ったのです。
私は外務省の事務次官をしていて、私のボスは暗殺された安倍晋三総理、後に総理になった菅官房長官、そして直接のボスである外務大臣は、こちらも後に総理になった岸田さんの3人でしたが、アメリカの大統領選挙はどうなるのかと問われて、「ヒラリーが勝つに決まっているでしょう」と。トランプさんは有名な人ではありましたが、政治的なキャリアもないし、言っていることもめちゃめちゃで、「さすがにアメリカ国民も、こんな人を大統領には選ばないのではないですか」と。片やヒラリー・クリントンさんは言わずと知れたクリントン大統領のファーストレディで、上院議員で国務長官です。誰でも知っている民主党のチャンピオンのような方ですから、彼女がガラスの天井を割って初の女性大統領になるだろうという感じで投票日を迎えました。
よく覚えていますが、11月4日、朝10時過ぎに岸田外務大臣に呼ばれて、「君の言っていることと全然話が違うではないか」と。官房長官も呼んでいると言うし、総理からも「だから、外務省の言うことはあてにならないんだ」と言われて、「すみませんでした。でも、総理も皆さんも大体外務省の言うとおりで、そうだよなと言ってたではないですか」と言っても、後の祭りでした。
もう一つ口答えをすると、実はヒラリーさんの方が投票総数は多かったのです。アメリカの大統領選挙は特殊な間接選挙で、州ごとに割り当てられた選挙人538人の過半である270人の選挙人を取った人が大統領になるのです。得票数を全部足してどちらが上だというのは何の意味もなく、各州で何人の選挙人を取ったか、その総和が270人を超えたかどうかがポイントで、当時、総得票数はクリントンさんの方が多かったのですが、選挙人は確か302対200幾つでかなりの差が付いて、トランプさんが当選するという状況でした。
その後安倍さんがすぐにニューヨークのトランプタワーに飛んで行ったり、真っ先に就任したあと、ホワイトハウスで首脳会談をやって、フロリダのマララーゴのトランプさんのゴルフ場で27ホールのゴルフをするという経緯もありました。
それから1年くらいがたち、突然安倍さんに呼ばれて、「トランプは大変なのだ」と。そのときには安倍さんとトランプさんは個人的に相当仲良くなっていましたが、「悪いが君、ワシントンに行ってくれ」と言われ、出張で行くのかと思ったら大使になれと言われて、3年弱過ごしたのです。
最初に私がトランプさんの話を聞いたときには、有名な実業家で、テレビ番組のキャスターをやって、「You're fired!」という文句が流行言葉になったような著名な人ではありましたが、ワシントン界隈のことは何も知らない、政治は一回もやったことがない。アメリカの大統領は、普通は上院議員や州知事をやったり、何か公職に就いた人がなるのが普通なのですが、そういうことが全くない人でしたから、一体どういうふうにやっていくのだろうと、みんなが思っていました。
話は前後しますが、トランプさんの人物像は、映画によると、ロイ・コーン弁護士に師事して、勝利の三つの条件は次だと。これが、「“The Art of the Deal.” Dealをするというのは芸術みたいなものだ。」と。一つ目は「とにかく攻撃、攻撃、攻撃で、相手がナイフを持っていたらバズーカで撃ち殺せ」と。二つ目は「すべてを否定しろ。“Deny everything.” 何事も認めるな。 」三つ目は「決して負けを認めてはいけない」。この「Golden 3 rules」で勝っていった人だということが映画では描かれています。それから、“Making deal is the art.”“Making money is the art.”“America is biggest client for me.”“Save America, save democracy.”といった、トランプさんのキャッチフレーズのような、過激な、今までのdecentな共和党の大統領像からはかけ離れたスタイル、パーソナリティを持った人だというのは、きっと間違いないのだろうと思うのです。
