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- クリエイティブオフィスのすすめ ー創造的オフィスづくりの共通点
1―高まるオフィス戦略の重要性
一方、我が国では国を挙げて「働き方改革」に取り組まれているところだが、「働き方改革=従業員の生産性向上」の視点からも、オフィス戦略の重要性が高まっている。
2―クリエイティブオフィスの基本モデル
先進的・創造的なオフィスづくりには、いくつかの共通点が見られる。これを本稿では、クリエイティブオフィスの「基本モデル」と呼ぶこととする。
まずこの基本モデルを貫く大原則は、オフィス全体を街や都市など一種の「コミュニティ」や「エコシステム」ととらえる設計コンセプトに基づいているということである[図表1]。
エコシステムとは、元々は生態系での生物と環境要因の相互作用を示す言葉だが、オフィスでのエコシステムでは、オフィス環境が従業員のモチベーションやワークスタイル、従業員間のコミュニケーションやコラボレーションに影響を与えることが重要だ。
この大原則の下で、5つの具体的な原則を掲げたい[図表1]。以下では、この5つの具体原則について概説する。
「企業内ソーシャル・キャピタル」とは、組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感や人的ネットワークを指し、社内のコミュニケーションやコラボレーションの活性化を通じて、イノベーション創出につながり得る。
従業員間のつながりを促進するためのオフィスづくりでは、カフェ、ライブラリー、広間、階段の吹き抜けスペース、開放的な内階段、エスカレーターなど、偶発的な出会いやインフォーマルなコミュニケーションを喚起するための休憩・共用スペースを効果的に設置することが不可欠だ。
加えて、執務フロアのレイアウトの工夫も必要だ。製品・サービスの企画開発などの視点から、関連性のある部署やグループ会社を同一のオフィスに入居させ、ワンフロアに集結させたり近接するフロアに配置したりすることにより、部門間の壁を低くすることが重要になっている。
3|多様性を尊重する視点
個々の従業員の能力や創造性を最大限に引き出すためには、個々の多様なニーズを尊重し、それらに最大限対応できる働きやすい場の多様な選択肢を従業員に提供できることが望まれる。
在るべきオフィス空間では、従業員同士の交流を促すオープンなオフィス環境と集中できる静かなオフィス環境の二者択一ではなく、両極端にある両方の要素を共存させてバランスを取らなければならない。
社内でデスクを固定しない「フリーアドレス」は、従業員同士の交流を促す施策の1つだが、この場合も、1人で集中して業務に取り組めるスペースを併設するなどの工夫が必要だ。
4|地域コミュニティと共生する視点
不動産は外部性を持つため、社会性に配慮した利活用が欠かせない。企業がある地域に研究拠点や本社などのオフィスを構築する場合、良き企業市民として地域社会の信頼を勝ち得るために、まずは自然環境や景観に配慮した適切な不動産管理が不可欠だ。
企業は、不動産の利活用が地域社会の自然環境や景観に及ぼす「外部不経済」を抑制・解消する一方で、構築した拠点を起点に事業活動を通じて地域社会に生み出す、地域活性化や社会課題解決など「外部経済効果」を最大限に引き出すことに取り組むことが求められる。
5|安全性に配慮する視点
我が国でのオフィスビルの選択基準において、東日本大震災以降、従業員の安全確保やBCP(事業継続計画)の遂行が、これまでより強く意識されるようになった。
オフィスビルのBCP強化施策メニューとしては、耐震補強・省エネのための改修や非常用発電機・燃料タンクの装備など既存ビルでの施策、BCPに対応できる設備仕様・立地条件を備えたオフィスビルへの建替えや移転、バックアップオフィスの確保、食料・水・防災用品の常時備蓄、堅牢なITインフラの整備、などが挙げられる。
6|従業員の健康に配慮する視点
従業員の健康保持・増進に戦略的に取り組む「健康経営」*2は、従業員の活力や生産性の向上をもたらし、結果的に企業価値向上につながる。
世界最大の資産運用会社である米ブラックロックは、企業の長期的成長には働き方改革による従業員の働きがい・満足度の向上が不可欠であると考えている。健康経営や働き方改革の推進を通じた、従業員の活力や働きがいの向上は、資本市場での企業価値評価においても重要なポイントになりつつある。
一方、米国では、WELL認証(WELLBuilding Standard)と呼ばれる、入居者の健康や快適性に焦点を当てて建物を評価する世界初の認証制度が2014年からスタートしている。
経営トップは、クリエイティブオフィスを健康経営や働き方改革の推進のドライバーに位置付けるべきだ。
3―オフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に
例えば、米アップルは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地に新本社屋Apple Parkを構築した。総工費は50億ドルと言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。
この新本社屋の構築は、創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が指揮・主導した プロジェクトだった。最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業 員の創造性やコラボレーション、健康の促進に重点を置いたApple Parkは、創造的 なオフィスデザインをいち早く取り入れてきたジョブズ氏にとって、クリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。
日本企業がアップルに学ぶべき点は、従業員の創造性や健康の促進を通じたイノベーションの創出、企業文化の醸成や経営理念の体現のためには、オフィスへの戦略投資を惜しんではいけないということだろう。
4―組織スラックを備えた経営の実践
例えば、様々な利用シーンに応じて多様性を取り入れたオフィス空間は、イノベーション創出のために確保しておくべき組織スラックであるが、リーン型の経営を徹底すれば、非効率な空間とみなされ、画一的な空間に変更されてしまうだろう。
これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求した個性のない均質なオフィス空間では、社内の活気や創造性が失われ、企業内ソーシャル・キャピタルは破壊され、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。
創造的なオフィス空間を活かすためには、働き方にも組織スラックを取り入れる必要がある。創造性豊かで能力の高い人材の確保・定着のためには、企業は、創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革を、セットで推進することが求められている。
5―魂を注入したオフィスづくりが急務
筆者は、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に注入すべき「魂」とは、前述のワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念であると考える。そして「魂を入れる」とは、経営理念にふさわしい「オフィスのロケーションの選択」、「インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築」、「オフィスの愛称の選択」などを実践することだ。
経営トップは、クリエイティブオフィスの構築段階で、オフィスに経営理念をしっかりと埋め込み、オフィスを経営理念や企業文化の象徴と位置付けて、全社的な拠り所として求心力を持つ場に進化させていくことが求められる。そして運用段階では、ワークスタイルの変革を遂行しなければならない。
クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、一部の大企業やベンチャー企業など、未だごく一部の先進企業にとどまっている。国際競争の土俵に立つためにも、一刻も早く、クリエイティブオフィスの構築に着手することが求められる。
詳しくは、基礎研レポート「クリエイティブオフィスのすすめ」(2018年3月14日)を参照されたい。
*1・*2「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。
(2018年05月09日「基礎研マンスリー」)
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社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
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