2023年02月03日

勢いづく金(gold)相場、金価格は史上最高値を突破するか?

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1. トピック:金価格は史上最高値を突破するか?

金相場が勢いづいている。国際的な中心指標であるNY金先物価格(中心限月・終値)は直近2日時点で1トロイオンス1930.8ドルに上昇しており、2020年8月6日に付けた過去最高値である2069.40ドルまであと100ドル余りに迫っている(表紙図表参照)。また、国内の金先物価格(大阪取引所金標準先物・中心限月・終値)についても1グラム8054円と、22年4月19日に付けた過去最高値の8129円に近い水準にある(本日時点では7900円台へやや下落している)。
NY金先物価格とVIX指数 1)NY金先物の動向と見通し
(昨年以降、NY金は大きく上下)
まず、NY金について昨年以降の動きを振り返ると、上下に大幅な変動が起きており、主に3つの局面に分けられる。

まず、昨年年初から3月上旬にかけてのNY金は急騰した。ロシアがウクライナに侵攻し、欧米が対露制裁に踏み切ったことで世界経済の先行き懸念が急激に高まったためだ。米株式市場の警戒感を示すVIX指数もこの時期に上昇している。この結果、安全資産としての金需要が高まり、NY金は2000ドルの節目を一旦突破、過去最高値に接近した。
しかし、その後、3月中旬から10月末頃までは一転して下落トレンドとなった。その直接的な原因は米国の金融政策にある。コロナ禍からの経済活動再開や、制裁を受けるロシアからの食糧・資源供給の途絶懸念などから米国でインフレが加速し、その対応としてFRBは急ピッチの利上げを実施した。利上げによって米市場金利が上昇したことで、保有しても金利の付かない金の相対的な魅力が大きく損なわれて金売りが優勢となり、NY金先物は一時1600ドル台前半に落ち込んだ。
米実質金利の分解/NY金先物と米実質金利
NY金先物価格とドルインデックス 利上げの背景にあるインフレの加速はインフレに強い実物資産である金の魅力を高めたものの、金利上昇による悪影響が上回った形だ。実際、米長期金利(10年国債利回り)から市場の予想物価上昇率であるブレークイーブン・インフレ率(10年物)を差し引いた実質金利(10年物)は3月から秋まで上昇が続いた。実質金利の上昇は、金にとってプラス要因であるインフレ(予想)を加味した上での金利であるため、金利の付かない金にとって正味の押し下げ圧力になる。

また、米国の金利上昇によってドルの投資妙味が高まり、為替市場でドル高が進行したこともこの間の金価格押し下げに繋がった。主要通貨に対するドルの強弱感を示すドルインデックスは3月から10月にかけて約2割も上昇し、ドル建て表示であるNY金先物の割高感を強めた1
一方、その後昨年11月以降、足元にかけてはNY金が再び大きく上昇し、既述の通り、過去最高値が視野に入る水準にまで持ち直している。11月初旬から足元にかけての上昇幅は実に約300ドルにも達している。

この再上昇の原因も米金融政策にある。米国の物価上昇率が夏場を境にピークアウトし、低下を辿るにつれて、市場では早期の米利上げ停止やその先の利下げの開始が織り込まれ、米長期金利が低下に転じた。この結果、実質金利も低下し、NY金の追い風になった。さらに、米金利の低下を受けて為替市場でドル安が進んだこともNY金の割高感を後退させ、価格の持ち直しに寄与した。
米物価上昇率の実績とFOMC参加者見通し/米国の政策金利と長期金利
 
1 ドルを自国通貨としない国・地域の居住者にとっては、NY金のドル建て価格が同じでも、ドル高が進めば自国通貨建てで見た場合の割高感が強まる。
金の国際需給動向(四半期) (世界の現物需要も順調に回復)
また、昨年後半には現物需要も顕著に増加し、NY金先物上昇の裏付けとなった。

国際調査機関であるワールド・ゴールド・カウンシルの集計によれば、世界的な金の需要は昨年7-9月期以降に急回復し、10-12月期には需要超過に転じた。昨年後半も金利感応度が高いETFからの資金流出は継続したものの、主要国で経済活動の再開が進んだことで宝飾需要が持ち直したうえ、世界的なインフレ懸念により、地金・コインへの投資が回復した。