そのトランプさんが9年前に大統領選挙で勝ってしまって、それから1年ほど後に私は大使として赴任することになり、トランプさんと安倍さんは仲が良かったんですけれども、これは大変だろうなと自分でも思いました。ただ、行ってみると、これは私がどうというよりは安倍総理のお力もあったのでしょうし、日本はやはり力があるのだと思ったのは、大体われわれの外交の常識では、前任の大使が帰ってすぐに着任して、大使公邸に入って信任状の奉呈をやるのです。信任状というのは陛下の御名御璽で総理が副署している、私が日本の代表であることを証明するようなものですが、日本に来られる海外の大使の方たちも、陛下に信任状の奉呈をします。東京駅の前からリムジンのような普通の車で行く場合と、馬車で宮中に入って行って陛下に信任状を奉呈するという二通りがあるそうですが、大概の大使は馬車を望みます。私も東京駅の前で渋滞に巻き込まれて、何かなと見ると目の前を馬車が通っていって、どこかの大使が陛下のところに行くのだなと気付いたことがあります。
アメリカの場合は、王様ではなく大統領だということもあり、信任状の奉呈はすごく単純で、ホワイトハウスの後ろにあるブレアハウスから、すごく立派なリムジンを出してくれますが、ものの2~3分乗るとすぐホワイトハウスに着いてしまって、あっけない行事です。なぜこんな話をしているかというと、普通、信任状の奉呈というのは、国家元首というのは非常に公務が忙しいので、年4回ほど何十人かまとめてやるのです。ですから、運が良いと就いて1カ月ぐらいで信任状が奉呈できて、正式な大使として活動できるのですが、運が悪いと3、4カ月待たされます。国によってはなかなか元首が出てきてくれず、ずっと正式な大使になれない。最近は信任状を出さなくても、ほとんどの活動はできるようになりましたけれども、いずれにしてもそういうしきたりなのです。
ただ、私の場合は着いて3日目に、すぐ信任状の奉呈式をやると言われました。少なくとも1カ月ぐらい待たされると思っていたので私も大使館もみんな驚きました。それでブレアハウスに行くと4人の大使が集まっていました。詳しくは聞きませんでしたが、おそらく他の国の大使をすっ飛ばして、直近にあった3人の大使の信任状奉呈式に、日本だけ入れてくれたということだったのではないかと思います。そうでなければ、着任3日目に信任状の奉呈をすることはないのです。
また、普通、信任状の奉呈というのは昔からある古典的な外交の儀式のようなものですから、そこで相手方と何か話をしたりすることは想定されていません。国家元首であるアメリカの大統領はものすごく多忙で、次々といろいろなことをやらなくてはいけないので、大体入るときにアメリカの儀典長に「分かっていると思うけれど、1分しかないから」と言われます。とにかく紙だけ出すと、言上振りはあって、「陛下からこういうお言葉があります」「総理からこういうことを言付かっています」と伝えて、「分かった。よろしく伝えてくれ」と言って終わるのです。しかし、中身はあまり言ってはいけないのかもしれませんが、実は私のときはそこで結構お話をして、「よく来た。シンゾーはどうしている?」と。「総理はお元気だと思います」と言うと、「この信任状の陛下の御名御璽はどれだ」というようなことをいろいろ聞かれただけではなく、その場でちょっとした話をしました。
その間、儀典長や係官たちがとにかく早く出ろと怖い顔をして見ているのがよく分かるのですが、私がそこにずっといたいというわけではなく、大統領の方が話をやめなかったのです。それで、どれぐらいいたのか分かりませんが、30分以上いたのかもしれません。それで、普通は次から次へということなのですが、私のときはトランプ大統領が出口のところまで来てくれて肩をポンポンと叩いて、「とにかくシンゾーによろしく言ってくれ。お前、いつでも来い」と。とはいえ大統領に私がいつでも電話などはできませんから、せめて首席補佐官とか一番側近の、大統領と直接話をする人と話ができるようになったらいいなと思ったのが、私が着任した3日目のことでした。
ですから、先ほど言った「とにかく攻撃、攻撃、攻撃」「決して非を認めるな」「負けは絶対に認めるな」という3カ条や、“Money is everything、The art of the deal”といった言葉に見る極めて戦闘的で排他的なイメージと、私が最初にトランプさんにお目にかかったときのイメージは、全く違うものでありました。すごく優しいですし、人の目をずっと見て肩をポンポンと叩いて、共通の話題をちゃんと出してくれて、やはりアメリカの大統領に、そういうふうに抱きかかえられるようにされると悪い気がすることは決してないですから、なるほど、トランプさんはそういうところがある人なのだなと初対面で思ったわけです。
