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リストラにあたって経営者がやるべきことは - ステークホルダーと一致結束する姿勢を忘れずに!
社会研究部 上席研究員 百嶋 徹
今年は、企業業績の悪化が著しい家電メーカーや半導体メーカーなどの製造業を中心に、希望退職を募集する企業が相次いだため、産業界での人員削減は記録的規模になるとみられる(注1)。工場閉鎖に動く企業も散見され、当該工場が立地する地域では、雇用の柱を突然失う事態に陥っている。
人員削減や工場閉鎖は本来、徹底的な経営努力を行った後に残された最後の選択肢であり、収益悪化を理由に経営努力もなしに安易に選択することは、CSR(企業の社会的責任)の観点からも許されない。しかし、深刻な業績悪化により経営危機に陥っている企業では、存続を賭けて緊急避難的な人員削減や工場閉鎖に踏み切らざるをえない状況に追い込まれている。
人員削減や工場閉鎖を緊急避難的にやむなく実行せざるをえないというリストラ局面でも、企業を取り巻くステークホルダーの中で、とりわけ従業員と地域社会からの十分な理解と協力が欠かせない。そして、経営責任を明らかにした上で、明確な戦略に基づき、短期間でリストラを完了することが肝要だ。
まず雇用リストラについては、経営責任を不明確にしたままの安易な人員削減は、従業員からの共鳴を全く得られないし、手順や手法を誤ると、社内士気の低下や優秀な人材の流出を一気に招きかねない(注2)。経営トップが明確な戦略を示さずにやみくもにリストラを続ければ、優秀な人材から会社へのロイヤリティ(忠誠心)を喪失して行く。そして、優秀な人材から退職し始めれば、会社の崩壊が一気に進み、取り返しの付かないことになる。
たしかに、人員削減により目先の収益は改善するが、安易な人員削減は抜本的な収益改善策になりえないのみならず、社内士気の低下を通じてさらに大幅な人員削減を誘発し、縮小均衡の悪循環を招くことになるだろう。ライバルのアジア勢は、我が国での人員削減を好機ととらえ、厚遇を提示して優秀な日本人技術者の引き抜き攻勢を強めているとみられる。優秀な人材が海外のライバル企業に流出することは国の産業競争力の劣化にもつながるため、何としても避けるべきだ。
雇用リストラにあたって経営トップ自身はどうすべきか。経営トップは業績悪化の経営責任を明確にするため、真っ先に自らが「痛み」を背負うことが必要だ。まず、業績が回復するまで役員報酬を大幅に削減することを内外に宣言することから始めるべきだろう。さらに役員用社用車の廃止等の待遇の見直しも必要かも知れない。これらを行ってはじめて、リストラの痛みが社内で共有化され、全社が一丸となることができるのではないだろうか。
さらに、最高経営責任者(CEO)に相当する会長・社長といった経営トップの報酬については、減額ではなく、全額返上を選択するべきではないだろうか。収益改善の直接効果は限定的かも知れないが、株主に対する業績改善に向けた意思表明にとどまらず、早期退職で会社を去って行く従業員への配慮を示すことにもなり、経営の求心力を保つ効果は極めて大きい。「社長がそこまでの覚悟なら、社長が一日も早く報酬を受け取れるように、我々は一致結束して業績回復に邁進しなければならない。会社を去って行く仲間のためにも、会社に残った我々が頑張らなければならない」といった一体感が社内に醸成されるだろう。
米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、経営不振に陥った同社にCEOとして復帰した97年以降、自社株を一部保有したものの、基本報酬は毎年1ドルしか受け取らず、事実上の報酬返上を続けた。アップルが全社一丸となって経営危機を脱し、その後躍進できたのは、ジョブズ氏のこのような会社への献身的なスタンスを抜きには語れない。
次に、やむなく工場閉鎖を行う場合にも、当該工場が立地する地域コミュニティへの十分な配慮が欠かせない(注3)。そもそも立地当初から、地域に根ざした公共財的色彩のある再生産不可能な生産要素である土地の供給に始まり、良質な労働力の供給、地元のサプライヤーの協力、自治体による産業インフラの整備や各種立地優遇措置の付与など、地域社会から多大なサポートを受けてきたはずだ。そして、このような企業と地域社会の協力関係は、企業が当該地域に進出して以降培われてきた、両者間の信頼感や人的ネットワーク、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」によって支えられていたはずだ。企業は、事業撤収による関連産業を含めた雇用や税収など経済面への影響に加え、地域社会から多大な理解と協力を得て初めて工場の建設・運営が可能となったことを決して忘れてはならない。
経営トップ自らが、経営努力を徹底的に行った上で工場閉鎖を意思決定したことを真摯に説明し、地域社会から十分な納得感を得るよう努力することが必要だ。さもなければ、これまで培ってきた地域社会とのソーシャル・キャピタルは破壊され、その地域社会から二度と協力を得られないだろう。そもそも工場閉鎖には、人員削減と同様に「副作用」のリスクが潜んでいる。本業強化に温存すべき設備まで廃棄してしまうと、景気回復期での企業価値向上の機会を逃しかねないというリスクにも留意が必要であろう。
志の高い社会的ミッションを企業理念として掲げ、それを全社に浸透・共有させ、組織風土として醸成し根付かせるとともに、社外のステークホルダーからも共感を得て、多様なステークホルダーと一致結束する関係を構築することこそが経営トップの最も重要な役割ではないだろうか。経営トップは、リストラ局面においてもこの役割を貫く責務を負っているという自覚を持って、経営にあたって欲しい。
(2012年12月28日「研究員の眼」)
社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
百嶋 徹のレポート
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