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タックス・アービトラージ仮説および最近の実証分析結果
株主の立場から年金資産運用を検討する代表的な仮説として、タックス・アービトラージ仮説を解説し、さらにどの仮説が現実を説明しているのか検証している代表的な実証分析の結果を紹介する。リスク・シフティング仮説の結果は混在しているが、リスク・マネジメント仮説は概ね支持され、タックス・アービトラージ仮説は米国では支持される結果であった。
ここで事業のバランスシートで負債20 を新規に調達し、この資金で自社株買い等を実行した結果、バランスシートを負債60・資本40 に変更したとする。負債が増えたこと、つまり債券のショートポジションの20 の増加(図表6:右図の濃い青の部分)により、母体企業の倒産リスクは増加する。しかし同時に、年金運用で債券運用を20 増やして、つまり債券のロングポジションの20 の増加(左図の濃い青の部分)により、株式40・債券60 へ資産配分を変更する。
年金資産と事業のバランスシートを統合してみると、事業バランスシートにおける債券のショートポジション20 の増加は、年金運用における債券ロングポジション20 の増加で打ち消しあい、全体では信用リスクは変化していない。一方で、事業バランスシートで負債が増えた分、利息が増えるが、利息には法人税がかからないため、節税効果が生じて株主価値が増加する。この例では、法人税率をτ、負債利子率をr、割引率をdとすると、株主価値は20 ∙ r ∙ τ/dだけ増加することになる。株主はできる限り節税しようとするため、タックス・アービトラージにより株主価値を最大化する年金資産配分は債券100%となる。
英国のデータでは、負債比率が高く(信用リスクが高く)、基金の役員に母体企業の関係者が多いほど、年金運用で株式への配分が高まるというリスク・シフティング仮説と整合的な結果であった。一方、リスク・マネジメント仮説は支持されなかった。
これに対して、米国のデータではリスク・マネジメント仮説が概ね支持される傾向があった。積立比率が低く、年金基金の財政状態が悪いほど、あるいは母体企業の信用リスクが高いほど、年金運用での株式配分は低下している。ただし、米国のデータでも一部の信用リスクが高い企業では、株式への配分を増やし、株主が債務不履行オプションの価値を高めるような行動が観察されている。
タックス・アービトラージ仮説については、米国のデータは法人税率が高い企業ほど、年金運用で債券への配分が増える傾向が観察され、この仮説と整合的な分析結果であった。一方、英国のデータは、税率と資産配分に有意な関係がなく、支持されない傾向であった。会計効果仮説は、米国のデータで支持される傾向があった。年金資産の期待収益率が高い企業ほど、株式への資産配分が高まる傾向がある。リスク連動仮説については、年金資産と事業資産との相関は低く、事業資産のリスクを考慮して年金資産の資産配分を決める傾向は観察されなかった。
この他に興味深い点として、英国のデータでは、信用リスクが高く基金の役員に母体企業の関係者が多いほど、年金資産への掛金が減るというリスク・シフティング仮説と整合的な結果が観察された。米国のデータでは、ある期の株式リターンが高いと翌期の株式配分が増えるというリスク・マネジメント仮説と整合的な結果がみられた。また、労働組合の力が強いと高い年金給付を要求するため、年金運用で期待リターンが高い株式への配分が増えるという会計効果仮説と似た傾向もあった。
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(2017年07月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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