後々彼の側近たちと仲良くなってから聞くと、「気を付けろ。トランプは、初対面では皆にそうするんだ。それにだまされては駄目だ。彼はそれだけの人ではない」と。それはそうでしょう。それだけの人だったら、こんなふうには言われません。しかし、私もそんなにたくさん会ったわけではありませんが、安倍さんは何十回も首脳会談をやられて私は大体それに同席しましたし、個別にも何回かお会いして、初対面のときにすごく優しいというだけではなく、非常に面白い会話をするチャーミングな人だというのが、私の個人的な印象として間違いのないところでした。それは先ほど言ったように、時の日本首相の安倍晋三さんと非常に関係が良かったということもありましょうし、その後日本との全体的な関係が非常に良くなるということもあったと思いますが、しかしトランプさんというのは、映画や小説に出てくるような姿だけでない、個人的な魅力のある人だということは間違いないと今でも思っています。
考えてみれば、そうでなければあんなにたくさん言われて裁判にもなって、今でも「トランプは何だ」という声があるのに、支持率が下がったとかいろいろ言われるけれども、これだけ強いリーダーシップを発揮する。そして、一部の人かもしれないけれども、トランプのためだったら死んでもいいというぐらい熱狂的なファンがいる。それは、何かがないとこうはならないでしょう。だから、私が最初の頃に持った印象というのは、一つの側面でしかないかもしれないけれども、決して間違いではないということは、冒頭にお伝えしたいと思ったのです。
2――第1次トランプ政権
もう少し真面目な話をすると、去る9月23日、トランプ大統領がニューヨークの国連総会で行った演説があります。私ももはや政府の職員ではないので、国連総会の議場でこの演説を聞いたわけではありません。たまたまそのときニューヨークのマンハッタンにいて、とにかく車も動きませんし、マンハッタンは狭いところですからアメリカの大統領が来ると全部止めてしまうので、近くに移動するのにも2時間も3時間もかかってかなわないと思って、宿舎のユニオンクラブに戻って、テレビをつければこれをずっとやっていましたから、聞いていたのです。
1時間にわたって大演説をぶって、とにかく国連の悪口から、例えば気候変動は世界最大の詐欺だと。気候変動なんてうそだというのは彼が最初から言っていたことです。それから、国連は問題を解決せず、問題ばかりつくってきたと。「われわれは戦争を解決して、今こそアメリカの黄金時代が来たのだ。他の国はとんでもない」というようなことをたくさん言って、個別の国も名指しで批判するという、いわばトランプ節が炸裂した1時間だったようです。
ちなみに、確かこの日の夜に日本の石破総理の演説がありました。国連では元首から演説していきますから、日本の総理は国家元首ではなく政府の長なので、各国の元首の後に演説をする機会が与えられるのですが、おそらく政府の長としては一番最初のころに日本の総理の演説の機会が与えられて、それでこの日の夜になったということであります。石破さんの演説は、トランプさんの演説と対極をなすような演説でした。私は大学で国際法を教えていたのですが、大学の法学部などで国際法や国連論をやるときの教材としてこれほど良いものはないというぐらい、30分程度の演説の中で、今の国連の問題、国際社会全体の在り方を極めてきちんと発信された演説で、本当にトランプさんの演説とは対照的だと思いました。
石破さんの演説も私がこれからお話しすることと関係しているのですが、1期目にトランプさんが出てきたとき、とんでもない人が出てきたけれど、個人的にはすごくチャーミングな人だと思ったということですが、やはり1期目のときは、トランプさんは公職に就いたことがない、ましてホワイトハウスには住んだこともない、おそらくホワイトハウスの間取りも、どこに寝室があり、どこにオーバルルームがあって、どこで記者会見をやるかも知らない、おそらく初めて行かれたに違いない人であったわけです。
