2023年02月07日

米中新冷戦下の世界とは?

基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.311]

三尾 幸吉郎

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1―激しさを増す米中対立

第二次世界大戦後の世界は、米国を盟主とする自由民主主義陣営とソビエト連邦(ソ連)を盟主とする社会主義陣営に分断された世界だった。それが1990年前後に米国を盟主とする自由民主主義陣営の勝利で終結すると、世界一の経済力・軍事力・情報力・科学技術力を有する米国が唯一の超大国として、国際秩序の在り方を決めるパクス・アメリカーナの時代に入った。そして世界経済はひとつに統合されてグローバリゼーションが加速することとなった。

それから30年余りを経た今、パクス・アメリカーナの世界を脅かす国が出現した。グローバリゼーションで経済力を飛躍的に向上させた中国である。中国の国内総生産(GDP)はおよそ17.5兆ドルと米国経済の4分の3の規模に達し、世界第2位の経済大国となった。購買力でみた国際ドルではおよそ27兆ドルと米国の1.2倍に達している。軍事面においても米国を脅かす存在となりつつある。世界各国の軍事力に関する評価を公表しているグローバル・ファイヤーパワーによれば、第1位は米国、第2位はロシア、そして中国は第3位となっている。安全保障を考える上でカギを握る情報戦においても、中国は北斗衛星導航系統という独自の衛星測位システムを整え、米国がGPSを使う情報戦においても対抗できる体制を築こうとしている。科学技術力の向上も目覚ましい。日本の文部科学省に置かれている科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)が公表した「科学技術指標2022」では、科学技術に関する論文の量で米国を上回っただけでなく、その質を表す注目度の高い論文数でも上回り、世界一となった。

そして、中国は2022年10月に開催された党大会で、自らの発展モデルを「中国式近代化」と名付けた上で、「戦争や植民地支配、略奪などという広範な発展途上国の国民を不幸に陥れた、他国を犠牲にして自国の利益をはかる血なまぐさいかつての近代化の道は歩まない」と宣言した。これは西洋諸国の繫栄が途上国の犠牲の上に成り立ってきたパクス・アメリカーナを暗に批判するとともに、貧困にあえぐ途上国に対してはワシントン・コンセンサスに代わる発展モデル「中国式近代化(旧称:北京コンセンサス)」を提示したものと言えるだろう。

2―深層にある政治思想の対立

米中両国がこれほど対立を深めた根本には政治思想の違いがある。米国を初めとする西洋諸国が民主主義を普遍的価値と考え、その「欧米型民主主義」を世界に広めようとしているのに対し、「人民民主独裁」を憲法で定める中国は「中国の特色ある社会主義」で中華民族の偉大なる復興という夢を実現しそれを世界に広めようとしている。これは西洋文明と中華文明の衝突とも言えるものだ。

それぞれの特徴を簡単にまとめると、欧米型民主主義は、国民主権、自由選挙、多数決原理・少数意見尊重、三権分立、言論・信教の自由、法の下の平等などで特徴づけられる政治思想を基盤に、「人は自由でなければ生きている価値を認識できない」という人身の自由、言論・出版の自由、宗教の自由など自由権を特に重視する人権思想を持ち、民間企業中心の自由資本主義による経済運営が行われている。そして欧米型民主主義には、国民に賢者を為政者に選ぶ教養と力量があれば理想的な制度であるものの、そうでなければ為政者が選挙のたびに交代し一貫した政治ができなかったり、為政者が目先の世論に迎合し過ぎて衆愚政治に陥ったりする恐れがあるという特徴がある。

一方、中国の特色ある社会主義は、共産党エリートによる人民民主独裁と、そこに民意を反映させるための「全過程人民民主主義*1」とに特徴づけられた政治思想を基盤に、「人は生きているだけでも価値がある、貧しさから抜け出す権利がある」という生存権・発展権を特に重視する人権思想*2を持ち、国有企業中心の国家資本主義による経済運営が行われている。そして中国の特色ある社会主義には、為政者が強い指導力を発揮できる体制なので理想の実現に向けて一貫した政策運営を行なえるという利点があるものの、為政者が失政を繰り返して経済が停滞したり、共産党エリート内に腐敗が蔓延したりすれば、国民が離反して内乱が起きる恐れがあるという特徴がある。

ここで世界の他の国々・地域がどんな状況なのか確認しておこう。フリーダムハウスが公表した「政治的自由度」を縦軸に取り、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット研究所が公表した「民主主義指数」を横軸に取って、各国・地域がどこに位置するかを見ると(丸の大きさはGDP、図表)、米国を初めとする欧米型民主主義の国々は両基準ともに高水準で右上にあるのに対し、中国は左下にある。また、左下には中国だけではなくロシアやイランなどもあり、その中間に位置する国・地域も少なくない。
[図表]政治思想マトリクス
 
