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コラム
2025年08月08日
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京町家や長屋、団地といった建築物が今日では貴重な存在として認識され、各地で保存や活用の取り組みが進められている。保存運動や文化的評価は、地域の歴史的景観や住民の生活文化を再発見する過程で生まれてきたものであり、単なる建物の保全を超えて、社会の記憶や価値観の継承に関わっている。しかし、これらが当初から価値あるものとして認知されていたわけではない。むしろそれらは、当時の生活に密着した「当たり前」の風景であり、日常的に見られる存在であった。
この事実は、現在私たちが見慣れた存在――例えば、近所の商店街、一般的な住宅、公共空間、さらには郊外の大型ショッピングセンターや通勤風景に至るまでの全て――が、将来において歴史的・文化的価値を持つものとして評価され得ることを想像させる。価値とは、時代によって変化するものであり、今この瞬間には注目されていなくとも、ある時点で「時代を物語るもの」として再評価される可能性がある。実際、過去には無名だった街角の写真や新聞の広告、さらには家庭で使われていた日用品が、現代では博物館資料として扱われている事例も少なくない。
こうした背景に鑑みれば、「当たり前のもの」を記録することそのものが、将来の社会にとって重要な知的資源となることがわかる。現代の私たちが軽視しがちな日常のモノや風景も、時間を経ることで文化的・社会的意味を帯びるのである。それゆえ、日常に埋もれた風景を見過ごさず、意識的にアーカイブする行為が求められている。
特に、都市や地域の変化が急速に進む現在の社会においては、記録しようとする意識がなければ、一つの風景や営みはあっという間に失われてしまう。再開発によって消えてしまう路地、改装されて姿を変える商店、閉店する町のパン屋など、そうした日常的な断片は、気づいたときには手の届かない過去となっている。
加えて、人によって「当たり前」として親しんでいる風景や日常のありようは大きく異なる。都市部に暮らす人の見慣れた風景と、地方の山村に暮らす人の見慣れた風景は当然異なり、また世代や性別、職業やライフスタイルによっても、記録するためにリーチできる範囲は様々である。つまり、取得しやすい情報やアクセス可能な場所は人によって異なるため、一人ひとりの視点がユニークな価値を持っているということである。
ゆえに、多様な立場にある人々がアーカイブの営みに参加することで、より多層的かつ網羅的な記録が可能となり、未来の世代にとってより豊かな資料群が形成されていく。この観点からも、「誰でも・どこでも」参加できる記録活動のあり方が求められるのであり、その参加の輪を広げることこそが、アーカイブの根幹を支える鍵となる。
そのような参加型・分散型の記録活動のための手段として、Wikimedia Commons1は極めて有効な基盤のひとつである。Wikimedia Commonsはウィキメディア財団が行っているプロジェクトの一つである。ウィキメディア財団は、自由な知識の普及を目指す非営利団体であり、誰もが編集可能なプロジェクトを多数運営している。有名なものではWikipedia2がある。そのほか、辞書を提供するWiktionary3や教育資源のWikibooks4、引用集のWikiquote5、構造化データを扱うWikidata6など、多様な情報基盤を整備している[1]。
Wikimedia Commonsには、ライセンス等のルールを守っていれば7、誰もが自由に画像を投稿・共有できる仕組みが整っており、生活者による日常の記録がグローバルに蓄積される場として機能している。そこには、意図的に撮影された名所旧跡だけでなく、何気ない街角や季節の風景、地域の看板や屋台といった、あらゆる「当たり前」の断片が収められている。こうしたプラットフォームの存在は、個人の記録を社会の記憶へとつなげる可能性を秘めている。
したがって、今この瞬間に存在する「当たり前」をアーカイブするという行為は、単なる趣味的収集ではなく、文化的・社会的意義を持つ営為として位置づけられるべきであろう。未来の視点から見たとき、それが貴重な資料である可能性は決して小さくない。むしろ、私たちが「当たり前」と思っている今こそが、記録の対象として最も意味を持つ瞬間なのかもしれない。
1 “Wikimedia Commons.” Accessed: Jul. 24, 2025. [Online]. Available: https://commons.wikimedia.org/wiki/Main_Page
2 “Wikipedia.” Accessed: Jul. 29, 2025. [Online]. Available: https://www.wikipedia.org/
3 “Wiktionary.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://www.wiktionary.org/
4 “Wikibooks.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://www.wikibooks.org/
5 Wikiquote.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://en.wikiquote.org/wiki/Main_Page
6 “Wikidata.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://www.wikidata.org/wiki/Wikidata:Main_Page
7 Wikimedia Commonsでは、フリーコンテンツのみを受け入れる方針を採っている。アップロードされるファイルは、アメリカ合衆国およびその著作物の出所国において、いずれもフリーライセンスで提供されているか、パブリック・ドメイン(著作権消滅等により自由利用が認められる状態)でなければならない。フェアユース目的の利用、非営利利用を限定したライセンス、改変を禁止するライセンス(ND条項付き等)は一切許可されない。ファイルの解説ページには、ライセンスの種類、出所(出典)、および著作者の情報を明記することが必須である。
