2016年03月31日

次は医療等ID

保険研究部 研究員   村松 容子

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■要旨

マイナンバー制度が平成28年1月にスタートした。
医療等(医療・健康・介護)分野においても、個人に番号を付与し、医療や介護等のサービスを受けた記録を管理することで、地域の医療機関間の情報連携や、研究開発の促進、医療の質の向上等が期待されている。プライバシー等の観点から、医療等分野の番号には、マイナンバーとは異なる「医療等ID(仮称)」を導入することになっている。
医療等IDは、2018年度から段階的な運用を開始し、2020年に本格運用を開始する予定だ。

■目次

1――医療等IDの検討状況
2――健康保険証番号と何が違うか
3――データ分析で何ができるか
  (1)医薬品の監視体制
  (2)医療の効率化
  (3)データの共有による便宜性の向上
  (4)疾病研究
4――医療等IDの運用に期待すること

1――医療等IDの検討状況

1――医療等IDの検討状況

マイナンバー制度が平成28年1月にスタートした。
医療等(医療・健康・介護)分野においても、個人に番号を付与し、医療や介護等のサービスを受けた記録を管理することで、地域の医療機関間の情報連携や、研究開発の促進、医療の質の向上等が期待されている。プライバシー等の観点から、医療等分野の番号には、マイナンバーとは異なる「医療等ID(仮称)」を導入することになっている1
医療等IDは、2018年度から段階的な運用を開始し、2020年に本格運用を開始する予定だ。
 
1  「『日本再興戦略』改訂2015(2015年6月30日閣議決定)」において、「医療等分野における番号制度の導入」が盛り込まれ、マイナンバーとは別の医療等分野専用の番号制度を導入する方針が明示されている。
 

2――健康保険証番号と何が違うか

2――健康保険証番号と何が違うか

国民皆保険制度を採用している日本では、すでに健康保険証番号がある。健康保険証は、身分証明として利用できることからわかるとおり、個人を特定するIDを持つ。健康保険証の番号でレセプトデータベースをたどれば、その人の受診記録を得ることができるため、各保険者は加入者の受診記録を分析し、健康増進に向けた働きかけを行っている。
しかし、健康保険証番号は、主に医療費の保険者負担分を間違いなく支払うためのものである。したがって、番号は保険者ごとに管理されており、就職・退職をしたり、結婚して配偶者の被扶養者になったり、75歳の後期高齢者になる等によって加入する保険者が変われば、新しい保険者によって番号が振りなおされる。その都度、過去の受診歴が途絶えるため、長期にわたる受診歴の分析には適さない。生涯で受ける医療等サービスを一元管理するためには、保険者が変わっても受診歴を追うことができるIDが必要となってくる。
また、2025年を目途に構築される地域包括ケアシステムにおいては、高齢になっても住み慣れた地域で暮らせるように、高齢者を関係する複数の機関によってサポートする。それぞれの機関は、医療等IDを使って受診歴を追うことが想定されている。
このように、医療等IDは、個人が生涯で受ける医療等サービスを一元管理できる番号である点と、患者の同意を原則として、複数の機関によってこの医療等IDを使用することが前提となっている点で、健康保険証番号と異なる。
受診歴の長期分析は、公益のために必要と考えられつつも、ID導入にあたってデータの利用範囲や開示内容については、「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会」を中心に慎重に議論が重ねられている。各団体の意見を参考に、医療等IDは、マイナンバーとは異なり、複数の番号を所持し目的に応じて使い分けることや、場合によっては番号を変更できることなどの配慮が検討されている。
 

3――データ分析で何ができるか

3――データ分析で何ができるか

レセプト等の受診歴をたどるためのIDは、すでに導入されている国も多く、長期的な分析を行っている国も多い。以下では、諸外国における長期的なデータを使用した分析の例を紹介する。長期的な分析は、「医薬品の監視体制強化」「医療の効率化」「データの共有による便宜性の向上」「疾病研究」と、大きく分けて4つほどの視点がありそうだ。

(1)医薬品の監視体制
レセプトデータと薬剤疫学は関連が深い。アメリカは1970年代からレセプトデータを用いた薬剤疫学研究、ヘルスサービス研究を進めている。ヨーロッパにも、薬剤疫学や副作用監視のための体制がある。
日本では、これまでは、臨床試験でわからなかった副作用を検知する方法として、医薬品等安全性情報報告制度などの自発報告制度しかなかった2が、2009年にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)によって、MIHARIプロジェクトが立ち上がり、2015年から稼働を始めた。MIHARIプロジェクトは、各種電子診療情報データベースを使って医薬品処方後の有害事象発現リスクの定量的評価や、安全対策措置の影響評価、処方実態調査等を行い、調査結果を幅広く伝える役割を担う。