*1 全過程人民民主主義は、過程の民主主義と成果の民主主義、手続きの民主主義と実質の民主主義、直接民主主義と間接民主主義、人民民主主義と国家意志それぞれの統一を実現しており、全チェーン、全方位、フルカバーの民主主義であり、最も幅広く、最も真実で、最も役に立つ社会主義の民主主義であるとされる
*2 中国共産党の人権尊重・保障の偉大な実践」では「生存権、発展権が第一の基本的人権」としている

3―終わり無き「正義vs正義」の論争

バイデン米政権は2021年12月、日本や欧州などの首脳を招いて民主主義サミットを開催し、中露との関係を「民主主義」と「専制主義」の闘いと位置づけ、民主主義国の連携強化を呼びかけた。民主主義を「正義」、専制主義を「不義」としたの二項対立に持ち込み、欧米型民主主義への信認を高めようとしたのだろう。

これに対し中国は異を唱えた。民主主義サミットが開催された21年12月、中国の民主主義と題する白書を発表し、「民主主義は各国人民の権利であり、少数の国の専売特許ではない」として、米国が欧米型民主主義を他国に押し付けるのは内政干渉であり、各国がどのような民主主義を選ぶかは自由であるべきだと主張、「自由の国」を自負する米国を皮肉った。また人民民主独裁を憲法で定める中国にとって専制主義は「不義」ではなく「正義」である。特に中国の特色ある社会主義を完成させる途上(社会主義初級段階)では必要不可欠なプロセスと考えられているため、共産党政権が崩壊しない限り変わることのないものだ*3

したがって米国が二項対立に議論を持ち込んでしまうと、中国が外交的に譲歩しようと思ってもその余地が全く残されてないため、「正義vs正義」の挑戦状を叩きつけられたようなもので、共産党政権の崩壊を望んでいるようにしか見えない*4。こうしたことを踏まえると、米国が「民主主義vs専制主義」の二項対立という考え方を取り下げて中国の特色ある社会主義の存在意義を認めるか、あるいは中国で共産党政権が崩壊しない限り、米中対立は半永久的に続くだろう。
 
*3 「共同富裕」が実現すれば、もはや社会主義初級段階ではなくなり「人民民主独裁」も無用の長物となるかも知れない
*4 シンガポールのリー・シェンロン首相は「民主主義対権威主義の図式にはめ込むのは、終わりのない善悪の議論に足を突っ込む」と警戒感を示した

4―米中新冷戦下の世界

それでは米中新冷戦下の世界情勢はどんな勢力図になるのだろうか。想像の域を出ないが、欧州連合(EU)やファイブアイズの国々、それに日本は欧米型民主主義という価値観を共有しているので、米国を中心とする陣営に与する可能性が高いだろう。但し、欧州諸国の中には、独自の外交を展開してきたフランスや、中国との関係が深いハンガリーなどもあるので、一枚岩ではないかも知れない。

一方、中国を中心とする陣営に与する可能性がある国としては、ロシア、北朝鮮、イランなどが挙げられる。それに伴って上海協力機構(SCO)加盟国やBRICSの一部の国が加わる可能性もある。但し、これらの国々は反パクス・アメリカーナで一致するだけで、中国の特色ある社会主義を信奉している訳ではないため、中国を中心とする陣営というよりも「反米同盟」に近いのかも知れない。

それ以外の国々は政治思想のいかんに関わらず中立にとどまる国が多いだろう。中国に近づきすぎれば米国から非友好国と見做されて、米国を中心とする陣営から排除される恐れがある。米国は信頼できる友好国での立地を重視する「フレンド・ショアリング」のサプライチェーンを構築しようとしているからだ。一方、米国に近づきすぎれば中国から非友好国と見做されて、報復措置を受ける恐れがある(いわゆる「経済的威圧」)。その点、中立であれば、手厚い支援はどちらの陣営からも期待できないが、どちらの陣営も敵に回さずに済み、米中両国もこれらの途上国を敵に回したくないため、これまでどおりに両陣営との貿易・投資関係を継続できるからだ。

さらにそれぞれ自国の国益に照らして是々非々の判断ができるため、米中両国の意見が激しく対立する国際会議では、キャスティング・ボートを握ることもできる。実際、2022年11月に開催されたG20サミットでは、ウクライナに侵攻したロシアと、それを非難する西洋諸国が対立し首脳宣言採択が危うくなったが、ロシアとも西洋諸国とも交流のあったインドは双方の歩み寄りを促し、存在感を高めることとなった。米中新冷戦下の世界では「第三世界(中立国)」の国々を巡る多数派工作が盛んになりそうだ。
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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2023年02月07日「基礎研マンスリー」)

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