この事実は、現在私たちが見慣れた存在――例えば、近所の商店街、一般的な住宅、公共空間、さらには郊外の大型ショッピングセンターや通勤風景に至るまでの全て――が、将来において歴史的・文化的価値を持つものとして評価され得ることを想像させる。価値とは、時代によって変化するものであり、今この瞬間には注目されていなくとも、ある時点で「時代を物語るもの」として再評価される可能性がある。実際、過去には無名だった街角の写真や新聞の広告、さらには家庭で使われていた日用品が、現代では博物館資料として扱われている事例も少なくない。
こうした背景に鑑みれば、「当たり前のもの」を記録することそのものが、将来の社会にとって重要な知的資源となることがわかる。現代の私たちが軽視しがちな日常のモノや風景も、時間を経ることで文化的・社会的意味を帯びるのである。それゆえ、日常に埋もれた風景を見過ごさず、意識的にアーカイブする行為が求められている。
特に、都市や地域の変化が急速に進む現在の社会においては、記録しようとする意識がなければ、一つの風景や営みはあっという間に失われてしまう。再開発によって消えてしまう路地、改装されて姿を変える商店、閉店する町のパン屋など、そうした日常的な断片は、気づいたときには手の届かない過去となっている。
加えて、人によって「当たり前」として親しんでいる風景や日常のありようは大きく異なる。都市部に暮らす人の見慣れた風景と、地方の山村に暮らす人の見慣れた風景は当然異なり、また世代や性別、職業やライフスタイルによっても、記録するためにリーチできる範囲は様々である。つまり、取得しやすい情報やアクセス可能な場所は人によって異なるため、一人ひとりの視点がユニークな価値を持っているということである。
ゆえに、多様な立場にある人々がアーカイブの営みに参加することで、より多層的かつ網羅的な記録が可能となり、未来の世代にとってより豊かな資料群が形成されていく。この観点からも、「誰でも・どこでも」参加できる記録活動のあり方が求められるのであり、その参加の輪を広げることこそが、アーカイブの根幹を支える鍵となる。
そのような参加型・分散型の記録活動のための手段として、Wikimedia Commons1は極めて有効な基盤のひとつである。Wikimedia Commonsはウィキメディア財団が行っているプロジェクトの一つである。ウィキメディア財団は、自由な知識の普及を目指す非営利団体であり、誰もが編集可能なプロジェクトを多数運営している。有名なものではWikipedia2がある。そのほか、辞書を提供するWiktionary3や教育資源のWikibooks4、引用集のWikiquote5、構造化データを扱うWikidata6など、多様な情報基盤を整備している[1]。
Wikimedia Commonsには、ライセンス等のルールを守っていれば7、誰もが自由に画像を投稿・共有できる仕組みが整っており、生活者による日常の記録がグローバルに蓄積される場として機能している。そこには、意図的に撮影された名所旧跡だけでなく、何気ない街角や季節の風景、地域の看板や屋台といった、あらゆる「当たり前」の断片が収められている。こうしたプラットフォームの存在は、個人の記録を社会の記憶へとつなげる可能性を秘めている。
したがって、今この瞬間に存在する「当たり前」をアーカイブするという行為は、単なる趣味的収集ではなく、文化的・社会的意義を持つ営為として位置づけられるべきであろう。未来の視点から見たとき、それが貴重な資料である可能性は決して小さくない。むしろ、私たちが「当たり前」と思っている今こそが、記録の対象として最も意味を持つ瞬間なのかもしれない。
1 “Wikimedia Commons.” Accessed: Jul. 24, 2025. [Online]. Available: https://commons.wikimedia.org/wiki/Main_Page
2 “Wikipedia.” Accessed: Jul. 29, 2025. [Online]. Available: https://www.wikipedia.org/
3 “Wiktionary.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://www.wiktionary.org/
4 “Wikibooks.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://www.wikibooks.org/
5 Wikiquote.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://en.wikiquote.org/wiki/Main_Page
6 “Wikidata.” Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://www.wikidata.org/wiki/Wikidata:Main_Page
7 Wikimedia Commonsでは、フリーコンテンツのみを受け入れる方針を採っている。アップロードされるファイルは、アメリカ合衆国およびその著作物の出所国において、いずれもフリーライセンスで提供されているか、パブリック・ドメイン(著作権消滅等により自由利用が認められる状態)でなければならない。フェアユース目的の利用、非営利利用を限定したライセンス、改変を禁止するライセンス(ND条項付き等)は一切許可されない。ファイルの解説ページには、ライセンスの種類、出所(出典)、および著作者の情報を明記することが必須である。
[1] “ウィキメディア財団,” Wikipedia. Accessed: Jul. 28, 2025. [Online]. Available: https://en.wikipedia.org/wiki/Wikimedia_Foundation
(2025年08月08日「研究員の眼」)
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経歴
- 【職歴】
2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
【加入団体等】
・土木学会
・日本都市計画学会
・日本計画行政学会
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