- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経済 >
- 米国経済 >
- 票のために揺れる米国の気候変動対策-なかなか「セクシー」には進まない-
2024年09月26日
票のために揺れる米国の気候変動対策-なかなか「セクシー」には進まない-
03-3512-1789
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
1――はじめに
2――米国の現状
1992年採択の国連気候変動枠組条約に基づき、1995年より毎年、国連気候変動枠組条約締約国会議(CОP)が開催され、実効的な温室効果ガス排出量削減に向け国際的な議論が行われてきた。特に2015年12月、第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(CОP21)で採択されたパリ協定では、途上国を含むすべての国が温室効果ガスの排出削減に取り組むものとし、「世界の気温上昇を2度未満に抑えることを目標にすること、同時に1.5度未満を目指し努力すること」が明記された。
しかし2017年6月、かねてより気候変動を「でたらめ」と呼んできたトランプ大統領(当時)はパリ協定から米国は離脱1すると表明した。
2020年の大統領選で勝利したバイデン大統領は、2021年1月の就任日にパリ協定への再加盟を発表し、同年2月19日に米国の正式復帰が認められた。
かたや内政においては、2022年8月に成立させたインフレ削減法で気候変動対策に重点が置かれた。メディケア薬価の引き下げ交渉2や最低法人税率の導入などで歳入を確保した上で、歳出面では再生可能エネルギー推進などの気候変動対策が8割近くを占める。この対策によって温室効果ガス排出量を2030年までに40%削減することを企図しているものの、それは民主党政権が継続された場合である。本年の大統領選の結果によって大きく政策が変更される可能性がある。
1 国連の規定により公式の離脱は2020年11月であった。
2 メディケア薬価の引き下げ交渉について拙稿「史上初の連邦政府によるメディケア薬価交渉-第1弾10薬の価格公表は来年9月の予定-」(2023.11.7)を参照いただきたい。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=76623?site=nli
しかし2017年6月、かねてより気候変動を「でたらめ」と呼んできたトランプ大統領(当時)はパリ協定から米国は離脱1すると表明した。
2020年の大統領選で勝利したバイデン大統領は、2021年1月の就任日にパリ協定への再加盟を発表し、同年2月19日に米国の正式復帰が認められた。
かたや内政においては、2022年8月に成立させたインフレ削減法で気候変動対策に重点が置かれた。メディケア薬価の引き下げ交渉2や最低法人税率の導入などで歳入を確保した上で、歳出面では再生可能エネルギー推進などの気候変動対策が8割近くを占める。この対策によって温室効果ガス排出量を2030年までに40%削減することを企図しているものの、それは民主党政権が継続された場合である。本年の大統領選の結果によって大きく政策が変更される可能性がある。
1 国連の規定により公式の離脱は2020年11月であった。
2 メディケア薬価の引き下げ交渉について拙稿「史上初の連邦政府によるメディケア薬価交渉-第1弾10薬の価格公表は来年9月の予定-」(2023.11.7)を参照いただきたい。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=76623?site=nli
3――EVを認めるトランプ氏
本年の大統領選で共和党の候補となったトランプ氏は、本人による気候変動そのものへの過激な発言は少ないものの、従前のスタンスを変えていないとされる。即ち、大統領に返り咲けば再びパリ協定から米国を離脱させ、国連気候変動枠組条約からの脱退もありうると囁かれている。
正式に大統領候補に指名された7月の共和党大会では、バイデン政権の施策を「緑の新たな詐欺」(Green New Scam)と酷評した上で「掘りまくる」と米国内での原油・ガス採掘を強調した。
バイデン政権時代に惹起されたインフレが民主党側の弱点であり、これを失政と攻撃することで票を奪えるであろう。その戦略に立つならば、気候変動を頭ごなしに「でたらめ」と総括するよりも、インフレ批判の延長線上に立ち、米国内の原油・ガスの採掘を全面的に支援しエネルギー価格を抑制できるのは自分だと示すことが効果的である。
他方、そのようなトランプ氏にも変化がみられる。かねて反対してきたEV(Electric Vehicle、電気自動車)に対し、8月以降は肯定的な発言が増えてきた。気候変動を全否定しているわけではないようにも感じられるが、その要因として、EV製造大手であるテスラの経営者イーロン・マスク氏がトランプ氏への支持を表明したことは否定できないだろう。もっとも、テスラを経営していてもマスク氏自身が「化石燃料からの脱却が必要なのは、いずれ化石燃料が枯渇するから」と述べるなど、必ずしも気候変動肯定論者とは思われないことには注意を要する。
トランプ氏の発言は、インフレ削減法によるEV購入への補助金支給を継続するかなど具体策は追って検討するとして、マスク氏のような論客も現れ、既に産業として育ちつつあるEV業界を敵にまわすことは選挙活動において好ましくないとの現実的な判断に基づくものであろう。
正式に大統領候補に指名された7月の共和党大会では、バイデン政権の施策を「緑の新たな詐欺」(Green New Scam)と酷評した上で「掘りまくる」と米国内での原油・ガス採掘を強調した。
