2020年07月16日

認知症と損害賠償-認知症の人の家族の損害賠償責任の考え方

保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任   松澤 登

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1――はじめに

厚生労働省の資料によれば、2020年の認知症の人の数は600万人を超え、2025年には約700万人になるものと推計されている1。この数は日本の人口の約5%を占めるものであり、家族に認知症の人がいるというのは別段、珍しいことではなくなっている。

ところで認知症の人の介護は俗に24時間365日といわれ、在宅のまま介護を行う場合には、デイサービス施設を利用するとしても、介護者の負担は決して軽いものではない。認知症の人の家族に限ったわけではないが、介護のために家族が仕事を続けられなくなる介護離職が、社会問題になって久しい。

特に、徘徊癖のある認知症の人の介護では、突然所在不明となって家族が探すこととなるため、服や持ち物に連絡先を書いたり、GPSをつけたり、家から出るときにアラームがなるような装置をつけたりといった対策を行うこととなる。

徘徊癖があるといっても、認知症の人は(その人が思う本来の)家に帰るという意識で、(実際の)家から外出するなどしており、認知症の人にとっては当たり前の行動を取っているとのことである。行方不明の間の家族の不安はいくばくかと推測するが、本人の行き先はもちろんのこととして、事故にでもあっていないかという不安もある。

本稿ではジェロントロジー研究の一環として、マスコミでも大きく報道された、いわゆるJR東海事件を取上げる。認知症の人にかかわる人の賠償責任がどのように判断されたか、そしてどのような問題が残っているのかを、できるだけ平易に解説を行うこととしたい2

本件では大企業であるJR東海と個人という関係であるので、直感的にJR東海が損失を負担すべきではないかという考えに傾きがちだと思われる。しかし、この問題の難しさは、個人対個人という関係であっても、原則として同じロジックで問題が判断されるべきものであるため、判断には合理性・公平性が求められるところにある。
 
1 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000076554.pdf 参照。
2 文献は多数あるが、ウェブで閲覧できるものとして、吉村良一「監督義務者責任(民法714条)の再検討」(立命館法学2016年5・6号)、田口文夫「責任無能力者の加害行為と監督義務者の責任」(専修大学法学研究所紀要(2018-02-28))など。
 

2――事実の概要と若干の前提

2――事実の概要と若干の前提

1事実の概要
読者の理解のため事案を簡略化して、以下解説を行う。認知症であるAは、その妻であるY1(要介護1と認定されている)と自宅兼事務所で同居していた。また子3であるY2が主導した家族の話し合いの結果として、Y2の妻Bが自宅のそばに居住して、Y1とともにAの介護に当たっていた。Aは過去2回ほど行方不明となったことがあったため、自宅の玄関には無断外出防止のためのチャイムのセンサーが設置されていた。また、事務所の出入り口にも、来客を知らせるためのチャイムをならすセンサーが設置されていた。事務所の出入り口のセンサーは、Aが頻繁に出入りするためにスイッチを切っていた。AはY1と事務所で二人きりのとき、Y1がまどろんでいる間に家から外出した。Aは自宅そばの駅の隣の駅で、線路に降りたところを電車にはねられて死亡した(図表1)。
【図表1】事実の概要
JR東海(以下、本稿において原告という)は、Y1およびY2に対して、認知症であるAの線路立ち入りを防止できず、事故を発生させたことについての義務違反を主張して、列車遅延等にかかる損害の賠償を求めて提訴した。結論を先に言えば、一審、二審は原告の主張をある程度まで認めたが、最高裁はY1・Y2の賠償責任を否定した。
 
3 Y2のほかにも子がいるが、地裁で損害賠償責任が否定され、控訴審以降は争っていないことから本文では触れないこととする。
2民法の考え方と原告の主張
一般に、損害を生じさせた者が賠償責任を負うこととなる法的な根拠は、不法行為責任である(民法第709条)4。賠償責任義務を負う者は、自己の行為の責任を理解(弁識)する能力が必要とされる。そのため、認知症等により自己の行為の責任を理解することができない人は、賠償責任を負わない(民法第712条、第713条)。

このように認知症の人など、実際の事故を起こした者が責任を負わない場合には、(a)認知症の人の法定の監督義務者が、監督義務違反として賠償責任を負う(本稿では、民法第714条の監督義務責任という) 。ただし、監督義務者が監督を怠らなかったときや、監督義務を怠らなかったとしても損害が発生した場合には、賠償責任を負わない。また、(b)実際に認知症の介護にあたる人などが、認知症の人が事故を起こすことを具体的に予見できたのに、回避することを怠った場合には、介護にあたる人の不法行為として損害賠償の責任を負う(本稿では、民法第709条の回避義務責任という)と解されている5、6
 
