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票のために揺れる米国の気候変動対策-なかなか「セクシー」には進まない-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴
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1――はじめに
2――米国の現状
しかし2017年6月、かねてより気候変動を「でたらめ」と呼んできたトランプ大統領(当時)はパリ協定から米国は離脱1すると表明した。
2020年の大統領選で勝利したバイデン大統領は、2021年1月の就任日にパリ協定への再加盟を発表し、同年2月19日に米国の正式復帰が認められた。
かたや内政においては、2022年8月に成立させたインフレ削減法で気候変動対策に重点が置かれた。メディケア薬価の引き下げ交渉2や最低法人税率の導入などで歳入を確保した上で、歳出面では再生可能エネルギー推進などの気候変動対策が8割近くを占める。この対策によって温室効果ガス排出量を2030年までに40%削減することを企図しているものの、それは民主党政権が継続された場合である。本年の大統領選の結果によって大きく政策が変更される可能性がある。
1 国連の規定により公式の離脱は2020年11月であった。
2 メディケア薬価の引き下げ交渉について拙稿「史上初の連邦政府によるメディケア薬価交渉-第1弾10薬の価格公表は来年9月の予定-」(2023.11.7)を参照いただきたい。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=76623?site=nli
3――EVを認めるトランプ氏
正式に大統領候補に指名された7月の共和党大会では、バイデン政権の施策を「緑の新たな詐欺」(Green New Scam)と酷評した上で「掘りまくる」と米国内での原油・ガス採掘を強調した。
バイデン政権時代に惹起されたインフレが民主党側の弱点であり、これを失政と攻撃することで票を奪えるであろう。その戦略に立つならば、気候変動を頭ごなしに「でたらめ」と総括するよりも、インフレ批判の延長線上に立ち、米国内の原油・ガスの採掘を全面的に支援しエネルギー価格を抑制できるのは自分だと示すことが効果的である。
他方、そのようなトランプ氏にも変化がみられる。かねて反対してきたEV(Electric Vehicle、電気自動車)に対し、8月以降は肯定的な発言が増えてきた。気候変動を全否定しているわけではないようにも感じられるが、その要因として、EV製造大手であるテスラの経営者イーロン・マスク氏がトランプ氏への支持を表明したことは否定できないだろう。もっとも、テスラを経営していてもマスク氏自身が「化石燃料からの脱却が必要なのは、いずれ化石燃料が枯渇するから」と述べるなど、必ずしも気候変動肯定論者とは思われないことには注意を要する。
トランプ氏の発言は、インフレ削減法によるEV購入への補助金支給を継続するかなど具体策は追って検討するとして、マスク氏のような論客も現れ、既に産業として育ちつつあるEV業界を敵にまわすことは選挙活動において好ましくないとの現実的な判断に基づくものであろう。
4――フラッキングを認めるハリス副大統領

とはいえ温室効果ガスを排出する化石燃料であることに変わりはない。加えて、大量の水や化学薬品の使用を伴い、水資源や土壌を汚染する可能性があるなど環境への負荷が高い。気候変動問題を重視する立場から禁止の声が出る所以である。
民主党の大統領候補であるハリス副大統領もかつてはフラッキング禁止を主張していた。しかし現在はフラッキングを明確に容認する姿勢に転じている。自分は副大統領としてフラッキング禁止を主張していない、外国の資源に頼るのは国策として好ましくないとのことだが、気候変動問題がいつの間にかエネルギー安全保障の議論にすり替わった感がある。トランプ氏が「ハリスはいずれ必ずフラッキングを禁止するぞ」と煽り、また、環境保護団体が失望の意を表明することも理解しうるところだ。
このような変節の背景はペンシルバニア州にある。同州は大統領選の帰趨を決すると目される激戦州3の1つであり、その中でも最多の選挙人数(19人)を有する。その一方で、天然ガスの生産量(2022年)が全米で第2位4、米国内での比率は20.4%に至る。大統領選で勝利するにはフラッキングを用いる同州の天然ガス業界を敵にまわすわけにはいかない。
3 大統領選においては基本的に各州別の勝者がその州の選挙人を総取りする。多くの州では選挙前から共和党と民主党のどちらが勝つか確実視されており、勝敗が読めない少数の激戦州の結果が実質的に大統領選を左右する構造にある。本年11月の大統領選においてはアリゾナ州、ジョージア州、ミシガン州、ネバダ州、ノースカロライナ州、ペンシルバニア州、ウィスコンシン州が激戦州と目されている。
4 トップ5のうち第1位のテキサス州(25.4%)を含む他の4州は共和党の勝利が確実視されている。
5――おわりに
そうであるならば、気候変動否定論者も肯定論者も目の前の現実に妥協する米国の現状は「セクシー」とは言い難い。米国でもこのような状況であれば、途上国ではより一層、難しい政治的利害調整が必要になるであろう。
産業構造の違いもあって、わが国では気候変動対策に強硬な反対論は出ていないように思われるが、それは必ずしも世界の常識でないことを踏まえておくべきかもしれない。
(2024年09月26日「基礎研レター」)

03-3512-1789
- 【職歴】
1990年 日本生命保険相互会社に入社。
通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。
【加入団体等】
日本FP協会(CFP)
生命保険経営学会
一般社団法人 アフリカ協会
一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版
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