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2025年06月26日

マスク着用のコミュニケーションへの影響(2)-コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1――マスク着用の周りの人々の感情への影響:表情模倣や共感を妨げる可能性

1|マスク着用と周りの人々の感情の関係についての理論
笑顔の人を見るとつい自分も笑顔になったり、幸せな気持ちになったりする経験をしたことがある人はいるのではないだろうか。このように、人は無意識のうちに周りの人の感情を自分のものとして感じる傾向があることが知られている。この現象は、心理学の分野で情動伝染と呼ばれる1。情動伝染は、表情模倣や表情フィードバック仮説と関連して説明されることがある。表情模倣は、他者の感情的な表情に影響を受けて、無意識に他者の表情と一致した表情をすること2で、表情フィードバック仮説は、表情が自分の感情に影響を与えるという仮説3である。表情フィードバック仮説の妥当性については議論があるものの、これまでいくつかの研究ではその妥当性が確認されている4。つまり、Aさんの表情を見たBさんが、表情模倣によって無意識にAさんと同じ表情を作り、その結果Aさんと同じ感情を持つという流れで、情動伝染は説明することができる可能性がある5。これまでの研究では、マスクが顔の一部を隠すことで感情認識を妨げる可能性が示されているa。そのため、マスクが感情認識を妨げるということは、無意識に起こっている表情模倣や情動伝染を妨げている可能性が考えられる6,b
 
a 岩﨑敬子「マスク着用のコミュニケーションへの影響(1)」(掲載後URL記入)
b 実際に、多くの研究結果をまとめて総合的な傾向を精査したレビュー論文でも、表情模倣と共感の間の相関があることが確認されているが、その相関の程度は小さく、この関係は、まだ理解されていない何等かの要因に条件づけられている可能性が指摘されている。このように、表情模倣と情動伝染の間のつながりは、必ずしも明らかになっているわけではない6
 
1 Hatfield, E. et al. (1993). Emotional contagion. Current Directions in Psychological Science2(3), 96-100. (https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1111/1467-8721.ep10770953, 20250528 accessed)
2 Seibt B. et al. (2015). Facial mimicry in its social setting. Front Psychol. 11;6:1122. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4531238/, 20250528 accessed)
3 Andréasson, P. & Dimberg, U. (2023). Facial manipulations, emotional empathy, and facial feedback. Int J Psychol Psychoanal 9:065. (http://clinmedjournals.org/articles/ijpp/international-journal-of-psychology-and-psychoanalysis-ijpp-9-065.php?jid=ijpp, 20250528 accessed)
4 Coles, N. A. et al. (2022). A multi-lab test of the facial feedback hypothesis by the Many Smiles Collaboration. Nat Hum Behav. 6(12):1731-1742. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36266452/, 20250528 accessed)
5 藤村友美 (2017). コミュニケーションにおける表情表出の機能的役割. 生理心理学と精神生理学 35(1)3‒13 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjppp/35/1/35_1702si/_pdf/-char/ja, 20250528 accessed)
6 Holland, A. et al. (2020). Facial mimicry, empathy, and emotion recognition: a meta-analysis of correlations. Cognition and Emotion, 35(1), 150–168. (https://doi.org/10.1080/02699931.2020.1815655, 20250528 accessed)
2|マスク着用の表情模倣への影響についての研究
マスク着用の表情模倣への影響については、これまでいくつかの研究で検証が行われてきた。 例えば、英国住民を対象にしたオンライン実験では、マスクは、喜びの表情については、表情模倣を妨げる影響があったが、悲しみの表情については表情模倣を妨げる影響は確認されなかったことが報告されている7。また、ドイツ人を対象にしたオンライン実験でも、マスクは喜びの表情への表情模倣を妨げる影響が確認されたが、怒りや悲しみの表情への表情模倣を妨げる影響は確認されなかった8。この研究では、喜びの表情についてのマスクの表情模倣への影響は、マスクによって認識された表情の強さの減少による可能性があることも確認している。
 