具体的に、原告としては、以下の二つの主張立証を行うこととなる。

(a)まず原告は民法第714条に照らして、①責任能力の無い者Aが事故を起こしたこと、および②Y1・Y2が、責任能力のないAの法定の監督義務者に該当することを、主張立証すべきことになる。この①②の主張・立証が行われたときには、被告であるY1・Y2から、Y1・Y2が監督義務を怠らなかった(あるいは監督義務を尽くしても結果は発生した)との主張立証を行うこととなる。③監督義務を怠らなかったこと等が否定されると、Y1・Y2に民法第714条の監督義務責任として損害賠償義務が生ずる(構造として図表2参照)。
【図表2】民法第714条の構造
(b)また、原告が、民法第709条に照らして、①責任能力の無い者Aが事故を起こしたこと、②Y1・Y2がAの介護をするにあたり、Aが第三者に損害を与えるという結果発生を予見できたこと、③結果発生を回避すべき義務を怠ったこと、および④結果回避義務違反と損害発生に相当因果関係があることを主張立証すると、Y1・Y2は民法第709条の回避義務責任として損害賠償義務を負う(構造として、図表3参照)。
【図表3】民法第709条の構造
この二つの主張の関係については議論がある。詳細は省略するが、(a)の主張は責任能力のない人の監督義務者の義務違反を主張するものであり、民法の条文の構造からして、本来の主張の方法と思われる。本条でいう監督義務は、一般に包括的抽象的な意味での義務(親が子に対するような生活全般に関わる監督義務)と解されている7。そして、一旦、監督義務者とされると、監督義務者からは義務違反がなかったと立証することは通常は困難である。そこで、介護に当たっていた各被告が、そもそも法定の監督義務者に該当するのかどうかということが大きな論点となる。次項で地裁から最高裁までの判決を紹介するが、この点について注目してお読みいただきたい。

一方、(b)の主張は、一般的な不法行為責任(結果の回避義務違反)を問うものである。こちらは実際に発生した事故が予見できたことを前提とする、個別具体的な義務とされている。そのため、責任能力の無い人が、他者に損害を与えたという結果について、その結果発生の可能性について、実際に介護にあたっていた人が具体的に予見できたのかという問題が肝となる。この点にも注目していただきたい。
 
4 別に、契約関係にある場合の債務不履行による賠償責任(民法第415条)もあるが本件とは関係が無い。
5 未成年のケースであるが、民法第709条の回避義務責任を問題とするものとして、最判平成18年2月24日http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62625を参照。
7 地裁では原告がA本人の不法行為責任があり、その責任を遺族が相続したとの主張もあったが、地裁でAの責任能力が否定され不法行為責任も否定されたため、この点については本文では触れない。
6 吉村良一「不法行為法(第5版)」(有斐閣2017年)p203参照。
 

3――裁判所の判断

3――裁判所の判断

1地裁の判断
第一審の名古屋地方裁判所判決(平成25年8月9日、判例時報2202号68頁)では、Y1(妻)に結果の予見可能性があるとして上述(b)の民法第709条の回避義務責任を認め、Y2(子)は監督義務者に準ずるものとして、上述(a)の民法第714条の監督義務責任があるとした8(図表4)。
【図表4】地裁の判断
Y1については、Aには外出癖があり、外部へ開放された事務所にAと一緒にいたのであるから、Aが外出すれば何らかの事故を起こすおそれがあることを、予見しえたというべきである。Y1がまどろんでAから眼を離してしまったことに、注意義務違反(結果の回避義務違反)があるとして、(b)の民法第709条の回避義務責任を認めた。

また、Y2については家族の話し合いを主導したこと、Aの重要な財産の処分や方針を決定する立場がAから引き継がれていること、および玄関にチャイムセンサーを設置したこと等に照らして、法定の監督義務者に準ずるものとした。その上で、事務所出入り口のセンサーを切っていたことや、ヘルパーを頼まなかったことに監督義務違反があるとして、(a)の民法第714条の監督義務責任を認めた。

地裁判決はY1に民法第709条の回避義務責任を認めたが、2度ほど行方不明となったとの事実があり、外出するおそれがあったというだけで、鉄道事故発生の具体的な予見可能性があったとする点で、Y1には酷でないかと思われ、後に高裁で否定されている。また、Y2に対しては、介護体制の構築を主導したとはいえ、実際に同居も介護もしていないのに、法定の監督義務者に準ずると認定するのは、実態に沿った判断であるかどうか議論のあるところと思われる。
 
8 なお、地裁判決は本人であるAには弁識能力はなかったとして、Aの不法行為責任を否定している。
2高裁の判断
第二審の名古屋高等裁判所判決(平成26年4月24日)9では、第一審と異なり、Y1に監督義務者として、上述(a)民法第714条の監督義務責任を認めた一方で、Y2には(a)(b)いずれの責任も認めなかった(図表5)。
【図表5】高裁の判断
高裁は、Y1はAの配偶者であり、Aの保護者(保護者制度については「4-検討」で後述)であるとともに、民法上の相互扶助義務(第752条)があることから、夫婦としての協力扶助義務が期待できないような特段の事由がない限り、法定の監督義務者に該当するとした。そのうえで事務所出入り口のセンサーを切っていたことなどから、監督義務を尽くしたとは言えないとして、(a)の民法第714条の監督義務責任を認めた。

他方、Y2は成年後見人に選任されたことも無く、補助的に介護を行っていたに過ぎないため、監督義務者とはいえないとして、民法第714条の監督義務責任を否定した。

また、上述(b)の民法第709条の回避義務責任を、Y1・Y2ともに認めなかった。Aが過去に電車に乗ろうとしたり、線路に入り込んだりしたようなことがなかったというような点を踏まえて、具体的な予見可能性はないものとして責任を否定した。

高裁は、法定監督義務者とする根拠として、保護者としての義務や夫婦の協力扶助義務を挙げているが、後述の通り、この判断は最高裁で否定されている。
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保険研究部   取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
一般法務、企業法務、保険法・保険業法

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