そして、何より目を引くのが中央銀行による投資需要の急増だ。昨年の中銀の金需要は55年ぶりの高水準を記録しており、その3/4が下期に集中している。ウクライナ情勢の緊迫化やインフレ進行を受けて、外貨準備の価値を守るために危機やインフレに強い特性を持つ金が選好された可能性が高い。また、内訳が明らかになっている分では、中国やトルコなど米国との関係が良好ではない国の積み増しが目立っている。ロシアへの制裁において、西側諸国が同国の外貨準備を凍結したことを受けて、これらの国々の間で、外貨準備として持つ資産を西側諸国の通貨から保管自由度の高い金へとシフトさせる動きが強まったと推測される。
(NY金は上昇基調を継続する可能性大)
NY金先物の先行きについては、今後も上昇基調を継続する可能性が高いと見ている。米金融政策の転換がその最大の原動力となる。米物価上昇率の緩やかな低下を受けて、FRBは春に利上げを停止し、来年年初からは利下げに転じると見込まれる。このため、米金利は名目・実質ともに低下に転じ、NY金を押し上げるだろう。また、米金利の低下によってドル安が進むこともNY金の上昇に寄与する。その他要因では、米インフレの鈍化がインフレヘッジ需要の減少を通じてNY金の上値を抑えるものの、世界経済の下振れリスクやウクライナ情勢・米中対立といった地政学リスク、米債務上限問題などの政治リスクへの警戒から安全資産としての金需要は根強く残り、NY金上昇のサポート要因になる。

時間軸としては、今年の前半は、昨年秋以降の急上昇の反動が出やすいうえ、市場が米利上げ停止・利下げ開始を前のめり的に織り込んでいることの修正(米金利上昇・ドル高)も入りやすいため、上値の重い展開が予想される。しかし、年後半には、米利下げが次第に現実味を増してくることで改めて米金利が低下、ドル安基調となり、NY金を押し上げるだろう。従って、年後半には過去最高値である2069.40ドルを突破し、2100ドルに接近する可能性が高いと見ている。
2)国内金先物の動向と見通し
(昨年の国内金上昇は円安が原動力に)
次に国内の金先物価格の動きを振り返ると、国内金先物(大阪取引所金標準先物・中心限月・終値)は昨年前半に急騰し、既述の通り、過去最高値となる8129円を付けた(表紙図表参照)。円建てである国内金先物価格は、NY金先物価格とドル円レートの影響を強く受け、「NY金先物(ドル建て・グラム当たり)×ドル円レート(円/ドル)」の値に近似する。昨年前半には、ウクライナ情勢の緊迫化を受けてNY金先物が上昇したうえ、米国の利上げ開始・加速を受けて円安ドル高が進んだことで、国内金先物の上昇が増幅された。

その後、昨年後半以降も国内金先物価格は最高値に程近い水準で高止まりを続けている。昨年秋にかけてはNY金先物が大きく下落し、国内金先物にとっても下落圧力となった。しかし、急ピッチの米利上げと日銀の金融緩和維持を受けて大幅な円安ドル高が進行したことで、NY金下落の影響が相殺された。一方、昨年秋以降は、既述の通り、NY金が急速に持ち直したものの、米利上げ観測の後退や日銀の緩和修正を受けて円高ドル安が進んだことで、上値が抑えられる形になっている。
NY金先物価格とドル円レート/国内金先物とNY金先物価格(円換算)
ドル円レートと日米長期金利差 (国内金は円高が上値を抑制へ)
国内金先物の先行きについては、NY金と比べて上値の重い展開が予想される。今後とも円高ドル安の進行が国内金の上値を抑える展開が見込まれるためだ。

今後想定される米利下げの織り込みはNY金先物の上昇を通じて国内金先物の押し上げ圧力となるものの、同時に円高ドル安を促すことで上昇圧力が抑制される。さらに、今後も日銀の緩和修正観測が円高ドル安要因になると見込まれるが、日銀の緩和修正観測がNY金に与える影響は限定的であるため、日銀発の円高圧力は素直に国内金の押し下げ圧力になると考えられる。
 
国内金先物の足元の価格は既に過去最高値に肉薄しているうえ、既述の通り、NY金の上昇基調は続くと見られるため、年内に過去最高値の更新もあり得る。ただし、円高ドル安の進行が重荷となるため、大幅な上昇は見込みづらい。

そして、とりわけ警戒が必要になるのは日銀の動きだ。昨年末の突然の緩和修正によって日銀による情報発信の信頼性が低下し、金融政策の不透明感は強まっている。日銀が今後大幅な緩和修正に動き、急激な円高ドル安が進む場合には、国内金先物は下落に転じることになるだろう。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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