(2)医療の効率化
多くの国で、医療技術の発展においては、高まる医療技術や医療費に対して、持ちうる財源をどのように配分するか費用対効果の観点で評価し、保険対象とするかの検討や薬価の決定を行っている。医療技術評価(HTA)に、イギリスでは、1990年代からQALY(質調整生存率)という「質(健康にかかわるQOL。効用値を評価)× 量(生存年数)」で表すことができる効果指標を使って、患者の受診記録を分析している。しかし、QALYによる評価は、一つの指標で評価することで、患者の価値観が考慮に入れられないことや患者の治療アクセス機会を制限していること、評価に時間がかかること等のデメリットがある。
一方、アメリカでは、複数の治療法のうち、どれが最善であるかを判断するための情報として、観察研究の手法をつかって比較効果研究(CER) を行っている。アメリカでの比較効果研究は、効果的な治療や予防、診断等を患者に提供するためのエビデンスを構築し、患者や医療関係者、政策立案者に情報を提供している。その半数近くが患者向けであると言う。
日本では、これまで、申請された診療行為、医薬品は、基本的に最終的には保険診療とすることを目指してきた。しかし、近年の医療費高騰もあり、すべてを保険収載するのではなく、診療報酬の改正においてHTA導入に向けた検討が始まっている。

(3)データの共有による便宜性の向上
諸外国において、データの共有は、CT撮影等の高額な検査を一度にとどめたいといった患者ニーズにこたえるものとして発展してきたと言われている。データを共有することによって、遠隔治療や災害時の他の医療機関による受診記録の利用などを行っている国(たとえば台湾3)がある。イギリスにおいては、遠隔治療を実験的に導入した結果、緊急搬送数や緊急入院数が減ったという報告がある4
日本においても、地域包括ケアシステムにおいてはデータを共有することになっている。

(4)疾病研究
日本においても、私たちが目にする機会は少ないが、医療従事者や疫学研究者によって分析が行われている。身近な例としては、40歳以上が健康保険組合または自治体などを通じて受診する特定健診の結果を使った研究がある。特定健診は、放置しておくと重篤な疾病の原因となりうる生活習慣病を早い段階で発見し、重篤化を防ぐためのものである。重篤化予防に向けて、この健診結果と医療機関受診状況についての分析が行われている。
しかし、健診結果とレセプトデータの突合率は、保険者によって差はあるものの全体でわずか25%程度だったという5。こういったことから複数のデータベースを突合するためのIDが重要になってくる。
 
データの利用範囲については、現在、データ利用が進んでいる国でも、緊急時や国が定める公益目的の利用以外は患者の同意がない限りデータにアクセスできない国が多いほか、研究目的で使う場合も、国が定めた研究に限って利用を許可している国が多いようだ。患者がアクセス先を管理できる国もあるようだ6
 
2  医療関係者が製薬会社に報告し、製薬会社がその報告を厚労省に報告する仕組みである。年間数万件以上の副作用報告がなされている(「医療ビッグデータがもたらす社会変革」中山建夫著(日経BP社)より。)
3  (一財)流通システム開発センター「台湾医療情報システム調査団報告書」2015年5月28日
4  (株)国際社会経済研究所「高齢社会とICT-諸外国の動向」2013年3月29日 総務省ICT超高齢社会構想会議ワーキンググループ第5回資料
5  会計検査院「レセプト情報・特定健診等情報データベースシステムにおける収集・保存データの不突合の状況等について」2015年9月4日
6  オーストラリアなど。(株)NTTデータ経営研究所「医療情報に関する海外調査報告書」2013年3月
 

4――医療等IDの運用に期待すること

4――医療等IDの運用に期待すること

医療データの長期的な分析は、医療技術の進歩や受診の便宜性向上等、多くが期待するところだろう。しかし、現段階では、まだどういったデータが、誰に公開され、どういった分析に利用され、どういった結果が私たちの生活にメリットをもたらすのか、といった具体的な内容がわからないことで、データ分析の有用性についての充分な理解は浸透していないものと思われる。そのため個人情報の流出事件もある中、あえてIDを導入しなくてはいけないメリットを感じにくい。
医療等IDの導入やそれに伴って可能となる長期にわたるデータ分析の分野で、日本は諸外国に遅れていると言われている。一方で、諸外国の課題を踏まえた運用設計が可能であることは、後発国のメリットでもある。よりスムーズで確実な導入に向けて、諸外国の利用事例を踏まえながら、今日本が置かれている医療費事情や、データ分析によって得られるメリットの周知が重要だろう。
 
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保険研究部   研究員

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
共済計理人・コンサルティング業務、生保市場調査

(2016年03月31日「基礎研レター」)

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