私もホワイトハウスの中を全部知っているわけではありませんし、もちろん上にある寝室にまで入ったことはありませんが、オーバルオフィスやいわゆるウエストウイングの中はしょっちゅう行っていましたから、「ここに補佐官の部屋があるのだ」「ここがプレス、セキュリティの部屋だ」「ここに副大統領がいるのだ」と、大体定位置のような部屋は決まっています。
トランプさんが1期目に来たときは、ものすごく有名な、活力のある、パーソナリティが強い、ある意味ではカリスマ性がある。人となりは全然今と変わっていないと思いますから、大体人間は80歳近くになって2、3年で大きく人が変わるということはないと思うのですね。トランプさん自身はあまり変わっていないと私は思います。しかし、1期目というのはやはり、どうすればワシントンのアベニューは動くか。まずホワイトハウスの中が動くか、それから各省庁が動くか。日本でも、永田町があって、霞ヶ関があって、それから大手町があってというように国全体を考えていくときに、一体誰とどういうふうにやったらいろいろなことが動くのか、トランプさんは頭では分かっていたかもしれないけれど、少なくとも経験としては1回もやったことがなかったのです。
国務長官は最初ティラーソンという人がいて、うまくいかず1年でやめてしまって、その後マイク・ポンペオさんというワシントンのプロのような人が就いています。確か下院議員やCIAの長官などいろいろなことをやって国務長官になった人です。財務長官はムニューシンさんという経済政策のプロ、国防長官はジェームズ・マティスという有名な将軍で、戦闘で大きな武勲を上げただけでなく、自宅の書斎には8000冊の蔵書があり、それも戦史や国防・防衛に関するものだけではなく、国際関係から国際法、果てはオペラや美術や文学まで、ありとあらゆる本があるといわれる大変な教養人であります。私もマティス将軍に何度もお目にかかりましたが、この人ほど立派な人はいないと思うような感銘を与える方でした。それがゆえではないかと思いますが、途中でトランプ大統領とぶつかって辞めてしまいました。
関税通商貿易を対外的に代表するUSTR(通商代表部)の大使はボブ・ライトハイザーさんでした。彼も1982年に次席代表になってから、とにかく貿易の話は隅から隅まで知っていて、日本に対しても非常に厳しい態度をずっと取ってきた人で、「ライトハイザーはなかなか会ってくれないぞ」と言われていましたが、私があいさつに行くとすぐに会ってくれて、それ以来ずっと、今でも仲良くしています。良い意味でも悪い意味でもとにかくプロ中のプロみたいな人で、第1次政権のときには茂木大臣とライトハイザー代表との間で第1次の日米物品貿易協定、日米デジタル貿易協定を作りましたが、その交渉のときも、もちろん大統領が言うことをひっくり返して日本の言うことを聞いてくれたというところまではいきませんが、「これだけはおかしいではないか」と言うと、「分かった。大統領と相談してくる」と言って、トランプ大統領と差しでかなり長い間議論をして、戻ってきて茂木大臣や大使であった私に、「悪いが、大統領は全然駄目だ。あんたたちの言い分はあるかもしれないけれども、この辺でのんでくれ」という交渉をしていました。少なくとも大統領と差しでいろいろな意見を言ってくれたことは間違いないのです。
1時間にわたって大演説をぶって、とにかく国連の悪口から、例えば気候変動は世界最大の詐欺だと。気候変動なんてうそだというのは彼が最初から言っていたことです。それから、国連は問題を解決せず、問題ばかりつくってきたと。「われわれは戦争を解決して、今こそアメリカの黄金時代が来たのだ。他の国はとんでもない」というようなことをたくさん言って、個別の国も名指しで批判するという、いわばトランプ節が炸裂した1時間だったようです。
ちなみに、確かこの日の夜に日本の石破総理の演説がありました。国連では元首から演説していきますから、日本の総理は国家元首ではなく政府の長なので、各国の元首の後に演説をする機会が与えられるのですが、おそらく政府の長としては一番最初のころに日本の総理の演説の機会が与えられて、それでこの日の夜になったということであります。石破さんの演説は、トランプさんの演説と対極をなすような演説でした。私は大学で国際法を教えていたのですが、大学の法学部などで国際法や国連論をやるときの教材としてこれほど良いものはないというぐらい、30分程度の演説の中で、今の国連の問題、国際社会全体の在り方を極めてきちんと発信された演説で、本当にトランプさんの演説とは対照的だと思いました。