バイデン政権時代に惹起されたインフレが民主党側の弱点であり、これを失政と攻撃することで票を奪えるであろう。その戦略に立つならば、気候変動を頭ごなしに「でたらめ」と総括するよりも、インフレ批判の延長線上に立ち、米国内の原油・ガスの採掘を全面的に支援しエネルギー価格を抑制できるのは自分だと示すことが効果的である。
他方、そのようなトランプ氏にも変化がみられる。かねて反対してきたEV(Electric Vehicle、電気自動車)に対し、8月以降は肯定的な発言が増えてきた。気候変動を全否定しているわけではないようにも感じられるが、その要因として、EV製造大手であるテスラの経営者イーロン・マスク氏がトランプ氏への支持を表明したことは否定できないだろう。もっとも、テスラを経営していてもマスク氏自身が「化石燃料からの脱却が必要なのは、いずれ化石燃料が枯渇するから」と述べるなど、必ずしも気候変動肯定論者とは思われないことには注意を要する。
トランプ氏の発言は、インフレ削減法によるEV購入への補助金支給を継続するかなど具体策は追って検討するとして、マスク氏のような論客も現れ、既に産業として育ちつつあるEV業界を敵にまわすことは選挙活動において好ましくないとの現実的な判断に基づくものであろう。
4――フラッキングを認めるハリス副大統領
フラッキング(水圧破砕法)は米国を資源国に一変させた手法の1つである。頁岩(けつがん)とも呼ばれる堆積岩の層、シェールに高圧水を注入することによって割れ目から原油や天然ガスを抽出するものだ。取り出されたシェールオイルやシェールガスはかつて非常に高コストと言われたが、今や原油やガスの市場価格が一定水準以上であれば、米国内の需要を満たすだけではなく、海外に輸出しても採算が取れるようになった。とはいえ温室効果ガスを排出する化石燃料であることに変わりはない。加えて、大量の水や化学薬品の使用を伴い、水資源や土壌を汚染する可能性があるなど環境への負荷が高い。気候変動問題を重視する立場から禁止の声が出る所以である。
民主党の大統領候補であるハリス副大統領もかつてはフラッキング禁止を主張していた。しかし現在はフラッキングを明確に容認する姿勢に転じている。自分は副大統領としてフラッキング禁止を主張していない、外国の資源に頼るのは国策として好ましくないとのことだが、気候変動問題がいつの間にかエネルギー安全保障の議論にすり替わった感がある。トランプ氏が「ハリスはいずれ必ずフラッキングを禁止するぞ」と煽り、また、環境保護団体が失望の意を表明することも理解しうるところだ。
このような変節の背景はペンシルバニア州にある。同州は大統領選の帰趨を決すると目される激戦州3の1つであり、その中でも最多の選挙人数(19人)を有する。その一方で、天然ガスの生産量(2022年)が全米で第2位4、米国内での比率は20.4%に至る。大統領選で勝利するにはフラッキングを用いる同州の天然ガス業界を敵にまわすわけにはいかない。
3 大統領選においては基本的に各州別の勝者がその州の選挙人を総取りする。多くの州では選挙前から共和党と民主党のどちらが勝つか確実視されており、勝敗が読めない少数の激戦州の結果が実質的に大統領選を左右する構造にある。本年11月の大統領選においてはアリゾナ州、ジョージア州、ミシガン州、ネバダ州、ノースカロライナ州、ペンシルバニア州、ウィスコンシン州が激戦州と目されている。
4 トップ5のうち第1位のテキサス州(25.4%)を含む他の4州は共和党の勝利が確実視されている。
5――おわりに
2019年、当時環境大臣であった小泉進次郎氏は国連気候変動サミットの席上、気候変動への取組みは「セクシー」であるべきと発言し物議を醸した。その真意は国会での質疑5を経ても完全に明確になったわけではないものの、難しい政治課題であるからこそ華麗に人々を魅了しながら、という趣旨であったと推測される。
そうであるならば、気候変動否定論者も肯定論者も目の前の現実に妥協する米国の現状は「セクシー」とは言い難い。米国でもこのような状況であれば、途上国ではより一層、難しい政治的利害調整が必要になるであろう。
産業構造の違いもあって、わが国では気候変動対策に強硬な反対論は出ていないように思われるが、それは必ずしも世界の常識でないことを踏まえておくべきかもしれない。
そうであるならば、気候変動否定論者も肯定論者も目の前の現実に妥協する米国の現状は「セクシー」とは言い難い。米国でもこのような状況であれば、途上国ではより一層、難しい政治的利害調整が必要になるであろう。
産業構造の違いもあって、わが国では気候変動対策に強硬な反対論は出ていないように思われるが、それは必ずしも世界の常識でないことを踏まえておくべきかもしれない。
(2024年09月26日「基礎研レター」)
03-3512-1789
新着記事
-
2025年12月12日
欧州経済見通し-不確実性は高いが底堅い成長が続く -
2025年12月12日
三度目の正直?ケアマネジメント有料化論議の行方は-厚生労働省が示した3つの選択肢や相談体制強化との関係性などを検証する -
2025年12月12日
Googleの生成AIとオンラインコンテンツ-対価なしの利用は認められるか -
2025年12月12日
店主を経由して広がる居酒屋のコミュニケーション-偶然の共感を誘う小さな交差点- -
2025年12月11日
米国ホリデー商戦に見るAIショッピングアシスタントの台頭-消費への生成AIの浸透がもたらす「期待」と「リスク」(2)
お知らせ
-
2025年12月01日
News Release
-
2025年12月01日
News Release
-
2025年07月01日
News Release
【票のために揺れる米国の気候変動対策-なかなか「セクシー」には進まない-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
票のために揺れる米国の気候変動対策-なかなか「セクシー」には進まない-のレポート Topへ











