2017年07月04日

救急搬送と救急救命のあり方

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3|AEDの使用法の一般市民への周知が求められる
(1)一般市民が利用可能なAEDは、多数設置されている
AEDは、Automated External Defibrillator(自動体外式除細動器)の略語である。心停止直後に最も多い、心臓がけいれんして血液を流すポンプ機能を失った状態(心室細動)や、心電図で心室頻拍を示すが脈を触知できない状態(無脈性心室頻拍)になった心臓に対して、電気ショックを与え、正常なリズムに戻すための医療機器を指す32。AEDは2004年~2014年の間に、約64万台が販売された。このうち、公共施設等に設置され、一般市民が使用できるものは、PAD33と呼ばれる。PADは、約52万台設置されている。これは、人口比で言えば、約250人に 1台という高い割合に相当し、多くのAEDが設置されていることとなる。日本は、世界で最もAEDの普及が進んだ国となっている34
 
図表25. AED販売台数(設置場所別)(2004~2014年)


(2)AEDの操作について一般市民への啓発を進めることが必要
日本では、街中で、AEDを見かけることは、一般的となっている。しかし、AEDの機器を取り出して、実際に使ったことがある人は限られている。一般市民の間では、心臓への電気ショックを行う複雑な機械とのイメージが先行して、AEDは難しいもの、との認識が広まっている可能性がある。

実は、AEDの操作は、それほど難しいものではない。操作は、次の3つのステップからなる。

1) 電源を入れる(フタを開けると自動的に電源がONになる機器もある)

2) 傷病者の上半身を裸にして、2つの電極パッドを、パッド等に記載の図の表示に従って、胸壁に貼る(これにより、機器が自動的に解析を始める) 35

3) 機器の音声指示に従い、傷病者に誰も触れていないことを確認した後、「ショック」ボタンを押す
 
2004年からは、一般市民もAEDを使用できるようになった。これを受けて、駅や学校など、公共施設へのAEDの設置が進んでいる。しかしながら、一般市民のAED使用は進んでいない。2014年に、一般市民による心肺蘇生の実施率は50%を超えている一方、AEDの実施率は、わずか4.1%にとどまっている。AEDの使用について、一般市民への啓発を進めることが必要と言える。
 
図表26. 心肺機能停止傷病者に対する一般市民の心肺蘇生とAEDの実施率

前節でも見たように、バイスタンダーが救命処置を施すか否かにより、傷病者の救命率は大きく異なる。PADの活用を、一般市民にどのように浸透させていくかが、救急医療の課題の1つと言える。
 
 
32 心停止には、この他に、心電図では様々な波形が見られるものの心臓からの有効な拍出がなく脈を触ることができない状態(無脈性電気活動)、心臓が全く動かない状態(心静止)がある。これらの状態には、AEDは適応外となる。なお、AEDの適応可否の判断は、施術者が行うのではなく、AEDの自動解析に委ねることとされている。
33 PADは、Public Access Defibrillationの略。
34 「AEDを活かし心臓突然死を減らすための提言」(減らせ突然死 ~使おうAED~ 実行委員会 委員長 三田村秀雄, 平成24年4月22日)より。
35 傷病者が未就学児(おおよそ6歳まで)の場合、小児用の電極パッドを用いる。小児用の電極パッドがない場合は、やむを得ず成人用の電極パッドで代用する。なお、逆に、成人に、小児用の電極パッドを用いてはならない。
 

7――災害医療とは

7――災害医療とは

災害医療は、災害時における救急医療を指す。災害医療は、救急医療の中で、大きな一分野をなしている。災害医療は、平時の救急医療と類似している面もあるが、全く異なる部分もある。まず、本章では、災害の種類から、傷病の形態を眺め、災害医療の特徴をつかんでいくこととしたい。

1|災害にはいくつかの種類がある
災害医療が対象とする災害には、どういうものがあるだろうか。災害は、大きく、自然災害、人為災害、特殊災害、の3つに分けられる。また、それらが、折り重なって発生する、複合災害もある。それぞれの内容を、見てみよう。

(1)自然災害
自然災害には、台風、集中豪雨、落雷、洪水、地震、津波、旱魃(かんばつ)、火山噴火などが挙げられる。自然災害は、広域に渡ることが、しばしば見られる。最近100年ほどの間に、日本で、多くの死傷者が発生した大規模な自然災害として、1923年の関東大震災、1959年の伊勢湾台風、1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災などが挙げられる。

(2)人為災害
人為災害は、航空機事故や大型交通災害、地下街災害、工場爆発、炭鉱事故といった、交通や産業での災害を指す。近年、都市部では、交通網の過密化や、人口の集中に伴い、被害が大きくなる傾向がある。人為災害の例として、例えば、1985年の日航機墜落事故、2005年のJR福知山線脱線転覆事故などが該当する。一般に、人為災害には、局所に限定されて広域化しない、という特徴がある。

(3)特殊災害
特殊災害には、様々なものが含まれる。爆弾・化学兵器・生物兵器・核兵器によるテロ、原子力発電所等での放射能事故、タンカー座礁による海洋汚染、などが含まれる36。日本で発生した特殊災害として、1995年の地下鉄サリン事件や、1999年の東海村臨界事故などが挙げられる。

(4)複合災害
自然災害、人為災害、特殊災害が重なって起きた場合、複合災害と呼ばれる。例えば、2011年に発生した東日本大震災による福島第一原発の事故は、自然災害と特殊災害が重複した典型的な複合災害と言える。
 
図表27. 災害の分類
  

36 特殊災害のうち、化学兵器(Chemical)、生物兵器(Biological)、放射能(Radiological)、核兵器(Nuclear)、爆弾(Explosive)によるものは、それぞれの英語の頭文字をとって、CBRNE(シーバーン)と呼ばれる。


2|災害時には、集団医療が必要となる
災害の種類によって、発生する疾患の形は異なってくる。しかしながら、どの災害にも共通して言えることは、一時に、多数の死傷者が出現する点である。このため、1人の患者を対象とする平時の救急医療とは異なり、多数の傷病者を対象とする集団医療が必要となる。

(1)自然災害
災害が発生して間もない時期は、外科的疾患が多い。一方、災害発生後の避難生活が長期に渡ると、もともと抱えていた慢性疾患の悪化や、エコノミークラス症候群などの内科的疾患が多くなる。避難所の衛生状態が劣悪な場合には、感染症が発生する可能性もある。

(2)人為災害
主として、外傷等の、外科的疾患が多い。

(3)特殊災害
疾患の形態は、特殊災害の種類ごとに異なる。爆弾テロでは、外科的疾患を負うことがある。また、放射能物質や有害化学物質が、体内に入った場合、がんや精神神経疾患が生じる場合もある。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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