石破さんの演説も私がこれからお話しすることと関係しているのですが、1期目にトランプさんが出てきたとき、とんでもない人が出てきたけれど、個人的にはすごくチャーミングな人だと思ったということですが、やはり1期目のときは、トランプさんは公職に就いたことがない、ましてホワイトハウスには住んだこともない、おそらくホワイトハウスの間取りも、どこに寝室があり、どこにオーバルルームがあって、どこで記者会見をやるかも知らない、おそらく初めて行かれたに違いない人であったわけです。
私もホワイトハウスの中を全部知っているわけではありませんし、もちろん上にある寝室にまで入ったことはありませんが、オーバルオフィスやいわゆるウエストウイングの中はしょっちゅう行っていましたから、「ここに補佐官の部屋があるのだ」「ここがプレス、セキュリティの部屋だ」「ここに副大統領がいるのだ」と、大体定位置のような部屋は決まっています。
トランプさんが1期目に来たときは、ものすごく有名な、活力のある、パーソナリティが強い、ある意味ではカリスマ性がある。人となりは全然今と変わっていないと思いますから、大体人間は80歳近くになって2、3年で大きく人が変わるということはないと思うのですね。トランプさん自身はあまり変わっていないと私は思います。しかし、1期目というのはやはり、どうすればワシントンのアベニューは動くか。まずホワイトハウスの中が動くか、それから各省庁が動くか。日本でも、永田町があって、霞ヶ関があって、それから大手町があってというように国全体を考えていくときに、一体誰とどういうふうにやったらいろいろなことが動くのか、トランプさんは頭では分かっていたかもしれないけれど、少なくとも経験としては1回もやったことがなかったのです。
国務長官は最初ティラーソンという人がいて、うまくいかず1年でやめてしまって、その後マイク・ポンペオさんというワシントンのプロのような人が就いています。確か下院議員やCIAの長官などいろいろなことをやって国務長官になった人です。財務長官はムニューシンさんという経済政策のプロ、国防長官はジェームズ・マティスという有名な将軍で、戦闘で大きな武勲を上げただけでなく、自宅の書斎には8000冊の蔵書があり、それも戦史や国防・防衛に関するものだけではなく、国際関係から国際法、果てはオペラや美術や文学まで、ありとあらゆる本があるといわれる大変な教養人であります。私もマティス将軍に何度もお目にかかりましたが、この人ほど立派な人はいないと思うような感銘を与える方でした。それがゆえではないかと思いますが、途中でトランプ大統領とぶつかって辞めてしまいました。
関税通商貿易を対外的に代表するUSTR(通商代表部)の大使はボブ・ライトハイザーさんでした。彼も1982年に次席代表になってから、とにかく貿易の話は隅から隅まで知っていて、日本に対しても非常に厳しい態度をずっと取ってきた人で、「ライトハイザーはなかなか会ってくれないぞ」と言われていましたが、私があいさつに行くとすぐに会ってくれて、それ以来ずっと、今でも仲良くしています。良い意味でも悪い意味でもとにかくプロ中のプロみたいな人で、第1次政権のときには茂木大臣とライトハイザー代表との間で第1次の日米物品貿易協定、日米デジタル貿易協定を作りましたが、その交渉のときも、もちろん大統領が言うことをひっくり返して日本の言うことを聞いてくれたというところまではいきませんが、「これだけはおかしいではないか」と言うと、「分かった。大統領と相談してくる」と言って、トランプ大統領と差しでかなり長い間議論をして、戻ってきて茂木大臣や大使であった私に、「悪いが、大統領は全然駄目だ。あんたたちの言い分はあるかもしれないけれども、この辺でのんでくれ」という交渉をしていました。少なくとも大統領と差しでいろいろな意見を言ってくれたことは間違いないのです。
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