7 Kastendieck, T.et al. (2021). (Un)mask yourself! Effects of face masks on facial mimicry and emotion perception during the COVID-19 pandemic. Cognition and Emotion, 36(1), 59–69. (https://doi.org/10.1080/02699931.2021.1950639, 20250528 accessed)
8 Kastendieck, T. et al. (2023). Influence of child and adult faces with face masks on emotion perception and facial mimicry. Sci Rep 13, 14848. (https://doi.org/10.1038/s41598-023-40007-w, 20250528 accessed)
3|マスク着用の共感への影響についての研究
マスク着用の共感への影響についても、これまでいくつかの研究で確認されてきている。オンラインで募集された参加者を対象にした実験では、マスク着用は、対面した人の感情認識を妨げ、さらに、ポジティブな感情への共感の程度を低下させたことが報告されている9。興味深いことに、同研究では透明マスクを着用した場合についても検証されており、透明マスク着用の感情認識への影響はほとんど見られないものの、ポジティブな感情への共感の程度は低下させたことが報告されている9。この論文の著者たちは透明マスクで表情が認識できる場合でも共感の程度が低下する傾向が見られる理由として、透明なマスクは視覚的な情報を伝達することはできるけれども、感情を認知するための重要な顔の特徴を捉えることを邪魔している可能性や、透明マスクであっても、観察者と着用者の間に社会的および感情的な距離を感じさせる可能性を挙げている。
 
また、同一の研究者による別の報告では、このような共感の程度の低下はマスクが表情模倣を妨げることによって起こったものであるのかどうかを検証している10。その報告によると、画像の人物がマスクを着用している場合や、画像を見る人の表情模倣が制限されている場合は、画像を見る人の画像の人物への共感の程度が低下する傾向が見られた。つまり、マスク着用や表情模倣の制限は共感の程度を下げる傾向が確認された。しかし、表情模倣の制限による共感の程度への影響の大きさは、画像の人物がマスクを着用した場合と着用しなかった場合で違いが確認されなかった。このことから、著者らは、マスクが共感の程度を下げる影響は、表情模倣への影響によるものではない可能性があることを指摘している。
 
一方、オランダ人を対象に、静止画ではなく動画を用いて行われたオンライン実験では、マスク着用は、感情認識にも共感の程度にも影響を与えなかったことが報告されている。この研究では、マスク着用は、感情認識や共感の程度には影響を与えなかったものの、同情する気持ちを減少させる傾向が見られたことを報告している11。本論文の著者たちは、静止画を使った実験で確認されてきたようなマスクの感情認識や共感の程度への影響は確認されなかったことから、全体として、マスク着用の心理的副作用について大きな懸念は杞憂かもしれないと指摘している。
 
こうしたマスク着用の周りの人々の感情への影響に関する一連の研究結果からは、静止画を利用した実験においては、マスク着用は、ポジティブな感情を表す人への表情模倣や共感を妨げる可能性が示唆されている。一方、動画を用いるなどより実社会の状況に当てはまる形で行われてきた事例数は少なく、その影響が確認されていないものがあることから、実社会でもマスクは表情模倣や共感の程度に影響を与えているのかどうかは、まだ明らかになっているとはいえないようだ。同様に、マスク着用の共感の程度への影響がみられる際にも、その影響は必ずしも表情模倣を媒介していないなど、マスク着用と他の人への感情が伝わるメカニズムの関係についても、明らかになっていないようだ。
 
9 McCrackin, S.D. et al. (2022). Transparent masks reduce the negative impact of opaque masks on understanding emotional states but not on sharing them. Cogn. Research 7, 59. (https://cognitiveresearchjournal.springeropen.com/articles/10.1186/s41235-022-00411-8, 20250528 accessed)
10 McCrackin, S.D. & Ristic, J. (2024). Lower empathy for face mask wearers is not explained by observer’s reduced facial mimicry. PLoS ONE 19(9): e0310168. (https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0310168, 20250528 accessed)
11 Scheibe, S., et al. (2023). Empathising with masked targets: limited side effects of face masks on empathy for dynamic, context-rich stimuli. Cognition and Emotion, 37(4), 683–695. (https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02699931.2023.2193385?scroll=top&needAccess=true#abstract, 20250528 accessed)

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(2025年06月26日「基礎研レター」)

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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

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